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お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第3章

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第20話「日常㊱(御堂聖)」

 ◆


 僕はあてもなく歩き続けた。


 道は舗装なんてされていなくて土がむき出しだ。ひどく乾いていて、歩くたびに埃が舞い上がる。


 周りには田んぼが広がっているけれどどれもこれも元気がなかった。稲は枯れかけているし水が張られているはずの田んぼもひび割れている。まるで長い間雨が降っていないみたいだ。


 遠くに見える家々は藁ぶき屋根で、僕が知っている現代の家とは全然違う。まるで時代劇のセットの中に迷い込んだみたいだ。でもセットよりもずっと生活感があってそれでいて生気がない。


 村全体がゆっくりと死に向かっているような、そんな重苦しい空気が漂っている。


 しばらく歩いていると向こうから人が歩いてくるのが見えた。


 中年の女の人だ。


 着ているものは古びた着物で継ぎはぎだらけ。髪は乱れていて顔色は土気色をしている。俯きながらとぼとぼと歩く姿は見るからに元気がなさそうだ。


 何かあったんだろうか。


 僕は少し緊張しながらすれ違うのを待った。もし何か話しかけられたらどうしよう。ここはどこで僕は誰なのか聞かれても答えられない。


 でもそんな心配は必要なかった。


 女の人は僕のことなんて見えていないかのようにすぐ横を通り過ぎていった。声もかけられなかったし目も合わなかった。


 ──あれ? 


 何かおかしい。よそ者だから警戒されているとかそういう感じじゃない。本当に僕の存在に気づいていないみたいだ。


 僕は思い切って女の人に声をかけてみた。


「あのすみません」


 無視された。女の人は立ち止まることもなく歩き続けている。


 いや、違う気がする。自慢にもならないけど、僕は元無能者として無視される事には慣れてるんだ。


 もしかしたらと思って僕は女の人の肩に触れてみようと手を伸ばした。


 すると──


 僕の手は女の人の体をすり抜けた。


 何の感触もない。まるで空気を掴んだみたいに僕の手は空を切った。


 ──そうか僕はここにいるようでいないんだ


 幽霊みたいなものだろうか。それとも本当にただの夢で、僕は傍観者でしかないのかもしれない。


 まあ誰かに詮索されるよりはその方がいいのかもしれないけれど。


 僕は気を取り直して探索を続けることにした。


 ◆


 村の中に入っていくと、そこかしこで村の人たちが何か話しているのが聞こえてきた。


 みんな僕と同じように彼らの姿を見ることはできるけれど彼らはこちらを認識していない。


「……今年も駄目だ」


 しわがれた男の人の声が聞こえる。


「雨が降らねえ。このままじゃあ冬を越せねえ」


「巫女様は何をしておるんだ」


 別の声が続く。不満そうな響き。


「毎日毎日祈っておるというがこれじゃあ」


「祈りが足りねえんじゃねえか」


 巫女。祈り。


 なんとなく状況が分かってきた。


 この村は長い間凶作が続いているんだ。それでみんな困っている。


 村人たちの様子をよく見てみるとみんな痩せこけているのが分かった。


 頬はこけ目は落ち窪んでいる。


 纏っている空気も重苦しくて荒んでいる。


 ──可哀そうだな


 そう思った。でも僕にはどうすることもできない。


 だって僕はここにいないんだから。


 ただ見ていることしかできない。


 その時だった。


 急に視界がぐにゃりと歪んだ。


 まるでテレビのチャンネルを変えたみたいに景色が一瞬で切り替わる。


 ──うわっ


 驚いて周りを見回す。


 さっきまでいた場所と同じ村のようだ。でも様子が全然違う。


 さっきよりもっと村中が荒れている。


 家々はさらに朽ち果てていて、中には半壊しているものもあった。


 空気はさらに重く殺伐としている。


 飢饉はまだ収まっていないらしい。


 なんだか映画を見ているみたいだ。場面が勝手に切り替わって物語が進んでいく。


 村の広場のような場所に村人たちが集まっていた。


 さっきよりもずっと多い人数だ。


 みんな険しい顔をして何かを話し合っている。


 僕はそっと近づいてみた。


「──巫女のせいだ!」


 誰かが叫んだ。


 その声には明らかな憎しみがこもっている。


「そうだ! あいつが山のカミ様を怒らせたんだ!」


 別の男が怒鳴る。


「このままじゃ村が滅びる! 巫女を生贄に捧げなければ!」


 生贄。


 その言葉に僕はぞっとした。


 村人たちの声がどんどん高まっていく。


 怒号が飛び交い憎悪が渦巻いている。


 中には手に鍬や鎌を持っている者もいた。


 みんなの目が血走っている。


 ──怖い


 僕はその場から逃げ出そうとした。


 でも足が動かない。


 まるで地面に縫い付けられたみたいに。


 村人たちの怒りが津波のように押し寄せてくる。


 どうしてこんなことになっちゃったんだろう。


 その時──


 視界がぐにゃりと歪んだ。


 ◆


 ──はっ


 目が覚めた。


 見慣れた天井が目に入る。


 自分の部屋だ。


 カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。


 心臓がバクバクと音を立てていた。


 パジャマが汗でびっしょりと濡れている。


 僕はしばらくの間ぼうっとしていた。


 頭がうまく働かない。


 今のは夢……だったんだよな。


 でもやけにリアルだった。


 あの乾いた土の感触。埃っぽい空気。


 そして何よりあの村人たちの憎悪に満ちた目。


 僕はゆっくりと体を起こした。


 なんとなく夢のことを覚えている。


 いつもならすぐに忘れてしまうのに今日は違った。


 あれは何の夢だったんだろう。


 貧しい農村。飢饉。そして巫女。


 ふと昨日寝る前のことを思い出した。


 僕は昨日お姉さんのことをもっと知りたいと思ったんだ。


 お姉さんの過去に何があったのか気になっていた。


 その夜にあの夢を見た。


 もしかしたらあれはお姉さんに何か関係がある夢なのかもしれない。


 あの巫女さんがお姉さんだったとか? 


 いやまさか。


 お姉さんはあんな風に村人たちから憎まれるような人じゃない。


 いつも優しくて綺麗で──


 でももしそうだったとしたら。


 もしあんな風に追い詰められていたとしたら。


 僕は胸が苦しくなった。


 お姉さんのことを考えるといつも温かい気持ちになるのに、今日は違った。


 漠然とした不安が胸の中に広がっていく。


 僕はベッドから降りて窓を開けた。


 朝の冷たい空気が部屋に入ってくる。


 外はいつも通りの風景だ。


 でも僕の心はまだあの夢の中に囚われているみたいだった。

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