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沙也香の三

7


 始まって一月以上。精神に寄生する者と隼人、沙也香、アスカ、清彦、精二たち五人の特訓はまだ続いていた。

 沙也香の中の古き血の者はまた深い眠りに落ちた。特訓の最初の段階でも古き血の者を押さえ込むことが出来た。

 沙也香がより強く精神に寄生する者と同調した今、古き血の者の覚醒の恐れはほとんどなくなっていた。

 山上一派の消息も掴めぬ中、緊張感は薄れ、夏休みも終わろとしていた。

「全くこんないい日だってのに、いつまでも特訓なんてやってられないよね」

 真夏の太陽が照っていた。小手をかざし日光を遮る。薄いキャミソールにハーフパンツ姿。着た本人は涼しいが、見ている人間、男は体温を上げそう。

 小柄な可愛い系美少女、アスカはうんざりしたように言うと、横を向き隣を歩く娘にニコッと笑いかける。

「特訓て語感。私は嫌いじゃありませんよ?」

 こちらはノースリーブのワンピース。スカート丈は膝の少し下。

 こちらはスレンダー系美少女。沙也香もニコッと笑みを見せると、アスカの顔を見返す。ちなみに足下は沙也香、アスカ共に可愛らしいミュールだ。

「沙也香は意外に体育会系だから」

 スレンダーな肢体。しかし中身は筋肉がぎっしり。薄い肉に覆われていたが、その下の腹筋も見事に割れていた。

 一緒に入ったシャワールーム。アスカはその目で見、その手で確かめていた。ちょっとした財閥のお嬢さまなのに?

 アスカは嬉々として筋肉トレーニングに励んでいた沙也香の姿を思い出し、心の中で苦笑を漏らす。

「今日は女の子同士で楽しみましょうね」

「カラオケに行こうか?でもまずはショッピングだよね」

 頷きあう沙也香とアスカの二人。今日の午後は訓練も休みだ。肉体だけでなく精神力も極限まで使う特訓。ほかの四人はともかくアスカには厳しい。

 アスカだけを休ませてもいいが、隼人や沙也香たちだって疲れていた。だからリフレッシュのため午後は全員お休み。

 途端に元気になったアスカは沙也香を誘って遊びに繰り出していた。隼人たち男性陣もついてきたがったが、気楽な女の子だけがいいとアスカが拒否した。

「あの服いいね。でも高いや」

「こちらの靴はどうです?」

 店から店に、ショーウィンドウから別のショーウィンドウに。お喋りしながら笑い合いながらアスカと沙也香の足は軽い。

「ねえ、彼女たち暇?」

「どっちもレベル高!」

 いきなり足に重りをつけるような声が二人にかけられた。見ればいかにも軽そうな若者が二人。

 これだけの美少女が連れ立って歩いているのだ。当然の帰結、ナンパだった。

「うーん。今はそんな気分じゃないな?別の日に誘ってね」

 小さく首を傾げるとアスカはニコッと笑う。手慣れた対応だ。本人はこれまで女の子にしか興味がなかったから男と付き合うつもりはない。

 だがそんなことは男は知らないから誘われたことは何度もある。最初は強く拒絶していたが逆効果な事が多い。結局こういう柔らかな対応に落ち着いた。

「いいじゃんか?遊ぼうよ」

「クラブに行こうよ。おごるよ?後悔はさせないから」

 ニヤニヤと薄っぺらな笑い。今日の相手はしつこかった。沙也香とアスカの手を取ろうと近づいてくる。

「……あのねぇ、あんたたち?」

 アスカの眉が引きつった。今は清彦と精二に助けられまんざらでもないようだが、元々は女の子命、男なんか鼻にも引っかけない。

 あっという間に我慢の限界がきて、若者たちを思いっきりにらみつけた。

「怒った顔も可愛いね」

「凛々しい、凛々しい」

 蛙の面に何とやら。へこたれた様子のない若者たち。

「……この!」

「いい加減になさい。無礼は許しませんよ」

 怒気を孕み一歩踏み出そうとしたアスカを押さえ沙也香が歩みでる。表情は静かだが沙也香の目つきは鋭い。

 見た目は共にか弱いが沙也香は強かった。剣道の有段者だ。いざとなったら若者たちを叩きのめすつもりだ。


「おい、どうする?沙也香は戦う気だぞ」

「ここは出ていくべきでしょう」

「今更ッすか?かっこ悪いッすよ」

 沙也香たちと若者のから少し離れたところで囁き合う三人。隼人と清彦、精二だ。アスカから同行を断られたものの未練は断ち切れない。いざというときのボディガードと理由をつけ沙也香たちの後をつけてきたのだ。

