第11曲:WITH YOU
今回も史実を使っています。しかし本作品は実在の人物・団体などには一切関係ありません。
そのことを踏まえたうえでどうぞお楽しみください。
アメリカのルイジアナ州ニューオリンズに特殊な、珍しい”力”を持つ男がいた。
元アメリカの海兵隊員の彼は奇妙なことに本を読みながらでもコーヒーを飲みながらでも彼は狙った標的は必ず撃ち抜くというずば抜けた射撃の腕の持ち主だった。
しかしさらに奇妙なのはその弾丸である。
複数の標的に対して一発ですべてを撃ち砕く。
人々はその大道芸に感嘆した。”彼はアメリカ一の射撃の腕の持ち主だ。”と。
彼には家族がいた。
愛する妻と娘の3人家族。娘はそのとき3歳であった。
彼の仕事は妻を除き誰も知らなかった。ただほとんどは家でごろごろとし、ピザを食べてテレビを見ていた。
時々、数日家を空ける以外は何にも怪しいところはなかった。
ここでなぜあえて怪しいという言葉を使ったのか?
彼のやっている仕事は誰も知らない。だが彼の家は見るからに裕福そうで、ギャンブルをやっているというわけでもない。でも生活は出来ている。
一体何故?どこから金が?人々は疑問に思ったが、彼は誰にも教えない。
1963年、人付き合いのいい家族ではあったが突然引っ越すことになった。場所は誰にも告げず、挨拶をし、謎だけ残してニューオリンズを去っていった。
そしてその年の11月、ケネディ大統領が暗殺された……。
首謀者の名はリー・ハーヴェイ・オズワルド。彼は捕まった2日後、殺された。
それから20年後、23になった娘は結婚をし子を授かった。名をケイティと名づけ、幸せな家族だったがケイティが生まれた三年後、父は事故死してしまった。
ニューヨークに越してくるも、病気になった母を助けるため、ケイティは学校にも行かず働いた。しかし身体を売ることはしたくなかったし、盗みをやるなんてことはしなかった。だが彼女は射撃の腕があった。ベッドで寝たきりだった母はその才能は祖父から譲り受けたものだと告げた。そして祖父のことを、事件のことを……。
ケイティはこのとき15歳だった。
ケイティはこの才能をどう使うか。ソレはもう分かっていた。
そして16歳のときケイティの最愛の母は他界した。ソレと同時にケイティは始めて人を殺めた。
それから4年余りで数え切れぬほどの人を殺めた。そしてその報酬で彼女は会社を設立。このとき彼女は姓をウィンチェスターに変える。
かつてアメリカ一の銃の会社の姓をあえて自らの姓にした。彼女の覚悟でもあった。
それからさらに三年、会社はものすごい勢いで成長を見せ、ついにはアメリカ指折りの会社となった。
「……そして今に至るというわけよ。」
話し終えたウィンチェスターはライフルをガービッジへと渡し、髪を整え、落ちていた白い羽を拾った。
「…すごい人生ですね……。そして、すごい精神力だ。ここまで自力で登ってきたなんて。」
俺は感嘆し、敬意を払って口を開く。
ウィンチェスターは羽を離し、風の中へと解き放つ。
舞い上がった羽を見送りフフッと微笑んで口を開いた。
「そうね…。色々あったわ。何人も殺してきたしね……。でも自分自身が真っ向に戦うわけじゃなかったから。負けるとか失敗はなかった。だからあがってこれたの。……ここは寒いわ……中へ入りましょう。」
そういって俺達はヘリポートを後にした。
「それで、あたし達はこのゴブ・ディーヴォを殺害すれば良いという訳ですね?ロスのマフィアのドンを?」
椅子に座った馬頭が依頼の確認をする。
「ええ、その通りです。出来れば早急に、ね。奴のせいで苦しんでいる人も居るだろうしね。ホテルは私が手配するから。」
