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沙也香の四

10


「東城さん、ご無事ですか?」

 沙也香は思わず叫んでいた。

「ちょっと酷い目に遭っちゃった」

 顔色の悪いアスカが力のない笑顔を見せた。試着していたワンピースとヒールの細いミュール。

 連れ去られて以来着替えをしていないのかシワの寄ったワンピース同様、かなり疲れた顔つきのアスカだ。

「しばらくすればこちらから招待するつもりだったが。いきなり感動の再会か?さんざん抵抗してくれた。ここのままじゃ済ませられないな」

 高級スーツがヨレヨレの山上の父親、龍彦。龍彦は新たに二十人ほどの魚人をお供に、後ろ手に手首を縛ったアスカを連れていた。

 アスカの手首からはロープが伸びていて、龍彦の右手に握られていた。

 不健康に顔色をどす黒くした龍彦は、隼人や沙也香たちを睨みつけた。

「よくもやってくれたな?女の子を掠って恥ずかしくないのか?」

 こんなゲスに負けてたまるか。隼人が睨み返す。

「アスカさんに酷いことをしていないだろうな?」

「そんなことをしていたら、人として最悪ッす!」

 隼人に加勢し、清人と精二も表情を険しくする。

「酷いこと?何が酷いことかな?」

 古き血の者に良心などない。龍彦はせせら笑う。

「ヤクザなお前たちだ。言わずとも分かるだろう?」

「はっきりと言ってレイプをしたかと聞いているッす?」

 清彦が包んだオブラートを精二が破いた。

「やられてないわよ!意外に紳士だったんだから」

 顔を赤くしたアスカが顔中を口にした。羞恥なのか怒りなのかは判然としない。

「我々は古き血の者だ。血の加護もない普通の女に興味はない」

 痴話喧嘩じみた清彦やアスカのやりとりを龍彦は不快そうに遮った。

「そんなことより降参しろ。この女が大切だから取り戻しにきたんだろう?この女がどうなってもいいのか?」

 隼人たちに口を挟ませず龍彦は懐からナイフを出しアスカの背中に押し当てた。事前に予想された成り行きだったが隼人たちはどうしようもない。

「東城さんを返してください」

「卑怯だぞ。人質を取るなんて!」

 沙也香は懇願し、隼人は憤った。

「アスカさんを戻せ」

「アスカさんを放すッす」

 清人と精二は得物を握る手に力を込める。そこに意味などない。それは四人にも分かっていた。

「儂が聞きたいのは降参するかどうかだ。戦いたいのならそれもいいだろう。その代わりこの娘の命は保証しないが?」

 龍彦は焦れたように魚人に視線を送った。無言で魚人たちは隼人たちを包囲していく。

「このままでは東城さんが可哀想です。何とかならないでしょうか?」

「分かってはいるが現実問題として打つ手がない」

 沙也香の沈んだ面持ちに心の痛む隼人だが首を横に振るしかない。

「降参をするッすか?」

「降参したとして我々はどうなる?」

 精二の言葉に清彦は頭を抱えた。降参をしてその後で自分たちが助かるとも思えない。

『まず言うが、降参など論外だ。相手は古き血の者だ。単純に殺されるだけならまだましだろう』

『古き血の者の一部を移植されて無理矢理人殺しの道具にされても不思議はないな?』

 ファーストの言葉にセカンドが同意を示す。お先は真っ暗だった。

「私はそれでも助けたいのです」

「降参を受け入れる?」

 沙也香の苦しそうな顔。降参の後での逆転の可能性を隼人は考え始めた。

『古き血の者は甘い相手ではない。結果として化け物の手先として人を殺めたいのか?それ以前に降参の後、即座に殺されるかもしれんぞ?』

 精神に寄生する者は隼人の考えを読み、その考えの危険性を指摘してきた。

「いいじゃないッすか?降参をするッす」

「何とかする。してみせる!」

 言われ精二と清彦は精神に寄生する者に反発を覚えた。所詮、精神に寄生する者は人間ではないのだと。

『駄目だ、駄目だ。最悪だが人類そのものの存続に影響がでかねん!』

