第26節:動き出す歯車・噛み合う歯車
この物語を書いているうちに人との繋がりをどーしても意識してしまう。
腐れ縁とか因果とか、たくさんあるんだろーけど意味のないものなんてない。
そう考えるとやっぱり人っておもしれぇなぁとか思ってしまう。
だから今、この小説を書いていてもやっぱりおもしれぇとか思う。
この小説読んでくれてる人との関係が自分を成長させてくれるから。
戯言です。スルーしてください。
「のとさぁ〜…一つ聞いていいか?潮の臭いってくさい?やっぱ鼻が利きすぎるとかなりにおうのか?」
「ちょっとうるせぇぇなぁぁ〜!!龍兵ェェ!!今集中してンだからさァァ〜、静かにしてくれン?」
のとは龍兵の質問にはぁっとため息をついたように切り返した。
今去蝶、龍兵、のと、恩羅の四人は美母呂高校から一番最寄の港の倉庫外で牛頭を探すためにやってきていた。
港には潮の臭いが充満しており、のとの捜索の邪魔をしている。
「あっっっっそぉ〜〜!?頑張ってねッ!!」
機嫌そうな口調で龍兵はのとを睨みつけ、コートのポケットから携帯を取り出した。
時刻は既に夜の9時を回っている。
のとはというと無言で辺りをゆっくりと見回し、静かに鼻で『牛頭の臭い』を探していた。
「去蝶さん、本当にここに居ンスかね?」
龍兵はパンッと乾いた音を立てて携帯を閉じ、去蝶に尋ねた。
去蝶はゆっくりと辺りを見回ししばらく空を見て、龍兵のほうへと向き直った。
「居ると思うわよ。多分ね。」
なんの根拠もなく言い張る去蝶を見て龍兵はくすりと笑った。
「そーすか。のとォォ、牛頭さんのニオイは見つかったかぁ?」
「ニオイって見えるもんなんか?初めて知ったよ。」
のとはイジワルそうに笑いながら龍兵をからかった。
一緒にいた恩羅と去蝶は声を押し殺しクスクスと笑っている。
「テメェよォォ、ズイブンと冗談言うのが上手くなったじゃねぇか?どうなんだよ、人の揚げ足取れるンなら牛頭さんのニオイは探し出したってことなんだろーなァァァ!?」
「あぁ、見つけたよ。心配すンな。」
そう言って一つの廃屋を指差した。
荒れたコンクリートはおそらく潮のせいだろうか、ボロボロに朽ち果て随分と使われていない形跡だった。
「近づくにつれてよぉぉ、ニオイが段々とハッキリしてきやがる。」
「ニオイはなんのニオイがする?」
去蝶はのとが指差した廃屋を見つめながらのとに尋ねる。
「ニオイは牛頭のニオイともう一人誰かのニオイ…だけど今は多分いねぇ。『さっきまで居ました』って感じのニオイだ。あとは潮のニオイと……。」
のとはここまで言って言葉を区切り、さらにニオイを確かめるかのようにスーッとニオイを嗅いだ。
「強い…血のニオイだ。」
のとは扉を睨みつけ、自然と体を前傾姿勢にした。
のとは危険があると察知した場合、体を前に倒し、脚に力を入れる。
その構えは今まさに獲物に襲いかかる豹のような機動性を秘め、それでいてすぐさま逃げれる狐のようなしたたかさを併せ持つように感じられた。
龍兵が懐から二本、切れ味の良さそうな包丁を取り出した。
そして音もなくドアの横に張り付くと、龍兵はのとに合図をし、力で姿を消した。
のとは龍兵から合図をもらったあと、刀を抜いてドアを吹き飛ばした。
決して大きくはないのとの体。
巨大な刀は斬るためではなく叩き伏せることを目的とし、刀というより戦槍に近い。
「っしゃあぁぁぁッ!!大丈夫かぁぁ!?牛頭ゥゥゥ!!」
バラバラと腐りかけたドアの木片が床に散らばった。
部屋の中は暗く、潮の臭いと気の臭い、それに加えて埃っぽさと血生臭いの臭いが充満し、のとの鼻をツンと刺激する。
「……牛頭…?いるのかぁ…?」
暗がりで何も見えないのとは少し声のトーンを低くしてもう一度暗闇の中へと問いかける。
確かに牛頭の臭いはするのだが返事がない。
後ろからは姿を現した龍兵が入ってきて、暗闇を見回し手探りで電気をつけた。
「うっ……。眩しッ…。」
のとと龍兵は同時に眼を瞑る。
暗闇が慣れた目は急な光に対応できなかったのだ。
だがそれもほんの少しのことで、すぐに眼は光に慣れてきた。
そしてその慣れてきた目の視界に入ってきたものは壮絶なもので、二人は声を失った。
「あ…ああぁあ…!ご、牛頭さん…!!」
龍兵は震えながらも声を出し、牛頭を見る。
牛頭の右腕は肘から先が無かった。否、厳密に言えば『ある』。
だがこれを『ある』といえようか?
