第25節:揺るぎなき覚悟
更新遅れました!
がまぁぼちぼちと書いていきます。
「なぁ牛頭、知っているか?キリスト教の教義であるんだが、アダムとイヴの子孫である我らは生まれながらにして罪を背負うと。それはローマ法王も赤子も俺もお前も背負っている業だ。」
「ククッ…ローマ法王を俺やお前と一緒にすんな。」
コンクリートの壁が剥き出しの一室、心ともない小さな灯りが暗い部屋を照らしていた。
その部屋の一角で牛頭は幾重にも重なった鎖で縛られ身動きできない状態でいる。
話をしているウァラウァラは木製の椅子に座り聖書を捲りながら牛頭と話している。
拉致られてどのくらいの時間が経ったのだろうか…。
血は止まったが頭にはまだ割れるような痛みが走っている。
「『キリストは自らの死によって死を克服し、人類をまた死から解き放つ権能を得た。キリストは再臨し、死者と生者全てを審判し永久に支配する。』知ってるか?」
「ニカイアコンスタンティノポリス信条だろ。キリスト教義の根幹だ。」
牛頭は無表情でウァラウァラの質問に答える。
そして自分を束縛している鎖を見下ろした。
(何重に巻いた上にあいつの″力″でさらに鎖を固めてやがる…。引きちぎるのは無理か…。)
「ま、教義なんかどうでもいいことだけどよ、俺はこの教義は気に入らねぇぇぇッ。解るか?」
「知らねーよテメェの都合なんかよォォッ!さっさと要件話すか拷問するか殺すか、決めろや。」
「まぁまぁまぁまぁ、話しを聞けよ話しを。えぇっと何だっけ?あぁ教義だ。キリストは審判し永久に支配する。フザケてンよなァァ?だろ?」
ウァラウァラは聖書を閉じ、椅子ごと動かして牛頭の方へと向き直った。
牛頭は何も喋らずウァラウァラと目だけを合わせていた。
「死んでなお支配される?クソムカつくじゃねぇかよ。人間は何故生きると思う?『原罪』によって投獄された生きる牢獄から解放されるためだ。だがキリストは死からも解放するんだと。生きてても死んだ後も支配されんだよ。」
皮肉な笑みを浮かべウァラウァラは聖書を放り投げ席を立ち牛頭に歩み寄った。
牛頭はウァラウァラを見上げていたがウァラウァラは牛頭の近くまで歩み寄ると腰を下ろし牛頭と同じ目線になった。
「そろそろお前の言う要件を話そうか。俺の、仲間に、なれ!!」
牛頭の髪の毛を掴みウァラウァラは牛頭を引き寄せた。
抵抗することも出来ない牛頭はウァラウァラを睨みつけた。
「ならねぇって、言ってンだろーがッ!!」
まるで部屋が揺れるくらいの怒号で、牛頭はウァラウァラに叫び返した。
ウァラウァラは無表情で立ち上がり天井を見上げた。
片手で顔を覆い隠して疲れたような態度を表している。
「ああぁ〜〜…めんどくせぇぇぇ〜ッ!!」
キレたウァラウァラの膝蹴りが見事に牛頭の鼻に直撃した。
「ガッ…!ハァ…!」
夥しい、という表現では足りないほどの量の鼻血が牛頭の鼻から止めどなく流れ出てくる。
「解せねぇな…。何で…そうまでして耐える?一言嘘でも『ウン』と言やぁ解放されンだぞ?」
ウァラウァラは心底不思議そうに牛頭に質問した。
牛頭は鼻血を垂らしながらも頭を垂れることなく鼻血で汚れても不敵に笑ってみせた。
「なんでだろうな…?ただな、ただ一つ言えるならば嘘でもお前の言うことを承諾したら俺の『魂がお前に屈伏した』ことになる。それが『敗北』だ。俺にとってのな。暴力が暴力に屈するのが真の敗北なンだよ。」
「違うね。『死ぬ』ことが真の敗北だ。」
「はン。見解の相違だろーがよ。」
互いに見つめ合い、何も言わなくなった。
永くもなく短くもない、重い沈黙。