大きな椅子に深く腰掛けてウィンチェスターは言う。
俺は無表情のまま腰掛け、阿防はガービッジの髑髏をまじまじと見つめている。
「それとですね、護衛にガービッジをつけます。案内もいるでしょうし。」
「Thank you.」
馬頭はそういうと席を立った。俺も阿防も席を立つ。ガービッジを先頭に俺達三人は部屋を出て行った。
「ヨウスケ。」
と不意にウィンチェスターは最後尾の俺を呼び止めると投げキッスを飛ばした。
「グッドラック。」
そう俺に言葉をかけてくれたウィンチェスターに俺は微笑んで返し部屋を後にした。
御守地たちウィンチェスター社を後にした数時間後、その頃日本では、ある家族が皆殺しにされ、一人の子供が行方不明になるという事件が起きた。
その犯人である男は今電話をかけている。
「もしもーし、ハルフォードさんっすか?仕事終わりました。…いや、皆殺しってわけじゃあないんだけどよぉぉ、ちょいと面白い人材見つけたンすけどよぉぉ、今から連れて行きますワ。」
間延びした声で電話の主――ウァラウァラ――はハルフォードに報告をする。その後ろには御守地家の生き残り、誠也が立っていた。
外は暗く、他のものは寝ている時間帯。ろくでもない不良どもが闊歩する時刻だ。
『ご苦労。そのまま戻って来い。死体はそのままにしておいて構わん。『ただの強盗』がやったようにしておけばいい。我々にはな〜〜〜んの関係もない。』
電話の向こうの主のハルフォード・エヴァネッセンスは微笑みながらウァラウァラにそう指示を出した。微笑んでいる様子が電話越しでも読み取れる。
ウァラウァラは電話を切ると誠也のほうへと向き直った。
真夜中、それも明かりはあまりなく空は暗雲のまま。
まるで御守地家の惨殺を空が言い表しているかのようだった。
「これからつれてくけどよォォ〜、お前の兄貴は……陽介だっけか?あいつはすでに”力”を身に付けてた。蒼賢は教えてないって言ってやがったけどよ。」
「それが…俺と何の関係が?」
「いや、奴は何でか”力”を身に付けてた。お前も身に付けるだろォがよォォォォ、きついぜ?無理やり覚醒させるからなァァァ。それに下手をしたら……おっ死んじまう。それでもいいか?」
暗闇の中でにやりとウァラウァラは笑う。そして背を向き静かな住宅街を歩き出す。
誠也もそれについていきながら、抑揚のない声でウァラウァラの問いかけに答えた。
「大丈夫……。兄貴に出来て、親父に出来て、俺に出来ないなんてことはない。早く行こう。俺は眠いンすよ。」
「ふは、ナマイキな餓鬼だなおめェェよォ!!ていうかお前、俺等の組織のやつ等についてけンのかぁ?」
ウァラウァラは歩みを止め、再び誠也のほうへ振り向いた。
それに合わせ誠也も歩みを止める。
「今は…あんたについていく。でもいずれ……俺の前には誰も歩かせないようにする。俺の後ろにも、横にも、どこにも……。」
「くく…、くかかかか!!お前の終わりは孤独か?それともお前の目指す頂は君臨か?」
「どちらでもあるしどちらでもない。そしてどちらでもいい。」
「あ〜そうか。そうか。それでいい。お前はそれでいい。」
意味深な言葉を残しウァラウァラはまた歩き出し誠也もまたそれを追って歩き出す。
月は雨上がりの冷たい色の雲に隠れていた。
一方タイラント本部では護衛薬であるハスカー・ドゥとハルフォードがなにやら話を話をしていた。
「ボス…。『ダイアナ・ロス』から連絡が入りました…。『日輪のやつ等が動いている。ロスのマフィア、ゴブ・ディーヴォを殺すつもりらしい。一応連絡をしておいた。』……どうするンすか?」