腕の骨はむき出しの状態で僅かな肉が骨に付着している程度で、あとは何もない。
肘の間接部分は僅かな肉で繋がっており、引っ張ればすぐにちぎれそうだった。
皮膚も、神経も、筋肉も、可能な限りすべてそぎ落とされ骨しかない。
今、牛頭の腕には痛みを感じる感覚すらないだろう。
「ムゴイな…。人のやることじゃねぇよ。ムナクソ悪くなる。」
のとがギリギリと唇をかみ締め、牛頭を見た。
牛頭は今は気を失っているが、拷問のときの汗がまだ額に残り、シャツをぬらしていた。
何度耐えたのだろうか、口には血の跡があり唇を何度も何度もかみ締めた跡が残っている。
「早く運び出すぞ!!恩羅さんに看てもらうぞ!!」
「オ…オウッ!!」
龍兵の声で我を取り戻したのとは牛頭を縛り付けている鎖を取り払い、二人で慎重に牛頭を運び出した。
外で待機していた恩羅は急いで牛頭に駆け寄り、腕の状態を見る。
「腱も筋肉も全て…削ぎ落とされて…耐え難い苦痛だったろうに…。かなり衰弱してる。のと、車から私のカバンを持ってきて!!早く!!」
恩羅は腕を見るやすぐさま言い放った。
のとは焦りながらも車へと駆け出しカバンを持ってきた。
カバンを受け取り、中から赤黒い大きな粘土の塊のようなものを取り出した。
「出血は抑えられてる。まだ…助かる!頑張ってよ牛頭!龍兵、のと、牛頭を運んで!!」
恩羅は腕の具合を見て、腕に粘土をちぎりながらくっつけている。
龍兵とのとは急いで牛頭を抱え、車へと運び込んだ。
「日輪本部でならもっとちゃんとした治療が出来ます。去蝶、日輪へ帰還します。早く車に。」
去蝶はしばらく廃屋を凝視し、無言で振り返った。
「分かりました。日輪へ帰りましょう。」
去蝶は牛頭を運び終わったのを見計らい車の助手席に乗り込む。
最後に龍兵が運転席に乗り込んで、車のエンジンをつけた。
「道交法はよォォ、去蝶さん。無視させてもらいますぜェェェェッ?」
「車で起きる犯罪、違反大いに結構。殺人以外は全て許可するわ。イキなさい龍兵。」
ギアを変え、ギャリギャリとけたたましい音を立てて車は走り出した。
「そうか…ウァラウァラ達はしくったか。」
時は同じくして、場所はヴェネツィアのカンナレージョ地区。
空は明るく日本との時差で、現地時間ではまだ丁度昼時に差し掛かる時間帯だった。
ハルフォード・エヴァネッセンスは幾重にも別れた運河を望めるカフェで食事を採っていた。
「えぇ…。先ほど…ハスカー・ドゥ…から連…絡が入ってきました。ジェイデッド…は負傷、シャキーラは馬頭…と…一戦しハスカー・ドゥに連れられ…撤退…ウァラウァラ…は行方が…わかりません。」
ネメシスは会話を途切れ途切れに話し、報告をした。
さんさんとしたヴェネツィアを歩く人々はハルフォードたちを見て一度は立ち止まる。
ネメシスの顔色は蒼白いという言葉では到底表せないほど顔色が悪い。
目のくぼみも、深すぎて目の周りが黒く見えるし唇もドス黒い、紫色をしている。まるでマリリン・マンソンのような人物だった。
ネメシスはこの鮮やかな都市ヴェネツィアにはひどく不釣り合いな人物だが、二人ともそんなことを気にもとめず会話を進める。
「使えないなぁ、あいつは。全く以て我々の欲しいものを得てくれない。」
失望の混ざった乾いた笑いでハルフォードはヴェネツィアングラスにワインを注いだ。
鮮やかな紫をしたワインは太陽の光で薄く透け、ハルフォードはその中を覗き込む。