ウァラウァラは牛頭の目をずっと見ていた。
意志を秘めたかのような力強い瞳に魅入られたかのようにウァラウァラは片時も目を離さなかった。
「わかった。ナルホド、そーかそーか。」
沈黙を破ったのはウァラウァラだった。ナイフを取り出し牛頭の頬を少し切った。
牛頭の頬からは血がりコンクリートの床を少しずつ紅く染めていく。
「俺はこれからお前を拷問する。俺が間違ってたンだな。お前のようなやつは従わせるンじゃあない。魂を屈伏させなきゃいけねぇンだな。」
「ふふん、今頃ンなことに気付いたンかよ。」
牛頭とウァラウァラは互いに不敵に微笑みあった。
「先に言う。『叫び声を上げるのは結構だ。』猿ぐつわはしない。だから耐えきれなかったら舌噛んで死んでもいい。今から行う拷問は地獄だ。大抵の奴は死ぬ。最後のチャンスだ。仲間になれ牛頭!」
つまりはこの拷問、耐え切れずに死を選べばウァラウァラの言う、『死こそが敗北』を認めることになる。
「俺の魂が拷問に屈するか、それとも暴力に屈せずに勝つか。いいじゃねぇか。オモシれぇじゃねぇか!いいぜ、やれよ!やってみろや!!」
これから拷問にかけられるにも関わらず、揺るぎないこの態度にウァラウァラは思った。
こいつはただ強いのではい。自分を暴力と認識している。
だから恐れてはいない。屈することはしない。
それが強さだということなのだ。
勝つから強いのではない。
生きるから強いのではない。
自分の信念を貫けるからこそ強いのだ。
「今から…お前の腕の肉をナイフで削ぎ落とす。少しずつ、少しずつ骨が剥き出しになり肉が無くなるまで削ぎ落とす。神経も血管も筋肉も全てだ。生きるは地獄。死ぬは敗北だ。体が安息を求めるのを全力で阻止するんだな。」
「悪いが…俺は敗けるまで死なンぜ?」
「ぎゃっはっはっ!マゾ野郎が…!」
ウァラウァラはナイフの切っ先を牛頭の腕に差し込んだ。
「さて、どこまで持つかね。」
「アァ?去蝶さんよ、今なんツったンすか?」
任務を終えた社長室で去蝶の言い放った言葉にもう一度聞き返した。
今社長室にいるのは俺と去蝶と龍兵とのとだけ。
そしてのとと龍兵は静かに会話を聞いていた。
「聞いた通りよ。天浪琴那は危険分子とみなし…処分します。」
「フザケンな!!こっちは必死こいて天浪琴那を連れてきたンすよ!それを今更殺せだァ!?アホ抜かすのも大概にしとけや!」
キレて怒鳴る俺に、有無を言わさずのとが俺に飛びかかってきた。
「なっにッ!?」
足で体を強引に倒され、のとはのしかかるように俺の上に乗っている。
叩きつけられた衝撃で傷口に痛みが走った。
「テメェ、のと!どけぇ!!なんのつもりだ!」
「なんのつもりだぁ?アホ抜かすのも大概にしろだぁ?テメェこそほざくの大概にしろよ陽介ェェェッ!!お前が去蝶の命令無視してよぉ、連れてきたんだろーがよォォォッ!」
「ンだとコラチビ!テメェやンのかァッ!?」
俺はのとに押さえつけられていた状態からのとのわき腹を殴りつけた。
「ぐぅッ!」
「どけ、チビィッ!」
体の小さいのとは俺の力で簡単に退かせることができた。
のとは吹っ飛び、その勢いでを利用したのとは壁に立て掛けてあった刀を手にした。
「ブッ殺ス!!」
「ハッ!!吠えてろ駄犬がッ!!」
俺は『フール』と『サイレントマジョリティ』を取り出し戦闘の体勢をとった。
だが急ごしらえにせよ先ほど傷口を塞いだばかりの俺の体は、負荷に耐えられず血を流し始めた。
「ガフッ!ゲェッ!…ガハッ!」
俺の吐血が社長室の床を赤く染めた。
膝を突き吐血し続ける俺の姿を見てのとは刀を収めた。
