「女は楽だろ?」と押しけられるので、あなたの言葉通り楽な道を生きます。
授業が終わって放課後。ハイデマリーはさっさと寮へ戻るために支度をして急いで教室から飛び出した。
すれ違った友人に「また明日」と短く挨拶をして校舎の階段を降りようとしたところ。
パシッと後ろから腕をつかまれ振り返った。
「……」
そこには、不機嫌そうな顔をしている婚約者のアーベルの姿がある。
彼も鞄を持っていて今から帰宅するところだとわかるが、なんだか嫌な予感はして、せっかくさっさと教室を飛び出してきたのに台無しである。
「なんだよ。急いで、なにか用事でもあるのか?」
腕をつかまれそう聞かれてしまえば、ハイデマリーには答えないという選択肢はなく、仕方なく振り返って答えた。
「いいえ、そういうわけではないのだけれど」
「なら、ゆっくり話しもできるな」
ハイデマリーの返答にアーベルは満足し、にやりと嫌な笑みを浮かべてハイデマリーを見やる。
「ところで、聞いたぞハイデマリー。君担任の教師から、王国魔法団への入団の推薦状を書いてもらうらしいじゃないか」
「……ええ」
彼の切り出した話題にハイデマリーはやはりと思って、少しくらい声を出した。
ハイデマリーやアーベルの学年は今年卒業で、この時期の成績によって多くの魔法士が第一希望として望む、王国魔法団への入団が出来るかどうかが決まるのだ。
多くの魔法士が試験でより優秀な成績を残そうと奮闘する中で、教師から推薦をもらえる生徒は数少ない。
しかしそれがあれば、教師のお墨付きがあるということで、必ず入団することができる。
誰もが欲している特権だ。
「魔法団に入団した先輩とも未だに繋がっているんだろ? こんな学生の時期からすでに将来の出世争いは始まってるって訳か?」
アーベルは呆れたみたいに笑って、ハイデマリーに問いかける。
そんなつもりはないのだが、そういうふうに見えることも理解している。ここでそれだけを否定しても意味はないだろう。
今日のアーベルはどうやら相当鬱憤がたまっているように見えた。
(嫌な予感は当たりましたね……)
「そういえば君は入学する前からずっとそうだったよな。俺が交流を深めたいと思ってる公爵子息にはいつの間にか声をかけられていたし」
「……」
「気がつけば周りにはいつもオトモダチばかり、外国の珍しい土産物ももらったりして」
アーベルは務めて冷静に、ハイデマリーと普通の話をしているように装っていたが、その瞳には何とも形容しがたい感情がメラメラと燃えている。
周りの生徒たちはそれに気がつかずに、放課後に何をするかと予定を立てながら楽しげに去って行く。
「入学してからも、先輩に事前に聞いて、なんでもそつなくこなしてたもんな。なにもかも」
「……そうでもないと思うけど」
なにもかもうまくいっていた、そんなふうに言われて、ハイデマリーは居心地が悪くなって否定した。
しかし、アーベルはハイデマリーの否定を聞くと、ハイデマリーの方へと一歩踏み出して「いや、そうだろ!」と語気を荒くして言った。
「まさか自覚がないのか? はー、これだから女は。いいよな、ちょっとかわいいだけで、ヘラヘラニコニコしてれば周りが贔屓して、気を使って、優しくして」
「……」
「君は、ただ、愛想振りまいてるだけでなんでもうまくいくんだから。楽だよな。女って、得だろ? 女ってだけで! 人生楽だろ!」
吐き捨てるように彼は言う。
その、勢いと強さが恐ろしく、ハイデマリーは一歩後ずさり、肩をすくめて見上げる。
「男の、自分の力だけで生きなくちゃいけない人間の苦労も知らないで、のうのうと生きて、推薦もらって、先輩に聞いて職場でもうまくやるんだろ? 君ばっかりずるいだろ。女ってだけでさ」
「……」
「……はぁ、……だから、得してるんだからその分、婚約者の俺に還元してくれよ。君は頭は悪くないんだから。そのぐらいやって当然だろ?」
ハイデマリーが完全に萎縮して、否定も肯定もしないでいると、アーベルはやっと落ち着いた。
そしてため息をつき、鞄を開いて、書類を一枚取り出す。
それから、ハイデマリーに紙を押しつけるように渡す。
「君はいつも性別で得してるんだから、少しは俺を尊重してくれないと」