「……クッキーは……?食べるか?」
ハルフォードは盆の上に乗っているクッキーを差し出す。
「いえ。結構。」
ハスカー・ドゥはソレを丁寧に断った。ハルフォードは差し出したクッキーを自分の口へと運ぶ。
「正直…ディーヴォは我々にとってどうでもいい。『マートゥリサイド』は奴をどうするかは分からんが。しかし放っておく訳にもいかんよな?」
「そう…っすね。一応俺等のパイプ役ですし…。『ネメシス』を行かせてみましょうや。日輪のやつ等は確実に殺しておきたい。」
そういってハスカー・ドゥは携帯を取り出すと電話をかけ始める。電話の相手はネメシスという男だろう。
その様子を見ているハルフォードは口を開く。
「ネメシスは我々の切り札。手段問わず、この身問わず闘うだろう。それが奴の良いところであり悪いところだがな。」
ハルフォードは大きく欠伸をすると自室へと去っていった。ハスカー・ドゥも手短に電話を終わらせ部屋を後にした。
深夜、ロスのホテルに着いたガービッジを含む俺達4人は作戦について話をしていた。
「つまりゴブを殺せばいーンだろ?ならゴブだけ狙えばいーじゃん。」
阿防は深々と椅子座って意見を言うものの、馬頭はため息をつきながら阿防に言う。
「ダメね。今回の相手は日本のやくざと違って重火器を持っている。直で狙ってもぐちゃぐちゃの肉片にされて残飯一丁上がりよ。」
「じゃあよぉぉ、そいつ等全員殺すっていうのはダメなのかよ?そうすりゃ少なくとも被害は少なくて済む。」
「そう…ね。ソレが一番いい。シンプルでいい。でも一発でも喰らったらアウトね。」
俺の意見もやはり無理を承知の上での意見だが今のところコレしかない。
「皆さん、何故私が『護衛』という形で皆さんに付いてきたか考えてください。」
コレといったいい案が浮かばない中、そう言って突然口を開いたのはガービッジだった。
「そういや、そうだな。あんたの”力”って何なんだ?」
「私の”力”…。それはセンサーと守護です。分かりやすく言うとですが。御守地サン、私に一発弾丸を撃ってください。それですべての説明がつきます。」
そういってガービッジは席を立った。白のロングコートに吊り下げられた髑髏たちはカタカタと隣とぶつかり合いながら乾いた音を立てている。
「…銃ってあたると結構痛いぜ?それでもいいのか?」
「御守地サン、私が”力”ついて説明しているのですよ?弾が当たらないことくらい分かっているでしょう?」
そう言われて俺はフフッと笑うと『愚者』を取り出して一発、ガービッジに向けて発砲した。
ドン――!!
鈍い、重い銃声が部屋に轟く。薄い硝煙が消え、先ほどまで髑髏の形をしていたものが、今は粉々になって床に散らばっていた。
ソレと一緒に歪んだ弾丸も一発落ちている。
「この髑髏たちは『一番速く動くもの』を察知します。そしてソレがもし私の半径2メートル以内に近づいてきたならば、髑髏は自動的に私の身を護ってくれます。」
ガービッジは床に落ちている弾丸を拾いながら話を続ける。
「当然、壊れますがコレはあくまで強度の問題。私を護る髑髏なのですから普通の髑髏のソレとは比べ物にならないほどの強度を誇ります。御守地サン、あなたのその銃はものすごい威力だ。」
俺は『愚者』をしまうと、即座に床を蹴ってガービッジのみぞおちに蹴りを入れた。
しかし鉄板を蹴ったような衝撃が脚を駆け巡り、俺は脚を引っ込める。
俺の蹴りはガービッジのみぞおちあたりを浮遊する髑髏によって阻まれたのだ。
すかさず阿防がバットでガービッジを殴ろうとするも、髑髏にヒビが入るだけで、阿防の攻撃は阻止されるばかり。
