第22節:決着、そして…
今回の戦いは、馬頭とシャキーラとの意地のぶつかり合いみたいなものです。
単に意地といっても、それは自分の存在を賭けた様なものだと自分は考えるのです。
それでどのような答えが出るのかはわかりません。
今回のように結果が答えになるのなら、これほど簡単なことはないでしょう。
唯の戦いに意地が入ればそれはもう結果だけでは答えは出ないと思います。だから人間って面白いんだと思います。
目の前の障害を乗り越えよ。それは同時に試練である。可避・不可避の否応に関わらず乗り越えよ。それは汝を大きく成長させるものである。
雨が……降ってきた。
どしゃ降りではなく、霧雨のように細かい雨粒が軽く視界を遮る。
軽く水気を含んだ馬頭の髪は美しく輝き、動く度にその水を飛ばしていた。
「アァァアァッ!!」
馬頭が刀を構え、シャキーラを貫く為に勢いよく疾走した。
そのスピードたるや、人の目で見れば人で在らざるスピードであった。
まるで小回りの効くF1のような感じである。
「策なしでスピード勝負か…。」
シャキーラは刀をヒラリと回転して舞うようにかわし、そのまま流れるように回し蹴りを放った。
「しかしそのスピードも私の方が上回っているのを忘れたのかァァァッ!?」
先程馬頭が喰らった蹴りと同じ位の強さの回し蹴りをもう一度馬頭の腹に放った。
さすがの馬頭も2発喰らえばひとたまりも無いだろう。
だがシャキーラの回し蹴りは虚しく空を切った。
そこには馬頭の姿はなく、刀だけがあったのだ。
「なっ…にぃ!?」
馬頭はシャキーラの軸足を水平蹴りで払い、コカしてデリンジャーを構えた。
どうやら刀は突きの状態で馬頭の手から放たれたものらしく、ギャリンギャリンと音を立て転がっていった。
「突きをかわすのに目ぇ離しちゃ駄目さね。あんた私が刀を途中で投げたの見えなかったろ?」
言い終わるや否やパン、パンと渇いた小さな銃声が2発響いた。1発は逸れて、もう1発はシャキーラの肩をかすり、肉を少しえぐった。
撃つタイミングを見計らいとっさの判断でシャキーラはかわしていたのだ。
「く……やっぱ強いね。まさかこんな策略を張るとは。」
「″力″が無ければスピードを生かせばいい。スピードが上回られたら技術を駆使すればいい。常に先を、それが戦いであり私の戦い方よ。」
馬頭はふふっと微笑みながらデリンジャーに弾を込める。
シャキーラもふふっと苦笑し、自分の背後にある刀を指差した。
「でも自分の武器である刀を捨てちゃったじゃない?どうすンのさ?」
「武器…?武器ならあるわよ。デリンジャーと……己の五体が。余裕余裕。来なよ、これで十分っしょ。」
デリンジャーを持たない方の手でクイクイっとシャキーラを挑発する。
シャキーラは一睨みすると鉛の仕込まれたブーツを脱ぎ捨て、軽くその場でトントンと跳躍した。
鉛の仕込まれたブーツは破壊力がある代わりにスピードが落ちる。
ブーツを脱げばスピードは上がるが破壊力は激減する。
だがこれがシャキーラの本気なのだ。本気のシャキーラのスピードは馬頭を凌駕する。
「わかった…ならこっちも失礼のないよう、本気でいく。悪いけどまともな形で死ねると思わンでね。」
「はっ!こっちはさらさら死ぬ気なんてないンだからさ。今考えてんのはあんたをどう殺すのかということと、仕事上がりのシャワーのあとのビールだけよ。」
「くくっ…あんた本当に面白いわね。」
瞬間、シャキーラは地面を蹴って馬頭の視界から消えた。
と同時に馬頭は構えをとった。
その構えはどんな攻撃にも対応できるように馬頭が作り出した型であり、先攻、迎撃、回避に優れた最高の型であった。
(来い…シャキーラ。)
辺りは静寂が支配し、聞こえる音は遠くから聞こえる車の音と雨が地面に叩き付けられる小さな音だけ。
汗が額から頬へと伝い、顎に伝って滴となって落ちた。
(……何処から来る……何処にいる……。……待てよ…?聞こえるのは車の音と雨の音だけ…?足音は聞こえないということは……!?)