「……これ」
「レポート。このぐらいなんてことないだろ」
とっさに受け取って、書類を見れば課題の書かれた書類だった。
今までもこういったことは何度かあって、彼の理論はいつも同じだった。
ハイデマリーによいことがあった時が圧倒的に多いけれど、実際あってもなくても、楽に生きていて得をしているハイデマリーはアーベルを助けるべきだと用事を押しつけてくる。
「じゃあ、きっちり頼むな」
そう言ってアーベルは一人階段を降りて去って行く。
たしかに、ハイデマリーは人より得をしている……ところはあると思う。
それに彼は婚約者だ。
このぐらいのことを手伝うくらいなんてことない、という人の方が多いだろう。
将来、ずっと働いてくれるのは彼だ。彼を助けるのは将来のハイデマリーを助けることになる。
だから、手を貸す。そのぐらいは当たり前。そう言う人が多いだろう。
ハイデマリーが得をしているのなら尚更。それがある種の賢さであり、大多数の意見だ。
しかしそれでも、心がすさむのはなぜだろうか。
息が苦しく感じるのは、どう処理したらいいのかハイデマリーにはまだわからないのだった。
学園の休憩時間に、アーベルから頼まれたレポートをこなしていると、友人のジークハルトが隣に腰掛けた。
その気配を感じて顔を上げると、ジークハルトは頬杖をついてレポートを見つめている。
「……あんたそれ、一番に終わらせて担任に褒められてなかったか?」
問いかけられてハイデマリーは反応に困って曖昧に笑った。
「ここ最近は昼も一緒に食べれない、放課後も忙しいって、そんなことばっかりじゃんか」
「……」
「なんだよ。小遣い稼ぎとか? 欲しいドレスでもあんの?」
ハイデマリーの気まずそうな表情に、両親に内緒で高価な物が欲しいばかりに、金銭を受け取り課題を肩代わりしていると思われたらしい。
それはそれで心外だった。
「違います……そういうわけじゃありません」
「じゃ、どういうわけなんだ?」
「……」
「……いじめ?」
「違います」
ハイデマリーが再度黙ると彼は、少し深刻そうな顔をして、いじめを疑い出す。
それこそあり得ない話だ。ハイデマリーは友人にも恵まれているし、とても楽しい学園生活だ。
それは彼もわかっているだろう。
しかし、否定してもジークハルトは引く気が無いようで、ハイデマリーは眉を困らせて事情を説明することにした。
正直なところ本当は言いたくはなかった。
今までだって隠れてやってきたし言っていなかった。
そしてそれは、きっと誰しもが心の奥底ではアーベルと同じように考えていると思っていたから。
ハイデマリーはたしかに多くの人にかわいがられていると思う。教師にも先輩にもそれ以外にも。
だから、アーベルの言葉は普通で、こうしていることは当たり前。
けれど、やりながら心が苦しくなっているから、一番の友人である彼に、「アーベルのために動いているのに何が悲しいんだ」と言われると……辛い。
けれども、仕方がないだろう。どうやらジークハルトは引く気がない。
言って、そして、少し無理をしてでも「当たり前のこととして自分も彼の苦労を肩代わりすることを引き受けている」と言おう。そう考えた。
「……私って、得をしていることが多いでしょう。この間も先生から推薦の話をもらったし」
「お? おお。だな。でも得か? 微妙だろ」
「……得、と言われました。楽だとも」
「はぁ?」
ジークハルトは怪訝そうな顔をする。
ハイデマリーはその彼の反応は少しだけ不思議だった。
「先輩とも仲がよくて。以前から楽をしていることが多かったとも」
「そりゃ、あんたの人がいいから先輩が俺たちの学年にいる婚約者との使いぱしりにしてたお礼だろ。今だって似たようなもんだし」
「……」
「担任の推薦の件だって、あの教師、ことあるごとにあんたを引っ張っていて魔力を使って研究資料にしていただろ。休日に何回呼び出されたと思ってんだよ」
彼は、うんざりしたみたいに言って最後に「何が楽なんだ?」と心底疑問みたいに言った。
それは予想外の反応で、ハイデマリーの想像とは違う。
「それは……そうなんですが」
「だろ?」
「……でも、女の子だからかわいがられて慕われて、贔屓されて楽してるって」
