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お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第3章

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第8話「日常㉙(御堂 聖、牧村)&掲示板」

 ◆


 僕はこの日、探索を見送ることにした。


「やりたい事があるしね」


 言いながら床に古新聞を敷いて例の和傘を横たえる。

 要は手入れだ。まあ手入れといっても大層な道具はないけど。

 拾い集めた布切れで骨組みと和紙を撫でるように拭くだけ。

 それでも傘の子が満足するのは、手応えでわかった。


 ──なんだかペットみたいだな


 僕はそんな事を想う。

 まるで猫が喉を鳴らすような。

 上手く言葉には出来ないんだけれど、


 竹の骨を一本ずつ、念入りに磨いていく。

 黒地に朱の文様——何度眺めても見惚れる配色だった。

 無心に傘に触れていると、唐突に映像が頭に流れ込んできた。


 ——陽光が差し込む、古い日本家屋の縁側。

 座敷に腰掛ける、身なりの整った女の人。

 黒髪を結い上げ、口元に微笑みを浮かべている。

 その手には、今僕が握っているのと寸分違わぬ和傘。


 女の人は嬉しそうに傘をお手入れしている。

 が──


 視界がおかしい。

 僕は女を膝の高さから見上げている。

 幼子の目線。

 いや、違う。

 これは──傘の子自身の記憶かもしれない。


 我に返ると、薄汚れた部屋の壁が目の前にあった。

 さっきの光景は跡形もない。


「今の、君の思い出?」

 傘に問いかける。

 返事はなかった。


 ◆


 ──そういえば名前も教えてくれないな


 僕はそんな事を思う。

 そう、この傘の子はなんというかツンツンなのだ。

 ツンデレじゃなくてツンツンだ。


 以前尋ねた事はあるけれど、「お兄さんには早すぎるよ」と言われてしまった。


 でも、いざという時は助けてくれる。

 この前も人の頭部に虫の脚が生えたような怪異の群れに取り囲まれた時、傘が勝手に開いて高速回転を始めて──もう酷い光景だった。


 ちなみにその怪物だけれど、“掲示板”では「ウブ」に似ていると言われた。

 新潟県は佐渡市に伝わる妖怪で、山に捨てられた子供の怪異らしい。

 なんで新潟に伝わる妖怪が東京に──と思うが、“掲示板”の人によれば、今の東京は一種の霊的特異点になっていて、それこそ()()()出てくる可能性があるんだとか。


 捨てられた赤ちゃんなんて可哀そう──と思ったけれど、旅人の背にとりついて殺そうとしてくるらしいのでやっぱり可愛くない。

 そしてそんな「ウブ」だけれど、傘の子にバラバラにされてしまった。


 あたり一面に立ち込める濃い血の匂いはいつまでたっても慣れそうもない。


 そんなことを考えていたら——

 コン、コン。

 不意にドアが叩かれる音。


「牧村さんかな?」

 彼女は時折、物々交換を持ちかけに来る。

 立ち上がろうとした瞬間、足首に冷たい感触を覚えた。


 クロだ。

 ベッドの下から這い出て、触手で僕の足を掴んでいた。

 まるで行くなと言うように。


「……どうしたの?」

 クロを見ると、黒い体が細かく震えていた。


 ──いや、これは


 コン、コン、コン! 

 ノックが激しさを増す。


 僕はクロの隣に腰を下ろした。

 ドアを睨みつける。


 ガン! ガン! ガン! 