顎まで伝ってきた汗は地面を打った。
馬頭はハッと何かに気付き、体に走る感覚に駆られその場から離れた。
「上かッ!?」
殺那、馬頭のいた所にシャキーラの踵落としが放たれた。
「よく気付いたね。じゃこれはどうよ!!」
着地と同時に地面を蹴り、シャキーラは体勢の崩れた馬頭に蹴りを放った。
「ちぃっ!!」
舌打ちしながら馬頭は左腕で蹴りを防御し、その足を掴んで地面に叩き付けた。
「うぁっ…!?」
背中から叩き付けられたシャキーラは呼吸がままならない状態で、咳き込みながらもすぐに立ち上がった。
「ゲホッエホッ!!…ッカハ!!…合気道かなんかか?投げ飛ばして背中から叩きつけて…!!痛ァ…!!」
「そういうあんたはさ、また新しい”力”か?とっかえひっかえ便利ね。いい女の男遊びみたい。」
「ナニ?ケンカ売ってンのアンタさぁぁ?」
「ケンカなら今やってンでしょ!!」
そう言って笑っている馬頭の足にシャキーラのローキックが放たれた。
ついさっきまでの蹴りとは比べ物にならない速さだったが馬頭はその蹴りを足で受け止めた。
シャキーラはそのまま蹴りを振り抜いて馬頭を吹き飛ばし、馬頭もその力に逆らわず跳躍して吹き飛んで距離をとった。
「さて…冗談はさておいて今回の”力”……ちょっとわかんないね…。なんせさっきアンタが繰り出した蹴りの衝撃が今はもうなくなってるしね。こりゃもう完全にわかんないわ。」
「ま、わかんないと思うよ。アンタにゃさ。でも粉々に砕かれンのは確かだ。」
シャキーラはいい終えるや否や疾走し、馬頭との距離を詰めると回し蹴りを馬頭の顔面に叩き込んだ。
だが馬頭は左腕でそれをガードし難なくいなした。
シャキーラは体勢を変え、流れるように足を振り上げ、今度は踵落としを放つが馬頭はそれも左腕でガードした。
(さっきから攻撃が単調だな……とにかく蹴りを繰り出して…)
そう思いながら馬頭は受け止めた踵落としを払った。
シャキーラはバク転し、体勢を立て直すとすぐさまジャブを数発叩き込んだ。
(蹴りだけじゃなくてパンチも入れたか…。)
馬頭はジャブを左腕で軽くガードしつつ、右手で掌底をシャキーラのみぞおちに叩き込んだ。
一瞬、シャキーラの体が中に浮き、すぐさまシャキーラは距離をとった。
「そんなスピードだけの単調な攻撃で私を倒せるわけない。破壊力もないし攻撃が軽いよ。」
「……カッ…ハッ…。ンなこたぁ…わかってンのよ……自分が一番さぁぁ…だからこの力を選んだんだ。あんたを殺すためにさぁぁ!!」
シャキーラは腹を押さえながらもその顔は自信に満ち溢れていた。
どこからその自信があふれ出てくるのか?馬頭は訝しんでいた。
と、馬頭は自分の左腕の異常に気が付いた。
血が噴き出し、痛みが走ったかと思うとその痛みはさらに激しくなり、激痛へと変わった。
更には左腕は内側から破裂し、折れた骨が腕を貫いて露出し、左腕の筋肉の筋がズタボロになって、指が動かせなかった。