静かに紅茶を飲んでいたはずの馬頭もカップをテーブルの上に置いた瞬間、阿防に続いて抜刀し、神速の速さで袈裟斬りにしようとした。
しかし、先ほど阿防の攻撃を防いだ髑髏がまたしても、今度は馬頭の斬撃をも止めた。
刀身は髑髏に刺さった状態だった。
「グッド。申し分ない。これなら重火器なんて目じゃないわね。」
馬頭はそういうと髑髏に刺さった刀を引き抜く。阿防は無言で静かに椅子に腰掛ける。
「はい。あなた達を護るには最適かと。しかし問題があります。この髑髏は敵味方関係なく、私に近づくものを阻止します。ということは御守地サン、あなたの銃は私が近くに居るときは使えません。」
「なんともまぁ、使い勝手が悪いな。じゃあどうやって攻撃するんだよ?」
俺も椅子に腰掛けながら文句を言う。馬頭はフフッと笑うと俺と阿防を指差した。
「簡単よ。陽介と阿防が組んで、私とガービッジが組むわ。陽介はともかく、阿防の攻撃は確かに凄い。それは分かってる。でも確実性がない。確実に相手を戦闘不能にする可能性が。なら日本刀を持つ私は?必ず確実に致命傷を与えられるし、何よりスピードがある。」
そういって俺達を指していた人差し指はツツツ…とテーブルをなぞる。
「私とガービッジは表から堂々と侵入して、堂々と敵を殺す。あなた達は確実にゴブを殺しなさい。」
馬頭のこの提案に阿防は不服そうに頬を膨らます。
「ずるいなぁぁぁ。馬頭は華やかに登場して私達は裏方かぁぁ〜。」
「鬼は素直に正面から訪問するものよ。あなたも鬼、地獄の鬼は金棒で、罪人を地獄へと堕とすのも仕事よ。」
馬頭は微笑みながら席を立つ。ミッションを決行する時が来た――。
――一時間後――、ロスの離れ小島にあるゴブ廷の前に俺達は集まった。見張りは二人、馬頭と阿防は背後から、二人を殺した。
「私達ってさぁぁ、優しいよね?ほら、痛みを感じさせずに殺してあげるところがさぁぁ。」
阿防は自分の武器に付いた血のりを拭き取りながら馬頭に言う。
「ん、そこはまぁプロとしての意識もあるけどね。ていうかさ、どうしよう?」
玄関の扉の前で馬頭はなにやら悩んでいる。
「何?何悩んでんの?さっさと行きゃいいじゃん?もう見張り二人殺しちゃったんだよ?」
阿防は悩んでいる馬頭をせかす。
「でもねぇ〜。」
「馬頭さん、ちょいとどいててくださいよ。スティンガー(ロケットランチャー)がある。ここは離れ小島だからよぉぉ、近くに一般人の家はねぇからなぁ〜。被害は出ねぇぇ!!」
そういって俺は玄関に気合の入ったノックをする。
ドッ ゴォォゥ!!
派手にドアが吹っ飛んで屋敷の中から騒ぎ声が聞こえる。
「ヒュウ♪」
阿防は口笛を短く吹く。俺は使い捨てのスティンガーをその場に捨てて、馬頭たちと一緒に中へ入っていく。
「そういやあさ、馬頭。なんでさっきあんなに悩んでたの?何を悩んでたん?」
阿防は土煙の中、悠長に馬頭に質問をした。
馬頭は今となっては満足そうな顔で笑いながら答える。
「あ〜やっぱさ、派手に登場したかったんだけどさァァァ、どうやったら派手かなぁなんて思ってたわけよ。やっぱこれでだよねぇ〜!!映画みたいなさ!?」
「あ〜なるほど。なんか分かるなぁ、ソレ。」
そんなことを話しているうちに相手がやってきた。4、5人はいるだろうか。
各々マシンガンを持って銃口をこちらに向けている。
「てめェらァァァ!!何モンだァァァ!?」
「派遣社員でございます。」
馬頭はそういうと丁寧にお辞儀をする。そして相手は有無を言わず引き金を引こうとしたが、