「御守地陽介と一緒に天浪琴那が動けば奴らを取れると思っていたが…そうはいかんらしい。ハハハハッ、思い通りにいかんとどうにも…」
ハルフォードはワインを一口、口に含み味わいながら呑み込んだ。
「血が騒ぐよ。何か破壊したいなぁ。誰か殺したいなぁ。この憤り、何処かにぶつけたいなぁ。」
ヴェネツィアングラスを静かに置いて、口の周りをナプキンで拭いた。
「ハルフォード…これから…どうするんです……か…?」
「…そうだな、食事も採ったし、『フリーロン枢機卿』に会いに行く。『眠り姫』のご機嫌はどうだろうね?永遠の少女の容体は良いのだろうかね?」
クスクスと笑いながらハルフォードは席を立った。
「さぁ、行くぞネメシス。『ダイアナ・ロス』には動くなと言っておけ。天浪のことも後で手を打てばいい。時間がないぞ?早くしないとフェニーチェ劇場の公演時間に間に合わん。」
腕時計の時刻を見て、運河を流れるゴンドラにハルフォードは乗り込んだ。
「さぁ、乗れネメシス。今日の夜にはヴェネツィアを発つ。あぁッ〜と…船頭さん、君も今日中にヴェネツィアを出た方がいいぞ。」
ハルフォードはゴンドラに乗り、ゆったりとくつろぎながら意味深に言い放った。
船頭も頭に
「?」を浮かべ、ニヤニヤしながらヴェネツィアを見渡すハルフォードを見つめた。
ーーその夜、誰も予測すら出来なかった大規模なアクア・アルタ(高水)がヴェネツィアを襲い、数多の行方不明者と死者を出し、ヴェネツィアを地獄に変えた。ーー
牛頭を救出した翌日ーー
珍しく早く目覚めた俺は日課になりつつある朝シャンを浴び、テレビの電源を付けた。
暗い画面がじきにぼやけニュースの映像が映し出される。
『ヴェネツィアで起きた大規模な水害は死者200名以上を出す大惨事となりました。一夜経った被災地では救助活動と後片付けに追われ、病気などの二次災害の危険性が懸念されています。」
「あ〜〜〜あぁ〜…。一度ヴェネツィアには行ってみたかったけど、こんなんじゃあもう行く気が失せンぜ。海外青年隊にでもなりゃなきゃあな。」
俺はタンクトップを着て、リーバイスのGパンをはきケツポケットにブルガリの長ザイフを差し込む。
テレビを消して適当なサンダルを履いて俺は社長室へと向かった。
「7時半…か。去蝶はもう起きてンかな?」
歩きながら取り出した携帯をまたすぐにしまい、俺は社長室へと向かって歩いていく。
途中日輪の『会社の従業員』とも顔を合わせ、適当に挨拶をしておいた。
「阿防…?」
ふと、8階のロビーで俺は足を止めた。
阿防がロビーの長いすに腰掛け、お手製の大麻をくゆらせながら呆けていたのだ。
「ン……あぁ…あぁ陽介…。どったの?」
気持ちのよさそうにとろんとした目で俺を見上げる阿防はどこか疲れているようにも見えた。
「いや…別にコレといって阿防に用があるって訳じゃあないンだけどさ。………つぅぅーかさぁあ〜、昨日よ、阿防どこにいたン?」
突然はじけたように思い出した俺は大麻の煙を吐き出している阿防に尋ねる。
阿防は質問には何も答えず、ゆっくりと煙を吐き出している。
そしておもむろに口を開いた。
「……んはぁ〜…。吸う?」
「いや、いいよ。」
「そ。……えぇっとぉ〜、昨日は私は少し出かけてたね。有給…かな?まぁそんなカンジで。私用でね、少し…ね。えぇっと…まぁ、そんなカンジってことで分かっといてくれるカナ…?」
別段慌てる様子もなく、ただ言葉がまとまらないうちに出てきた単語を言っているような感じで阿防は喋りだした。
