クラスのギャルに好かれているようだ
春眠暁を覚えず、なんて言うけど夏は夏で遊び疲れて眠いし、秋は暑さから開放されて眠い。冬は冬で温かいオフトゥンから出たくないから眠たい。年中無休で眠いのは仕方ないんだよね。
何が言いたいかというと、今、目が覚めたってコト。
なんというか、とても良い目覚めである。いままで味わったことのないような充足感に満たされる。こんなに眠たくない朝は初めてかもしれない。
普段ならこのようなことはないはずなのだが……。
ふと枕元に置いてあるスマホを掴み時間を確かめてみた。
22 Oct 8:27の表示。
「これは……寝坊したな」
いつもより余分に寝てしまった故のスッキリ感だったようだ。
うちの高校では午前8時40分からSHRがあり、同50分から1限目の授業が始まるスケジュール。
そして、自宅から学校まではどう足掻いても最短で30分はかかる計算だ。
「要するに遅刻は確定、と」
両親は普段から俺が起きる前に出社してしまうのでとっくにいなくなっている。
「エスケープ決め込んじゃうかな……」
中間考査が終わった直後なので気が緩んだのであろう。昨夜も人気動画配信者のライブを遅くまで見ていたというのも原因のひとつにはなるかもしれない。
ただ遅刻はともかく休むとなると学校に連絡も入れなきゃだし、その理由を考えるのもめんどくさい。
仕方ないのでベッドから這い出て学校に行く用意をする。
「2限には間に合いそうだな……」
たらたらと自転車を漕ぎ学校までの道を行く。
もう少しで到着というところで見慣れた後ろ姿を発見する。同クラの杉田麻璃亜だ。金髪ロングの後ろ姿は見間違いようがない。
「よう、麻璃亜。なかなかお早いご登校じゃないか?」
「ん。そういうおまえは槇原健志か」
「いや、フルネームで呼ぶのよせって」
「ふふふ。健志も早いんじゃない?」
麻璃亜の隣に自転車を停めると彼女は何も言っていないのに自転車の荷台に腰を下ろす。
「さぁ行ってみようか」
「乗れなんて一言も言ってねーし」
「でも乗せてくれるんでしょ?」
「……まぁな」
麻璃亜を後ろに乗せて学校まで自転車を走らせる。ここからは坂もなく平坦なので苦ではないが後ろに女の子を乗せて学校に行くというのが例えそれが麻璃亜だとしても小恥ずかしい。
そんなテレを隠しながらダルく校門をくぐり駐輪場に自転車を停めておく。
「おまえは昇降口で下りればよかったんじゃねえか」
「乗せてもらったんだし、最後まで付き合うのが常識でしょ」
「遅刻してるし二人乗りしている時点で常識は欠如しているもんだと思うけどな」
「健志のくせに正論だね」
ちょうど1限目が終わった後の休み時間中だったのでそれなりに注目を浴びたが麻璃亜と一緒にいるといつもそんな感じなので今更気にしても仕方ない。
麻璃亜は普通にしてればそれなり、というかかなり可愛い部類に入る女の子。髪を金色にしてるしギャルぽい言動が一般的な男子共をあまり引き付けないが、それでも月に何人かは麻璃亜にアタックしていると小耳に挟むこともある。
何度も言うが、見た目だけなら麻璃亜は可愛い。そういう目で見る男も少なからずいるっていうことなんだ。
そして俺とは何故か仲が良い。陽キャでもないし、かと言って陰キャでもないごく普通の(若干不真面目な)モブメンの俺と馬が合うっていうのも不思議なもんだと思う。
たぶん全校男子の中で一番彼女と気易いのは俺なのだと自負している。そのせいなのか偶に嫉妬の目を向けられることがあるが、麻璃亜とは友だち以上の関係じゃないので嫉妬される謂れもない。そもそもお前ら何様だよ、とも思うし。
放課後、麻璃亜と二人で職員室に呼び出される。担任から遅刻の理由を聞かれたのとちょっとしたお説教が待っていた。定期考査が終わった途端に遅刻したんだから弛んでいると叱られてもその通りとしか応えようがなかった。
こってり小一時間ほど絞られた後にやっと開放された。あのヒト良い担任だと思うけど、こういうところは余計なんだよな、と常々思っている。
「しっかり怒られたね」