 しかし一度はさよならしていた。今更出て行くにはかなりの度胸を要した。


「いまどきお侍さん?」

「腰の大小はどうしたの?」

 沙也香の口調に茶々を入れる二人。己に実力があれば沙也香の仕草から彼女の強さを知ることも出来たのだろう。しかし若者は単なる一般人だった。

「ねぇ?あなた達のお父さんはどこの会社で働いているの?」

 一触即発の危機。沙也香が激発すれば若者は一瞬にして撃破される。それはアスカにとってどうでもいい。しかし沙也香に暴力娘等の噂を立てさせたくはなかった。

 そこで思いついた。この東陵市の市民なら可能性は高い。

「篠宮電気だけど」「篠宮工業」

 アスカの突然の質問。奇異に思いながらも若者たちは答えた。

「やっぱりそうだったか。読みは当たったわね」

「……お父さまの会社の方?」

 得意満面のアスカ。沙也香はとまどう。

「あなた達これをご覧なさい。ここにおわすをどなたと心得る。ここにおわすは恐れ多くも篠宮グループ会長さま、ご令嬢である。頭が高い。控えい、ええい控えおろう!」

 芝居気たっぷりに言いながら、アスカは沙也香のバッグから財布を取り、中から漆黒のカードを取り出す。超セレブにしかもてないというレアキャッシュカードだった。

 何回か沙也香が支払いの時、財布の中を見ていて、アスカは沙也香がこのカードを持っているのに気づいていたのだ。

「うちの父さんの会社のグループ総帥のその娘!」

「雲の上のご令嬢?し、失礼しました」

 アスカの手で掲げられた漆黒のカード。簡素に篠宮とだけ記されたカード。この娘に逆らえば父親は会社をクビになり、一家は路頭に迷う。さらに各種買い物も断られ、再就職など夢のまた夢。篠宮家とはそういうもの。篠宮家の東陵市に対する影響力を知っている市民なら、誰もが思い至る事実だった。