まぁ大麻でまだ少し、気持ちよくなっているのだろう。
「わかった。そんなカンジってことで納得しとくよ。じゃあね、俺去蝶ンとこ行ってくっから。」
「あ〜陽介、陽介?」
阿防がちょいちょいと手招きをして俺に戻ってくるように促した。
耳打ちの用意をしている阿防に俺は体を沈め、耳を傾ける。
「昨日…女の子来たんでしょ?もうヤッた?」
「……ヤるわきゃねぇっしょ。」
俺は少し呆れた顔で阿防を見て腰を上げた。
阿防はくすくすと笑い、俺はそんな阿防を放って社長室へと向かった。
「去蝶さん…入りますよ。」
俺は三回ノックをして、中からの返事を待った。
少ししてから去蝶の艶かしい声でどうぞっと聞こえてきたのでドアを開けて中へ入った。
「こんな朝早くに…何用かしら?」
含み笑いを浮かべている去蝶は一糸纏わぬ姿で俺を迎えた。
その身体は男を惑わさせるには十分なほどに洗練され、艶かしく、そしてそれ以上に神々しくもあった。
艶かしさと清純さ、相反する二つの美を持つ去蝶に俺は魅入られ、そして目を背けた。
決して恥ずかしいからとかそういう単純なものではなく、自分ごときが目にしても良いのかという神にひれ伏すかのごとく気持ちに駆られたからだ。
「少し…用がありまして。だがその前に服を…着ていただきたい。裸のまま話すのは何かとマズイし俺も話に集中できない。」
「あら…そう。残念ね。今日は少し蒸せるから…しばらくこの状態でいようと思ったのだけれど。」
去蝶はそういうと静かに立ち上がり服を着るためにたたんであった和服に手をかける。
羞恥心の欠片すらないのか、去蝶は隠すこともせず、隠れることもせず、俺の目の前で服を着始めた。
俺は去蝶に後ろ向きになるようソファーに腰掛け話し始めた。
「去蝶さん…今天浪琴那はどうしてますか?」
「今はまだ日輪の一室で寝てると思うけど昨日の今日だからねぇ〜、もしかしたらずっと起きてるかも。」
背後からはシュルシュルと布の擦れる優しい音がする。
「そースか…。あの………天浪は家に帰れるンすか?もしかして…もう『こちら側』の住人ということになってしまうンスか!?」
だが去蝶からの返答はなく。ただ服を着る音だけが聞こえてくる。
「………そうね、あなたの言うとおり。天浪琴那はもう…うちへ帰ることはありません。運がいいことに彼女の家族は私の会社の系列だったから転勤させて別のところにかくまってあげるわ。」
「……そんなの…かわいそうじゃねぇっすか…!?彼女からしてみれば…天浪からしてみれば理不尽以外なんでもねぇじゃんか!!なぁ去蝶さん…あんた言ったよな!?この『日本を創り変える』って…!!これじゃタイラントと同じで俺らもあいつを監禁してンのと変わンねぇじゃねぇすか!?」
俺は言葉に力が入り、後ろを振り向いた。
振り向いた先には既に着替えを終えた去蝶が俺の目の前に立っていた。
蒼を基調とした和服はいつものようにはだけており、きわどい色気を醸し出している。
「そう…でもこれしか方法はないのよ!!多分タイラントは彼女の家族を消しに来る。陽介、あなたの家族を消したようにね…。」
去蝶の言葉に俺の心臓がドクンとはねた。
その胸が締め付けられる嫌な思い。
苦しい…。とても。
痛い…。消えてしまいそうなほど…。
俺はうつむき、静かに息を整えた。
今俺の胸の中は絶望で満たされてしまった。
彼女にはこれ以上の苦しい思いをさせたくはない。なのに彼女には試練のようにソレが降りかかってくる。
