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お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第3章

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第10話「日常㉛(御堂聖他)」

 ◆


 池袋の街並みは一言で言えばゴーストタウンであった。

 建築物が倒壊したりだとかそんな事はないのだが、とにかく人気ひとけがない。

 よくよく見れば、人影がちらほらと見えなくもないのだが、それが果たして人間なのかどうかは──。


 そんな巨大な墓場の様な池袋を進む二つの人影があった。若い女の二人連れだ。先頭を行く女は肩までのボブカットで、いかにも勝気そうな顔つきをしている。少し後ろを歩く女は対照的にやや柔和そうではあったが、腰に提げた特殊警棒が、彼女もまたこの崩壊した日常に順応していることを示していた。


 彼女たちの数メートル後方、物陰から物陰へと移動しながら追跡する男たちがいた。四人組。いずれも目つきは鋭く、纏う空気は荒んでいる。彼らは「阿弥陀羅あみだら」と呼ばれる集団の人狩り部隊である。


「女二人連れ……だが、舐めるなよ」


 リーダー格の、顎に傷のある男が低く囁いた。


「間違いなく異能持ちだからな。不意をつくぞ」


 阿弥陀羅はまごう事なきチンピラ集団といっても差支えないが、ただ群れて暴虐を働いているだけではない。大半は出来損ないの半グレか何かなのだが、一部には実戦部隊ともいうべき者たちがいて、何某かの目的のために動いている節もある。


 女たちが倒壊したビルの影が落ちる狭い路地に入った瞬間、リーダーが合図を送った。


「──行け」


 男たちが一斉に飛び出し、瞬く間に二人を取り囲む。


 ボブカットの女が「触るな!」と鋭く叫び、最も近くにいた男に向かって右の掌を突き出した。次の瞬間、男の動きがピタリと停止した。まるで透明な壁に押し付けられたかのように、あるいは高圧電流に打たれたかのように、腕を伸ばした姿勢のまま硬直する。


「なっ……!?」


「絵里!」


 ボブカットの女が叫ぶと同時に、もう一人の女──絵里と呼ばれた女が動いた。彼女は流れるような動作で特殊警棒を伸長させると、一切の躊躇なく、硬直した男の側頭部を全力で殴打した。ゴッ、という鈍く重い音が響き、男は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。鮮やかな連携だ。


「ちっ、手間かけさせやがって!」


 リーダーが舌打ちし、腰のホルスターから躊躇なく拳銃を引き抜いた。迷わず引き金を引く。標的は警棒を構え直そうとしていた絵里だ。


 乾いた銃声が路地に反響した。


「あっ!?」


 短い悲鳴と共に、絵里の体がくずおれる。肩を押さえてうずくまる絵里。指の間から、じわりと、しかし確実に赤い血が滲み出し、アスファルトに染みを作っていく。


 銃は人間相手ならまさに“弱点をついたかの様に”効果を発する──特にこの魔都たる東京では。


 逆に、怪異にはそこまで効果を発揮しない事が多い。生物としての体裁を保っている怪異ならばともかく、特に決まった形をもたない怪異に対してなどはとことん無力だ。何を当たり前のことをと思う向きもあるかもしれないが、これも法則というか、“ルール”の一つである。


「絵里!!」


 ボブカットの女が絶叫した。がりりと歯を食いしばり、リーダーに飛びかかろうとする。シャープな身のこなし。だが、倒れた絵里の苦しげな呼吸と広がる血だまりを見て、その動きを止めた。


 顔からさっと血の気が引く。銃創からの出血は多く、絵里の意識は朦朧とし始めている様だ。

 肩を撃たれただけ、と楽観視はできない。

 特にこの東京の領域内で撃たれたのだから


「ほう、仲間思いだな」


 リーダーの男は銃口を向けたまま、嘲るように言った。


「今ならまだ助かるぜ。ウチには腕の良い異能者のドクターがいるんだ。そいつに死んでほしくなければ、おとなしくついてくるんだな」


 卑劣な脅迫だ。しかしボブカットの女は歯を食いしばり、リーダーを殺さんばかりに睨みつけながらも、ゆっくりと両手を上げた。

 抵抗は絵里の死を意味していたからだ。


 残りの部下二人が手際よく女たちを拘束する。そのうちの一人が、ボブカットの女の背後に回った際、下卑た笑みを浮かべながら片手で乱暴に女の胸を揉みしだいた。


「ひっ……!」


「安心しな、犯ったりはしねえよ。商品は丁重に扱わねえとな。ただ──」


 男がそこまで言った瞬間、リーダーがその男を蹴り飛ばした。

 吹き飛び、倒れふす男の後頭部を更に蹴り飛ばし、激昂したように言う。


「口が軽いんだよ、てめぇは」


 そうして女二人はもはや抵抗する気力もなく、絶望的な表情で連行されていった。


 阿弥陀羅が池袋を拠点に異能者を狩っているという事実は、この界隈で生き延びる者たちの間では公然の秘密だ。攫われた者たちがその後どうなったのか、正確なことを知る者はいない。だが少なくとも、戻ってきた者が一人もいないことだけは確かである。


