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お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第3章
74/99

第5話「日常㉖(御堂 聖)」

 ◆


 翌朝も僕はいつもの様に探索に出る。

 クロはお留守番だ。せっかくため込んだ物資を盗まれでもしたらたまらない。

 実のところ一度そんな事があって凝りている。


 今日の目的地は昨日とは逆の方向、駅の西口方面だ。

 東京がこうなってしまう前から治安はあまり良くないけれど、それは今も同じだった。


 この辺はとにかくネズミが多い。

 ほら、今も……。


「うわあ……」


 僕は少し前の道を横切るモノを見てうんざりした声をあげた。

 うんざりもしたくなる。

 そのネズミときたら、ネズミだけどネズミじゃないのだ。


 頭は赤ん坊で、体はネズミ。大きさは三輪車くらいだろうか。

 赤ん坊の声で泣きながら歩いたり走ったりする。

 悪夢の中でもこんな生き物はみないだろう。


 ああいうモノがその辺をうろついているのだから堪らない。

 ちなみにお姉さんや傘の子にも聞いた事があるけれど、見たことも聞いたこともないらしい。

 二人ともこの手の知識には僕より断然詳しく、知りたい事を聞けば大抵は教えてもらえるのだけれど。


 “掲示板”で尋ねると、ああいうよくわからないモノは都市伝説とかがグチャグチャに混ざって産まれたものなんだとか。

 大抵は大した事がないけれど、たまにものすごく()()()()()も産まれるらしい。

 そんな書き込みを見た時、僕はなんとなく「混ぜるな危険」を思い出したものだった。

 それ単体では無害な怪異でも、混ざってしまったせいで──みたいな。


 ◆


 探索といっても特にどことどこへ行って、みたいなしっかりしたものじゃない。


 スーパーやコンビニを見つければその中を慎重に探索するくらいだ。


 映画や漫画だとそういう場所は災害が起きてすぐに空っぽになるイメージがある。

 でも現実は少し違う。


 怪物がうろついている状況で、落ち着いて物資を漁れる人間なんてそうはいない。

 特に初期の混乱を考えれば手つかずになっているお店みたいなものもないわけではない。

 探せば何かしら残っているのだ。


 そんなわけで二時間ほど歩き回って、僕はいくつかの缶詰と未開封のペットボトル数本、それに乾電池を何本か手に入れることができた。

 十分な成果だ。


 僕はコンビニの前に並んでいる銀色のパイプ──車止め、というんだろうか──に腰かけて、一休みすることにした。

 周囲に人の気配はないけれど油断はできない。


 これも“掲示板”に教えてもらった事だけれど、こういうお店で待ち伏せして──みたいなことは珍しくないらしい。

 物資を探している人間なら、逆に物資をもっていてもおかしくはないだろう的な。


 僕は目を閉じて、ぱち、ぱち、と軽く手を二度打ち合わせた。

 空気がひやりと冷たくなる。


「お願いします。周りに人がいないかどうか。もし誰かいたらどんな人かも教えてください」


 小さな声で呟く。

 そして僕は座ったまま、静かに"知らせ"を待った。


 暫くたつち、ふわりと空気が動いて耳元がこそばゆくなった。


 そして囁き声。

 僕にしか聞こえない、風のような声。


 その声に僕は何度か小さく頷いた。

 そしてゆっくりと立ち上がる。


 知らせてくれたのは、僕に力を貸してくれている浮遊霊たちだ。

 桐藤 順次さん、47歳。人面犬に噛み殺された。

 枝折 栞ちゃん、15歳。暴漢に襲われて死んだ。

 三橋 了さん、30歳。避難の際、人の波に踏み殺された。


 彼らの死に様まで視えてしまうのは、正直言って気分の良いものではない。

 でも彼らは家族が見つかったら自分の事を伝えてほしいという条件で、僕に力を貸してくれている。


 別に情報収集だけじゃなくて、部屋にいるときに誰かが近づいてきたらラップ音か何かでそれを教えてくれるとか、暑いとき少し気温を下げてくれるとか。まあ体感が下がるだけで実際に気温が下がるわけじゃないみたいだけど。