「確かに…陽介、お前が反論したい気持ちは分かる。命かけてまで護送した奴だ。途中で止めるのは不本意だろうよ。」
「ガハッ!…ハァ…ハァ…わかっちゃいねぇなのと。俺はあいつを護ると約束したんだ。たとえあいつの味方がいなくなろうとも、逃げるわけにはいかねぇンだよ。」
俺は膝を傷口に手をあてがい出血を確かめた。
幸い傷口からは出血はしておらずどうやら激しく動いたり怒鳴ったりしたせいで中が負荷に耐えられなかったようだ。
そして痛みは足にも肩にもある。
のとと戦っても多分勝てなかっただろう。
と、その時いきなりパン!と手を叩いた音が鳴り、俺はその音のした方向に目をやった。
「うん。わかった!陽介、あんた覚悟はある?」
去蝶が茶席でくつろぎながら俺に質問をしてきた。
「なんの覚悟っスか?」
「あの娘を護る『覚悟』よ。」
去蝶は真っ直ぐに力強い眼で俺を見た。
まるで射抜かれたかのように俺の胸は跳ね、ドクンと唸った。
去蝶の瞳は先程口にした『覚悟』の重さを物語り、今から俺がその覚悟を背負えるかを眼で問うていた。
半端な覚悟などないに等しい。
護れなければ死なせてしまう。それは自死よりも辛いことだ。
ーいつかの夢で、俺は見た…。
天浪琴那を暗闇に置いて消え去ってしまう夢を……。
「覚悟は…この『世界』に身を置いた時からある。女一人護れなくて男を語れるかァッ!」
俺は一切の揺るぎなく言い放った。
去蝶もにっこりと微笑み、今度は龍兵のほうへと振り向いた。
「どう?龍兵はこれでいいと思う?」
「フッフフ!一介の部下でしかない俺の意見を聞きますか?まぁいいと思うよ。あいつが…護るって言ってンすから。」
龍兵も口元を緩め軽く答えた。
「…決定ね。陽介、あの娘を連れてきなさい。」
「分かりました。」
俺は痛み足を引きずりながら部屋をドアに手をかけ出ていった。
「ふふ…のと。あなたはなんでさっき陽介に怒ったの?陽介が私に罵声を浴びせたから?」
陽介が部屋を出ていった後、少し間を置いて去蝶が質問をした。
龍兵はのとの答えをニヤニヤしながら待っている。
「それも…あるけど、陽介が…去蝶の…去蝶の命令を無視するようなこと言ったからさぁ…!!」
去蝶は優しく笑いながらのとの口に指を入れ言葉の続きを遮った。
「ウフフ、いい子ね。のとは。でもね、この世界は命令とか理屈とか、そんな簡単なことで動いて片付けることが出来る世界じゃないの。」
「じゃ何が大事なんだ?」
「教えてほしい?」
去蝶はのとの口から指を引き抜いた。
指はのとの涎で糸を引き、艶めかしく煌めいていた。
「陽介はね、自分の信念を貫こうとしている。だけど本当に恐れ入るのはその信念を貫こうとするダイヤモンドのように輝ける意志。それは最も美しく、最も脆く、そして最も敬うものなの。分かるかな?」
「ん〜多分…。」
のとは難しそうな顔で首を傾げ、目をつむった。
「ウフフフフッ!別に今無理にわからなくてもいいのよ。あなたはこれから人間のことを学んでいけばいいのだから。」
去蝶はそういって外を見始めた。
龍兵とのとは互いに顔を合わせて肩をすくめ合っていた。
「入るぞ?」
コンコンと自室のドアをノックし中の様子を伺った。
「どうぞ。」
中から天浪琴那の声がし、俺はドアを開ける。
中では天浪琴那が窓際に立ち、日の落ちかけた街を見ていた。
正直なんて声をかけていいかわからなかった。
天浪琴那はいきなり連れてこられた上に軟禁されている。
俺としても声をかけても慰めにしかならないような言葉しか出ないだろう。
「どうしたの?」