その前に俺が馬頭たちの後ろから正確に、5人全員の頭を吹き飛ばした。
馬頭はタイミングを見計らったようにゆっくりと顔を上げ、口を開く。
「本日は地獄から2匹の鬼がやってまいりました。」
俺と阿防は新手に見つかる前に先に屋敷の中へと潜入をした。
そのあと馬頭とガービッジは悠々と、堂々と廊下を闊歩する。
これで完全に敵の眼はこの二人に注がれるだろう。二人がハデにやらかせばだが。
「さぁさぁ、暴れるか。」
馬頭は静かに刀を抜く。
ガービッジが後ろから付いてきている。
廊下の曲がり角から駆けつけてきた二人の男がマシンガンを持って出てきた。
パララララ、と軽快な音を立て馬頭とガービッジに数多の弾丸が襲い掛かる。
「……こんだけ撃ちゃ、死んだな。」
そう言って余裕綽々に笑う相手は弾切れになった銃のカートリッジを替えようとする。
しかしそこにはポケットに手を突っ込み余裕の表情を見せる無傷のガービッジが立っていた。ガービッジの周りには髑髏が5,6個ゆらゆらと怪しく浮遊している。
「な…!?」
相手は驚きを隠せない様子だった。
だがそんな驚く間すら満足に与えないうちにガービッジの影から馬頭が飛び出し、前傾姿勢の低い姿勢で距離を縮め刀で水平に地面スレスレを真横に振る。
「ぎゃあ あぁアア!」
片方の男の両足を切断し、もう片方の男のほうを向き、勢いを殺すことなく下から上へと斬り上げ、身体を両断する。
「んふ、騒がないでね。」
馬頭は足を切断された男にそう言うと刀を心臓に突き立てた。男は声にもならない声で精一杯の断末魔を上げて絶命した。
「軽いわね。弱いわね。先に行きましょう。私達の目的は囮なんだから。」
また堂々と馬頭とガービッジは歩き出した。
「結局さ、俺等ってどこ行きゃいいの?」
俺は今、大麻に火を着けようとする阿防に質問する。
阿防は大麻を大きく吸って煙を吐いてから答えた。
「ん〜〜しらみつぶしっしょ。やっぱ。だってデッケェェェンだもんこの屋敷。」
確かにこの屋敷はでかい。
大きな島をすべて私有地としているのだから屋敷も当然でかくなる。
「んじゃとりあえずこの部屋から。阿防、開けてくれ。」
そういって俺はドアの前で銃を構えてから合図を出し阿防がドアをバン!と開ける。
―中には誰も居ない。ただの部屋だ。俺は銃の構えを解いて次の部屋の詮索に移る。
次の部屋も同じように開ける。
しかしそこは妙な部屋だった。
壁も床も天井も、すべてが真っ白で『ただの箱の中』を彷彿させる。
部屋は少し大きめの部屋でドアが鉄製だった。
一体何を目的に作られた部屋なのか?
理解に苦しむが害はないと思える。
「なんだこの部屋?頭痛くなる。」
俺はそう吐き捨て部屋を出ようとする。
阿防も気になりながら部屋を出ようと振り向いたとした瞬間、目の前には男が立っていた。
「な……!?」
阿防は反撃する間もなく蹴りを入れられ真っ白な部屋の中央へと吹き飛んだ。
「阿防!!」
俺は『愚者』を構えその男に撃ち込もうとした瞬間、顔面に圧し掛かる重い衝撃によって阿防と引き剥がされてしまった。
俺はそのまま吹き飛ばされ、絨毯の敷かれた廊下の床に倒れこんだ。
「あぐ…あ、なんで攻撃受けてンだ俺…!?なんで何も見えなかった?」
そんなことを考えながらもよろよろと起き上がる。
鼻血がボタボタと垂れてこの痛みにムカつきを覚えた。
「ちっくしょうがァァァ!!ぶっ殺してや…。」
このとき、なぜ俺は攻撃を喰らったのか、俺は自分の眼の異変に始めて気付いた。
一方阿防は『白い部屋』の中で大の字で倒れていた。
バットはバットケースに入っているので落とすことはない。