つまり左腕は完全に破壊されたのだ。
「なん……なのよ…これは!?」
馬頭は変わり果てた自分の左腕を見て苦痛と驚きが要り混じった表情をする。
「っ!?」
ザワッとした嫌な感覚がし、馬頭は瞬時に身体を伏せた。
シャキーラの蹴りが馬頭の髪の毛をかすり、数本ハラリと落ちた。
馬頭は屈んだ状態だったのでそのまま低く跳躍し、シャキーラとの距離をとった。
「避けたか…でもまぁこれで私の勝ちは決定だな。次は体を粉々にするつもりだけど…。どうする?」
馬頭は使い物になりそうにない左腕を見て、不適に笑った。
「ふふ…あはははは!!それがどうしたの?まだ私は生きている。まだ私には右腕がある。足も目も生きている。終わっちゃいない。まだ終わっちゃいない。あんたを叩き潰すにはこれで十分過ぎるンだよ。」
額から流れる汗。
降り注ぐ霧雨は馬頭の血と混ざり紅色に染まった。
シャキーラは至上の宝石を見たように、そして馬頭を愛でるように見つめ、溜め息を漏らした。
「そうよ。それでいい……。やはりあなたはそうでなくては…。だから私はあなたを越える…!!」
「ならさぁぁ〜越えてみなよ。私は更にそれを越える。あんたはまたそれを越える。永久のイタチごっこだ。ま、最後を取るのは私だけど……ねっ!!」
デリンジャーを時間差で発砲し、シャキーラの避けるタイミングをずらした。
その隙に馬頭はシャキーラの後ろにある刀を拾うため疾走した。
「行かせる……か…っ!」
シャキーラは馬頭を阻止しようと前に踊りでるが、馬頭は左腕を振って血を飛ばしシャキーラの視界を奪った。
「ぬっくっ…!」
シャキーラは当てずっぽうにミドルキックを放つが馬頭はそれを難無くかわした。
そして間の辺りにした。奇妙な光景を。
シャキーラが蹴りを繰り出したのをよく見てみると空中に『波紋』が広がっている。
霧雨がシャキーラの蹴りが発した波紋で吹き飛んでいたのだ。
そして霧雨のお陰で馬頭にはその波紋が見えたのだ。
「それが……あんたの力の秘密か…。」
刀と鞘を拾い、呟いた。
シャキーラは目を拭い、視界を取り戻すと、距離を置いている馬頭と対峙した。
「刀を…拾ったか。そろそろ決着をつけるときね…。」
「ん。残念だけど…ね。あんたの力がまだ分かんないけど、分かんないなら分かんないでそれで終わらせる。」
馬頭はコツッコツッと音を立てて歩き、シャキーラはヒタヒタと歩いてお互い距離をつめあった。
霧雨は未だ降り続けている。地面には所々に水溜まりが出来ている。
シュバッ!!
霧雨すらさらに細かく切り分けそうな鋭い斬撃を放った。
シャキーラはそれを避け、馬頭の攻撃の死角に入り込むと肘うちでわき腹を殴打した。
わき腹への攻撃、すなわち内臓への攻撃である。
「ハッ!!ッカ…!!」
怯みこそすれど、馬頭の闘争本能が攻撃をやめることは無かった。
ドゴッ!!