 若者二人はその場に座り込み平伏した。土下座だ。

「これに懲りたら今後は無体なナンパは控えなさい」

 傲然と若者たちを見下ろしながらアスカは説諭を施す。

「は、恥ずかしい。何をしてるのアスカ。行きましょ。今すぐここを離れるの!」

 どこの時代劇かと思う光景に沙也香は顔を真っ赤にした。さすがにカッカッカッと高笑いは出来ない沙也香だった。

 しかし沙也香もアスカもその言葉を聞き、そそくさとその場から離れていく人影には気づかなかった。

「しかしさっきのは恥ずかしかった」

「普通思いついても実行はしないでしょうね」

「おいら正直ショックッす。アスカさんがあんな面白い奴だったッすなんて」

 なおも隼人たちは沙也香たちの後をつけていた。歩きながらもアスカの行状を思い出し唇の端がピクピクとなる三人だった。


「あのナンパ男たちめ!全く気がそがれるったらないわ!」

 手に提げた紙製のバッグを振り回しながらアスカはだれたように言う。中身は化粧品などちょっした小物。

 気に入らない乱入者たち。せっかく沙也香と二人、楽しかった気分が台無し。気分直しにそこらのドラッグストアで購入をした品物だ。

「やっぱり男の子がいないと変な人間がよってきやすいですね」

 苦笑いしながら沙也香も頷く。

「ナンパでなければアンケートかキャッチセールス」

 話しかけてきた男たちを指を折って数えながら、アスカは改めて呻く。

「そういえばスカウトもありましたね」

 こんな地方都市に何の用があったのか?結構大手の芸能プロダクションの人間にまで話しかけられる始末。

 話も聞かず辞退してきた。今はそんな状況ではないから当然だ。それなりの金持ち。おそらく父親だって許さない。

 少しだけ残念そうに沙也香が呟く。

「沙也香さんは美人だから無理はないかも?でも危ないのもいるから」

 沙也香の顔を見ながらアスカは小さく頷く。

「危ないスカウトですか?」

「それこそ龍田組みたいな暴力団絡み。油断してたら裏ビデオに出演させられちゃう」

 ブルブルと体を震わせる振りをしながらアスカは笑う。

「確かにあの手の人たちは何をするか分かりません。アスカさんも可愛いですから気をつけないと取り返しのつかないことになってしまいますよ」

 裏ビデオかと沙也香は考える。エッチでぼやかさないビデオ。高校生にもなって裏ビデオが何かも知らないほど沙也香は世間知らずじゃない。

 沙也香もアスカを真似てブルブルと震えて見せた。アスカと違ってちょっぴり本気が入っていたかもしれない。

「なんだか本気で清彦や精二を連れてくればよかったと思えてきた」

「隼人さんも。でもいないものは仕方がないです。大丈夫です。私は強いですから」

 少女二人は肩をすくめる。すぐそばに隼人たちがいることも知らずに。


「沙也香たち話し込んでるな」

 隼人は美少女二人を見ながら低く囁く。

「僕たちの名前が聞こえたような?」

 清彦は首をひねった。風の具合か?時々沙也香たちの声が聞こえてくる時があった。

「もう少し近づいてみるッすか?」

 少し嬉しそうに精二が提案してきた。沙也香たちの近くに大きな立て看板があった。成人向け書店の立て看板だ。それも全裸の女の子満載のエロい看板だ。

 大きく道を占拠。隼人たち三人が隠れるのに十分な大きさだ。明らかに違法だったが、平然とその手の看板を出すような店だ。気にはしていないだろう。


「たとえばあの店なんか裏でいかがわしい、表に出せないビデオでも売っていそう」

 少し離れたところにあった成人向け書店の看板に気づいてアスカは鼻を鳴らす。

「そうでしょうか?逆にあれだけ堂々とエッチを前面に出していますから、単なるAVだけを扱っているような気がします」

 沙也香が結構うがった見解を示し、唇に人差し指を添える。

 これまでも純粋培養からはほど遠かったが、自称プレイボーイと性豪を身近で見てきたせいか性的なものに対する垣根が低くなっていた。

「えっ、何々?」

「ウプッ!ひどい風?」  

 美少女二人してエッチな看板に気を取られた瞬間、まるで見越したように強いビル風が周囲に吹きすさぶ。

「飛ばされます!」

「キャツ!何よこれ」

 沙也香のワンピースの裾が風にあおられ、よく日に焼け小麦色の太ももが衆目にさらされる。アスカは下はハーフパンツなので問題はなかったが、キャミソールの裾がはためき可愛いおへそが丸見えとなった。

「痛っ!何だよいったい?」

「看板が倒れてきたんだ」

「おいらの目の前真っ暗ッす!」

 隼人たち三人は看板の後ろから転がり出る。なまじ大きかった分、風の力に耐えきれなかったらしい。

「な、何ですか、隼人さん?」

「見、見てたでしょ、あたしたちの素肌?」

 沙也香は狼狽し、アスカは怒った。

「見てないよ、何にも」

「看板にぶつかってそれどころでは」

「頭が痛い。おいらコブが出来ていないッすか?」

 あたふたと男三人は手を振った。しかし全裸娘満載の成人向け書店の看板というのが致命的だった。

「嫌らしい奴らね。コソコソと付けてきたのね?」

「隼人さんもやっぱり男と言うことですか?」

 隼人たちの弁明を無視し、二人の冷たい視線が男たちを貫く。沙也香たちをつけてきていたと言うことが判明した時点で隼人たちに弁明の余地などなかった。


「これで靴とバッグは買ったわね」

「小物もしっかりと確保できましたね」

 小綺麗なブティックの片隅。満足そうなアスカの問いかけに沙也香はニコニコと頷く。資金不足だった彼女たちに、潤沢なお財布が転がり込んできた。

「これだけ買ったら満足か?」

「父にカードの使い過ぎとしかられます」

 男二人は暗い顔。さんざんたかった沙也香とアスカがニコニコしていた分、隼人と清彦は渋い表情だ。

「悪いッす。おいら持ち合わせがなかったッす」

 すまなさそうに精二が頭を下げた。清彦と違い庶民であったし、しっかりとした金銭感覚を持つ隼人と違って、お金があればエログッズに消えてしまうからだ。

「次は何を買おうかしら?」

「さすがに気の毒になってきました」

 まだまだ買う気満々のアスカに沙也香が停戦を持ちかける。

「もう俺の財布は空っぽだぜ」

「僕はかまいません。女の子にお金を使うのなら父にしかられても本望です」

 青息吐息の隼人に対し渋ってはいても、さすがに金持ちのぼんぼん。清彦の財布はまだまだ重そうだ。

「申し訳ありません。カードは持っているのですが父の許しがないと使えないのです」

 清彦の悲壮な決意に沙也香は小さくなるとササッと頭を下げた。

「もう十分買ったし、後は試着でもして満足しましょうか?」

 清彦はまだ絞れる余地はありそうだが、さすがにアスカも気が引けてきた。この店でそれなりに散財した。店の儲けは結構あったはずだし、買うのは後日でもかまわない。

 ついにアスカも矛をおろす。

「では美少女のファッションショーと行きますか?」   

 アスカは何着かハンガーに掛けられた服を取り、隼人たちの前で大きく掲げた。自ら美少女とはよく言ったものだが事実だから文句は言いにくい。

「隼人さん、私も試着していいですか?」

「いいんじゃないかな」

 自分に聞くより店員に聞いた方がいいと思ったが、そこはノリ、隼人は沙也香の嬉しそうな顔に大きく頷く。

「どうこれは可愛い?」

「アスカさんによく似合っています」

「美人は何を着ても嵌っているッす」

 試着室のカーテンが開かれヒラヒラのワンピースに身を包んだ飛鳥が現れ、清彦と精二は大きく拍手をした。

「隼人君、これ似合っているかな?あたし剣道で鍛えているから足が太いの」

「そんなことはないと思う。足は十分細いし、似合っているぞ」

 試着室のカーテンが開き、笑顔の沙也香が細身のパンツルックを披露した。本人は自虐的なことを言っているが同意したらどうなることか?

