第10曲:WELCOME TO PARADISE
はじめに
今回の話は実際に起こった出来事を題材にしております。その中で謎である部分を筆者は捏造しました。
ですがコレはあくまで筆者の想像であり、真実は闇に埋もれたままです。そして合衆国の闇は想像もつかないことであるかもしれません。
2029年、ケネディ大統領暗殺の資料が公開されます。そのときまで合衆国はどのような秘密を公開するのか?それを皆様楽しみして本作をお楽しみください。
経済の都市ニューヨーク。立ち並ぶビルのどれもが天を突く様な大きさで摩天楼を思わせる。俺と馬頭さんと阿防はそんな自由と欲望と、夢と犯罪が共存するアメリカへと来ていた。
「でっけぇぇぇ!!やっぱ日本なんかとぜんっぜん違うんだな。」
俺はつい先ほどそこで買ったホットドックをモッシャモッシャと頬張りながら阿防に言う。
スーツを着て歩く商社マンや派手な格好の若者が、俺の横を通り過ぎ俺はその後姿を見送った。
「でもなんかこう、俺が思ってるようないかにも『アメリカ!!』って感じじゃねぇな。」
「それってさ、映画に出てくるような感じのやつ?でっかい車乗りながら女の子隣に乗せてコーラ飲んだりするってやつ?」
阿防は俺の足りない言葉を汲み取る。馬頭も話に乗ってきた。
「あと、庭でバーベキューとかやったりね。でもソレは昔のアメリカじゃない?今もそんな感じだったら、いかにもアメリカって感じだったらこの国は見世物小屋ね。ちなみにアメリカのコーラってすっげぇぇ甘いんだってさ。だから太る奴が出てくるんだね。」
「へぇぇぇぇ。日本のなんかより甘い?牛頭さんここに住めるんじゃね?」
まぁここはニューヨークだ。
アメリカ一番の経済都市。そんな昔なアメリカーナ(アメリカ文化)が垣間見れるわけでもないし、そんなものを見に来たわけでもない。
「まぁとりあえずウィンチェスター社長に会うのは明日にしましょ。時差でべらぼぅ眠いし。」
おかしな言葉使いで馬頭は適当なホテルへと入っていく。とりあえずチェックインだけ済ましておきたいのが本音。実のところ俺もかなり眠いのだ。
「てかこん中で英語話せる奴っていンの?」
素朴な疑問だが最も大事なことに俺は気付いた。
「たしか馬頭が出来たはずだよ。あと私も。」
「な!?」
意外だった。
まさか阿防まで英語が話せるとは。驚きを隠せない俺に阿防は俺のほっぺをつまんで上へと引き上げる。
「なぁに?その反応?あんたさぁぁ、あたしがバカだと思ってたろ?ぶっちゃけ思ってたっしょ?」
「ふぁい…。ふいまへん。はなひへくだはい、いはいれす…。」
千切れんばかりのつねりをお見舞いされ俺は素直に阿防に謝る。
阿防は手を放し、満足したような笑みを浮かべて俺の顔を一瞥すると馬頭に続いてホテルへと入っていった。
俺はその後姿を見ながら阿防に聞こえない程度で呟く。
「知ってるか?俺の英語の成績は『5』なんだぜ?」
そして俺もホテルへと入っていった。
部屋は中の上というところか、なかなかいい部屋をとってある。
ベッドは3つあり、シャワーやソファーもちゃんとあった。
「とりあえず三人一部屋だから。陽介、幸せ者だね。」
馬頭は自分の荷物を部屋の隅においてベッドにどさりと横たわる。
女2人に男一人。それも美人と来ている。確かに幸せなのかもしれない。
「ん〜〜……とりあえず去蝶さんがもうアポとってあると思うから今日はもう休もう。今のうちに寝て体調整えておかないと、きついわよ。」
馬頭はベッドから降りてシャワーを浴びようとバスタオルを手に取る。
俺は馬頭の発したこの言葉に一つの質問をした。
「きついって?やっぱり戦いとかあるんすか?」
俺は自分の荷物を置いてベッドに横になり、シャワー室に入らんとする馬頭を引き止めた。
だが俺の質問は馬頭ではなく、巻きタバコを作っていた阿防が答えてくれた。
「そりゃあさ、あるっしょ。そもそも手を組むっていうことをするだけなら使者を送ればいいだけのこと。でもそれを私達みたいな闘う者を行かせるって事は少なからずあるわけよ。」
巻きタバコに火をつけて煙を吐く。煙草とは違う独特な匂いがする。
「そっか。確かにそうだ。てゆうか俺等にそれ以外の仕事ってのがあるのか?てか阿防、それ煙草?」
虚ろな表情で笑いながら煙を吐く阿防をみて訝しげに聞いてみる。
俺の勘が当たっていればあれは煙草なんかではないはず。
「ん〜〜?ちがうよ〜。コレは大麻。吸う?」
「いや、遠慮。そんなんよぉぉ、吸わないほうがいいぜ。」
なぜ大麻なんか吸っているのか?