「そんな人類がどうしたこうしたまで面倒は見きれない!」

 話が大きくなり過ぎ、隼人は現実感を失った。どうしても考えがまとまらず、思考放棄をしそうになる。

「いい加減にしろ。早く降参をしないとこの娘がどうなっても責任が持てんぞ?」

 ついに龍彦は切れた。怒鳴りながらぐっと身を乗り出す。きらめくナイフがアスカの肩口に近づく。

「や、止めてよ!体臭がきつい。こっちに来ないで!」

 接近するナイフにパニックを起こし、アスカは身をよじった。

「えっ?」「しまった!」

 ナイフを避けようとした飛鳥に龍彦は逃げられると思い、その手が滑った。ナイフがアスカの肩をかすめる。

「切ってしまったか?」

「な、何をするのよ!」

 噴き出す血しぶき。顔をしかめる龍彦。瞬間アスカの負けん気が爆発。持ち上げたミュールのヒールを龍彦の足の甲に強引に突き刺す。

「グオッ!何をする!」「………!」

 甲から走った激痛に龍彦は激怒、思いっきりアスカを突き倒した。押されたアスカの体が前に泳ぐ。

 手がお留守になっていた龍彦の腕から、アスカの手首を縛っていたロープが外れた。

「東城さん、こっち!」「アスカ、ここだ!」

 沙也香と隼人の手が伸びた。

「来るッす!」「早く!」

 よろめくアスカに精二と清彦の手も伸びた。

「しまった、儂としたことが!」

 あわてて手を伸ばした龍彦だがもう遅い。

「よし、アスカを確保」

「大丈夫、沙也香さん?」

 アスカの体を隼人は自陣に引きずり込んだ。沙也香がアスカの手首の戒めを解く。

「もう沙也香さんは返さないッす!」

「ここは護りきるぞ!」

 精二と清彦は前に出ると周囲に視線を走らせ、龍彦や魚人の襲撃に備えた。

「くそぅ、儂としたことがしくじった。だが体が弱った半病人が増えただけだ。ここから帰れると思うな! 」

 目を血走らせ龍彦は一人増え五人になった隼人たちを睨む。

「帰るだと?このままお前たちを退治してやる」

「おいらたちの力を見せるッす」

「化け物が非道の報いを受けさせてやる」

『落ち着け心を静め我と同調しろ』

 自分たちだけでいきり立ち、精神に寄生する者との連携を忘れた清彦や精二に、セカンドが声をかけた。

「何となくあんたは信用できないッす」

「黙っていたらアスカを見殺しにしそうだったし」

「取り敢えずは戦うしかない」

 セカンドの声に耳を貸さず、隼人たち男三人が改めて前進し龍彦を睨み返す。

「アスカさん大丈夫?やっぱり手首が腫れてる。後ろに隠れてて」

「大丈夫よ。そんなに痛くないから」

 沙也香はアスカのけがの程度を調べ、たいしたことはないと知った。

「隼人君、私も戦う。アスカさんはまだ戦わなくてもいいから」

 沙也香は木刀を確かめると死角をなくすべく、後ろからの魚人たちに備えた。

「殺せ。我ら古き血の者に逆らう者は殺し尽くせ!」

 龍彦は口から泡を飛ばす。魚人たちが四方から迫ってきた。

『危ない、隼人!後ろだ!』

 迫り来る敵勢に隼人たちの注意が集中した刹那、隼人の後ろ側に精神に寄生する者が現出した気配が生じた。

『相変わらず隙が多いな、お前たち』

「何だと?」「しまった!」

 急いで振り返った隼人。その視界に飛び込んできたのは両手を広げた人型の光の固まり、現出した精神に寄生する者と、手の先が白く、ナイフ状と化したアスカだった。

「何なの?アスカどうしてしまったの?その手は?」

 沙也香は困惑の極みだ。

『これはアスカではない。古き血の者の一体だ。白き泥状の体を持つ者。我も昔だが戦ったことがある』

 沙也香だけではない全員の困惑を精神に寄生する者は一瞬で静めた。

「うまく行くと思ったが。儂の策がこうも簡単に敗れるとは」

 低くアスカとは全く違う声がアスカの姿をした者から発せられた。

「この声は山上の父親?」

 隼人は顔面に驚愕を貼り付け白く色を変え、形を崩して行く元アスカを見つめた。元アスカは本物の泥のごとくズルズル流れながら、呆然としていた隼人たちの間から逃げだしていく。