「まあ、それについては俺らが悪いのだから仕方ないとは思うけど……でも長かったな」
遅刻の理由としては俺のほうが正真正銘の寝坊だけど、麻璃亜の方は妹を保育園に送っていったせいだと言っていた。担任は信じてはなかったみたいだけど。
普段の麻璃亜の素行をみれば信じられないっていうのもよく分かる。
「麻璃亜って妹いるの?」
「うん。まだ5歳なんだけどね。今朝はなんだか愚図っちゃって素直に保育園に行ってくれなかったんだ」
麻璃亜の家は4人家族。父親は単身赴任で遠方にいるらしく、また母親も朝の早い時間に出社していくとのことで麻璃亜が妹を保育園に連れて行く役割を担っているそうだ。
「じゃあやっぱり遅刻の理由は正当なんじゃん。なんで主張しなかったんだ?」
「わたしってこんな成りだし、いちいちそんなことで話を長引かせても仕方ないと思って」
「そっか……」
麻璃亜がそれでいいというならそれ以上俺がとやかく言う必要もないだろう。
保育園へのお迎えはその時々で彼女のお母さんが行ったり麻璃亜が行ったりしているとのこと。
「今日はバイトもないからわたしがお迎えの日」
「へー麻璃亜ってバイトもしているんだ」
「ちっさいカフェでのバイトだけどね」
「やっているだけ偉いよ。俺もそろそろバイトしないとなァ」
自転車に乗らずに麻璃亜と歩いていたらいつの間にか麻璃亜の妹が預けられている保育園まで来てしまった。
「どうせなら妹の顔も見てやってよ。かわいいんだからね」
「おう。どうせ暇だし、付き合うよ」
流石に部外者が園内にズカズカと入っていくわけにもいかないし、かといって園門の真正面で待っているのも他の保護者さんからの視線が痛い。
園門から少し離れた電柱の横で待っていると程なく麻璃亜と麻璃亜をぎゅっと小さくしたような顔立ちの可愛らしい女の子がやって来る。
「何してるの、こんな隅っこで」
「正面だと怪しいかなって思って」
「ここのほうがよっぽど怪しいって。まあいいや、この子が妹の瑠璃だよ。ほら、瑠璃、ご挨拶は?」
「……こんにちは――だれ?」
まあそうなるわな。いきなり見たこともない男が現れたら警戒マックスなのは容易に思いつく。お姉ちゃんの後ろに隠れて訝しげな視線を向けてくる瑠璃ちゃん。
俺は膝を曲げて視線を合わせながら瑠璃ちゃんに話しかける。
「こんにちは。突然にごめんね、俺はお姉ちゃんの友だちの槇原健志っていいます。健ちゃんって呼んでね、瑠璃ちゃん」
「……健ちゃんはお姉ちゃんのコイビトなの?」
直球で来たが、この場合素直に違うというべきかそれとも他の正解があるのか弟妹のいない俺には難問だったりする。
「えっと、俺はお姉ちゃんとは――」
「そうだよ、瑠璃。健ちゃんはあたしのラブラブ彼氏だよ」
「おいっ」
「わー! じゃー、あーちゃんのおにいちゃんだねー! やったぁ~おにいちゃんできたぁ」
瑠璃ちゃんは俺と麻璃亜の周りをぴょんぴょん跳ねて全身で喜びを表現している。今更違うって言いづらくなるじゃないか。
「麻璃亜、覚えてろよな」
「もちろん」
乗りかけた船ではないが何故か二人の自宅まで俺も一緒についていくことになってしまった。瑠璃ちゃんが繋いだ俺の手を離してくれなかったためだ。
俺は器用に右手で自転車を支え、左手で瑠璃ちゃんの手を握って帰路を歩いていた。瑠璃ちゃんの左手は麻璃亜が握っている。
広い土手道なので横に広がっても問題ないんだよ。それに誰かが通る際は手を離している、麻璃亜のほうがね。瑠璃ちゃん、絶対に俺の手は離してくれないつもりらしい。
「瑠璃がこんなにも他人に懐くことなんて全然ないのに健志はすごいねー」
「それはどーも。むかしから小さい子供には良く懐かれていたもんな。いとこの子とか、近所の小学生とか」
エネルギーが切れるまで子供は遊ぼまくるんだよな。律儀にもそれに付き合うから好かれるのかもしれんが。
「むかしからロリコンだったんだ」
「おいこら、殴るぞ、おらっ」
「きゃー、とんだロリコンDVやろうだった」
「なーに? ろりこんでーぶいって?」
「「なんでもないよ」」