下を向いたり壁を見たりして考えていた俺にいきなり天浪のほうから話しかけてきた。
「う…ぇ…?あ、あ〜去蝶がよ、天浪連れてきなさいっつったからお前を迎えに来たンだよ。来てくれるな?」
「…断ってどうにかなるものじゃないからね。」
天浪は窓際から離れ俺のそばに近寄り、俺を見上げていた。
「どした?」
「え?あ、何も。」
天浪は少し顔を赤らめて下をうつむいてしまった。
あぁもうなんか可愛いなチクショウ。
後ろからギューッと抱きしめたい衝動に駆られたがるなんとか自制し、天浪についてくるよう促した。
社長室まではお互い何も話すことなく歩いていった。
「去蝶さん、連れてきました。」
社長室のドアを空けて天浪を後ろに俺は入った。
「ご苦労様。」
去蝶はゆっくりと振り返り天浪を見た。
窓からは夕陽が差し込んでいて去蝶を照らしていた。
去蝶ははだけて地面に接している着物のすそをそのまま引きずって、天浪に歩み寄った。
「顔を…よく見せて。」
去蝶は天浪の顔を優しく触り、愛でるように撫でて顔と髪を見た。
「綺麗な『髪』と『瞳』。本当に真っ白ね…。雪よりも…。天使の羽よりも…。そして、天浪琴那…。」
去蝶は一通り愛でた後、天浪の顔から手を離し茶席に着いた。
「あなたはここに連れてこられた。その理由は大体察しれるかしら?とりあえず座って。龍兵も陽介ものともね。」
俺達は去蝶が茶席に座るよう促したのでソレに従い席に着いた。
去蝶はお茶を入れながら話を始めた。
「あなたには…多分あなたも気付いていると思うけど、あなたには不思議な”力”がある。」
去蝶はお茶を煎れ、ここにいる去蝶を含めた5人分の湯飲みにお茶を注ぎ俺達に差し出した。
「はい…。えぇ…ッと…。『予知能力』…のことです…よね?」
天浪はおずおずと聞き返した。
俺はその説明を聞いた瞬間、身体がピクリと反応した。
龍兵とのとは静かにお茶をすすり、天浪と去蝶を見ている。
「…そう。予知能力。簡単に言うとね、最初にあなたを拉致しようとしたヤツはその”力”を狙って来たの。我々はあなたを保護するとともに、あなたをここへ連れてきた。別段我々はあなたを狙ってきたやつ等と違い、どうこうしようという訳ではないから安心して…。」
去蝶は微笑み、お茶をすすった。
話を静かに聴いていた龍兵がここで初めて口を開いた。
「あの…去蝶さん?話を聞いてて思ったンすけどなんで『タイラント』は天浪をさらおうとしてたンスか?」
「ん…それについてはちょっと深いことがあってね…。今は話すことができないの。」
俺をちらりと見た後天浪を見て、去蝶は歯切れが悪く言った。
「まぁその話しは置いといて、天浪さん。今からあなたに幾つか質問させて貰うから、正直に答えてね?」
「あ…はい…。」
「まずは…天浪さん、あなた今までの記憶でとこかすっぽり抜けてるところある?」
「あり…ます。私、5歳前の記憶が無いんです。」
天浪は少し驚いた表情で質問に答えた。去蝶は一人軽く頷いて質問を続けた。
「あなたは今両親はいる?」
「いないです…。ずっと前に亡くなりました。」
「その両親の顔は思い出せる?どうやって死んだか思い出せる?」
更に質問を続ける去蝶だが俺にはその質問の意義が全く理解できない。
天浪は暗い顔をしながら無言で首を横に振った。
「…ごめんね。じゃあ次…最後かな。今まで『どんな予知を見た?』」
じっ…と去蝶は天浪を見据え、質問の答えを待っていた。
「あの…ちょっとしたこともあるんですけど、誰かが私を助けに来てくれる予知夢を見ました。」
「陽介があなたを助けたことね。他には…?」