「だったら元の父親は?」

 沙也香は急いで気を取り直し、こちらも白く崩れつつあった山上の父親だったものに注意を向けた。

「……アスカ?」       

 中からはアスカの白い顔が見え始めていた。

「全員移動をしてアスカを護れ!今度こそ本物だ!」

 隼人も気を取り直す。沙也香たちは一斉に移動し元の山上の父親、今のアスカを内側に仲間の内側に取り戻す。

「大丈夫アスカ?私が分かる?」

「何とか。でも気持ち悪い。何なのよ、これ?」

 白い泥状のものの中から何とかアスカを脱出させ、沙也香は涙目でクラスメートを抱きしめた。

『今度は本物だ。心の形が記憶と同じだ。さっきのアスカもうまく真似ていたが、やはり本物は違う』

 疑心暗鬼。疑いを捨てきれなかった隼人たちに、精神に寄生する者は本物の保証をしてくれた。

「畜生。儂の泥を分けてやる。魚人よ、奴らを殺せ!」

 何とか人型に形を整えた白い泥状。その頭部に再び山上の父親の形が浮きでた。

「………!」「………?」

 物言わぬ魚人たちに泥人は自らの体をまき散らし、彼らの体を汚していく。鱗に泥が付着し魚人はさらに見苦しくなった。


「この化け物が!死んでしまえ!」

「………!」

 隼人は炎をまとった木刀を振るう。魚人のまとう泥が瞬時に乾く。勢いのまま鱗ごと皮膚の一部が焼き尽くされた。

「しぶといな。全く」

 後退する魚人を隼人は追わない。敵はいくらでもいた。香ばしくてもいいのに、皮膚が焼けた魚人は生臭い。

「元は人と言ってもここまで来てしまえば」

 沙也香の木刀から電撃が飛ぶ。魚人は腕を交差させ白い泥状をガードにし、沙也香の電撃に耐える。

「おっと、危ないッす。敵も頑張るッす」

 精二がのけぞった。魚人の攻撃が激しくなっていた。鋭い爪は脅威だし、白い泥は粘っこく精二たちの攻撃を受け止める。その上、固い鱗と柔らかい泥の複合した魚人の防御力は甘くは見られない。

「しかし、何とかなる。何とかしなくては」

 清彦は呟くように言う。泥には熱。相性は悪くない。

『無理はするな。まだ体調は万全ではない』

『もう少し休んでいてもいいのだが?』

「十分休んだから。沙也香たちが戦っているのにあたしだけ」

 精神に寄生する者たちの制止を振り切り、アスカの指から放たれた幾本ものナイフが宙を舞う。的確にホーミングしながら魚人を追っていく。

 動きの悪くない魚人がまるで止まっているかのように簡単に切り裂かれる。破壊力はないが魚人の足を止め、味方の攻撃を容易にしていた。

「一人でも戻るとやっぱり違うな」

「この調子で古き血の者を叩いてしまいましょう」

 隼人と沙也香が嬉しそうに言い合う。戦いは隼人たちが優位に立ちつつあった。

「何をしている?泥の力を与えたのだぞ」

 山上の父親、龍彦が安全圏、魚人たちの後ろで喚き散らす。泥状の体はますます崩れ、今や人の形状をなしていない。見た目も醜かったが、態度はさらに醜い。

「醜態ですな父上。戦いの役にも立たず、あなたは何をしているのです?」

 空気が変わった。圧倒的な存在感。気配も感じさせずロビーの闇から山上の息子、龍司がゆっくりと歩み出てきた。

 しかし目にした途端に感じたものは何だったのか?