よほど深い理由があったのか?
それともただ嫌なことから逃げたいのか?
それはわからないし、俺は聞く必要もない。ただ仲間なのだから俺は一応は警告をしておいた。
「ん〜。大丈夫。これはこれで。私には必要なのよ。」
阿防はどこか悲しそうに笑うと大麻を吸い終え外へと出て行った。
俺は馬頭がシャワーを浴びている間ベッドで横になっていた。
眠い…
夢を見た。ショートヘアーの白い髪をした女の子が出るいつもの夢。
頭を垂れ、手に顔をうずめ、泣いている。
悲しくてないているのか?
そんな感じがする。
しゃくりあげながら顔を隠す少女は途切れ途切れに何か呟いているようだ。
聞き取れないが、短く呟いている…。
誰か俺を呼ぶ声がする…。誰だ…?
「陽介!!おきなって。シャワー空いたから使っていいよ。」
目を覚ますとそこには馬頭がいた。タオルでまだ半乾きの髪を拭いている。
水気を含んだ髪は馬頭を一層美しく際立たせていた。
俺は眠そうに体を起こし大きく伸びをして時計に目をやる。どうやら少しばかり眠ってしまっていたようだ。
そして俺の脳裏に夢の光景が再生される。
あの少女は誰だ?逢った覚えがない。覚えがないということは逢った事があるかもしれない。ということだ。しかし思い出せない。
がりがりと頭を掻き、再び大きく欠伸をして阿防がいないことに気付く。
「あれ、阿防は?出てったンか?」
「さっきまでシャワー浴びてた私がなんで知ってんのよ。多分大麻…こっちじゃマリファナだっけ。買いに行ったんじゃない?ここじゃ確か合法のドラッグだし。あいつバカだよね。なんであんなもんに頼っちゃうんだろ…?」
ベッドに腰掛ける俺に、珍しく馬頭のほうから質問をしてきた。
俺は頭を掻きながら少し考え口を開く。
「やっぱさ、不安つーか、満たされないものがあるんじゃねぇ?ソレを補うものが神に対する祈りだったり、他者の血であったり、恋人だったり、そして阿防にとってはソレがクスリであるんだろ?なんのことはない。補うものが違うだけっしょ。」
俺はベッドから腰を上げるとバスタオルを持ってシャワー室へと入っていった。
部屋に一人残された馬頭は窓の外を覘く。
大きなビルが立ち並ぶ街を見て馬頭は抑揚のないような声で呟いた。
「確かにね。でもね陽介、ソレは底のない奈落に水を注ぎ続けるように、満たそうとしても、満たし続けても、満たされることは決してないの。人間の欲するものに上限はないのよ…。」
どこか悲しげにそう呟くと馬頭は倒れこむようにベッドへと横たわり深い眠りに着いた。
暗がりの路地裏。
ニューヨークの東ハウストン通りの路地裏に、阿防は居た。
手には金属バッドを握り、文字が書いてある。『痛いですぞ』と。
「やっぱさ、こういう危ないところに薬やってる奴っているんだよね。」
時刻は既に午前2時を回っている。周りには溢れたゴミ箱や捨てられたエロ本等が捨てられている。
少し臭うが、打ち捨てられたゴミのせいだろう。
「そしてここに来たあんたは何なんだ?犯して欲しいという意味合いか?」
5,6人のたちの悪そうな若者が暗がりから出てきた。
手には各々ナイフやら鉄パイプを持っている。
明らかな敵意。
阿防の中で予感が確信に代わり、危険な衝動が芽生えた。