「…ごめんなさい。話を続けるわ。でもね、彼女にはもうあなたしかいない。拠り所は貴方しか居ないの陽介。あなたしか彼女を護れない。多分ソレは我々では及ばないこと。だから…貴方が彼女を護ってあげて…。ね…?私にも…どうしてよいかわからないから…。」
去蝶はうつむく俺を優しく包み込み頭を撫でた。
そうだ…去蝶も不安なのだ。
上に立つ以上、最善の選択をしなければならない。
「わかりました…。俺、今からちょっと天浪ンとこに行ってきます。そして一つ聞かせてください。」
包み込む腕を解いて俺は立ち上がった。
そしてコレはどうしても知っておかねばならぬことだ。去蝶の判断がこれを決定させたのか。
「天浪琴那を抹殺しろというのは去蝶、アンタの判断ですか?それともアンタよりも更に『上』からの命令ですか?」
見下ろしながら質問する俺を見上げる去蝶はためらいながらもゆっくりと口を開いた。
「……ッいいえ…。違うわ。私からではない。命令を下したのは『有森貞治』…日本国法務大臣よ…。」
「そうすか…。安心しましたよ。去蝶さんが自分の考えで天浪を殺そうとしていたのか。ソレだけが知りたかったから。」
ふっと微笑んで俺は社長室のドアノブに手をかける。
そのとき去蝶が俺を呼び止めた。
「陽介…もし…あの娘を殺すのが私の判断だったらあなたどうしてた…?」
「さぁ…でも俺はあいつを護るために戦ったと思います。タイラントと…日輪を相手にしてでも。」
俺は振り返らずにそう言い残すと社長室を後にした。
「天浪ぃ…入っても…いいかな?」
少し躊躇いつつも向かった天浪の部屋。
昨日からあまり会話をしていないので正直合いづらい。
中から返事はなく、寝ているのか、会いたくないのか分からないが今は会えないようだ。
はぁっとため息を吐いて俺は部屋を後にしようとした。
キィッ
急に後ろからドアの開く音がして後ろを振り向いた。
「入っても…いいンか。」
開け放たれたドアから制服姿の天浪が現れ、中へ招き入れてくれた。
もともと空き部屋だったのだが、テレビやベッドなどは用意されており、普通に過ごすには十分なほど環境は整っている。
「あ〜…天浪…気分とかはいいか?」
「大丈夫。一晩経ったら、落ち着いたから。」
気丈そうに振舞う天浪を見て俺はズキンと胸が痛んだ。
「なんか…ホントわりぃな…俺らのせいでこんなことになって…。」
俺はバツの悪そうにうつむいて天浪に謝った。
だが天浪は優しく、気を使うわけでもなく優しく微笑んでくれた。
「別にいいよ。陽介たちが来てくれなかったらもっと怖い人たちにさらわれてたしね。それに陽介たちが来てくれるのは予知してたらしいから。」
微笑む天浪を見て俺も釣られて微笑む。
「なぁ天浪…、もっかい聞くけどさ、俺とお前って会ったこと…あるかな?」
「さぁ…昨日も言ったけど私は覚えてないし知らない。でもそれってさぁ…フフッ、なんかナンパっぽいよ?」
「確かに。」
いたずらっぽく天浪は笑い、俺も釣られて一緒に笑った。
「天浪さ、朝飯まだっしょ?ちょっとそこの喫茶店行くんだけど…来る?」
「それって…デート?」
「デート…かな?」
「フフッ…!!デート…かぁ。じゃ行こっか?」
ほとんど着の身着のままで連れて来られた天浪は用意など何もしない。
時間がかからなくていいことだし、天浪はすっぴんでも十分可愛い。
天浪を連れ出して去蝶や龍兵に見つかるのは面倒だったので注意を払い日輪の会社を出た。