 龍司も父親と同様に白い泥状の体だった。しかし父親のようにだらしなく崩れてはおらず、きちんと人の姿を保っていた。

「私の親ならもっとしっかりしていて欲しいものです。所詮は半端者なのでしょうか?」

「言うな龍司。凝縮された血の濃さが違うのだ。親子でも古き血の者として完全体に近いお前とは違うのだ」

「近いのではなく、私は完全体です。長年かかって何とかたどり着いた古き血の者の真の姿。それが私です」

 傲慢に父親の言葉を切って捨てる龍司。その言葉に隼人たちは衝撃を隠せない。

「………!」「………?」

「古き血の者って邪神ッすよね?あれって神ッすか?」

 言葉が出ない仲間を尻目に精二があっさりと言ってのける。

『かもしれないな。しかし忘れるな。我々だって神とその眷属だ』

 隼人たちの動揺を抑えようとセカンドの声がみんなの頭に響く。

「しかし父上の言う言葉にも真実はあるかもしれない。もっと上を目指すのも私の使命かもしれない?」

「そうだ龍司。完全体などはない。近くても真の完全体など……?」

 既に自分の言葉など届かないと思っていた意外な息子の態度に、龍彦は大きく頷く。しかし空気が何か違う。龍彦は言葉をとぎらせた。

「血は一人の者に凝縮するのがもっとも正しい。なぜなら泥の古き血の者は元々一柱だったのだから」

 冷たい目で龍司は父親を見た。

「………何を?」

「いくら薄くとも、あなたの中にある古き血の者も私の中に取り込むべきだと今知りました。考えてみれば基本でした」

 軽く言うと龍司は右手を貫手にし父親の首筋に突き刺す。

「………あがっ?あがががっ?」

「確かに薄いが古き血の者であることは確か。何かの役には立つでしょう」

 龍司の右手に太い筋が浮かんだ。真っ赤な液体がストローで吸うように筋の中を流れ、龍司の体に吸収されていく。

「ち、父親の血を吸っている?」

「完全に人間を止めてしまったの?」

「ば、化け物?」

 隼人が低く呻り、沙也香とアスカは蒼白になった。

「満足そうな顔をしてるッす?」

「完全に近くなって実際に満足しているのだろう」

 精二と清彦の体は細かく震えていた。

「多少は力も残っている。魚人たちよ、私の父親の体を食べて力をもらうがいい」

「………?」「………!」

 龍司の宣告に魚人たちは一瞬顔を見合わせた後ピラニアのように龍彦の体に集団で群がり、龍彦の泥のような体を貪り食っていった。

 少しだけ残っていた血液が白い泥と混ざりピンク色となった。グチャグチャと咀嚼する聞き苦しい音。

 魚人たちの口の中にピンクの泥は一片残さずに飲み込まれていく。

「……嫌だ。勘弁してよね?」

「……地獄絵図?」

 目を閉じ二人の娘が抱き合う。ここは人がいていい空間ではなかった。

『かなりパワーが上がっているな。油断はできない』

『心の形が変化してきた。まともな感覚はもはや望めんか?』

 人に戻ることはもはや不可能。龍司を観察していた二柱の精神に寄生する者が、憂慮を込め深い溜息をつく。

「ここは隼人と沙也香に期待するしかない」

「その通りッす。二柱の精神に寄生する者の声を聞く二人はおいらたちやアスカとはやっぱりパワーが違うッす」

「そうなのかな?沙也香だって女の子だし?」

 触れられる精神に寄生する者にパワーをもらう。基本から考えても隼人と沙也香の優位性は確かだ。