「……ちょいとあんた達みたいなのに用があンのよ。暗がりから出てきたあんた等は何なんだ?殺されに来たの?マリファナ持ってるなら別だけど。」
阿防は手に持っているバッドを握り締める。
「マリファナァァァ?ンなもん渡すかよ!!やらねぇよ。てめぇが俺達に犯されてくれるなら分けてやるけどね。」
男共はヒャッヒャッヒャッと笑う合う。
だが阿防はそれ以上の笑い声で大きく笑う。
静かな路地裏に心底嬉しそうな笑い声が木霊した。
「アーーハッハッハッハ!!持ってる?そう。持ってるんだ。やっぱこういう奴らは持ってると思ったよ。GOOD!!GOOD!!あんたらはあたしに殺されずに済むよ。さ、出して。」
そういって阿防は意地悪そうな微笑を浮かべる。そしてソレとは正反対に男共の顔から笑いが消えていた。
「この売女が、ナマ言いやがってよぉぉぉ!!殺して犯してバラバラにしてポリのところにばら撒いてやる!!」
「ならさぁぁぁ、こっちもぶっ殺すってことでいいんだよね?IT`LL BLOW YOU AWAY!!」
阿防はそう言うと同時に一番近くに居た男の頭を思いっきりバットで殴打した。
頭蓋が陥没したのか、男は力なくその場に倒れ、鼻と頭からどす黒い血を流しながらビクビクと痙攣し始めた。
「てめぇぇ!!」
他の不良が手にしたナイフを突き刺そうと迫ってくる。
しかし阿防にとってそんなものは唯の無謀でしかない。
ナイフを持った手をバッドで殴ると腕はあらぬ方向へ曲がった。
そしてすぐさま脳天に重い衝撃を加える。
仲間がやられているうちに、阿防の背後に回った一人の男が鉄パイプを阿防の頭に振り下ろした。
鈍い感触が男の手に伝わり、確かな手ごたえを感じさせた。
阿防の頭をカチ割るはずだった攻撃のソレは、阿防のバッドによって相殺された。
いや、正しくそして細かく言うと阿防の”力”によって男のほうの腕が破壊されたいた。
阿防のバットには凹みどころか傷すらついていない。
怯んだ男に満身の力を込めてバットを振るスイングし、顔面を殴打して鼻をへこませた。
「……エネルギーは、衝撃は私を傷つけることは決してない。あなたがつくった衝撃エネルギーを操作させてもらったわ。作用反作用は私にゼロ。あんたに反作用が100って割合で。ま、もっとも何が起こったかわからないだろうし何言ってンのかわかんないだろうけどねぇぇ〜。」
返り血を浴びた阿防は無邪気に微笑んでいた。暗闇で、死体を見下ろしている姿は羅刹そのもので。
この時、男の眼には暗闇のせいか阿防が人ではない鬼に見えたという。
「ひぃぁあぁ あ あ!!」
残りの仲間は一目散に逃げようとしたが最早それは無駄なこと。
阿防は逃げる男に追いつき、飛びつき様にまた一人撲殺した。
腰の抜けた男共は震える手で叫びながらマリファナを取り出すと阿防に差し出した。
「あああぁ あ あ、助けてくれ!!全部、やる から!!マリファナやるから!!」
阿防は無言でマリファナをもぎ取るとバットを振りかざす。
その男には目もくれず、戸惑うことなく殺すつもりだった。
「う、あぁああぁああ!!」
殺されると察知した男共は泣きながらナイフを取り出す。
そんな姿を見て阿防は鼻で嘲り笑った。
「抗う?それとも助けを請う?ダメよダメダメ。EITHER WAY.YOU CAN`T ESCAPE IT」