 朴念仁でもその程度は分かる。隼人も清彦に負けないように大きく手を叩いた。

 完全に店の迷惑だったが近頃はよくあること。お客は神さま。変則二組のバカップルとして店も黙認していた。

「お客さま、当店ではブライダルセールも行っています。お嬢さま方にはまだ早いと思いますが、ご試着なさいますか?」

 それどころか、店員の一人が真っ白なウエディングドレスとお揃いの小物。果ては深紅のバラのブーケまで持って来る始末だ。

「面白いじゃない?あと少ししたら実際に着るかもしれないし、男どもに目の保養をさせてあげるのも功徳というものよ」

 自信満々にアスカは豪語する。

「着てみたい気はあります。一応女の子の夢ですし。隼人さん良いですよね?」

 躊躇しながらも沙也香の瞳は輝いていた。形として隼人に聞いてみるものの、その顔を見れば着る気は満々だ。

「良いんじゃないかな?沙也香なら俺も見てみたいかも?」

 満更でもない様子で隼人は応えた。

「沙也香もその気だし、じゃあ決まりね」

「アスカさんならキレイですよ。間違いなく」

「おいらもそう思うッす!」

 アスカの言葉にその姿を想像し、清彦と精二は大喜びだった。

「じゃあん!どうこの艶姿?」

「似合います?正直自信はないのですが?」

 少し経ち真っ白なドレスに身を包み、ブーケを持つ二人の乙女が姿を現す。沙也香は美しくアスカは可愛い。

「アスカさん感激です」

「ここまで似合うッすか?」

「沙也香も本当にキレイだ」

 清彦と精二、そして隼人は歓声を上げた。

「どうこの美しさ。目が潰れるかも」

「嬉しいです。感激です。こんな素敵なドレスが着られるなんて!」

「あたしたちの美しさはまだまだこんなものじゃないわよ」

 ニコニコ笑うアスカと顔を朱に染めた沙也香。二人の娘たちは強い達成感に身を震わせていた。

「………」「………」

「もっと素敵な姿をお願いします」

「ようし覚悟しなさい!」

 見つめ合う隼人と沙也香を横目に、躍り上がって言う清彦にアスカが応えた。

「こうなったら、どんどん着替えるわよ!」

「隼人さん楽しみにしてくださいね」

「楽しみッす」「キレイだろうな」

「沙也香も頑張れよ!」

 大いに盛り上がった五人。

 しかしそれが男たちにとっての地獄の始まりだった。

「これはどう。似合っているよね?」

「着たことないけど隼人君、原色系はどう思う?」

 アスカと沙也香は延々と試着を続けた。最初は手を叩いたりしていたが男たちはすぐに辟易としてきた。

 十数分待って一分ほどでお披露目は終了する。合間にすることは何もない。周囲の女性客の視線が痛くなってきた。

 これは新手の拷問だと隼人たちは確信した。

「沙也香、悪いけど俺ちょっとやりたいことがあるんだ」

「アスカさんちょっと携帯が入りました。席を外します」

「おいらトイレに行ってくるッす」

 何もないがここにだけはいられない。男三人は一時撤退を決めた。


「酷い目にあった」「ブティックは地獄ッす」

 何とか店外に避難。大きく息をつくと隼人と精二は全身の力を抜く。

「女性の買い物は長い。付き合うのは男の甲斐性だ。さすが僕もついて行けなかったが」

 一応はプレイボーイの建前を述べたものの、実際に逃げ出したのは清彦も同じ。清彦も肩を何度か揺らし疲れの解消に努めた。

「まだ沙也香たちはファッションショーを続けているのかな?」

「どうすッかね?観客は逃げ出したッす」

 また地獄には戻りたくない。ここは沙也香とアスカが出てくるのを待つのが得策か。

「甘いな。君たちは女性を知らない。僕たちがいなくなったら相互に見せ合うだけだ。簡単に家に帰れるとは思うな」

 含蓄のある言葉を清彦は述べる。隼人と精二には恐怖の宣告だった。

「隼人君、こっちにきてー!アスカが、アスカが大変!」

 突然の事だった。沙也香の悲鳴がブティックに響き渡る。

「何ですあなた達?」

「警察を呼んで!早く警察を!」

 同時に店員らしきいくつもの甲高い悲鳴が辺りを圧した。

「何だ、沙也香?」

「アスカさんに何かあったのか?」

「行くッす!緊急事態ッす!」

 男三人は急いで騒然としたブティック店内に引き返す。

「ちょっと、何をするのよ?」