「…女の子相手にいきなり不意打ちねェェ、ムカつくなぁおい!?」
そう言ってゆっくりと起き上がる阿防はまだ全然余裕があるのが見て取れ、先ほどの蹴りも大したダメージにはなっていないようだ。
先ほど阿防に蹴りを入れた男は紳士的な態度で自己紹介を始める。
「失礼。あまりにも隙だらけだったのでつい。私の名はレヴォネッツ。歳は42です。そしてすみません。あなたはもう死ぬのです。」
手にはアーミーナイフを握り、ドアの鍵を閉めながらレヴォネッツは言う。
「まことに残念だ。本当に、本当に残念だ。デートとかしてみたかったァァァァ、君と。それが叶わないのならせめて君の『生首』をもらおう。」
「……何を言っている?このサイコ野朗。私の『生首』だってぇ?イカレてンのか?」
阿防はバットを取り出すとすぐさま距離を置く。
飛び道具を持っているかもしれないし、なにより相手も”力”を持っているかもしれない。
距離を置いて用心するのに越したことはないのだ。
「おいおいおいおい、ひくなよ。ただの趣味だって。人間誰しも趣味はあるだろう?私はね、女の子の生首を自宅に飾っておくのが趣味なのだよ。もちろん防腐加工をしてね、あぁあと君の名前を教えてもらえるかな?」
悦に入った恍惚の表情で笑みを浮かべるレヴォネッツ。
ゾクリと背筋に悪寒が走り、粟立つような戦慄を覚えた。
阿防はありったけの嫌悪の表情をレヴォネッツに向け、毒を吐く。
「キモい。あんたメッチャキモい。悪いけどあんたの変態染みたコレクションになるわけにもいかないからさ、逃げさせてもらうよ。」
そういって後ろずさりし、阿防はドアとは正反対の方向にある壁をバットで思いっきり殴りつけた。
何回も、何回も殴り続けるが、破壊される兆しはない。
「お〜ぅ乱暴だ。壁を壊してこの部屋から出ようとでも言うのか?でもひかないでくれといったじゃあないか?」
そういってレヴォネッツは軽くノックするように壁を叩く。
――奇妙なことが起きた。
(なんで私はドアの方向に『落ちて』いってるんだ?)
さきほど阿防が足をつけて立っていた『床』はすでに『壁』となっていた。
先ほどまで叩いていたあの『ドアとは正反対の方向にある壁』は『天井』になっていた。
そして今、先ほどレヴォネッツが叩いた『壁』は『床』となっていた。
「なにを…した?」
阿防の目の前が歪んでいる。
壁の方向に落ちていって頭を強打したせいで、一応受身は取ったものの吐き気がする。
「見ての通りだ。部屋を『傾けた』のだよ。さぁ、いい声で鳴けよォォォォ!!」
「く……ァッ!!」
阿防の左肩をアーミーナイフが貫通する。
必死に痛みを堪え、涙をうっすらと浮かべながらも阿防は耐えた。
「おやおやおやおや、声が聞こえないようだ。私は鳴いてくれと頼んだはずなのだがなぁぁ〜〜!!」
そういってナイフをぐりぐりと回す。
傷口が広げられ出血も増すが、何よりも鋭い痛みが阿防に口を開かせた。
「……あっ!っあぁアアァ…!」
あまりの激痛に声を漏らす阿防。そしてレヴォネッツはその声を聞いて至福の表情をしている。
「…あっあぁ〜。いい声だぁ〜。この声。聞いているだけでいきり勃ってくる…!!」
うっとりとしながら不意にレヴォネッツは阿防の顔面を殴りつける。
「お前を全身刺青だらけにしたい死ぬほどお前が欲しい♪」
レヴォネッツはリズミカルそう謳いながら阿防の腹を殴りつけた。
「アァ!」
阿防は顔を歪ませ腹を押さえる。涙が頬を流れた。
吐くほどではないにしろ、激痛と会い重なって意識が飛びそうになる。
「複雑だ、成人指定、死ぬほどお前が欲しい♪」
ゴッ!ガッ!グチャッ!!
