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国境への遠征は、副団長に就任すると必ず行うもので、その目的の一つに、部下を纏め上げることがある。
今回は特に大きな問題もなく、命に係るような事もない。
ただ、年下の副団長に、年上の部下は皆警戒心と不安感を強く抱いているのがわかる。
それはそう。俺だって逆の立場なら絶対そう思う。
3年目のまだまだ新人がいきなり組織のトップ3に入る。
下からは羨望の的でも、上からしたら目の上のたんこぶ、面倒なことこの上ないだろう。
一応、言う事を聞かないことはない。
騎士団は縦社会だし、組織の立場から指示されたら文句は言えない。
でもそれが、フラストレーションを生んでいることもわかる。
『実力だけあっても、組織は回らない』
怜史からそう言われていたし、実際その通りだと実感している。
怜史は入団5年目で副団長になった。
俺が入った年に副団長になったから、俺は怜史のこの遠征にはついてきていない。
遠征に行くのは入団2年目からだし。
当時の怜史が、史上最年少の副団長。
その怜史は、あの正論で部下を叩き潰し、遠征から帰る時には既に鬼上司だと皆が恐怖に慄いていた。
同じことは、俺には多分できない。
怜史のように一部の隙もなく、完璧に、正論で部下を纏め上げるなんて、怜史にしかできないし、できないのに無理して同じ方法で纏め上げようとしたら、それこそ本当の意味で部下は俺の言う事を聞かなくなる。それは組織として絶対ダメだし、そうなったら俺は副団長ではいられないと思う。
部下を纏められない上司なんか、無駄以外のなにものでもない。
ここで何か問題が起こって、それを解決したら部下も納得できるとは思う。
でも何も起こらないし、起こすわけにもいかない。
部下も距離を取りあぐねているけれど、それは俺も一緒だ。
うーん…とため息をつきつつ、目の前の棚を見る。
遠征中に立ち寄ったこの街で、今日は宿を取る。その空き時間に、街をぶらついて、この文具店を見つけた。
遠征ではなく、消しゴムのお使い。
日乃から言われたお使いの品、消しゴム。
別にどれでもいい。
よく消えるやつでもいいし、子供っぽい可愛いやつでも、匂い付きのやつでも、なんなら、ねりけしでもいい。
でも多分、普通のが一番いいだろうから、よくある一般的なものに手を伸ばす。
その手が、誰かの手とぶつかった。
女の手ではなく、ごつい男の手だ。
「あっ、すみませ………副団長!?」
それは部下の一人だった。
ギョッとして、バツが悪そうにしている。
「あっ…お先にどうぞ…」
「あ、あー…じゃあ…」
男二人が消しゴムでモジモジしているわけにもいかず、言われた通り、先に手に取る。
それを見て、部下は戸惑いがちに聞いてきた。
「…備品とか、ですか?」
それなら自分が、と遠慮がちに手を差し出してくる。
気を使ってくれたんだと思う。
有り難い。一応でも、上司の俺を立ててくれようとしている。
でも違う…。
これは備品じゃないから、渡すわけにはいかない。
「いや……その……」
言えねーーー!!!
これ、お土産代わりって、言えない!
うっ…と言葉に詰まる俺を不思議そうに部下は見続けてくる。
俺の答えを律儀に待ってくれている。
「…………これは、その…備品じゃなくて…」
「…?じゃあ何です?」
「…ぐっ………お…お土産兼お使いで…」
「………は?」
その瞬間の、何言ってんだコイツ…感。
俺は絶対に忘れない。
「副団長!婚約者へのお土産、消しゴムってマジで!?」
あの文具店でのやり取りは、またたく間に遠征の行軍に知れ渡った。
そして、その知らせを聞いたおじさん部下達が、ぞくぞくと俺の所に集まってくる。
「マジだぞ。ヤバいよな」
「え、最愛とか言ってカッコつけてたのに?お土産が消しゴム!…いやー……おじさんひっくり返るよ!」
「まだ若いもんなぁ…。でも消しゴムはねーよ」
俺の周りで自分達で用意したであろう酒とツマミを飲み、俺の買った消しゴムに、正しくは消しゴムを買った俺に、皆でツッコんでくる。
いや、わかってる。
おかしいのは俺だって十分わかってる。
なのに…
「うるせぇ!お使いなんだから仕方ねーだろ!」
この完全に馬鹿にした感。
若者の恋愛を肴に一杯やる感じ。
これはもう、騎士団の親睦会じゃなく、親戚のおじさんの集まりのようだった。
「いやいや、今時、子供でもそんなお土産買わないって」
「俺の娘、5歳だけど、消しゴムなんか買っていったら怒って口聞いてくれないよ?」
「副団長、もっといいの買ってやらんと。嫌われんぞ?」
「あ、喧嘩してんの?」
「してねーよ!」
文具店で消しゴムを買うまで、あんなにお互い距離をどう詰めるか、微妙な感じだったのに…。
消しゴム一つで、まさかこんなに距離が縮まるなんて、誰が想像できるのか。
絶対ないと思うけど、日乃がこれを見越して消しゴムって言ったんなら、崇めるレベルで先見の明がある。
「いやー……こんな面白いやつだと思わなかった」
「それな。最年少記録更新の副団長なんて聞いたからもっと取っ付きにくいと思ってたのになぁ…」
「消しゴムだからなー」
ゲラゲラと、おじさん達の遠慮のないデカい笑い声が響く。
「いや、これはもう、俺達が支えてやんないと」
「だよなだよな。副団長、俺達、いつでも相談乗ってやるよ?」
「いらねぇよ!」
俺の叫びすら、おじさん達には親戚の甥っ子の反応に見えるらしい。
生暖かい目で見られて辛い。
「若いっていいなぁ」
「ガハハハ!そうだ!若者っぽくもっと空回って頑張れ!」
「うるせぇ!クソジジイども!」
怒鳴り散らしても、クソジジイ達には効果がない。
余計に親戚の法事の集まり感が深まるだけだ。
そして、そんな俺を、後輩達がドン引して、且つ可哀想な目で見ていた。
一つしか違わないのに。
遠征2日目の夜は、親戚のおじさん達のような年上の部下から生暖かく見守られながら更けていった。
遠征は結果的には成功と言えるだろう。
部下は初日より確実に俺の言う事を聞いてくれるようになったし、組織として纏まりも出てきた。
ただ、親戚のおじさん感は一向に戻ることなく、俺は心配な甥っ子のような副団長という、なんとも納得いかない支持を得た。
そして、部下から他のお土産を勧められても頑なに買わなかった俺の話は、騎士団本部、つまり団長と怜史、彩希も知ることになり、俺は散々揶揄われながら、漸くあの離れに戻っていった。
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