まだ少し暑い外は、汗をたらしながらせかせかと動き回る企業戦士や朝帰りのろくでもない若者達でごった返していた。
まだ時間は朝の8時。これから通勤ラッシュやら通学やらで忙しい一日が始まる時間帯で、俺と天浪はすぐ目の前にある喫茶店でのんびりと過ごしていた。
「まぁ奢りだし好きなもん頼めよ。」
店の奥の方の席を陣取り、メニューに目を通す。
紅い髪と白い髪というなんとも目立つ出で立ちの俺と天浪は他の客からは奇異の目で観られている。
あまり良い気分ではない。
「そーいやぁさ、学校で俺のことってなんか噂されてた?」
モーニングコーヒーをすすり、トーストをかじりながら俺は尋ねた。
「うん。とりあえずはヤバいヤツだって言われてたね。しばらくは陽介のことで学校スッゴい話題だったよ。」
「あ〜やっぱり?ま、そーだわなぁ。人殺したんだもんなぁ。」
「あとね、結構女子に人気だったよ陽介。目つき少し悪いけどイケメンだって言ってた。」
「ウッソォ!?」
寝耳に水な話題に俺は思わず聞き返してしまった。
自然と頬がゆるみ、口元がにやけてしまう。
「じゃあさ、天浪は俺ンことどう思う?」
場をごまかそうとしたのか思わず聞いてしまったしょうもない質問に天浪はテレながら答えた。
「カッコいい…かな。私に…とっては…。」
一瞬、ドキッと俺の胸がはねた。
天浪のテレた姿に胸を奪われたのか、それともカッコいいと言われたことに喜んだのか、或いはその両方か分からないが、俺の心臓の鼓動が早まっていた。
「天浪も…じゅ〜ぶんカワイイよ。」
ポーカーフェイスを装って俺は天浪を指差した。
天浪は顔を真っ赤にして喋らなくなり天浪が喋らない以上会話は続かなくなった。
黙々とトーストをかじり、サラダを頬張る。
静かな朝食で、先に口を開いたのは天浪だった。
「ねぇ、あの拷問受けた人は…大丈夫なの…?」
不安そうに尋ねる天浪は先程とは打って変わって暗い表情だった。
「大丈夫。命に別状はないとよ。まぁ拷問がヒドすぎて…ケガはヤバいらしいけど。大丈夫だって。」
不安を与えないよう出来る限り俺は優しく答えたが、天浪の表情は暗いままだった。
「後で……私謝りたいんだけど…その人に…さ。いいかな?」
「謝るなんてヤメロ。」
俺は伝票を手にとり値段んを見た。
「なんで…!?私の……私のせいでその人、ヒドいケガしたんでしょ!?私の…せいで…。」
「だからこそだ。俺も牛頭さんも、謝れるのは嫌なんだ。怪我をしたり死ぬことなんてこの世界に身を置いてる以上よォォ、絶対つきまとうし覚悟もしてる。だがお前が謝るってことは牛頭さんの覚悟を不意にするんだ。間違いなんじゃないかと思っちまう。謝るよりもお礼を言ってやれよ。それで俺らは満足だ。間違っちゃいないと…わかるから。」
俺がそう言うと天浪は無言で頷き席を立った。
俺も席を立ち、伝票を持ってレジへと行き会計を済ませて天浪と外に出た。
「ありがとうございました〜。」
カランカランと音を立てながら喫茶店のドアは閉まり、俺と天浪は日輪へと戻るため歩を進める。
「9時か…。仕事なかったら二度寝すっかな…。」
ふと俺は人混みの中を見た。
外回りの企業戦士が汗を拭きながら歩いている。
そしてその中にいた異彩を放つ一人の人物が目に入った。
黒い短髪に目の下のクマ、頬には大きく彫られた『4』という数字。
ウァラウァラがニヤニヤしながら俺を見ていた。