小さな子に余計なことは教えなくていい。視線でキッと麻璃亜を叱ると『ごめんちゃい』と彼女は赤い舌をちろりと出す。なんかその姿が可愛くて毒気を抜かれる。
「そういえば瑠璃ちゃんは今朝保育園に行きたがらなかったんだって?」
「だっておねーちゃんが変な髪型にするからいやだったの」
「変な髪型?」
「この子も髪が長くなってきたから三つ編みにでもってしたら、それが気に食わなかったらしくもう大騒ぎだったんだよ」
「へーそれで、結局この髪型に?」
今の瑠璃ちゃんの髪型はなんの工夫もないようなサイドテール。右側に髪をまとめて一つ縛りにしてある。
「手間かけたのに、これがいいって聞かないんだもん。ほんとまいったよ」
「まあ子どもってそんなもんだろ」
「まあね。それで遅刻したってわけね。で、ここが我が家だけど、寄っていくわよね? 美味しいクッキーがあるわよ」
「いや、今日は帰るよ」
今日日クッキーで男子高校生は釣れないよ。ま、クッキーは大好物の一つではあるがな。
「おにいちゃん帰っちゃうの?」
「うん、また遊ぼうね」
「じゃあ、明日ね。約束だよ」
「え?」
まさか明日と言われるとは思わなかったので思わず麻璃亜の顔を伺ってしまう。ものすごくいい顔で頷きまくっている。
「う、うん。じゃあまた明日ね」
「ばいばい、おにいちゃん!」
「うん、ばいばい。じゃ、麻璃亜もまた明日」
翌朝はホームルームが始まる10分前には教室にいた。俺はアホかもだけど馬鹿じゃないから学習するんだ。今朝はちゃんと目覚ましを3つセットしておいた。
友人たちと駄弁っていると2分前に麻璃亜が教室に入る。今日はギリギリのセーフ。瑠璃ちゃんもちゃんと保育園に行った模様。
「おはよ、健志」
「おはよう、麻璃亜。今日の瑠璃ちゃんは大丈夫だったみたいだな」
「でも今朝は三つ編みしろって言われたよ。もうまったく」
「ははは。幼児は最強だな」
すぐにホームルームが始まって、麻璃亜は俺のななめ3つ前の席に座る。
平凡な日常はあっという間に過ぎて今はもう放課後。今日もきっちり勉学に励んだ。偉いぞ、俺。
バッグの中に持ち帰る教科書やノートを仕舞っているとサササッと麻璃亜が近づいてくる。
「さ、健志。行くよ?」
「行くって何処に?」
「お迎え」
「瑠璃ちゃん?」
どうやら今日も瑠璃ちゃんのお迎えに同行するようだ。暇だから行くのは構わないのだが、朝も夕も一緒にいると要らぬ噂に尾ひれが付いてくるのでそれはどうなのだろうと麻璃亜に尋ねてみる。
「わたしはぜんぜん構わないけど、健志は嫌なの?」
「いいや。逆に光栄だね」
「なら問題ないじゃん」
「そういうもん?」
麻璃亜といるのは気楽だし、それなりに楽しいと思うので俺としても否やは全く無い。麻璃亜がいいと言うならそれに従うのみとなる。だって他の女子と話しているときよりも断然心地良いんだから仕方ない。
「今日は家に寄っていってよね?」
「なんで?」
「昨日は帰っちゃったし、瑠璃もおにいちゃんと遊びたいんだって」
「あ、おにいちゃんといえばなんで昨日瑠璃ちゃんに俺のこと彼氏だって言ったんだ?」
「ん~希望的観測?」
それってどういう?
スマホで素早く【希望的観測】を検索すると『事実と異なっていても「そうだったらいいな」という希望を交えて推し量った判断』とある。麻璃亜のは言葉の使い方が本来とは違うみたいだけど、要するに、そういうことが言いたいってことなのだろう。
「健志が彼氏になったら瑠璃が喜ぶ。わたしも健志が彼氏なら嬉しい。そして、健志は私が彼女だったら、どうする?」
「……俺も嬉しい、かな?」
「じゃ、なんの問題もないよね」
麻璃亜は俺の腕にぎゅっと抱きついてくる。不意の告白に動揺がまだ治まっていないっていうのに不意打ちの重ねがけとはひどすぎる。
「おい、まだここは通学路でみんな見ているぞ」
「いいじゃない。どうせ明日からは朝も夕も休み時間もずっとべったりいちゃつくんだから」
「え? 麻璃亜ってそういうキャラだっけ?」
「彼氏ができるとそうなるようです。健志は嫌なの?」
「……いや、じゃない、かな」
瑠璃ちゃんを保育園に迎えに行くだけだったはずなのに彼女ができでしまった。