数分後、阿防は路地裏でマリファナの煙をくゆらせていた。返り血を浴びているが、そんなことなど気にも留めず、周りに血が飛び散っているのにも気にしてはいない。
暗い路地裏には死体が無造作に転がっていた。みな顔は原形を留めておらず、中には中身をハデにぶちまけている死体もあった。
「ふ〜…帰ろ…。」
マリファナをコンクリートに広がった血の海に捨て、靴で踏みにじってホテルへと帰っていった。
「あ〜〜ねむ!!まだ時差ボケある…。」
朝食を前にしてまだ目が半開きの馬頭がブチブチと文句を垂れる。
俺は朝食を運んできてくれたボーイにチップの20ドル紙幣を渡す。
「は…ア〜〜〜…ま、確かに眠いっちゃ眠いっすね。ンでなんで阿防は眠くねぇの?」
伸びをして俺は席に着きながら阿防に聞く。
阿防はまだ熱いコーヒーのブラックを飲みながら新聞を読んでいる。
「ん〜〜?や、まぁほらあれじゃん。私クスリやってっから。」
笑いながら阿防は答えるが、普通に聞くことはできないない返答だ。
俺は阿防が昨日夜遅くに帰ってきたことには触れなかった。
聞くのもめんどくさいし何より聞かなくていいことは聞かないほうがいい。
「つぅかさぁぁ〜、ウィンチェスター社ってなんの会社?」
コーヒーを飲みながら俺は馬頭に聞く。馬頭は寝癖でボサボサになった髪を払いながら質問に答える。
「ん?まぁ平たく言えば銃の製造会社だよ。アメリカの大企業。トップクラスの会社だよ。聞いたことあるでしょ?まぁ裏では銃の密売やってんだけどね。」
そうは言われても俺はピンと来ない。首を傾げる俺に馬頭はふっと笑って続きを話した。
「ウィンチェスター。18世紀後半、南北戦争が起きたのは知ってるよね?その戦争でね、オリバー・ウィンチェスターがあるライフルを改良したの。それは今まで1発づつしか撃てなかったライフルを13連発にした。当時ソレは恐ろしい武器だっわ。それをね、息子のウィリアムが全米に売り込んだの。まぁその銃のおかげでたくさんの人が死んだわ。そしてたくさんの死んでいった人がウィンチェスター社を恨んだって言われてる。そのせいか、娘のアニーが奇病で死んだ。ウィリアムは肺結核で死んで妻のサラ・ウィンチェスターはボストンの霊媒師に相談。霊媒師はこういった。」
馬頭はここで一旦話を区切った。いつの間にか俺は話しに引き込まれていたし、阿防は新聞を読んでいたが目は動いてなかった。
阿防も話を聞いているようだ。
「霊媒師はね『ウィンチェスターライフルによって死んでいった怨霊たちが夫や娘を殺している。あなたが生き続けるには屋敷を増築し続けなければならない。』サラは1884年から1922年の82歳で亡くなるまでの38年間、屋敷を増築し続けたの。かくしてアメリカにはミステリーハウスが出来たというわけ。ま、82歳まで生きたんだからお告げのとおりにはなったけど。ちなみにこの屋敷、今じゃ観光名所よ。」
馬頭は最後に皮肉そうに笑うと、コーヒーを飲む。しかしブラックは苦手なのか口に含んだ瞬間、コーヒーに砂糖を入れてまた一口口に含んだ。
「はい。話はおしまい!!阿防、いつまで新聞読んでンの?もう行くわよ。」
不意に馬頭が話を切り替える。行くといってもどこへ?