急に喧騒が消え、街中に俺とウァラウァラしかいないような感覚に襲われた。
それと同時に燃えるような憎しみの衝動に駆られる。
今、俺はとてつもなく集中している。
自分で自分の憎しみの衝動を押さえらているのが分かるほどに。
まずい…昨日の今日で敵が来るとは思ってもみなかった。完全な俺の誤算で油断していた。
今、天浪を敵に、ウァラウァラの手に落とすわけにはいかない。
命に…代えても天浪を護るしかない。
俺が頭の中で一瞬にしてそんな考えを張り巡らしている内にウァラウァラが近づいてきた。
今銃のない俺はこいつには勝てない。
「天浪ッッ!!日輪のビルに入れッ!!早く!!」
天浪をビルの中へ避難させる時間を稼ぐため俺は構えをとった。
「ヤメロ御守地陽介。今日はお前と戦いに来たわけじゃあねェェェ。」
「ア…!?ンだと…?」
ウァラウァラが手を挙げながら近づいてきたので俺も構えを解く。
「戦いに来た訳じゃねぇっつってんだろォォ。警戒すんなよ。」
こんな街中で暴れるほどバカではないということだろう。
しかもここは日輪本部の真ん前だ。
「ま、様子見だよ様子見ィィッ。天浪はどうしてっかなぁとかなァァ。別に俺ぁよ、天浪がどうなろうと知ったこっちゃねぇし。ハルフォードがどうなろうと知ったこっちゃねぇし。」
「あぁそうかよ。じゃもういいだろ。天浪は、健やかだ。これで十分だろ?さっさと消えろ。ブチ殺すぞ!?」
妹との仇の一人が目の前にいる。
時間が経つほど冷静さが失われていく。
「アラ?アラアラアラアラ!?怖いねェェ、陽介クンは。ギャッハッハッハッハッ!!ムキになっちゃてまぁ。ブチ殺すか。やれるならやってみろ。だがさっき言ったように俺ぁ戦いに来た訳じゃねぇからよォォ。」
ウァラウァラはそう言って人差し指を一本立てた。
「『一つだけ』。一つだけだ。答えられる範囲で俺が知っている限りで。お前の質問に答えてやる。」
いきなりの展開に俺は殴りかかろうとした腕を止める。
ゆっくりと、腕を下ろし体の力を抜いた。
「じゃあ教えろ。なんでお前らタイラントは天浪を狙った…?」
俺は出来るだけ冷静に質問をした。
ウァラウァラに感情をこれ以上悟られるのが我慢できなかったのだ。
額からは汗が流れ、俺の目に入る。
「その答えはよォォ、俺が答えるより、お前らのボスに聞いたほうがいい。俺は知ってっけどよォォ。ちなみにな、シャキーラも関係してくるぜ。じゃ頑張って。」
「待てやコラテメェェ!!」
ウァラウァラはそれだけ言うと人混みの中に紛れて消えてしまった。
「結局…なンも言わなかったじゃねぇかあのゲス野郎が…。」
俺は毒づきながら日輪のビルへと入っていった。
中は空調が効き、外の暑さを完全に取り除いてくれる。
俺の頭の中にはさっきのウァラウァラの言葉が繰り返されている。
「去蝶に聞け…か。」
気付けば俺の足は社長室へと向かっており、いつの間にか、決められたかのように俺は社長室の前にいた。
「去蝶さん…入りますよ。」
「陽介ね…どうぞ…。」
ドアを開けた先には去蝶が微笑み、お茶を入れていた。
まるで知っていたかのように湯呑みも2つ用意されている。
「去蝶さん、俺よ、聞きたいことがあってここに来たンだ…。もう…分かってンよな?答えてくれるよな?」
去蝶は落ち着き払った態度で俺を見て、湯呑みにお茶を注いだ。
「座りなさい…。話してあげる…。あなたの力に関わることと天浪琴那のことを…。」
真実は、明確に、確実に、明かされていく。