懐に入った状態のシャキーラには斬撃は効果が無い。だがこの至近距離での膝蹴りはシャキーラの顎を確実に捉え、シャキーラの意識を彼方へと追いやることができる。
「……墜ちる…かよ…!!」
膝を突き、意識が飛ぶのを堪えたシャキーラは不敵に笑って見せた。
だが身体が言うことを聞かない。馬頭も同じであった。
「…強くなってないか?あんた?」
シャキーラは膝を突いた状態でたずねる。馬頭もわき腹を押さえ肩で息を切らしながら質問に答えた。
「アンタと始めてやりあって2ヶ月は経ってンだ…。強くなるのは当たり前だよ。ま、ネメシスの野朗に教えられたこともあるけどね。あいつに私は恐怖した。だから更に強くなれた。」
「あぁ…ネメシスね…。怖いっしょ?あいつ。」
「あぁ…怖いね。怖かった。」
馬頭は苦笑しながら立ち上がった。シャキーラもソレに合わせて立ち上がる。
馬頭の右手には鞘、左手には刀が握られている。刀は使うためではない。ぼろぼろの手で、振るうこともままならないが気力で握ることは出来る。
「左手は…使えないのに刀を握る…か?」
「まぁね。あんたを確実にしとめるにはまず叩きのめしたほうが早いから。刀は重いし、過信してしまう。だから先ずは両の足を砕く!!」
加速をつけ、自分の出せる最大の速さでシャキーラに襲い掛かった
互いがお互い攻めて守っての攻防。
鞘で攻撃を繰り出すもソレはすべていなされる。
シャキーラの攻撃も鞘ですべて受け止めた。
「そろそろ…か。」
「何?」
ぼそりとシャキーラは呟いた。
そしてこれまで鞘を通して『打撃』の衝撃しか伝わってこなかった馬頭の手に今までに無い衝撃が走るのを覚えた。
まるで打撃のエネルギーが中で複雑に絡み合ってのた打ち回るように、いくつもの『波紋』が相乗効果でさらなるうねりとなって暴れるように、鞘の中で『何か』が起きていた。
そしてその『何か』が今明らかになった。
粉々に、それこそ中から爆発したかのように鞘は砕け散った。
「…な…!?」
「右手ガラ空き。」
鞘がなくなった右手にシャキーラ蹴りが叩き込まれた。
それをなんとか防御し、馬頭はひとまず距離をとった。
刀を左手から右腕に持ち替え、迎撃の態勢に入る。
「さっきから…逃げてばっか。そんなんで私を倒せると?」
シャキーラはふぅっとため息を吐いて馬頭を見た。
今シャキーラが襲い掛かってこないのは馬頭のカウンターを恐れているからだ。
馬頭はどちらかというと先攻するより後攻めのほうが得意なのである。それは前回戦った経験で思い知らされている。
「さぁ…?倒せるかどうかは今もこれからもわかんないね。でもあんたの”力”が…『波紋の相乗効果』を利用した”力”だということは見抜けたよ。」
馬頭のこの発言にシャキーラの身体がピクリと反応した。
的を得た馬頭はにやりと笑い続きを話した。
「ふふッ…図星?だよねぇぇ。その反応。最初の蹴り……あれさぁ、『衝撃』が私の左腕の中で波紋状に広がったんでしょ?んでぇ、当然波紋だから時間がたてば消えるし、その速度も速い。ということは、連打を喰らわなかければいいってことだよね?分かればこっちのもん。」
−−水面に小石を投げ入れる発生する波。これが波紋である。
波紋はそれ一つではただの波であるが、複数の波紋、すなわち波源S1と波源S2から同位相の波が発生すればそれは干渉効果によってうねりとなり、より大きな波となる。これが『波の干渉』である。ただしこの場合弱いところや強い所が現れるが。−−
「つまりはあんたの力は恐れずに速攻すればいいってことだ。1発2発で死ぬような力じゃない。」
馬頭は刀を握り、勝ち誇った表情で刀の切っ先をシャキーラに向けた。
「ふふっ……それがどうしたの!?わたしはこの力であんたを粉々にぶったおすって決めたンだ。力の正体見破ったくらいで…いい気になるなぁ!!」
シャキーラは真っ向から馬頭に突っ込んでいった。
今回の力は見破られない自信があった。
完璧に勝てる自信があった。
だが馬頭はそれを難無く見破り、多少のダメージを恐れぬ覚悟を秘めている。
今シャキーラをつき動かしているのは″焦り″だった。
「無様…」
馬頭は神経を研ぎ澄ませ迎撃に備える。
シャキーラは馬頭が降り下ろした刀を紙一重で避け、3発裏拳と掌底を叩き込んだ。
だが馬頭はその攻撃を意に介さず斬撃を繰り出した。
「くっ…ぅ…。」
シャキーラの右肩から血がドクドクと湧き出るかのように出血した。
(チクショウ…やっぱり拳の攻撃では3発じゃ足りないか…。蹴りなら3発で十分なんだけど…。)
肩の傷口を押さえながらシャキーラは考えを巡らせた。どうやって馬頭を倒すか。どうやって蹴りを叩き込むか…。
そして閃いた。
実に単純なことであった。
「よし……あんたが来ないならいい。ここからはあたしがあんたを切り刻むよ!!」
馬頭はもう一撃、これで最後の攻撃にするつもりで刀を振り上げた。
シャキーラは渾身のミドルキックを馬頭の左膝に打ち込んだ。
(蹴りの連続攻撃の早さなどたかが知れている。この一発を耐えれば……)
「私の勝ちだシャキーラァァァ〜!!」
ベキャ!!