男性皆が思っているであろうことを口にするとジークハルトはあからさまに嫌そうな顔をした。
「そいつなんにもハイデマリーのこと知らないんだな!」
そして、アーベルのことをそう言い表した。
彼とは長年の付き合いだ。
ジークハルトよりも長いし、いろいろな経験をともにしてきた。
そんなことはないはずだけれど、心がすっと楽になる。
「ハイデマリーが、ずるしてるみたいに文句言って、よっぽど人に好かれないことがコンプレックスなんだろうよ」
「……」
「それで課題の話から、それが出てくるってことは、そうやってあんたに文句言って最終的には課題を押しつけたってことだろ? 自分で女は楽だといって置いて、それを理由に女の子に辛く当たって課題押しつけて矛盾してんだろ!」
ジークハルトは腹が立ったのか次々と言葉を吐き出す。
そのどれもがたしかに正しかった。
ハイデマリーは、アーベルの言葉を認めるべきだと思った。
けれどそれは、彼とうまくやらなくてはならないという前提があまりに大きかったからだ。
そういうふうに思われても仕方ない。そういうふうに思う人ともうまくやるのが結婚だ。
それが人に養ってもらうということだと思っていた。だから多くの人がそうするように自分もそうしようと思ったのだ。
しかし、一歩引いて、ただ二人の関係を話してみれば、なんと単純なことだろうか。
アーベルはハイデマリーのことをなにもわかってくれていない。
ハイデマリー側の苦労など一つも見ていなかった。ただ見ないまま自分の仕事を楽してそうな人間に押しつけているだけだ。
(そんな人といる苦しみをこれからの生活の安定のために一生受け入れるの?)
「それで、その男はどこのどいつだよ。俺がガツンと言ってやろうか?」
「……それが私の婚約者なんですよ」
「……」
「……ふふっ」
ハイデマリーは声を出して少し笑った。
結婚とは苦しい理不尽も呑み込むものだ。それはある種の事実だろう。
楽を選んで確実に幸せになれるとも限らない、選べる相手も少ない。
それならば多少の苦しさは堪えるべき。
それは仕方がない。しかし、ハイデマリーの苦しさも、彼が最低の理不尽男だということも紛れもない事実だ。
(それなら私、そんな相手と一生生きたくはないですね)
そして簡単に結論がでた。
「…………ご、ごめん。人のフィアンセを悪く言う俺の方が最低だ……」
一方、ジークハルトは、ハイデマリーの婚約者を文句を言って貶してしまったことに顔を青くして謝罪した。
しかしその言葉にハイデマリーは首を振る。それから「いいえ、もう吹っ切れたので」とぽつりと言ったのだった。
それからハイデマリーがやったことと言うと単純なことだった。
書きかけだったレポートをぱったりとそのままやめて放置した。
そもそも、押しつけられただけでやりますとは一言も言っていない。ハイデマリーには責任などないだろう。
今まではきっちり期日までに終わらせて、アーベルの下へと届けていたが、今回はいつもどおりの生活に戻り、気にせずに過ごした。
すると、授業の合間の休憩時間にクラスメイトがやってきた。
「あの、ハイデマリー様を呼んでますよ」
出入り口の扉を指し示して言われて、ハイデマリーは察して持ち歩いていた途中のレポートを持って友人たちのグループに声をかけた。
「呼び出しのようなので行って参ります」
「はーい」
「了解!」
「行ってらっしゃいませ」
それぞれが気楽に返しておしゃべりに戻って行く中、「まった」とジークハルトが言った。
「……俺もいくか?」
彼もハイデマリーが書きかけのレポートを持ったのを見て、事態を察したらしく、堅い表情をして言った。
あのときはハイデマリーの婚約者を侮辱したことを後悔していた様子だったけれど、ハイデマリーのことを心配する気持ちは紛れもない本物だ。
彼に付き添ってもらえば、もうあんなことを言わせないようにしてくれるかもしれない。
「いいえ、私の問題ですから」
しかしハイデマリーは、緩くかぶりを振ってジークハルトのもとを離れる。
それから廊下に出ると、先日と同じように、不愉快そうな顔をしたアーベルの姿があった。
「遅い」
「……」