天浪は少し俯いて重そうに口を開いた。
「あと…ついさっき…突然頭に思い浮かんだんですけど、黒髪を後ろに縛った男の人が…拷問された予知を見ました。ちょうど私たちを工場地帯で助けてくれた人です。」
ここにいる全員が天浪を見た。
龍兵は少し驚いた顔で何か言おうと口を開いたが、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「龍兵。牛頭はあなたたちの救援に向かったはずだけど、彼はどうなった?」
去蝶は落ち着き払った声で龍兵に聞いた。
天浪は状況が掴めていないのか少しオロオロとしながら俺を見てきた。
「牛頭さんは…、たしか追われていた俺らを助けてくれた。足止めをするって言ってたっすね。」
「『足止め』…。なら牛頭は多分頃合いを見て退くはずだけど…。」
去蝶は少し思案して、思いついたように部屋の社内用電話に手を伸ばした。
「もしもし?恩羅?馬頭はいる?あ、いる。連れてきてくれる?…わかった。はい。お願いね。」
手短に会話をし、電話を置いた去蝶は俺たちを見た。
「今阿防はいないから、これから救出隊を編成します。龍兵、あなた怪我は大丈夫?」
「…ちょっと痛む程度だな。小っせぇナイフで刺されただけだし。」
龍兵はあの70人余りのギャングらと戦ったのだ。
無事で済むはずはないが、勝ってしまうところが凄い。
去蝶は今度はのとの方を見た。
「じゃあ後はのと。行けるわよね?捜すのにはあなたの『鼻』が必要だから。」
「あい。任された。」
「それと天浪さん、場所とかは分かるかしら?」
「多分…どこかの港だと思います…。予知した時に…船の備品らしき物が見えましたから…。」
自信薄に天浪は答え、去蝶はありがとうと呟いて頭を撫でた。
「ンで?去蝶さん。俺は?」
俺はとりあえず聞いてみた。
多分答えは決まっているだろうが。
「ン?陽介はとりあえず待機。天浪と一緒に居なさい。」
去蝶は少しにやけて俺に命令を出した。
多分これは去蝶の計らいなのだろうが今の俺ははっきりいって満身創痍の状態である。
左腿は二カ所貫かれ右肩関節も撃たれているし、腎臓も貫かれている。
行っても足手まといになることは目に見えていた。
コッ…コッ…
社長室の木製のドアを軽くノックする音が聞こえた。
「どうぞ。」
入ってきたのは腕と足にギプスを付けた馬頭と恩羅だった。
ギプスを付けた馬頭は無表情で、否、余裕すら感じ取れる涼しげな表情をしていたが、そこはプライドの高い馬頭のことだ。
別段、問題なさそうに装っているのだろう。
「あら?あらあらあら?これはまた…馬頭の名を持つ人ともあろう者が随分とまぁ痛めつけられたわね?で、勝ったの?」
「因縁は清算してきました。それで?怪我人である私を呼んだということは余程のことがおありのご様子……。」
馬頭は腰を下ろし去蝶と同じ目線になった。
去蝶はふふっと含み笑いをして馬頭に顔を近づけた。
「我々の『鬼』が一人捕まった。今から救出に向かいます。あなたは行けるかしら?」
馬頭は自分の怪我を見て、恩羅の方に顔を向けた。
馬頭が恩羅と目を合わせると、恩羅は無言で首を横に振った。
「ダメです、去蝶。私はここに残ります。」
「やはり怪我は思わしくないようですね。致し方ないわ。」
「すみません…。いつかのご用要りの時はお呼びを。手の掛かる『幼馴染み』をお願いします。」
馬頭はそういうと怪我に響かぬようゆっくりと腰を上げ、部屋を出て行った。
少しの間、静寂が空間を支配しおもむろに去蝶が口を開いた。