骨の折れる生々しい音が聞こえた。
と、同時に馬頭は力なく崩れ、苦痛に顔を歪めた。
「そ…んな…」
「骨を折った。単純なことだよ。数発打ち込まなきゃいけない蹴りならまずは確実な威力の蹴りを打ち込めば打ちやすくなる。私は力を使っていない。あんたの動きを封じる為に『普通の蹴り』を繰り出したンだよ。私はこの力を過信しすぎたんだ。あんたも自惚れが過ぎたんだ。」
「………っ。」
馬頭は口を開かなかった。万事休す、馬頭にはこの状況を打開する策はなかった。ましてや勝つ方法など無い。
「決着だ……。馬頭。あんたにはもう逆転の可能性はない。バラバラに、粉々に吹き飛べ!!」
ガッ!ゴッ!ドッ!ドズ!
馬頭の体に蹴りが叩き込まれた。
蹴りの勢いでそのまま吹き飛び、無様にコンクリートの地面に倒れこんだ。
髪と顔は水溜りの泥水で穢れている。
(あぁ…死ぬのか…私……。嫌だな…。死にたくないなぁ…。)
体の中で痛みが動めいている感覚がある。
それはうねりとなって全身を駆け巡った。
と、同時に体中が熱くなり、吐き気を催した。
(死ぬって……こんなんなのか…。)
そんなことを思っていると、体から痛みが引いた。
いよいよ死ぬのかと覚悟した。
だがしばらく経っても何も起こらない。
目の前にはシャキーラが信じられないという表情で立ち尽くしていた。
もちろん自分に何が起きているかなんて知る由もない。
ただ体のほてりと吐き気があるだけだった。
「……死んで…ない…?」
「何故だ…何故死なない…!?くそ!!なんで馬頭!?なんで死なない!?」
シャキーラは驚きと恐怖の表情で馬頭を見た。
唇をワナワナと唇を震わせている。
「死なない…ねぇ。不思議だね。でもこれは…聞いたことがあるよ。陽介から。”力”が発現したかもしれないね。どんなのか想像付かないけどさ。」
身体の体調は最悪だったが、身体能力は最高だった。
身体が今まで以上に軽く骨折の痛みなど感じられない、そして勝つ自信がある。
「リャアアァァアァァッ!!」
(はやっ…)
渾身の力を込めた蹴りをシャキーラの鳩尾に叩き込んだ。
「………ッッ!!ッカハ!!ゲホゲホ!!……アァ。ウグッ!!」
シャキーラの口からずるりと、紅いゼリー状のものが零れ落ちた。
それは戦う前にシャキーラの飲んだ、新しい能力だった。
そしてそれは地面に力なく打ち付けられるように落ちると、そのまま地面に吸い込まれるかのように消えてしまった。
つまりシャキーラにはもうこの力を使うことは出来ない。そして当然馬頭の身体の中の衝撃も解除された。
「ちくしょう……。ま、まさかこんな時に”力”が…目覚める…とは。」
「違うな、こんなときだからこそ”力”が目覚めたんだ。」
シャキーラの”力”が解除された今、馬頭の身体の異変はすでになくなっていた。
体調も元に戻り、ほてりもなく、吐き気も消えた。
それと同時に足の痛みが戻ってきた。
ドズッ。
「くっ…かっ…」
シャキーラの腹部を馬頭の刀が貫いた。
刀身は紅の混じった黒光りをし、血が刀身を伝い柄へと届いた。
「終わりだ…私の勝ちだシャキーラ。アンタはこれで…死ぬ。私の勝ちだ。」
ズリュッ
馬頭は刀を引き抜き、血を払った。
シャキーラはドシャッと崩れ落ち、口と傷口から夥しい血を流していた。
「く…私には……まだ…やることが…!!」
力なくうなだれているシャキーラに止めを刺すべく、馬頭は刀を振り上げた。
切っ先を下にし、突き立てるために。
「そう…すべてはコレで終わる。私とアンタの、『馬頭』と『シャキーラ』の戦いはコレで終るンだ。」
憂いを含んだ表情で、大きく息を吸い目を閉じて天を仰いだ。
そしてその眼を見開くとその刀を思いっきり振り下ろした。
ドズン!!