 家族に何かを伝えたりとかだけではなくて、変わった条件もあった。

 例えば煙草だ。

 僕は当たり前だけど喫煙はしない。

 でも一本だけ味わいたいってことで浮遊霊の代わりに吸ったことがある。

 端的に言って最悪だった──まあそれで近くにあるお店に何が残っているかとかを探してもらったんだけど。


 頼めば何でもかんでもやってくれるわけじゃなくて、とにかく色々と細かい条件があったりするのだ。

 浮遊霊が直接何かをするみたいな事は条件が重くなるらしい。


 “掲示板”によれば、そういうのはいじわるとかで条件を出しているわけじゃなく、そうしないと浮遊霊が自分のエネルギー? を使う事になって、最悪消滅してしまうからなんだとか。


 ちなみに霊は人の悪意に敏感なので、僕としては周辺の調査をよくお願いしている。

 今も"余りよくない"人たちが近くにいることを教えてくれた──誰かを探しているらしい。

 その誰かが誰なのかは分からない。でも面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。


 本当はこんな危ない池袋からは離れたいんだけど……。

 でも、茂さんや悦子さん、裕やアリスと合流するまではここを動くわけにはいかない。

 暫くはサバイバル生活が続くんだろうな、と思っている。


「今日はもう帰ろうかな……」


 僕はそうつぶやいて、マンションへの帰路についた。


 ・

 ・

 ・



【魔境】新宿区民スレ Part.54【救世会】


 ◆◆◆


 1:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 最近、塔の周辺が特にヤバくないか? 

 光が前より強くなってる気がするんだが

 救世会のパトロールも頻繁になってるし、何かあんのかね


 2:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 わかる。夜中に不気味な声が聞こえるようになった。

 歌みたいな、祈りみたいな……。脳に直接響いてきて気分悪くなる


 3:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>2

 それ俺も聞いた。嫁さんと子供が怖がって眠れねえって

 救世会の人の話だと気にすれば気にするほど良くないらしい


 4:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 救世会どうなんだろうな。先週の偵察で腕利きの斥候チームが半壊したって話だけど


 5:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>4

 マジかよ……。

 どんなのにやられたんだ? 


 6:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>5

 聞いた話だと骨だって。骨。ファンタジーの、ほら、スケルトンみたいな

 うじゃうじゃ出てきたみたいだぞ


 7:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 俺救世会だけど、ヨモツイクサとかなんとか言うらしい

 凄いキビキビ動くんだよ。錆びた槍とか錆びた剣とか、あと農具みたいなので殴ってくる


 8:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 ただのゾンビとかとはわけが違うからな。塔に近づけば近づくほど、出てくる怪異の格が上がる。もう普通の武器じゃどうにもならん領域になってる。市ヶ谷の防衛省から流してもらってる拳銃とかじゃ話にならん

 近づくなら異能者必須だわ


 9:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 岩戸町の拠点、最近やたらピリピリしてるよね

 新人の訓練も苛烈になってるし、本格的な攻略に向けて準備してるのは間違いない


 10:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 救世会がいなかったらとっくに俺は死んでた

 食料の配給も拠点の防衛も全部あの人たちがやってくれてる

 マジで感謝しかない


 11:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 うちは非戦闘員の家族だけど、救世会に保護してもらってる

 本当に頭が下がる


 19:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 そういえばさ、池袋とか無法地帯らしいじゃん

 阿弥陀羅っていったっけ? あの辺のでかいグループ


 20:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>19

 確かそんな感じ。ヤクザよりタチ悪いみたいだぞ。その点救世会は「東京解放」っていうデカい目標があるからな

 まだ都内には沢山異能者がいるはずだから、強いのをスカウトして戦力強化しないと


 21:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 俺たちの手で平和を取り戻すぞ

 世に平穏のあらんことを

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最近書いた中・短編です。

有能だが女遊びが大好きな王太子ユージンは、王位なんて面倒なものから逃れたかった。
そこで彼は完璧な計画を立てる――弟アリウスと婚約者エリナを結びつけ、自分は王位継承権のない辺境公爵となって、欲深い愛人カザリアと自由気ままに暮らすのだ。
「屑王太子殿下の優雅なる廃嫡」