 アスカも分かってはいたが精二や清彦に、男にもう少し頼ってみたいなとも思う。

「私としては花嫁たる沙也香嬢に古き血の者の仲間に戻る事を期待をしたい。しかし無理か?」

 自分を睨む沙也香に龍司は苦笑する。

「今更あなたに嫁ぐ訳ないでしょ」

「沙也香は俺のものだ。誰が化け物に渡すか」

 沙也香の言葉に隼人は頷く。隼人の言葉に沙也香は思わず顔を赤くしたが、否定はしない。正直、悪い気はしなかった。

「口で何を言おうが仕方がない。力ずくで奪う。沙也香の中に眠る古き血の者の血筋。見過ごすには惜しい」

 龍司の体が少しずつ大きくなっていく。

「外に出ようか。ここは戦うのに少し狭い」

 スッと龍司は足を進めた。魚人たちは脇に退き龍司を通す。

「沙也香、行くぞ」「分かったわ」

 隼人と沙也香も龍司の後に続き壊された正面玄関に向かった。

「お前たちはここで止まってもらう」

「隼人たちの戦いに邪魔ッす」

 隼人たちに続いて魚人たちも外に出ようとしたが清彦と精二が制止にかかった。

「お邪魔な魚なんて外に出ちゃ駄目なんだから」

 アスカは空中にナイフを浮かべると不敵に笑う。慣れたのだろういつの間にか浮かぶナイフは更に五、六本増えていた。

「………!」「………!」

 魚人たちがアスカたちに押し寄せてきた。

「魚なんて料理したことないけど三枚におろしてあげる!」

 アスカの指が動く。心の中の糸で結ばれたナイフが舞う。アスカの指に操られたナイフが魚人を襲う。

「………!」

 魚人の腕が長く伸びた。龍彦の肉体を貪り、体質の変化が生じていたのだ。鋭い爪がアスカのナイフをはじく。

「………?」

 だが次の瞬間残ったナイフがスカッと魚人の体をえぐった。ハンパに新たな特質を手に入れたので長所だった鱗の防御力が落ちていた。

「こいつら逆に弱くなったッす」

「ならば早く倒して隼人たちを助太刀だ!」

 精二と清彦がニヤッと笑う。

「また抱かせてあげるから、あんたたち頑張るのよ!」

 何を思いだしたのか?淫蕩な笑みを浮かべたアスカの檄が飛ぶ。

「行くッす!」「焼き魚の大量生産だ!」

 精二のバットにまとわりついた風がカマイタチを引き起こし魚人を削る。清彦の炎の剣が魚人をスライスする。

「行くのよ!精二、清彦!」

 改めてアスカのナイフが舞う。三人は魚人たちに襲いかかった。


11


 隼人と沙也香は龍司と対峙していた。次第に龍司の体は盛り上がるように大きくなり今は三メートルほど。十分に巨人と呼べる大きさだ。

「この男を叩き潰したら沙也香さんを抱いてあげましょう。沙也香さんはそちらはまだですよね?箱入りのお嬢さんなんだし」

 隼人と沙也香。肉体的にも精神的にも二人を見下し龍司は不気味な笑いを見せた。

「気持ち悪い。あなたに抱かれるくらいなら死を選ぶわ!」

 真っ白な巨大泥人形。龍司の今を表すのにもっとも適切な言葉だ。電撃を放つ木刀を片手に沙也香は眉をひそめた。

「ふざけるな。沙也香は俺が護る。自分のものは自分で護る。当然のことだ!」     隼人は沙也香を護るように立つ。

「基本的に私が欲しいのは沙也香の中に眠る古き血の者そのものだ。それを本人ごと娶ってもいいと言っているんだ。何なら殺して血だけもらってもいいのにな。私に言わせればむしろ感謝して欲しいくらいだ」