「致し方ない。牛頭が拷問をされているというのなら恩羅、あなたも付いてきて下さいな。私も同行します。龍兵、コルベットの用意を。」
お茶を飲み干し、立ち上がった去蝶は龍兵と恩羅を見て言い放った。
のとも龍兵も立ち上がり、出立の用意をし始めた。
「あ、陽介。そいやぁよォォ、俺の車…どうした?ほら、お前に貸したろーがよ?鍵は?」
紅いロングコートを羽織りながら龍兵が手を差し出しながら聞いてきた。
だが俺は龍兵の質問にピクリとも動くことが出来なかった。
鍵がない、というより龍兵の車は今見知らぬ人の手に渡ったのだ。
俺はうつむきじっと黙りこくっていた。
「ほら…陽介。鍵…。…つーかオメェェよォォ、コルベットどうした?」
相変わらずうつむいていた俺の頬を汗が伝い、それは滴となって落ちた。
となりの天浪を見ると天浪は微妙そうな顔で俺を見て口を紡いでいた。
俺はゆっくりと口を開き、声を絞り出すように喋った。
「…それがよォォ…。いや、マジでワリィと思う。無理して逃げたからなぁぁ、結構あちこち大破しちまってよぉ、置いてきちまった…。」
「ハァッ!?おまっ…それマジでッ!?ちょっ…それ…〜〜…ッ!大破ってどんくらいッ!?」
かなり青ざめた表情をした龍兵が俺の肩を揺する。
どうやら龍兵は俺が怪我をしているのを忘れたのか、それともソレをお構い無しと思っているのかわからないが、手加減なくゆすっている。
「痛テェ痛テェ痛テェッ!!痛いって!大破って…そりゃあーた…あれだよ…。オープンカーになっちやったンだよ。」
ゴッ
突然降ってきた拳骨。
龍兵の満身の力が込められた拳骨は俺の頭を陥没させる位の勢いだった。
俺は頭を抑え、涙目で龍兵を見上げた。
「………ッッッタァァァァ!イテェって!マジでイテェ!」
「イテェように殴ったんだからイテェに決まってンだろ?俺だってよォォ、心が痛むぜぇ〜?大事な大事な愛車がよォォ、金かけて相当イジッたコルベットが大破したからな。」
眼を細め、罪の意識が微塵も感じられる顔で俺を見下ろしている。
いつか殺そうか?そう思うも俺が悪いのも一理ある。
「まぁ…、お前も相当必死だったんだもんな。人の命に代えられねぇわな。」
頭をガリガリとかきながら龍兵は顔を背けながら言った。
「車はまた買やいいしよ。」
にっと笑いながら龍兵は俺を見た。
「龍兵…。ありがと。」
「いいってことよ。だけど貸しだかンな。新車のローンはお前に回す。」
「奢れよオイ!!」
やはり許してくれるわけではなかった。
というより、タチが悪い。金を払うのが俺である分、龍兵はお構いなく金を車に注ぎ込むことが出来るのだ。
「当たり前だろ?拳骨でチャラになるほど甘かねぇぞ俺ぁよぉ。」
「テメェ…はよ行けやぁぁ!!」
半ばキレかけた俺をあざ笑うかのように龍兵はケケケッと笑いながら社長室を後にした。
俺と龍兵のやりとりを微笑みながら傍観していた去蝶も相変わらず微笑みながら社長室を後にした。
そしてその後をのとが続き、恩羅が俺を見て微笑んで出て行った。
「あ…みんな行っちゃったね…?」
天浪が少しぎこちない笑顔でおずおずと話しかけてきた。
「あぁ。つーかさ、さっきお前が見た…予知だっけ…?あれマジか?」
「あれマジだよ。時々ね、訳わかンないけど頭ン中に浮かんでくるんだ。嫌なことを見ることもあったよ。私の髪と瞳が白いのも関係あるのかな…?私ね、この髪が目立つせいで虐められることもあったし、先公にも目付けられてたンだよね。」
少し悲しい笑顔で微笑む天浪を見た俺は胸が締め付けられた感じがした。
空気が重くなった状況を打破しようと俺は空を見ながら話し始めた。