今の時間、現地時間では8時だがウィンチェスター社に行くのはまだ早いのではないかと思う。
「行くってどこへです?そもそも俺よ、眠いンだよ。」
「どこへ行くって?決まってんじゃない。買い物よ!!」
後者の俺の反論を無視し、なぜか分からないまま俺はショッピングすることになった。
街に出て道を歩く俺達を見る視線が妙に痛い。
一人は黄緑色の髪で黒いチャイナドレスのようなものを着た美人。もう一人は銀髪に上半身は胸と左腕しか纏っていない奇抜な服装をした美人。そして服装はまだ普通だが髪も目も真紅な俺。目立つことこの上ない。
「やっぱさぁぁ、ニューヨークに来たからには買い物しなきゃね〜。いろんな服とか買いたいし〜!!阿防、どこいく!?どこどこ!?」
「落ち着きなってぇぇ〜。でもいろんなとこ行きたいよ!!迷うなぁ〜。」
はしゃぎまわる馬頭と阿防。
こうやって見ると普通の女だ。一般人には想像もつかない世界で暗躍している二人は今こうしてみると微笑ましく感じる。
そう思いつつ、市街を散策し適当に服を買い、アクセサリーやその他諸々をホテルへと送って、俺達はイースト川が流れるイーストリバー公園で休んでいた。
ベンチには鳩にエサをやる老人や、無邪気にはしゃぎまわる子供達やその家族が散歩している。
「ウィンチェスター社に行くのは何時ヨ?そろそろ静かなジャパ〜ンに帰りたい頃なんだけど。」
俺は半分眠たげな声で質問する。
時差のせいもあるが、何より慣れない土地で歩きつかれたことと、二人に振り回されたのが相当堪えていた。
「ん〜もうそろそろかな。はいはい、若いんだから、だらだらしない!!」
馬頭は笑いながら俺の肩をバシバシと叩く。
「とりあえずタクシー拾って、ウィンチェスター社へと行きましょう。」
「土産は?」
先ほどまで警戒心のなかった鳩の大群に襲い掛かり、一斉に飛び立つ様を見て満足した阿防がたずねる。
「ん〜〜ナシ!!ウソ。実はちゃんとあるのよ〜。コレ!」
バックの中から取り出したのは日本の和菓子。高級そうな感じがする。
茶受けようの菓子だが、アメリカ人に合うのだろうか?
「喜ぶかな?」
少し不安気味に馬頭は尋ねる。
「だいじょぶだいじょぶ。オッケオッケ。とりあえず持ってこう。」
俺は何の根拠もないままタクシーを拾いながら適当に言う。
タクシーが一台停まり、行き先を告げるとウィンチェスター社へと俺達を乗せたタクシーは走っていった。
「社長、そろそろ日本の…日輪からの使者が来る頃です。」
コトッ
ニューヨークの高層ビルの中でも一際、群を抜いて高いビルの一室に一人の男がいた。ボスと呼ばれた女性とチェスをやっている。
「……。」
女は顎に手を置き無言でチェス盤を見つめている。
コトッ
黒のポーンが相手の白のポーンを獲る。
「今回の仕事、やれるでしょうか?」
コトッ
先ほど白のポーンを獲った黒のポーンが居たところにナイトが入る。
「王手。」
女はキングを移動させる。そしてここで初めて女が口を開いた。
「やれなくてもいい。死なせはしない。そして私にはこのキングのように逃げ道がある。」
コトッ
白のナイトが黒のルークを獲る。
「チェスとは『敗北』という意味だそうです。しかし今の今まで一度も敗北などなかった。しかし、多くの兵を失ってきました。」
コトッ
白のナイトが黒のクイーンに獲られる。女は口を開く。
「否、敗北、というより、勝負がなかった。完全な勝負が。」
コトッ
「今までは…王が敵をチェックメイトしてきた…。そしてお前達のような部下を持った。今回は全く違う。初めて傭兵を使役し、王が傍観している。」
コトッ
黒のクイーンが王に近づく。
「チェック…メイト。」
「そうです。ソレが戦争です。王は傍観しているもの。しかし王が自ら戦うのも戦争です。」