「……っ!?」
刀はコンクリートの路面を穿っていた。
そこにいたはずのシャキーラの姿は無く、馬頭は後ろに感じる気配のほうを振り向いた。
「あんた…誰?」
そこにいたのはシャキーラを抱えている男。
鎖骨あたりには吊るされた髑髏の刺青。高身長でさらさらの黒髪、目には覆いかぶさるようなピアス。そう、『ハスカー・ドゥ』がそこにいた。
「初対面だ。あんたと俺は…な。自己紹介が欲しいか?俺の名前はハスカー・ドゥだ。これから会うかどうかは分からんがな。あんたの自己紹介はいらねぇ。俺はアンタのこと知ってっからよ。」
「そう、それでハスカー・ドゥ、あんた何しに来たんだ?」
馬頭は刀を引き抜き、切っ先を眺めながら言った。
ハスカー・ドゥはニタリと笑い、シャキーラをおろした。
「ボスに言われてな。シャキーラを連れ戻しに来た。こいつは死んではならない。『ラグナロク』にはこいつが必要不可欠な存在だ。そして…」
ハスカー・ドゥは言葉の途中を切り、馬頭に襲いかかった。
今馬頭は負傷をし、足も満足に動かせない状態である。
ハスカー・ドゥはそのまま馬頭を押し倒し、両手を掴んで覆いかぶさった。
馬頭は刀を離し、観念したかのような顔でハスカー・ドゥを見つめた。
「近くで見るとイイ男だな。私をレイプするつもりか?殺すつもりか?えぇ?ハスカードゥ。」
「ククッ!心配するな。俺はウァラウァラと違うンだよ。そして…シャキーラの言ったとおりだ。いい女だなお前。メチャクチャいい女だ。喰っちまいてぇくらいだ。安心しろ。殺しはしねぇ、そんな命令は出てねぇしシャキーラを連れて行かなきゃなんねぇからな。」
ハスカー・ドゥはそう言うと舌を突き出し馬頭の左腕を舐め始めた。
ゾクッとした感覚が馬頭の身体に走った。
馬頭の左腕から流れ出る血を嘗め回すように、吸い出すように、そしてふき取るように舐め、ハスカー・ドゥは口の周りに付いた馬頭の血をぬぐった。
「このまま喰いてぇところだがこれで我慢しとく。お前去蝶くらいイイ女だな。」
ハスカー・ドゥは馬頭の上からどいてシャキーラを再び抱くように抱えあげた。
「それじゃあな。次会うときはお前を殺すときかもしれんが。精々生きてろ。『ラグナロク』は近い。その日までな…。」
意味深な言葉を言い残し、ハスカー・ドゥは去っていった。
追いかけることは出来ない。今はもう満足に戦闘ができないほど負傷しているし、なにより万全の状態でもあのハスカー・ドゥには勝てるかわからない。それほどの実力者だというのが分かった。
「……疲れた…。」
一体タイラントは何を起こそうとしているのだろう?
シャキーラが必要…そして今回関係のなさそうな天浪琴那という『少女』の確保。
くだらない。
何がこようと、何が起ころうと私はソレを蹴散らしてみせる。
例えラグナロクがおきようと因果律が覆されようとそれに打ち勝ってみせる。
今回のように。
雨が……止んだ……。