「…俺もさァ、髪と瞳が紅いじゃん。俺も天浪と同じでさぁ、俺も未来が予知できるんだよね。つってもまぁ10秒先とか短い未来だけど。」
「………ッ。」
黙って話を聞く天浪をちらりと見て俺は話を続けた。
「まぁ、どーいう因果か知らないけどさ、俺らお揃いじゃん?色は違うけど髪と瞳が異質で、未来を観ることが出来る。面白いじゃん?」
タハハッと俺は笑うが、天浪は頬から涙を流し、震えていた。
「なんで…?なんで私だけこんなツライ思いしなきゃなンないの…!?私だって…普通に生きたいのに…。」
大粒の涙が止めどなく天浪の頬を伝う。
両親の顔も知らず、虐められて過ごし、自分にとって安息の日常を崩された理不尽。
高々と16歳の少女には酷すぎる人生だ。
俺にも天浪の気持ちが痛いほど分かった。
だが分かってしまうからこそ、天浪にどう話しかけてよいか分からない。
天浪に触れることすら躊躇ってしまう。
俺は唇を噛み締め、天浪を不幸に追いやった『理不尽』に対し怒りと憎しみが芽生えた。
だが行き場のない怒りは消えることもなく、俺の中で膨らみ続けた。
「ごめんな…。」
かける言葉が見つからない俺はただ謝ることしか出来なかった。
空に浮かぶ日は沈みかけ、街を暗く美しく照らしていた。
「去蝶さん…一つ聞いていいスか?」
「ン〜…何?」
龍兵は車を運転しながら後ろで本を読んでいた去蝶に尋ねる。
すでに外は日が沈みあたりは暗闇が覆っていた。
「なんでタイラントは天浪なんかをさらおうとしたンスかね?たかが未来予知できるだけでしょうに。」
去蝶は読んでいた本を閉じ、車の窓を開けた。
窓からは新鮮な風が入り込み、去蝶の艶やかな黒髪を揺らした。
「…たかが未来予知…ね。フフッ!確かにね。確かにそうね。『今は』ただの未来予知よ。」
意味深な言葉を放つ去蝶に腑に落ちない龍兵は更に質問を続けた。
「『今は』っつぅーことはなんか秘密があるンスか?」
「あるわよ…。だってそれこそがタイラント…いや、ハルフォード・エヴァネッセンスが世界を支配できる鍵になる力だもの。」
社内にいる全員が静まった。
のとは助手席でくるに揺られて夢うつつとなっている。
話がデカくなりすぎてみな言葉を失っているのだろうが去蝶は至って真剣な表情をしている。
「…話しは分かりましたが、一体どーいう力なんスカ?そんな、世界を支配できるなんて力なんてあるんすか?」
半信半疑の龍兵だが恩羅も完全には信じていない。
「あるわよ…。ハルフォード・エヴァネッセンスの力ならね。」
「マジ…かよ!?そんな力を…!陽介は…そのことを知ってるンすか?」
「いいえ。あの子はまだ知らない。私から後で話すつもりだから。」
去蝶は窓の外を見ながら呟いた。
窓からは風に乗って潮の香りが運ばれ、港が近いことを示していた。
「それよりも今私が気になることは『ダイアナ・ロス』についてよ。何故、龍兵達が天浪の保護に向かったとき奴らも動いたのか…。どうやって奴らは龍兵達が天浪の保護に向かったのを知ったのか…?多分ダイアナ・ロスが関係してるはずよ。クソウジが…。」
ギリッと唇を噛み締め、毒づく去蝶は体をシートに沈め大きく息を吐いた。
龍兵は無言で車を左折させ、埠頭に到着したところで車を停止させた。
「着きましたよ去蝶さん…港に。」
灯りもない、暗い港で牛頭の捜索が始まった。
日輪本部の一室で、灯りも点けずに馬頭が一人、窓の外を見ながら佇んでいた。
「絶対、死なないでよ…。光輝…。」
街の暗闇は日の代わりにネオンによって照らされていた。
次の更新はいつになるのやら…。