 アスカの悲鳴。視線の先、黒ずくめでコートで体を覆った見ただけで暑苦しい男たちが飛鳥を連れてブティックの裏のドアから出ていくところだった。

「私は下着姿だから身動きがとれない!隼人君たちはアスカを追っかけて!」

 試着室から首を出した沙也香は必死に言うが、すでにアスカの姿はブティック店内から連れ出された後。

 沙也香の言葉を待つまでもなく、隼人たちは男たちの後を追った。

「いけない車だ!逃げられるぞ」「準備は万端か?」

 焦る隼人と清彦。その目の前。鋭いブレーキの軋む音。そして数台の黒いベンツ。沙也香の姿はない。急発進していく一台の黒いベンツ。

 彼女はすでに去っていく車の中だった。

「手遅れッす。車のないおいらたちにはもう追いつけないッす」

 地団駄を踏む精二。見ているしかない三人の前で、おそらく隼人たちの追いついた時の足止め要員を乗せ残っていたベンツも発進していく。

「どうなの?アスカはどうなった?」

 見ているしかなかった三人のもとに、何とか着替たのだろう、バタバタと沙也香が駆けつけてきた。

「すまない。逃げられてしまった」

「そんな。私も着替えていてアスカから目を離していたら突然あの娘の悲鳴が」

 守れなかった。悄然とする隼人に沙也香も大きく肩を落とす。

「何台も車を出して周到な準備だった」

 清彦が落ち込んだ様子で事の顛末を沙也香に報告する。

「沙也香さんとアスカさん、多分つけられていたッす。事前にこちらの動きを察知していたッす。そうとでも考えなければあれだけの準備は無理ッす」

 精二が言い募った。確かにそれはそうだろうとみんなが思う。

「どこからつけられたのかしら?」

 いつまでも落ち込んでいても仕方がない。沙也香は無理矢理気を取り直す。

「少なくとも学校を出る時には何もなかった。山上一派はこちらの通っている学校を知っている。だから周囲はよく見張っていたはずだ」

 隼人は考えながら答えを返した。

「でも実際に後をつけられていた」

「途中で後をつけられたッす?」

 清彦と精二は考えを確認し合う。

「思えば考えるまでもない。黄門さまだ。沙也香のキャッシュカードをアスカが見せつけた時。あれだけ目立つ行動をしたんだ。龍田組のシンパの一人くらい目をつけられても別に不思議はない」

 目を見開き断言。訳が分かって隼人は腕を組み何度か頷いた。もっとも、だからといって何も解決はしていなかったが。


8


「あれが山上一派の隠れ家らしいビルか?」

 木刀を入れた袋を持ち隼人は目の前の六階建てビルを見上げた。廃ビルらしい薄汚れた灰色の固まり。背の高い工事用のフェンスに囲まれていた。

「こんなところにアスカはいるの?」

 同じく袋に入れた木刀を持参。沙也香は険しい視線をビルに送る。フェンスの合間。入り口に使っていたジャバラ式の扉から見える敷地は広い。夏草が生え放題に生えている。取り壊しを待つうちに時間だけが過ぎ去った。そんな感じだ。

「別に見張りはいないみたいッすね?」

 精二は廃ビルの周囲と元はガラス製の自動ドアだったらしき、ベニヤが半分を覆っていた大きな正面入り口に目を向けていた。得物は金属バット。

 一時使っていた炎の剣は使い切れなかった。

「こんないかにもな幽霊ビルに人がウロウロしていたら目立ってしょうがない。逆に耳目を集めてしまうだけだ」

 清彦は腕を組むと、炎の剣を包む布で肩を数回叩く。緊張を静めようと息は深く遅い。

『とにかく比較的に早く彼らのアジトが見つかったのは幸いだった』

『あの車は目立つからな。途中で小型車に乗り換えたところを篠宮の会社の者が目撃していたのは幸いだった』

 ファーストとセカンドの声が四人の頭に響く。東陵市における篠宮と野々宮の関係者は全市民の半分にもなった。

 情報源は無数にあった。

「内側から見張っている可能性は高いけど、昼間の今なら逆に油断して眠っているかもしれない?」

 隼人の言葉の通り、灼熱で汗を大量生産してくれる、真夏の太陽が四人の頭上に輝いていた。

 いかにも何か出そうなこのビルならそれもありかも?隼人はクラスメートからこのビルが度胸試しに使われていると聞いたことがあるし、夜の方が侵入者が多そうな雰囲気ではあった。