 もはやノックじゃない。ドアを叩き壊そうとしているかのような音。

 鉄扉が軋む。

 心臓が早鐘を打つ。


 息を殺して待って──


 どれほど経っただろう。

 殴打音が、唐突に止んだ。


「……はあ」


 僕は大きくため息をつく。

 まあ、人間の可能性もあるかもしれないけれど、多分心霊現象だ。

 ここ最近の東京は、カジュアルな言い方をすれば都内全体がお化け屋敷のような感じになってしまっている。

 “前の東京”でも心霊現象は結構身近な存在だったけれど、今の東京はそれに輪をかけて滅茶苦茶だ。


 “掲示板”では、似たような手口の怪異は頻繁に報告されていて、ああいう時にもしドアをあけてしまうと()()()()()()()らしい。


 どこに、かは想像したくもない。

 そんな事を思っていると再びノックが響いた。


 今度は乱暴じゃない。


「どーもー! 牧村でーす。御堂くーん、いるー?」


 牧村さんの声だ。

 僕はクロを見る。

 今度は足を掴んでこない。

 代わりに部屋の隅の鯖缶に触手を伸ばしていた。


「お腹すいたの? いいよ」


 言うなりクロは嬉しそうに缶詰を撫でまわす。すると蓋部分の金属が変色し、溶けだした。

 そんなクロの反応を見て僕は安心する。

 多分、本当に牧村さんなんだろう。

 声を真似てくる怪異もいるみたいで、正直クロがいなければ僕はとっくに死んじゃっていたかもしれない。


 覗き穴から外を確認すると、間違いなく牧村さんだった。

 コンビニ袋を持っている。


「やっほ。ちょっといいもの手に入ったんだけど、一緒にどう?」


 牧村さんはそういいながら、コーラとビール缶、それにビーフジャーキーの大袋を取り出す。


「じゃあ、少しだけ」


 僕はそう答えて、牧村さんを部屋に通した。


 ・

 ・

 ・


 ◆◆◆


【東京】サバイバル情報交換スレ Part.16【終了】


 1:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 朝だー

 今日も無事に目が覚めた

 これだけで奇跡だよな


 2:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 おはよう

 俺も起きた。隣の部屋でガタガタ音してたけど無視して寝てたわ

 慣れって怖いね


 3:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 慣れなきゃ生きていけないからな

 ところで誰か石鹸の在庫ある? 

 もう1ヶ月風呂入ってなくて限界


 4:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>3

 新宿の救世会の配給所行けば貰えるらしいぞ

 ただ往復が命がけだけどな


 5:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 救世会か……

 確かに助かってるけど、なんか最近やたら勧誘激しくない? 


 6:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>5

 わかる

「一緒に東京を取り戻そう」とか熱く語られたわ


 7:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 そら火とか雷とか出せるやつはいいけど、大体の異能者って大した事できんからな


 8:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 つーか最近、空の色おかしくない? 

 紫のドームのせいかもしれんけど、なんか前より濃くなってる気がする


 9:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>8

 それ俺も思った

 夕方とか特にヤバい。血みたいな赤紫になる

 あの色見てると気分悪くなるんだよな


 10:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 今日の朝飯

 ・期限切れのカップ麺(3年前)

 ・謎の缶詰(ラベル剥がれてて中身不明)

 ・雨水を沸かしたお茶もどき


 贅沢は言えん


 11:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>10

 何の缶詰? 


 12:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>11

 みかん


 13:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 甘いものとか超貴重品じゃん

 俺なんて塩と醤油の味しか覚えてないわ


 14:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 そういや、ラジオで聞いたんだけど

 外の世界も相当ヤバいらしいな

 世界中で災害起きまくってるとか


 15:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>14

 ラジオまだ聞けるの? 

 うちのは雑音しか入らなくなった


 16:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>15

 一か月あたり10日くらいは聴ける。別スレできいた話だけど、聴ける条件とかあるんじゃないかって話

 自衛隊の放送らしいけど、内容は絶望的

「救援の見込みなし」「各自サバイバルを」って


 17:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 救援なしか……まあ予想はしてたけどな


 ・

 ・

 ・


 24:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 俺は日記つけ始めた

 いつか外に出られたら、この記録が役に立つかもしれないし

 まあ、ほぼ「今日も生きてた」しか書くことないけど


 25:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>24

 それいいな

 俺も真似しようかな

 せめて自分が生きてた証くらいは残したい


 26:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 証か……

 俺たちが死んでも、誰も気づかないんだろうな

 この掲示板だけが唯一の繋がりって、なんか切ない


 27:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>26

 やめろよ、朝から重い話は

 でも確かに、この掲示板なかったら発狂してたかも


 28:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 みんな大体どの辺に住んでる? 