 呆れたように龍司は肩をすくめた。

「黙れッ!化け物」

「私が誰を選ぼうが私の勝手よ!」

 龍司に突進隼人は灼熱と課した木刀をたたき込む。同時に沙也香も動いた。大きく木刀を振り抜き雷のような電撃を浴びせる。

「グオゥ!思ったよりやるな。しかしそんな程度?」

 炎と電撃が龍司の腹部で弾けた。一瞬だが龍司は揺らぐ。しかしそれだけだ。一見柔らかそうな泥の体が全てのショックを吸収分散してしまう。

「少しは効いたかな?」

「一回で駄目なら何度でも」

 頷きあう隼人と沙也香。絶妙の間合いで二人は木刀を構えた。

「少しでも私の体を傷つけるとは?おのが罪をしれ!」

 龍司はいきなりキレた。これまでは見せかけの余裕でしかなかった。

「私は偉いんだ。神にも匹敵する。この私をよくも」

 龍司の体から何本もの触手が生えた。触手といってもバット並みの太さと硬度を持つ脈動する棍棒のようなものだ。

 恐ろしいスピードで触手は隼人と沙也香に襲いかかった。

「うわっ!」「きゃあっ!」

 悲鳴をあげ虚空を弾け飛ぶ隼人と沙也香。それは一瞬の間のことだ。

「沙也香は殺さないよ。君の血は必要だから。でもお仕置きは必要かな?男はいらない。死んだらどうだ?」        

 龍司の触手の一本は沙也香の肢体を巻き上げた。隼人の体には別の太い触手が何度も振り下ろされた。

「あああっ!」「くうっ!ああっ!」

 締め上げられる沙也香、マリのように地面でバウンドする隼人。まだ悲鳴がでるのが不思議なほどの龍司の行いだ。

『全く人のことだと思って好きにしてくれる』

『いくら何でもそうは保たないぞ』

 精神に寄生する者たちは護りに徹していた。隼人と沙也香の周囲に薄く実体化。何とか二人への龍司の触手の直撃を避けていた。

「済まない。急に来られたんで精神の集中が間に合わなかった」

 隼人は言いながらソッと木刀に手を伸ばす。

「御免なさい。良いようにやられているわね?」

 沙也香は嫌そうに自分を巻いていた触手に手を触れた。表面こそ柔らかいがすぐ固い芯があった。

『レディファーストだ。沙也香を脱出させる。悪いが隼人は少し待ってくれ』

 二柱の精神に寄生する者は沙也香に同調していく。

「このっ。汚いものから解放してもらうわ!」

 沙也香は精神に寄生する者の支援を受け手足を突っ張る。その体を中心に淡く光る球体が出現した。

「な、何?何が起こった?」

 龍司は自らの触手が引きちぎられていくのに目を見張った。必死に触手を締めようとあがくが果たせない。あっさりと触手は弾け飛んだ。

「こんなに簡単に、私に絡んでいた触手が?」

『我々をなんだと思っている?かって古き血の者を封じたのは誰だと思う?』

 沙也香の驚きを精神に寄生する者は軽く流す。反射的なシールドはともかく、精神集中と同調、その実力を発揮するのに時間こそかかるが精神に寄生する者のポテンシャルは古き血の者に決して劣らない。