「ただでさえ、俺に取りに来させて迷惑をかけているのに、なんですぐ出てこないんだよ」
いらだった様子で言いながら彼は「ん」と手を差し出す。
早くその手に持っているものを寄こせと言うことだろう。
いつもの彼の横暴な態度に、以前のハイデマリーならば萎縮していただろう。
しかし今は違う。もう彼の機嫌を取ることはさほど重要なことではない。
レポートを差し出しながらハイデマリーは言った。
「……アーベル」
「なんだよ」
受け取ったアーベルは、レポートをペラペラとめくって確認しながら、ハイデマリーの言葉に応えた。
「あなた、私は誰にでもかわいがられて人生楽で得ばかりだといいましたよね」
「ああ? …………おいこれ」
そうして最後のページにたどり着いて、まだまだ中盤で途切れていることに気がついた。
彼は信じられない物を見る目でハイデマリーのことを見やった。
「ご名答です。私、実はまったく苦労なんてしていませんしこれからもするつもりがありません。あなたに、得している分を返還する? ご冗談を。私は私のためだけに楽して生きていたいです」
「な、」
「だから途中でやめちゃいました。でも別にいいでしょう? 私はかわいい女なので許してこれからも養ってくれるでしょう? 私に楽させてくださいよ」
アーベルは混乱した様子で、一歩後ずさりし、それからハイデマリーを上から下までまじまじと眺めた。
「……」
「……」
数十秒の無言が流れる。彼はそれからカッと顔を赤くさせて、烈火のごとく怒りだした。
「っなにを馬鹿なことを言ってるんだっ!! いくら俺が男だからってそんなこと許すわけがないだろっ!!」
「ですがあなたの理論が正しいなら私はあなたといる意味なんてこれっぽっちも無いのです」
「はっ?」
「私は女で、贔屓してもらえて、人生楽で、出世コース、これからも男の人にちやほやしてもらって、幸せに過ごすことができる。あなたの言うとおりなら」
「……」
「それなのにどうして、わざわざあなたに尽くして苦しい想いをして、楽な人生を手放さなくてはならないの?」
ハイデマリーは一歩あえて近づいて彼に聞いた。
「そ、れはっ……」
アーベルは言葉に詰まったがすぐに、続きを言った。
「き、君みたいな女は、だ、誰も結婚したがらないしっ」
「かわいいから女性として贔屓されて気に入られるのに、どうして結婚だけはしてもらえないと? 素敵な女性はモテるんですよ。当たり前のことでしょう?」
「っで、でも、尽くすのが女の美徳……だろ」
「美徳の話なんてしていません。ただ私が楽に楽しく生きるのに、あなたの苦労を肩代わりする必要はないというお話です」
「……」
彼はハイデマリーにそう言われると黙り込んでしまった。
彼の言葉が事実ならばそういうことになる。もちろん現実はただ楽をしているだけではない。
しかし、現実を突きつけたところで彼は納得しないだろう。
ならハイデマリーは彼の理論の中で、彼の望みを潰すだけだ。
「私には、わざわざあなたにすがりつく理由なんかありません。むしろあなたの要望を聞くことには苦労が増えるというデメリットしか無い」
「そ、そんなわけ」
「ありますよ。だって私、どう生きたって楽な人生が待っているんですから」
「っ……」
「そしてあなたが選べるのは二つだけ。結婚しても楽をしてあなたを支えない私を養って他の男性と同じようになるか、そんな私を放り出すか、それだけです」
アーベルは青筋を浮かべて拳を握った。
「自己中な女なんて俺が養ってやるわけ、ないだろ。い、良いのかよ? 俺に捨てられるんだぞ?」
「ええ、だって私には、たくさん楽させてくれる素敵な殿方がたくさんいますから。それはあなたが一番ご存じでは?」
アーベルは拳をブルブルと震わせていて、歯ぎしりの音が聞こえてきそうな酷い顔だった。
「っ! ……っ~、い、言ったからな!! 婚約解消だ!! 君なんか!」
「ええ。賢明な選択ですね」
ハイデマリーが平然とそう言葉を返すと、アーベルはだんだんと足をならして不機嫌を全身で体験するみたいな歩き方で去って行く。
それからハイデマリーはふっと息を吐き出した。
そして暗く重たい結婚というものが大きく幅を利かせていた未来象はさらさらと消えていき、すがすがしい気持ちしか残らないのだった。