「かえって見張りでも出ていた方がよかったのかな?後ろから襲って倒せば逆にビルへの侵入が簡単だったかも?」

 沙也香がうがったことを言う。

『この間は真夏にコート姿だった。魚人化が進んだとすれば基本的に夜行性だ』

 セカンドの言葉が響く。全員の耳にはファーストの声は届かない。

「どっちにしろ行くしかない。アスカさんを取り戻す。最終的には戦うしかない」

「だったら行くッす。わざわざ奴らのホームグラウンドである夜に行くことはないッす」

 清彦と精二は青を見合わせる。隼人と沙也香も頷く。話は決まった。

「とりあえず目立たないように正面からは行かない。回ってみよう。フェンスのどこかに通れる場所があるかもしれない」

 フェンス中央。ジャバラ式の扉から離れた隼人の後をついて全員が歩き出した。


「ここから入るのか?」

 隼人は正面の大きなガラス扉を見た。半分壊れている元自動ドアだ。裏に回ったらフェンスは所々壊されていた。一部はクラスメートが言っていた度胸試しだろう。

 敷地内には簡単に入れた。

「嫌な雰囲気。夜でなくっても入るのに躊躇を感じるわ」

 沙也香は眉をひそめた。嫌なうわさ話にも事欠かない場所だ。

 町の不良連中が遊び場に使っているとも聞く。中に引き込まれたら何をされるか見当もつかない。実際には分かっている不良全員にレイプされるのだ。

 夜に近づく女の子はいない。

「裏口もあったッすが?正面からッすか?」

 精二は訝しそうに聞く。足に絡みつく夏草を踏みしめ歩いてきた途中に、隠れたような小さな通用口があった。

 精二は入りたかったが、顔を見合わせた隼人と清彦は無視をした。

「あの辺りは夏草が踏みつけられていた。通用口も小綺麗だった。使われている証拠だ」

 何者がとは言わず、苦虫を噛みしめたかのように清彦は顔を歪めた。

「こっちの方がまだましかもしれないから」

 隼人が清彦の言葉を引き継ぐ。

「このベニヤ、何とかなるかな?」

 沙也香は正面入り口の壊れた側のベニヤの手触りを確かめていた。軽く押しただけでベコベコと引っ込み頼りない手触りだ。

「これなら外れそうかな?」

 試しに隼人が引っ張ってみた。抵抗するようにベニヤはキィーと嫌な音を立てる。

「あまり強く引っ張ると中の化け物に気づかれるッす!」

 精二は小さく体を震わせた。

「僕が切ってやる。一息に切ってしまえば音も出ない」

 清彦は炎の剣を布から取り出す。四人が持っている中で唯一刃がついていた。キラッと金属質な光を放つそれを振りかざし、一気にベニヤ板に振り下ろす。

 実に簡単に無音のままベニヤは切り裂かれた。

「な、何なのこれは?この人たちは?」

 斜めに切り裂かれたベニヤ板を取り除き、沙也香は廃ビルの中に踏み込んだ。

 中には友達のアスカがいる。正直に言ってこれまで接点がなかった。お嬢様の沙也香と女の子大好きでめぼしい女の子をベッドに連れ込むのが趣味のアスカではそりが合わないどころではない。

 完全に異質だ。こんな事になっていなければ、今だって口をきいていたか、どうか?

「とりあえず魚人ではないけど?」

 入ってすぐはロビーのような広々とした空間だった。隼人の目の前。床に寝そべった多数の人影があった。

 どこか生臭く魚のような腐敗臭が混じった空気。窓を完全に閉ざし、真夏の陽光を受けとめていた廃ビル内部。

 予想通り蒸し暑い空気。全員が汗まみれだ。細身のパンツに趣味の悪い虎や竜がプリントされたティシャツ。

 暴力団の組員にもなりきれていないハンパな不良が数十人寝ていた。しかしここはまともな感覚の人間の居場所ではない。

 たとえどんなハンパ者でも。

「おい起きてきたぞ」

「手に得物を持っているッす!危険ッすよ!」

 清彦と精二が怯んだ声を上げた。不良たちの感情のない瞳。その手に持つのは木刀や釘を打ち付けたバットそれに鉄パイプ。

 武器と言うより凶器だが、殴られてただですむとは思えない。

『どうやら古き血の者に操られているらしいな』

 不良たちの様子を探っていたファーストが告げた。

「精神の精神に寄生する者、肉体の古き血の者じゃなかったの?」

 前に聞いていた話と違うとばかりに沙也香が突っ込む。

『基本的にはそうだが邪神の一種だ。人の心くらい操れる。特にあんな精神性の欠けている連中なら』

 苦笑混じりに告げるセカンド。

「どちらにしろ敵だ。ここで倒される訳にはいかない」

 隼人も苦笑すると木刀を構えた。

「僕はやめておく。操られていると言うことは一応人間だろ?さすがに刃物はまずい」

 清彦は後ろに退く。両刃なのでどちらにしろ危険物。手足の一本二本は簡単に切り落としてしまう。

「切り落としはしないけど骨程度は折らせてもらう。この人たちは女性の敵ですから」

 沙也香も木刀を構えた。目の前の崩れた服装の不良。沙也香は悪いうわさを思いだし、不味いものを飲んだような顔をした。

 女の子を傷つけるものには容赦しない。女の子大好き。この場にいないアスカが乗り移ったかのようだ。

「沙也香さん、過激ッす。でも仕方ないッす。動きは止めておかないと、後ろから襲われるッすから」

 目の前の不良の動きは鈍い。顔色も悪く、まるでゾンビ。精二もバットを振り上げた。

「………」「………」

 ものも言わずに不良たちが殺到してきた。

「トウッ!」

 沙也香は迫る不良を木刀でけん制。動きが鈍い敵の側面に移動。足を飛ばし転倒させ、みぞおちに柄で一撃を与えた。

「ヤアッ!」

 隼人は相手の小手に一撃。得物を取り落としたところに接近、半回転しながら沙也香同様に柄でみぞおちを打つ。

「この野郎!倒れろよ!」

 精二には沙也香たちのような器用さはない。ブンブンとバットを振り回す。

「もうしぶとい!」「何だこのしぶとさ?」「来るなよ!」

 沙也香たちの唇から焦りの声が発せられた。剣道の有段者にみぞおちを打たれたのだ。普通は昏倒してその場から動けなくなっても何の不思議もない。

 だが不良たちは平然と起きあがってきた。動きばかりか感覚までゾンビ並みだ。

『彼らはおそらく痛覚を制御されている』

『もっと急所を狙い打たなくては』

 精神に寄生する者たちの声が沙也香たちの頭に響く。しかし加減が難しい。

「簡単にはいかないわよ」

「殺すのはさすがに目覚めが悪い」

 言われてできれば苦労はない。沙也香たちの動きは滑らかさに欠けていく。

『このままでは埒があかない』

『殺さぬようにしよう』

 精神に寄生する者は劣勢に陥りつつある沙也香たちにある決断を下す。二体は心を合わせ強く念じた。

「そうか方法はあった。キエッ!」

 精神に寄生する者の声なき声が沙也香の頭に響く。

 殺さずに無力化する方法が分かった。沙也香は心の命じるまま何の躊躇もなく不良の肩口に木刀を振り下ろす。ゾンビ並みの動きの鈍さ。沙也香からしてみれば止まっているのも同じだった。