阿防の顔を殴る度に鈍い音がし、阿防は鼻血を垂らす。
最早泣き声を上げず、ただ顔を抑えていた。
「本気さ、欲しいんだ、死ぬほどお前が欲しい♪」
『ウォンチュー・バッド』を歌いながらレヴォネッツは阿防に暴行を加え続けた。
「そろそろ、死んでもらおうかなぁぁ!!」
最早紳士の態度はなくなったレヴォネッツは阿防の左肩に刺さったアーミーナイフを引き抜こうと、柄に手をかける。
ゴキャ!べキン!
瞬間の出来事だった。
ナイフを抜いた音ではなく骨が砕ける音。阿防は柄に手をかけたレヴォネッツの手首を掴むと思いっきり力を入れ骨を砕いたのだ。
「あ!ぁ!がぁああぁあアアァア!?」
阿防はすでに泣いてはいない。
だが同時に阿防はその時既に阿防ではなくなっていたのだ。
「痛いか?阿防はもっと痛かったって言ってるぞ?」
手首を押さえてうずくまるレヴォネッツにそう吐き捨て自分で肩に刺さっているアーミーナイフを抜いた。
「く……痛ェ……おいレヴォネッツだっけかァァァ?てめぇの名前。女の子の顔を殴るたァ男じゃあねェェなァァ!」
「君……は誰だね……?先ほどの娘とは、違うな……?」
「あたしは羅刹。阿防羅刹の片割れだよ。あんた……最低だ。阿防を苛めてさ、あたしを出す結果にしちゃった。」
羅刹はそういってバットを拾う。床についているドアをバットで思いっきり叩くもドアはへこみもしない。
「おい…出せよ。ここから。そうすれば危害は加えない。」
レヴォネッツは折れた右手首を押さえ、うずくまっている。
「聞こえてんのかぁ〜?開けろっつってんだろ!!」
「はは……断るよ。君は、貴様はやはり殺してやる!!女風情が、私を舐めやがってェェ!!百回殺しても殺したりねェェだろォォよォ〜!!」
本性を現したレヴォネッツは懐からもう一本アーミーナイフを取り出した。
「ならさぁぁ、百回生き返ってテメェを殺してやるよ!!」
羅刹はバットを握る手に力を入れる。
レヴォネッツは壁に手を触れる。
するとまた部屋の床が変わり、今度は先ほどまで床だったところが壁になった。
「く…!!」
羅刹はバランスを崩すもすぐさま体勢を立て直した。
しかしレヴォネッツはそのタイミングを逃さなかった。
アーミーナイフが羅刹の太ももを切った。
「まずは動けなくしてからだ。君の”力”がわからない以上、むやみに近づくのは無謀。」
だが羅刹はひるまずにバットを思いっきり振りかぶりレヴォネッツの中身をぶちまけんと渾身の力で叩く。
しかしすべて攻撃はかわされ、無情にも床や壁を叩くのみ。
「そんな攻撃じゃとても当たらんなぁ〜!至近距離に入ればリーチの長いそのバットは使い物にならん!!」
レヴォネッツは今度は羅刹の懐に入ると右横腹を左肘で打ちつける。
「が…!!てめェェェ!!いい加減にしやがれぇ!!」
羅刹はバットをめちゃくちゃに振り回す。
しかしその攻撃はレヴォネッツには当たらず同じように壁を床を叩くばかりであった。
(畜生…!あのクソ野朗の”力”触ったところを床にする”力”か…いちいち床を変えてバランス崩されちゃあ攻撃できねぇ……。何より距離を置かないとまずい!)