アーベルが歩き去っていき、教室へと戻ると、入ってすぐのところにジークハルトがいる。
彼は、すぐハイデマリーのそばに寄って心配そうな顔で眺めた。
「大丈夫か? なにもされてないか?」
「はい。大丈夫です」
ついて行こうかという提案を断ったので、こうして教室の中にはいたが、それでも心配して待っていてくれたのだろう。
大きな声も教室なかまで届いていただろうし随分と心配をかけてしまった。
「本当か? 婚約解消だ! なんて言葉も聞こえたが、ま、まさか俺のせいで喧嘩……?」
「……いいえ? ただ、私がそのように仕向けたんだです。……きっと近いうち婚約解消になると思いますけど、願ったり叶ったりですから。ジークハルトが心配することはなにもありません」
また顔を青くしている彼に、ハイデマリーは少し砕けた笑みを見せてそう言った。
「……本当に婚約解消するのか? ……あんたはそれで不服はないのか」
問われてやけに、何度も聞いてくることにハイデマリーは疑問に思った。
けれどとりあえず自分の気持ちに嘘はつかずに「もちろん」と短く返す。
もとから恋をしていたわけでもないし、ハイデマリー自身は魔法の才能もあるし、自分で生きていくことに不安はない。
伯爵家跡取りである彼の婚約者の席がまったく惜しくないかと言われれば嘘になるが、それよりも自分を尊重する道を選びたい。
そのための苦悩や不安は受け入れる覚悟だ。
「…………」
「むしろ、今すがすがしい気持ちですよ。とても前向きというか……」
「……なら、俺、立候補しといていいか?」
笑みを浮かべるハイデマリーに、ジークハルトは恐る恐る言った。
その言葉にハイデマリーは、きょとんとしてどういうことかと首をかしげた。
「なにに?」
「新しい婚約者。っだって、あんた。絶対人気になるだろ」
「……」
「だって優しいし、気遣い屋だし、か、かわいいし……一年の時の俺のことだって、権力にすり寄ってくる奴らばっかりでひねて全員に素っ気なくしてても、根気強く声かけてくれて」
「……」
「あんたのおかげで割と、学園生活楽しんだよ。だから、ずるいかもしんないけど、俺一番最初に立候補してもいい?」
ジークハルトは目をそらし、羞恥心を必死に殺しながら顔を赤らめてそう告白した。
たしかに声をかけたし仲良くもなった。
しかし、ハイデマリーが一年の時、彼にかまい倒したことはできるだけ皆で楽しくやりたいエゴを押しつけた結果だった。
それを彼に許してもらって、なし崩し的に今があると思っていた。
まさか彼が、そんなふうに思ってくれていたなんて微塵も考えていなかった。
(……つまりジークハルトは、私のことが…………?????)
「結構前から、好きだった。……婚約解消には前向きだって言ってたから、言って良いかと思って、ダメだったか?」
ハイデマリーがあまりに反応を示さないのでジークハルトは、不安になって、タイミングをミスったかと顔を青くする。
「だめ、ではないかと」
「! そっか、なら予約。あ、別に、好みじゃないならないで、振ってくれ」
そうしてさらりと話をながして、彼はくるりと身を翻す。
「じゃ、皆のとこ戻るか」
歩き出した彼は、もう平然としていて、ハイデマリーはまったく気持ちが追いつかない。
しかし、好いてくれていたのだと気がつくと、彼が一人仲間内から抜けて、レポートをしていた時に心配してくれたことも、気遣って婚約者との面倒な話を聞いてくれたことも、それが特別故だったのだと、気がつく。
(そう、だったんですか。……それは、なんというか、友愛だと思っていたとき以上に…………嬉しい)
胸がとくんと高鳴って、彼との思い出が特別な色を持った。
それが恋の始まりであることは、否定しようのない事実であり、体裁を整えたらきっと彼にこの気持ちを伝えようと思う。
この一日で一人で生きていくことへの不安は覚悟したのに、今度は新しい恋と未来の始まりが顔を出す。
しかし想像できるジークハルトとの未来は苦しく重たい結婚像とはまったく違う軽やかで楽しみな物だった。
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