 痛撃に肩の関節が破損。痛覚があろうがなかろうがもう何も持てない。手にした得物を不良は取り落とす。

「本当に容赦がない。そんな場合か、俺も。トウッ!」

 沙也香の行動は隼人にも移る。剣道の有段者の腕で素人を打ち据えているのだ。

 抵抗も何もない。手が動かなければ掴みかかることも不可能。

 効率よく二人は不良を片付けていく。

「来るなよ、お前ら!どうなっても知らないぞ!」

 人を破壊するのが基本の剣道と違って、野球に人を倒す術はない。しかし沙也香たちの方法なら精二にも模倣は可能。

 あっと言うに不良は退治されていった。

「何だ、これは?沙也香さんに隼人、精二?」

 後ろに退いた清彦は恐怖を感じていた。不良にではない。ここまで平然と人を傷つけられたのか?仲間たちの容赦ない振る舞いに清彦は恐怖していた。

「お前たち、本当に沙也香さんや隼人たちなのか?」

 ついに清彦は口に出す。

「えっ、あれ?私が?」「……これは俺が?」「………?」

 惨状だった。血こそ流れていないが呻きながら床に転がる不良。砕かれ痛む肩を抱こうにも両肩を折られているのものがほとんど。

 なまじゾンビ並み。古き血の者に痛みを遮断されていたのか?片方の肩を折られているのに無理に動こうとしたのが、この結果だ。

 沙也香たち三人は自らの行った人体破壊に慄然とした。

『すまない。君たちの心のたがを少しはずした』

 セカンドの声が四人の頭に響く。

『君たちは自制心が強すぎた。手加減していてはこちらがやられる。自制心。それは私も望んではいたが、戦いのさいには時として邪魔になる』

 ファーストの心苦しそうな響きが沙也香と隼人の頭に届く。

「し、心外ですけど。分かるような、分からないような」

 沙也香の口調は曖昧だ。さすがに素直に承伏はできない。

「沙也香と同じかな?もうやらないでくださいよ」

 さすがにここで精神に寄生する者と正面衝突は不味い。隼人の言い回しは慎重だ。

「俺はまあいいかな?勝てたのは事実だし」

 一人、精二だけは精神に寄生する者に賛意を示す。

「みんな気をつけろ。敵の第二波だ」

 一応は精神操作の対象外。それまで口をつぐんでいた清彦が、ロビーの奥から姿を現した複数の影に、警告の言葉を発した。

「今度は魚人?」「人の姿もあるな」

 沙也香と隼人は薄暗い奥からの人影に緊張が隠せない。

「ごちゃ混ぜッす」

「混成部隊か?」

 精二の言葉に清彦が頷く。今度は全部で三十人ほど。魚人と不良の数はほぼ同数だ。不良とは言え人は人。操られていても対処の方法はある。しかし魚人はよく分からない。不良たちは先ほどと違い白鞘の日本刀を持っている者もいた。魚人は日本刀とがほとんど、大型の拳銃を持った者が数人。しかし魚人は水かきがあるせいか、持ち方がぎこちない。この間は打撃に強かったが、まだ奥があるのか?

