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お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第3章
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第26話「日常㊵(御堂 聖)」

 ◆


 僕は自分の部屋でうずくまっていた。膝を抱えて、頭を垂れて、何も考えたくないのに考えてしまう。牧村さんのことだ。


 どうすればよかったんだろう。


 手当をすべきだったと思うけれど──牧村さんは「私は治りが早い」と言っていた。自分で手当もしたと言っていた。僕より知識も経験もある彼女がそう言うのだから、僕も大丈夫だと思ってしまった。


 それが間違いだったのか。


「くそっ……」


 声にならない呻きが喉から漏れる。


 部屋は静かだった。クロは僕の足元で丸くなっている。傘の子の気配もどこかにある。お姉さんも、きっとどこかで僕を見守ってくれている。


 でも悶々とした想いが晴れない。


 僕は立ち上がり、スマホを手に取った。


 電波は死んでいるけれど、“あの掲示板”はなぜだかつながる。


 僕は震える指で文字を打ち込み始めた。


 ◆◆◆


【豊島区】紫の空の下で生きる【雑談スレPart.5】


 532:名無しの区民

 相談というか、愚痴を聞いてほしい。

 知り合いが死んだ。助けられなかった。


 533:名無しの区民

 辛いな。


 534:名無しの区民

 この状況じゃ、そういうこと多いよ。

 気を落とすな。


 535:名無しの区民

 詳しく聞いてもいいか? 


 536:名無しの区民

 知り合いが阿弥陀羅に襲われて、太ももと脇腹を撃たれた。

 僕が助けて、その場は切り抜けたんだけど。その人は「自分は治りが早いから大丈夫」って言ってて、僕もそれを信じてしまって。異能者なんだ、その人。

 でも結局傷が悪化して死んじゃったんだ。


 537:名無しの区民

 銃で撃たれたのか。

 それなら、手当てしようが何しようが大抵は死ぬぞ。


 538:名無しの区民

 太ももは大腿動脈があるからな。そこ切れたら数分で失血死する。

 脇腹も内臓やられてたら終わりだ。


 539:名無しの区民

 この東京の外なら、もしかしたら助かったかもしれないけどな。

 ちゃんとした病院があればの話だが。


 540:名無しの古参

 銃はダメだなあ。お前、ゲームはやったことあるか? 


 541:名無しの区民

 識者きた。


 542:名無しの区民

 あります。


 543:名無しの古参

 じゃあ分かるだろ。モンスターには弱点があるだろ? 

 それと同じで、人間が銃で撃たれれば"外"以上に大きく傷つく。いわゆる弱点ってやつだ。炎に弱いとか、氷に弱いとか、そういうのと一緒。人間は鉛玉に弱いんだよ。まあ撃たれて平気な人間なんてあんまりいないとおもうけどな、今の東京は特別だ。そういうルール付けがされているんだ。


 544:名無しの区民

 なるほど、分かりやすい。


 545:名無しの古参

 まあ悪いことばかりじゃないぜ。例えば獣の姿の怪異とかには銃がよく効いたりするんだ。例えば狐とかな。ああいうのは鉛玉に弱いって相場が決まってる。そういうのを理解していくと少しは生きやすくなる。


 546:名無しの区民

 >>536

 で、その人の遺体はどうしたんだ? 


 547:名無しの区民

 そのままです。隣の部屋に、そのまま。


 548:名無しの区民

 マジか。それはまずい。


 549:名無しの区民

 >>547

 おい、今すぐねぐらを変えろ。


 550:名無しの区民

 >>547

 霊が迷って出てくるかもしれないぞ。

 この東京じゃ、死者は簡単に動き出す。特に無念を残して死んだ奴はな。


 551:名無しの区民

 >>547

 せめて弔ってやれよ。

 このまま放置はあんまりだ。


 552:名無しの区民

 そうしてあげたいんですけど場所がないんです。

 都内だとどこも地面はアスファルトだし、アスファルトを割って土中に埋めるのは難しいし……


 553:名無しの区民

 >>552

 確かにそうだな。

 じゃあせめて、ちゃんとベッドに寝かせて、布団をかけてやれ。

 それだけでも違う。


 554:名無しの区民

 >>552

 あとは祈ってやることだな。

 宗教は何でもいい。お前が信じてるものでいい。心を込めて、安らかに眠れって祈ってやれ。そういうの結構効果あるんだよ、少なくとも今の東京では。



 555:名無しの区民

 >>536

 お前が悪いわけじゃないぞ。

 この東京で生き延びるのは、運の要素がデカい。

 自分を責めるな。


 556:名無しの区民

 >>536

 辛いだろうけど、お前も生きなきゃいけない。

 死んだ人のためにも。


 557:名無しの区民

 みんな、ありがとう。

 少し、楽になった気がする。


 558:名無しの区民

 >>557

 無理すんなよ。何かあったらまた書き込め。生きてたらまた話そうぜ


 ◆


 僕はスマホを置いた。そしてすぐに隣の牧村さんの部屋へ向かう。


 ドアを開けると、変わらない光景が広がっていた。


 牧村さんはベッドの縁に座ったまま。瞬きもせず、呼吸もせず、ただそこにいる。


 僕は近づき、彼女の体を何とか抱き上げ、ベッドの上に横たえて布団をかけた。


 そうして「安らかに眠ってください」──それだけ言って、僕は部屋を後にした。


 自分の部屋に戻り、荷物をまとめ始める。


 着替え。保存食。水。スマホの充電器。それから、黒い和傘。


 クロが僕の足元で鳴いた。まるで「どこへ行くの?」と聞いているみたいに。


「引っ越しするよ」


 僕はクロに向かって答える。



 荷物は少ない。この東京で生きるために必要な最低限のものだけ。最後に部屋を見回す。数か月過ごしたこの場所には特に愛着があるわけじゃないけれど、それでもここは僕の居場所だった。


 荷物をまとめ終え、僕はドアに手をかけた時、背後から声が聞こえた気がした。


 ──「御堂君」


 振り返る。でも、そこには誰もいない。


 幻聴だろうか。それとも──


 僕は首を振り、部屋を出た。



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