女は席を立って外を見る。まだ太陽は昇っているがそれはもうかなり沈みかけていた。
先ほどまでチェスをやっていた男は駒を片付けている。
そして会社の内線の電話が鳴り響く。
女がボタンを押すと、フロントからの伝言が伝えられてきた。
「社長〜。使者の方が見えました。」
内線超しから声がする。
「通して。」
女はそれだけ言うと、椅子に深く腰掛けた。
まるで風格のある女王のような気質もつ女は右手で銃のような形を作るとバンっと口で撃つまねをした。
男のほうはチェス盤を片付けると静かに女の脇に立ち、使者の当直を待っていた。
視点は変わり今俺達は応接室へと案内されている。
随分と高く、大きく、迷路のように入り組んでいる。
一人で詮索などしたら迷いそうだ。
「こちらでございます。」
案内のものは、応接室へと案内するとドアを開ける。
「ど〜も〜。」
最初に先頭の馬頭が軽やかに入っていく。続いて俺が応接室へと恐る恐る入室する。
応接室は鷹の剥製やら、高価そうな絵などが飾られている。
「腰掛けてください。」
男は椅子に手をかけ座るよう勧めてくれた。
そしてこの男の風体を見たときに俺は絶句した。
白のロングスーツにマフラーをして肌は真っ白だった。が、何より異形なのはたくさんの髑髏を引っさげていることだった。
本物の髑髏だ。
「どうも。」
俺は一言言うと椅子に腰掛ける。
「ようこそ。日本の使者の方々。そして初めまして。私、ウィンチェスター社長の秘書のガービッジと申すものです。以後見知りおきを。そしてここにおられるのが我等のボスです。」
ガービッジが自己紹介し、自己紹介された女がこちらを見据える。
「初めまして。私の名はケイティ・R・ウィンチェスターです。今回はあなた方は使者として参られたとか。どのようなご用件で?」
俺が想像していたのと大分違った。まずは女であること。そして歳はアメリカ人だからか良くわからないが若いこと。そして気品漂い、秘書が異常なファッションなこと。
「今回、我等のボス、去蝶はあなた方と協定を結びたいと思っております。是非とも我等と手を組んでいただきたい所存であります。そして、これを。」
いつもとは違う、丁寧な口調で馬頭はウィンチェスターに手紙を差し出す。
「あながち、あなた方、合衆国には関係なくはないことですし。」
馬頭は手紙を渡すと同時に最後の一文を付け足した。
すぐにウィンチェスターは手紙の封を開け、中身を声を出さずに目で追って読んだ。
馬頭は相変わらず微笑んでいる。阿防は暇からかクスリが切れたのか大麻に火をつけている。
「なるほどね。そうでしょう。確かに。合衆国の危機でもあるわ。そして断る理由もない。でもね、ただという訳ではないわ。仕事をお願いしてもよろしいかしら?ええと…?」
軽く微笑みながらウィンチェスターは馬頭に話しかける。
「馬頭です。そして陽介に、阿防です。そしてその為に我々が使者となったのです。何なりと。」
自分と俺と阿防の自己紹介をし、相変わらず丁寧な口調で仕事を引き受けた。
「仕事というのはね、ある組織の壊滅、もしくはある男の殺害及び主要幹部の殺害。」
「暗殺じゃなく、殺害ってことはよぉぉ、暴れて来いってとっていいンすかね?そして誰をぶっ殺すんで?」
俺はウィンチェスターに質問する。
「YES!YES!血気盛ん、いいねあなた。出来ればくびり殺してきて欲しいわね。殺して欲しい相手はゴブ・ディーヴォ。ロスのマフィアの首領よ。」
「おや、おやおや。しかし妙だ。あなた程の権力者なら一マフィアのドンなど潰すことなど造作もないことではないのですかね?」
阿防が唐突に質問する。考えてみれば確かにそうだ。ウィンチェスターはトップクラスの会社。
しかも相手はマフィアならむしろ客ではないのか?