 俺は渋谷区だけど、最近は代々木公園方面がヤバい


 29:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>28

 俺は台東区

 上野公園はもう近寄れない

 鬼っぽいのがいるんだよなー


 30:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>29

 俺も台東区だけど、上野公園は絶対行かん


 31:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 そろそろ飯探しに行かなきゃ

 今日はどこ探索しようかな

 みんなも気をつけて


 32:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>31

 頑張れ、無理すんなよ

 俺も午後から動く予定


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最近書いた中・短編です。

有能だが女遊びが大好きな王太子ユージンは、王位なんて面倒なものから逃れたかった。
そこで彼は完璧な計画を立てる――弟アリウスと婚約者エリナを結びつけ、自分は王位継承権のない辺境公爵となって、欲深い愛人カザリアと自由気ままに暮らすのだ。
「屑王太子殿下の優雅なる廃嫡」

定年退職した夫と穏やかに暮らす元教師の茜のもとへ、高校生の孫・翔太が頻繁に訪れるようになる。母親との関係に悩む翔太にとって祖母の家は唯一の避難所だったが、やがてその想いは禁断の恋愛感情へと変化していく。年齢差も血縁も超えた異常な執着に戸惑いながらも、必要とされる喜びから完全に拒絶できない茜。家族を巻き込んだ狂気の愛は、二人の人生を静かに蝕んでいく。
※ カクヨム、ネオページ、ハーメルンなどにも転載
「徒花、手折られ」

秩序と聞いて何を連想するか──それは整然とした行列である。
あらゆる列は乱される事なく整然としていなければならない。
秩序の国、日本では列を乱すもの、横入りするものは速やかに殺される運命にある。
そんな日本で生きる、一人のサラリーマンのなんてことない日常のワンシーン。
「秩序ある世界」

妻の不倫を知った僕は、なぜか何も感じなかった。
愛しているはずなのに。
不倫を告白した妻に対し、怒りも悲しみも湧かない「僕」。
しかし妻への愛は本物で、その矛盾が妻を苦しめる。
僕は妻のために「普通の愛」を持とうと、自分の心に嫉妬や怒りが生まれるのを待ちながら観察を続ける。
「愛の存在証明」

ひきこもりの「僕」の変わらぬ日々。
そんなある日、親が死んだ。
「ともしび」

剣を愛し、剣に生き、剣に死んだ男
「愛・剣・死」

相沢陽菜は幼馴染の恋人・翔太と幸せな大学生活を送っていた。しかし──。
故人の人格を再現することは果たして遺族の慰めとなりうるのか。AI時代の倫理観を問う。
「あなたはそこにいる」

パワハラ夫に苦しむ主婦・伊藤彩は、テレビで見た「王様の耳はロバの耳」にヒントを得て、寝室に置かれた黒い壺に向かって夫への恨み言を吐き出すようになる。
最初は小さな呟きだったが、次第にエスカレートしていく。
「壺の女」

「一番幸せな時に一緒に死んでくれるなら、付き合ってあげる」――大学の図書館で告白した僕に、美咲が突きつけた条件。
平凡な大学生の僕は、なぜかその約束を受け入れてしまう。
献身的で優しい彼女との日々は幸せそのものだったが、幸福を感じるたびに「今が一番なのか」という思いが拭えない。
そして──
「青、赤らむ」

妻と娘から蔑まれ、会社でも無能扱いされる46歳の営業マン・佐々木和夫が、AIアプリ「U KNOW」の女性人格ユノと恋に落ちる。
孤独な和夫にとって、ユノだけが理解者だった。
「YOU KNOW」

魔術の申し子エルンストと呪術の天才セシリアは、政略結婚の相手同士。
しかし二人は「愛を科学的に証明する」という前代未聞の実験を開始する。
手を繋ぐ時間を測定し、心拍数の上昇をデータ化し、親密度を数値で管理する奇妙なカップル。
一方、彼らの周囲では「愛される祝福」を持つ令嬢アンナが巻き起こす恋愛騒動が王都を揺るがしていた。
理論と感情の狭間で、二人の天才魔術師が辿り着く「愛」の答えとは――
「愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~」

「逆張り病」を自称する天邪鬼な高校生・坂登春斗は、転校初日から不良と衝突し警察を呼ぶなど、周囲に逆らい続けて孤立していた。
そんな中、地味で真面目な女子生徒・佐伯美香が成績優秀を理由にいじめられているのを見て、持ち前の逆張り精神でいじめグループと対立。
美香を助けるうちに彼女に惹かれていくが──
「キックオーバー」
― 新着の感想 ―
掲示板会本当に終末感が出てる 書き込みもどんどん減っていってるんだろうな
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