「考えていても始まらない。行くぞみんな!」

 隼人は木刀の切っ先を敵の不良と魚人に向け、ススッとすり足で移動を開始した。

「こちらも行くわ。覚悟しなさい」

「たとえ魚人でもおいらは負けないッす!」「アスカさんは返してもらう」

 隼人の後を追い、沙也香たちも敵に突っ込んでいった。


9


「くそっ!なぜだ、なぜ能力が出せない?」

「前は電撃がでたのに、今度は駄目?」

 魚人の不気味さに圧倒され、隼人と沙也香たちは苦戦していた。

 乱戦だった。隼人たちはまずは不良の殲滅に専念し、それは成功した。一度倒してコツはつかんでいた。関節を狙えばいい。

 破壊とまでいかずとも行動不能程度なら、沙也香と隼人にはどうとでもなった。

 しかし魚人は打撃に強い。もっとも人間だったときの習慣で持ってきたものの、水かきのために刀や拳銃をうまく使えない。

 今魚人たちは素手だ。しかし魚人には刀にも匹敵する切れ味の長い爪があった。油断はできない。

「このっ!おいらの攻撃じゃ駄目ッすか?」

 精二のバットがうなる。だが効かない。魚人は見かけは鈍重だが動きは速い。精二もセカンドの協力で超能力が使えた。

 しかし超能力の発揮には精神の集中が必要で、沙也香と隼人の不調のあおりで、精二にも余裕がない。

 実力が発揮できず魚人に追いまくられていた。

「トウッ!化け物め、倒れろ!」

 清彦は少しだけましだったが炎の剣でも絶対的な力とは言い難かった。ヌルッとした魚人の表皮は剣の軌道をずらさせ、決定的な一撃が与えられない。

『一人で走るな。私の力を受け入れろ!』

『もっと落ち着かないと実力の発揮は不可能だ!』

 二体の精神に寄生する者は隼人と沙也香の精神力を整え、自分たちの精神力を重ねようと努力していたがどうしてもうまく行かない。

 理由は分かっていた。一度精神操作を受けた隼人と沙也香は完全に精神に寄生する者たちを信用できなくなっていたのだ。

「この野郎!倒れろってんだ!」

 正当な剣術では魚人は倒せない。隼人は力任せに木刀を振るおうとした。これでは駄目だという自覚はある。

 長い時間かかって練り上げられてきた剣道の技は一番相手に打撃を与えられる。無理矢理力を込めようとしても逆に力は逃げるだけだ。

 頭では理解していても焦りが冷静さを奪い去っていく。

「隼人危ない!後ろから!」

 沙也香は叫んだ。突出した隼人は魚人に包囲を許しつつあった。助けたいが沙也香だって複数の魚人の相手をしていたのだ。

 とても余力はない。

「隼人、下がるッす!」「隼人君、逃げろ!」

 精二と清彦も声を合わせる。しかし隼人は応えない。周囲の魚人の顔。隼人をエサ程度にしか思っていない。隼人は分かっていた。自分が今、危険なことをやっていると。

 理性が薄れれば意地が顔を覗かせる。分かっていてどうしても退く気が起こらない。

「………!」「………?」    

 前後の魚人が視線で会話する。こいつを殺せと。後ろの魚人の腕が伸びた。大きく開いた口の鋭い歯が禍々しい。

『隼人、危ない!』

 隼人の肩に魚人の伸びた手がかかった。鋭い爪が隼人を固定する。隼人の肩に強い痛みが走った。前後の魚人のギザギザの歯を持つ口が極限まで開く。

『私が助ける!』

 ファーストは精神を集中した。精神の圧力が極限まで増加。一瞬精神に寄生する者が個体として現出した。

 魚人がはねとばされた。しかしそれも一瞬。

「ファースト?まさか?」

 現れた気配。感じた確かな存在。隼人の感じた存在はファーストそのもの。理屈ではない。存在がファーストだと隼人には分かった。

 しかし一瞬の後、存在は消えた。

「隼人、後退して。陣形を組み直す!」

 沙也香が隼人を呼ぶ。包囲は解けていた。隼人は急いで戻る。

『無茶をする。下手をしたら消滅していたぞ』

「ファーストはどうした?無事か?」

 交代してきた隼人はセカンドに聞く。

『問題ない。一度に力を使いすぎたので、人間で言えば口がきけなくなっただけだ』

『そんなに言うな。ちょっと必要なことをしただけだ』

 セカンドの声が頭に響く。すぐにファーストの声も届く。

「ファースト俺に力を貸してくれ。セカンドも頼む」

 隼人のわだかまりが解けた。精神に寄生する者二体に素直に助力を頼む。木刀が真っ赤に炎を上げた。

 最初の能力の発現とは威力がまるで違う。

「前とは全然違う。これが本当の力?」

『二体の精神に寄生する者が力を貸している。隼人の精神力も強くなった。最後に全員の同調が完璧。魚人など敵ではない』

 驚く隼人にファーストが当然のことのように言う。冷静を装ってはいたがさすがの精神に寄生する者も興奮が隠せなかった。

「私にも力を貸してください」

「おいらにも頼むッす」

「僕にも力をお願いします」

 沙也香、精二、清彦。三人の武器にも能力が発現した。沙也香の木刀には電光が荒れ狂い、精二のバットには強い風がまとわりつく。

 清彦の剣は元からの炎が第二の刃のように固定化した。

「行くぞ!化け物ども!」

「この世界を勝手にはさせないわ!」

 隼人と沙也香の気合いが空間を震撼させた。

「おいらだってやるッす!」

「僕だってやるときはやるんだ!」

 精二と清彦も叫んだ。四人の気合いに魚人も怯むしかない。ズザザッと後退。間合いを取った。

「………!」「………?」

 魚人たちは目でコンタクトをとりあう。言葉は発さない。別にアイコンタクトが好きなのではなく、単に人間から魚人の変形によって言葉を失ったらしい。

 魚人の目はロビーの奥に向けられていた。何かすがっている雰囲気もあった。古き血の者の増援らしい。

「奴ら何かを呼んだのか?」

「新手という事かしら?」

 隼人と沙也香は険しい視線をロビーの奥に送る。禍々しい雰囲気があった。

「後は山上親子か?」

「どっちかというと、息子の方が嫌ッす」

 清彦と精二の視線も隼人たちに追随。薄暗い闇を見据える。コツコツと闇の中から靴音が二組そして多数のペチャペチャという粘っこい足音が近づいてきた。



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