「…そうね、信用ならないなら、話してもいいわ。私の過去を、そしてゴブとの因縁を。合衆国の影の存在を。」
そういってウィンチェスターは席を立った。
「ガービッジ、ライフルと鳩の用意を。そして皆様、御手数ですが屋上へ集まってくださいまし。」
言われるがまま、俺達3人は屋上へと足を運んだ。
屋上は殺風景なところだった。ヘリポートが在るだけでそれ以外は何もない。そして場所が高いだけにかなり風が強かった。
「さて、何から話せばいいかしら。」
「まずはこの合衆国について話すわ。あなた達はジョン・F・ケネディは知ってるわよね?有名ですものね。1963年、ダラスで彼は暗殺…、いえ、公開処刑されました。頭部を撃ち抜かれてね。この奇妙な事件の犯人の名はリー・ハーヴェイ・オズワルド。そして奇妙というのは彼の撃った弾道。弾丸は一発。しかも彼の狙撃した場所はセンタービルで大統領パレードを見渡せた場所だった。でもね、ケネディが狙撃された場所はオズワルドにとって後方からの射撃しか無理だった。おかしいでしょ?ケネディは撃たれた時後ろにのけぞっていたのにね。弾道を検証するとさらに奇妙なことがわかった。後方から飛んでいった弾は途中でUターンしたのちケネデイの首を前方から貫通、さらに車体に当たることなく再度Uターンして今度は後方から頭部に命中。当時の人々はその摩訶不思議な弾道からマジカルブリット(魔法の弾丸)と呼んだわ。そしてそのオズワルドも二日後にマフィアのジャック・ルビーに銃殺され、さらにそのルビーも二年後に殺害されてる。のちにケネデイ暗殺事件の報告書をまとめたウォーレン委員会でもオズワルドの単独犯行説に終始している。」
「”力”…オズワルドも”力”を持っていたのね。」
馬頭は話の途中で呟いた。ウィンチェスターは話を続ける。
「次期大統領選で再選されたらケネディは、当時長期化し始めていたベトナム戦争にケリをつけて米軍を一斉退去させる覚悟をしていたわ。でも彼が暗殺されたことによってベトナム戦争はさらに泥沼化していって1975年4月30日まで10年以上もつづくことになる。この戦争で米軍が投下した爆弾は第二次大戦中に各国が使った量をはるかにこえている。そうまでしたにもかかわらず目的は達せられず米軍はベトナムから敗走していった。
これ以降米軍は戦闘において最終目的を達成する能力がなくなってきたわ。アメリカ合衆国が武力を使いたがる理由のひとつに大統領よりももっと強大な陰の存在、そして他人の血が流れるのを好むナニカが存在しているのよ。そのナニカの行動をはばむならば大統領ですら抹殺される。そしてオズワルドはそこに居たと考えられるわね。」
長い話もここで一旦区切る。そしてドアを開けてガービッジがやってきた。手には大きなライフルと白い鳩が入った籠を下げている。
「でもよぉぉ、ソレとあんたの過去とどう関係あるんだよ?」
「ふふ、ちょっとね。深い事情があるのよ。そういえばMr、陽介。あなた銃を扱えるようだけど例えば今ここにいる鳩を飛ばして、この風の強い中その鳩を一発で仕留めることが出来るかしら?」
俺はイキナリの質問で少し考える。もし仮に鳩が飛んだとしてもそんな小さなものを狙えるわけがない。
俺が答える前にウィンチェスターが口を開く
「答えはNO。普通は無理よ。オズワルドは出来るかもしれないけどね。」
意味深な言葉に俺は首をかしげる。ウィンチェスターは鳩を優しく包むように抱えると空に放った。鳩は羽を数本落として遠くへと去っていこうとした。
ウィンチェスターはライフルを構える。
「まさか、鳩を狙うつもりか?無理じゃねぇっすか?さすがによぉぉ。」
「無理かしら?オズワルドなら出来るかもよ?」
ウィンチェスターはそういうとウィンクし引き金を引く。弾丸は正確に鳩を撃ちぬいた。正しくは弾丸が鳩に吸い寄せられて撃ち抜いたといったほうが正しいだろう。
鳩はスパイラル回転した大きな銃弾によって空中で粉々に撃ち砕かれた。
馬頭も、阿防も、俺も驚愕し、ただただ言葉を失うだけだった。
「後で調べたけどオズワルドを殺すように命令したのはほかでもない、ゴブ・ディーヴォ。奴は当時組織の一幹部だったわ。私は奴を許さないわ。必ずアメリカに巣食う陰を潰す。そしてマジカルブリットは親から子へ、引き継がれた。」
「まさか…あなたは…!?」
馬頭の声が震えている。
「なるほどね。親は組織に利用され、子は組織に牙を向いている。」
阿防は皮肉そうに笑う。
「そうよ。私の本名、というより旧姓はケイティ・R・オズワルド。大統領殺しの犯人、リー・ハーヴェイ・オズワルドの孫よ。」
ウィンチェスターの詳しい過去は次回にご期待ください。読んでいただきありがとうございました。