 まあ、そんな危ない池袋からなぜ逃げないのかという向きもあるだろう。理由はいくつかある。まず、インターネットをはじめとする通信インフラが麻痺しているため情報が拡散しづらい。断片的な噂は流れても、それが確かな危機感として共有されるまでには至らないのだ。そして何より、逃げたとしても生活の基盤を築く当てなどなく、そもそも安全な場所など、今の東京には存在しないという絶望的な現実があった。


 どこへ行っても怪異や阿弥陀羅のような略奪者が跋扈している。人々は自分が明日の犠牲者にならないことを祈りながら、その日暮らしを続けるしかなかったのだ。


 ◆◆◆


 そんな池袋で御堂聖は一人、物資を求めて東側を探索していた。


 いつもの様に浮遊霊たちの力を借り、行く先に危険がないかどうかを探りつつ。


 リュックを背負い周囲を警戒しながら歩く聖だが、そんな彼を少し離れた場所から窺う複数の視線があった。


「おい、あいつ……一人だぞ」


 男の一人が言った。


「一人で探索たあ、不用心なガキだ」


「いや、待て」


 リーダー格の男が制止する。この男は女たちを攫ったチームとは別のチームのリーダーだ。


「このご時世、一人で動いているってことは、それだけ異能に自信があるってことかもしれねえ」


 単独行動は、無謀の証か、あるいは圧倒的な力の証明か。どちらにせよ彼らにとっては獲物であることに変わりはないが、警戒は必要だった。


 聖はそんな視線に気づく様子もなく、古びたコンビニエンスストアの前に立ち止まった。自動ドアは当然動かず、ガラスは埃と汚れで曇っている。聖は少し躊躇った後、手動でドアをこじ開け、中へと入っていった。


「お、コンビニに入っていったぞ」


 男の一人が言った。


「あそこでやるか。屋内なら逃げ場は限られる」


 男たちは頷き合い、聖の後を追って店内へと侵入した。


 しかし、一歩足を踏み入れた瞬間。


「お、おい……なんだか暗すぎないか……?」


 男の一人が困惑の声を漏らす。電気が通っていないとはいえ、時刻はまだ日中だ。窓ガラスから日が差し込むため、店内が真っ暗になることはないはずだった。


 しかし何も見えない。


「な、何かの異能か?」


「どんな異能だよ……ただ暗いだけじゃねえ。空気が重い……」


 男たちは困惑し、そして恐怖を感じ始めていた。闇は濃密で粘りつくような不快感がある。わずか数メートル先の棚すら、ぼんやりとしか見えない。標的である聖の気配は完全に消えていた。


「……とりあえず外に出るか。状況が分からん」


 リーダー格の男が判断を下す。得体の知れない異能の術中に留まるのは危険だ。


 男たちは踵を返し、入ってきたはずの入口へと向かおうとした。だが。


「おい……出口ってどっちだ?」


 一人が立ち止まり、狼狽した声で言った。


 そう、出口が見えない。入ってきたばかりだというのに、前後左右、どこを見ても棚と闇が続いているだけだった。

 まるで店内が急に広がったかの様な


「馬鹿な! すぐそこだったはずだろ!」


「方向感覚が狂ってる……? いや、違う! まるで──異常領域のような……」


「はあ? 異常領域は発生しないはずだろ! 本田さんが言ってたじゃねえか! 今の東京じゃ異常領域なんてすぐ塗りつぶされちまうって……」


 男たちは口々に言い合う。そう、今の東京では異常領域は発生しない──いや、正確にいえば、発生してもすぐに塗りつぶされてしまう。都庁に巣食う“アレ”のせいだ。その辺の事情は皆が皆知るわけではないが、知っている者は知っているといった程度の情報である。


 そう、男たちは今、不可解な──異常領域としか思えない様な空間に居た。

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