定年退職した夫と穏やかに暮らす元教師の茜のもとへ、高校生の孫・翔太が頻繁に訪れるようになる。母親との関係に悩む翔太にとって祖母の家は唯一の避難所だったが、やがてその想いは禁断の恋愛感情へと変化していく。年齢差も血縁も超えた異常な執着に戸惑いながらも、必要とされる喜びから完全に拒絶できない茜。家族を巻き込んだ狂気の愛は、二人の人生を静かに蝕んでいく。
※ カクヨム、ネオページ、ハーメルンなどにも転載
「徒花、手折られ」

秩序と聞いて何を連想するか──それは整然とした行列である。
あらゆる列は乱される事なく整然としていなければならない。
秩序の国、日本では列を乱すもの、横入りするものは速やかに殺される運命にある。
そんな日本で生きる、一人のサラリーマンのなんてことない日常のワンシーン。
「秩序ある世界」

妻の不倫を知った僕は、なぜか何も感じなかった。
愛しているはずなのに。
不倫を告白した妻に対し、怒りも悲しみも湧かない「僕」。
しかし妻への愛は本物で、その矛盾が妻を苦しめる。
僕は妻のために「普通の愛」を持とうと、自分の心に嫉妬や怒りが生まれるのを待ちながら観察を続ける。
「愛の存在証明」

ひきこもりの「僕」の変わらぬ日々。
そんなある日、親が死んだ。
「ともしび」

剣を愛し、剣に生き、剣に死んだ男
「愛・剣・死」

相沢陽菜は幼馴染の恋人・翔太と幸せな大学生活を送っていた。しかし──。
故人の人格を再現することは果たして遺族の慰めとなりうるのか。AI時代の倫理観を問う。
「あなたはそこにいる」

パワハラ夫に苦しむ主婦・伊藤彩は、テレビで見た「王様の耳はロバの耳」にヒントを得て、寝室に置かれた黒い壺に向かって夫への恨み言を吐き出すようになる。
最初は小さな呟きだったが、次第にエスカレートしていく。
「壺の女」

「一番幸せな時に一緒に死んでくれるなら、付き合ってあげる」――大学の図書館で告白した僕に、美咲が突きつけた条件。
平凡な大学生の僕は、なぜかその約束を受け入れてしまう。
献身的で優しい彼女との日々は幸せそのものだったが、幸福を感じるたびに「今が一番なのか」という思いが拭えない。
そして──
「青、赤らむ」

妻と娘から蔑まれ、会社でも無能扱いされる46歳の営業マン・佐々木和夫が、AIアプリ「U KNOW」の女性人格ユノと恋に落ちる。
孤独な和夫にとって、ユノだけが理解者だった。
「YOU KNOW」

魔術の申し子エルンストと呪術の天才セシリアは、政略結婚の相手同士。
しかし二人は「愛を科学的に証明する」という前代未聞の実験を開始する。
手を繋ぐ時間を測定し、心拍数の上昇をデータ化し、親密度を数値で管理する奇妙なカップル。
一方、彼らの周囲では「愛される祝福」を持つ令嬢アンナが巻き起こす恋愛騒動が王都を揺るがしていた。
理論と感情の狭間で、二人の天才魔術師が辿り着く「愛」の答えとは――
「愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~」

「逆張り病」を自称する天邪鬼な高校生・坂登春斗は、転校初日から不良と衝突し警察を呼ぶなど、周囲に逆らい続けて孤立していた。
そんな中、地味で真面目な女子生徒・佐伯美香が成績優秀を理由にいじめられているのを見て、持ち前の逆張り精神でいじめグループと対立。
美香を助けるうちに彼女に惹かれていくが──
「キックオーバー」
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