しかし逃げようとすればバランスを崩される。
(なんとか…あの『扉の反対側の壁』に行けば…。)
そう思いながら羅刹は立ち上がった。
殴られて体中が痛いが今は痛みを気にしている暇はない。
しかしレヴォネッツはまたしても床と壁を逆転させる。
「ふは!ははぁはあ!!殺すといっただろう?逃げるのか?抗うのか?諦めるのか?」
ドアのある壁が床になる。床の面積は更に狭くなる。
「距離を置けばいいと考えているようだがよぉぉ〜、こんなに狭くなっちゃあお前は何にも出来ねぇ!!」
そういってレヴォネッツは新たにアーミーナイフを取り出す。
「コレをお前の心臓に突き刺してよォォォ!!俺の勝ちだァァァ!!」
「いいや、お前の負けだよ。コレを待っていた。お前がまた床と壁を逆転させるのを。既に出来上がっている。」
羅刹は勝ち誇った笑みを浮かべ、バットを捨ててレヴォネッツに軽く蹴りを入れる。
致命傷でなくともいい。壁に叩きつけるだけでいい。それだけでよかった。
「あたしの能力は”エネルギーを操作すること”今まであたしがしてきた攻撃はすべてそれを狙ったもの。エネルギーの操作…。それは衝撃エネルギーの操作!!」
壁に叩きつけられたレヴォネッツの背中に重い衝撃が加わる。
まるで『バットで思いっきり叩きつけられた』ような衝撃が。
「うがァァアあぁ!!」
完全にひるんだレヴォネッツの胸倉を掴み今度は他の壁に叩きつける。
レヴォネッツの胸と腹にいくつもの重い衝撃が加わった。
肋骨は折れ、内臓を損傷したらしく、どす黒い血反吐を吐いている。
「うぐぁぁ…あ、あ、あ!」
レヴォネッツは『ドアのついた床』の触ると床と壁を逆転させた。羅刹はバランスを崩し、レヴォネッツはその隙に逃げようとしたが、完全に手を打ってあった羅刹にはそれすらも無駄だった。
「無駄だって。逃げれやしないよ。さっきお前も見ただろう?私が『ドアを殴ったの』をさ。あのときお前が素直に私をこの部屋から出しておけばお前は死ぬことなんてなかったのにねェェェ〜?」
レヴォネッツがドアに触った瞬間、レヴォネッツの顔面に今までで一番の衝撃が襲う。
「ブッギャアァァ!」
反動で吹き飛ばされたレヴォネッツは羅刹のもとにうずくまる。
もはや反撃するどころか歩くこともままならないだろう。
「どう?許して欲しいか?」
「た、タスケテ…ふださい…」
情けない声を上げるレヴォネッツに羅刹は意地悪く微笑んだ。
「阿防はあんたを許さないらしい。だからあんたはここで死んでもらうよ。」
「クソ…アマがぁ…ーーー!!」
レヴォネッツはアーミーナイフを取り出し苦し紛れの攻撃を繰り出した。
しかし羅刹は流れるような綺麗な動作でアーミーナイフを左ハイキックで吹き飛ばし、今度は右の後ろ回し蹴りのハイキックでドアの反対の壁に吹き飛ばした。
弱りきっていたレヴォネッツはなすがまま、蹴りの勢いによってそのまま身体を壁に任せた。
「そこは行っちゃいけないとこだ。一番最初に一番衝撃が溜められているところだから。」
レヴォネッツは壁に叩きつけられる。
そして、何十発もの重い衝撃がレヴォネッツの体を打ち叩いた。
ドギャドゴドゴドドドドドドンドンズドドドドン!!!!
「ああががあがああああぁぁあ!!」
表現しがたい断末魔を上げ、レヴォネッツは床に倒れこんだ。
完全に、絶命していた。
体のいたるところに青痣ができ、顔は原型を留めてはいない。
羅刹は大麻に火をつけて煙を吐く。
「ふー……ボロ雑巾一丁あがり。」
阿防羅刹=エネルギーを操作する。衝撃エネルギー、位置エネルギー、などありとあらゆるエネルギーを操作することが出来るが増幅などはすることが出来ない。
ガービッジ=髑髏がセンサーの役割をし動くものを探知する。また、自分の半径2メートル以内に近づいてくる危険物を阻止するという機能もついている。
レヴォネッツ=触ったところが床になる”力”リスクはないが室内でないと効果が発揮できない。また空間を操作しているのでその空間は普通の空間とは隔離された空間であるためその部屋から出ることは出来ない。