触らないでください
掲載日:2026/03/10
家庭科準備室には、触れてはいけないトルソーがある。
何代か前の先生の置き土産で、原因を知る人は今では誰もいない。
私は家庭科室と準備室の施錠を任されている、今日からの任務なので慎重に鍵をかける。
鍵をかけたら職員室の鍵箱に収納して完了だ。
次の日、鍵をかけるために準備室に入ると、真っ直ぐにこちらを向いていたトルソーが、ほんの僅かに左に動いている気がした。
誰も触っていない、それだけ確認すれば十分だった。
それからも鍵をかけて、次の日になるとトルソーが少しずつ移動している気がした。
左に動いたと思えば、右だったり、真っ直ぐに戻っていたりする。
規則性はない。
「触ってはいけない」ので、確かめるまでもなかった。
ある日どうにか確かめられないかとトルソーに少しだけ近づいてみた、すると触っていないのに、掌にじんわりとトルソーの感触が残った。
それからもトルソーの位置は変わり続けていたが、私はもう何も確かめることはしなかった。
ただ、鍵をかける時に無意識に頭の中でトルソーの位置を整えていた。
もう何も考えなくてもいい、トルソーの首には「触らないでください」という札が下がっているからだ。
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