『隼人も起きあがれ。今古き血の者はお前どころではない』

 呆然として動きの止まった龍司。隼人も簡単に戦線復帰を果たす。

「沙也香、無事?魚人たらっ弱いからあたしたちで退治しちゃった!」

「助太刀にきたッす!」

「こちらはどうなっている?」

 その時、廃ビルの玄関からアスカたちが姿を現す。勝利の余韻で満面の笑みだ。

「こちらも全然大丈夫。手助けは必要ないと思う」

「いよいよ大団円だ。こいつを倒せば俺たちの勝ちだ!」

 精神に寄生する者の仲間がそろった。後は一気にと隼人たちは意気込む。

「沙也香。ここは無理しなくても……えっ?」 沙也香が傷つけられた。それも自分の操るナイフで。アスカがよく見るとナイフに白い泥が付着していた。

『しまった。父親の一部が残っていたか?』

 それは間違いなく山上の父親の一部、白き泥の者の一部らしかった。

「大丈夫よ、アスカ。この程度どうと言うこともないから」

 肩から鋭い痛み。しかし友達に余計な心配はかけたくない。事実、血こそ流れていたが深手ではなかった。

『拙い。古き血の者の目の前で沙也香の血が』

「古き血の者の血液、この私が確かにいただいた」

 空白の一瞬。龍司は素早く触手をのばし、沙也香の肩の傷口に触れた。

『隼人、触手を切れ。沙也香の血が奪われる!』

 精神に寄生する者の声が焦りに満ちた。古き血の者の本質は血液の中にある。龍司が沙也香の中に潜む古き血の者の力を取り入れてしまう。

「遅いぞ!沙也香の中の古き血の者は確かにもらった!」

 龍司の全身が朱に染まっていく。沙也香の中に眠っていたのは古き血の者は炎の鳥。高熱と不死身を司る強敵だ。

「何かが出てくる。駄目よ、出ないで。私が壊れる」

 自分が自分でなくなる違和感。血の脈動に沙也香が震えた。

「沙也香、大丈夫か?しっかりとしろ」

 隼人が懸命に励ますが沙也香の反応は鈍い。

「共振している。沙也香の体内の血が私の吸った血液と。来るが良い。全ての古き血の者は私のものだ!」

 哄笑をする龍司の朱がさらに濃くなった。

「そうは行くか!」

「沙也香さんはおいらが護るッす!」

「沙也香の肉体はアスカのものなの!どこでも触れても良いのはアスカだけ!」

 あわてて得物を構える清彦と精二。混乱に乗じてアスカの口からとんでもない台詞が飛び出した。

「俺も何かおかしい。でも悪い気持ちじゃない。力が湧いてくる!」

 隼人の口から熱い吐息が漏れた。全身が朱に染まっていく。

『隼人の体からも炎の鳥の反応が?なぜなんだ?そうか、隼人も沙也香の血液を取り込んでいたんだ!』

 ファーストが訝しそうに、続いてハッとしたように呟く。訓練の最初の頃に沙也香の異常行動があった。隼人は血を流す沙也香と結果的にディープキッスを交わした。

『隼人の体内の古き血の者も活性化したのか?』

 セカンドは納得の呟きを漏らした。

「俺は大丈夫だ。沙也香、俺に抱きつけ。心を合わす。俺を信じろ」

 強い力の発動に隼人は力強く叫ぶ。

『駄目だ隼人、その力を使うな。沙也香の体の中の古き血の者が更に活発化する』

「ならばどうするんだ?」

 ファーストの声が頭の中に響き隼人の勢いを止めた。

『沙也香を鎮めろ。心を同調し沙也香を支えるんだ』

「……苦しい。助けて隼人」

「俺はここだ。沙也香俺を信じろ」

 ほとんど同じ台詞を吐くと隼人は改めて沙也香を抱き、そのまま娘の唇を奪う。

「俺の肉体を感じろ。俺はこれだけ沙也香のそばにいる。お前の血は俺の血だ。お前と俺は一心同体だ。二人で力を合わせてできないことは何もない!」

 心と肉体。双方で隼人は沙也香を抱きしめ、なだめていく。

「ああっ?体の奥が熱い。でも不快な熱さじゃない。気持ちいい。気持ちが良いの!」

 沙也香は熱い吐息を漏らす。血の流れが隼人と同調していく。

「沙也香の血は沙也香と俺のものだ。他人に渡して良いわけがない。二人で取り戻そう」

 二人の意識は同調し、全ての血よ、本来の肉体に戻れと命令をした。

「何だ、これは?体が燃える。泥が乾く」

 龍司の体内に取り込んだ沙也香の血が龍司に反抗を始めた。無理に抜け出そうとし、邪魔をするもの全てを焼き尽くしていく。

 異質なものが再び分離を始め、龍司の肉体はそれに耐えきれなかった。

「崩れる!私の肉体が崩れていく!」

 悲鳴を上げながら龍司は滅んでいく。

「な、何が起こったの?沙也香は無事?」

「自滅したッす」「最後はあっけないな」

 アスカと精二、清彦は得物を構え龍司に対抗したものの、それは嬉しい無駄と化した。

「どうやら俺たちの勝利だな?」

 沙也香を抱いたまま隼人は穏やかに笑う。

『娘の感情が高ぶっているな?』

『すぐに爆発するぞ』

 ファーストとセカンド。二柱の精神に寄生する者が心底嬉しそうに笑う。

「な、何、人前で女の子を抱いているのよ?私はそこまで許した覚えはないわ!」

 嬉しいが恥ずかしい。沙也香の声がうわずった。鋭い一撃。再度、隼人の頬は甲高い音を立てたのであった。

  

終わり


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