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お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第2章
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第13話「日常⑫(聖、眞原井 アリス)」

 ◆


 部室に残されたのは僕とアリス、それに福々先輩と数人の部員だけだった。


 みんな祟部長の言葉を消化しきれていないような顔をしている。


「じゃあ僕も帰るかな」


 福々先輩が立ち上がる。


 いつものんびりした調子だけど、どこか上の空のような感じだ。


「みんなも気をつけて帰ってね」


 そう言い残して部室を出て行った。


 残った部員たちも一人、また一人と帰っていく。


 気がつけば部室には僕とアリスだけになっていた。


 窓の外は夕日で赤く染まっている。


「私たちも帰りましょうか」


 アリスが立ち上がりながら言った。


「うん、そうだね」


 僕も鞄を手に取る。


 二人で廊下に出て、並んで歩き始めた。


 放課後の校舎は静まり返っている。


 部活が中止になっているせいで、いつもの賑やかさがない。


 僕たちの足音だけが廊下に響いていた。


「部長の話、どう思う?」


 僕が口を開いた。


「都庁から邪気が出てるなんて」


 アリスは少し考えるような素振りを見せてから答えた。


「祟部長が嘘をつくとは思えませんわ」


 その言葉には確信がこもっていた。


「それに、わたくしも昨夜感じました。街全体を覆う不穏な気配を」


 階段を下りながら、アリスは続ける。


「ただ、その源が都庁だったとは……」


 言葉を濁す。


 何か思うところがあるのかもしれない。


 昇降口で靴を履き替える。


 外に出ると、夕方の風が頬を撫でた。


 まだ寒さは残っているけど、どこか春の匂いがする。


「それで、準備って何をすればいいんだろう」


 僕が呟くと、アリスが振り返った。


 夕日を背にしたアリスの表情は、いつもより真剣だった。


「力を身につけることですわ」


「力?」


「ええ。自分の身を守り、大切な人を守るための力」


 アリスの言葉は単純明快だった。


 でも──


「そんなこと言われても……」


 僕は肩を落とす。


「僕には異能なんてないし」


 校門を出て、いつもの通学路を歩き始める。


 商店街の入り口まで来たところで、アリスが立ち止まった。


「今できないのなら、鍛えてできるようになるしかありませんわ!」


 急に声を張り上げたアリス。


「え?」


「それにわたくし、御堂君には素晴らしい力があると思いますの」


 アリスの瞳がまっすぐに僕を見つめている。


 エメラルドグリーンの瞳が夕日を反射してきらきらと輝いていた。


「素晴らしい力って……」


 僕は戸惑う。


「だって僕、何もできないよ?」


「それは違いますわ」


 アリスは首を横に振る。


「御堂君は気づいていないだけです」


 そう言って、アリスは再び歩き始めた。


 僕も慌てて隣に並ぶ。


「トレーニングをしましょう」


「トレーニング?」


「ええ。異能を開花させるためのトレーニングですわ」


 商店街を抜けて、住宅地に入る。


 夕方の静かな道を二人で歩きながら、僕は考えた。


「トレーニングって言っても、ネットとかに書かれてることは大体試してきたんだけど」


「どんなことを?」


 アリスが興味深そうに聞いてくる。


 僕は少し恥ずかしくなりながら答えた。


「えっと、念動力の練習とか」


 小学生の頃からやってきたことを思い出す。


「スプーン曲げとか、紙を念力で動かすとか」


 アリスが小さく頷く。


「それから透視の練習も」


 中学の時に夢中になったことだ。


「トランプの裏を当てるやつとか、封筒の中身を当てるとか」


「他には?」


「予知夢の日記をつけたり、瞑想したり……」


 数え上げればきりがない。


 どれも結果は出なかったけど、やれることはやってきたのだ。


 アリスが立ち止まった。


 ちょうど小さな公園の前だった。


「座りましょうか」


 ベンチに腰を下ろす。


「御堂君」


 アリスが真剣な表情で僕を見つめる。


「異能にはタイプがありますの」


「タイプ?」


「ええ。例えばスペイン語を覚えたいのに中国語の勉強をしても、スペイン語は覚えられないでしょう?」


 なるほど。


 なんとなく言っていることは分かる。


「じゃあ、僕がしてきた練習は……」


 どんなタイプの異能を覚える練習だったんだろう。


 アリスが説明を始めた。


「一般的に、そういった練習はサイオニックと呼ばれる系統のトレーニング方法ですわね」


 サイオニック。


 聞いたことがある気がする。


「念動力とか透視とか、精神の力で物理現象に干渉する能力の総称です」


 アリスの説明は分かりやすい。


「御堂君はサイオニックとは相性が悪いかもしれない──ということになりますわね」


 相性が悪い。


 だから何年やっても結果が出なかったのか。


「じゃあ、僕は……」


 少し落ち込んでしまう。


 でも、ふと思いついたことがあった。


「裕みたいに火とか出せたりするようになるかな?」


 期待を込めて聞いてみる。


 アリスは少し考えてから答えた。


「発火や凍結、あとはクラスにもいますが相沢さんのような発電、そういった異能をキネティックと呼びます」


 キネティック。


 なんだか格好いい響きだ。


「エネルギーを生成・操作する系統ですわね」


「僕もそっちの才能があるかも?」


 希望を持って聞く。


「もしかしたらそちらの系統である可能性もありますが──」


 アリスが言葉を切る。


「ありますが?」


 促すと、アリスは少し迷うような表情を見せた。


 夕日がアリスの横顔を照らしている。


 整った顔立ちが、光と影のコントラストで一層美しく見えた。


「わたくしの予想では、もっと別の系統である気がしますわ」


「別の系統?」


「そう、例えばソーサリーだとか」


 ソーサリー。


 魔術という意味だろうか。


「それってどんな……」


 僕が聞きかけた時、公園の向こうから子供たちの声が聞こえてきた。


 夕飯前の最後の遊びを楽しんでいるらしい。


 平和な光景だ。


 昨夜の騒動が嘘みたいに思える。


「ソーサリーは少し特殊ですわね」


 アリスが説明を再開する。


「儀式や呪文、道具を使って超自然的な現象を引き起こす系統です」


 なるほど、確かに魔術っぽい。


「でも、それって勉強が必要なんじゃ……」


「その通りですわ」


 アリスが頷く。


「知識と技術が必要です。でも──」


 また言葉を切る。


 今度は何か別のことを考えているような表情だ。


「御堂君の場合は、もしかしたら……」


「もしかしたら?」


「いえ、まだ確証はありませんわ」


 アリスは首を振った。


 そして立ち上がる。


「とにかく、まずは基礎からやってみましょう」


「基礎?」


「はい。どの系統にも共通する基礎訓練がありますの」


 僕も立ち上がった。


 公園を出て、再び歩き始める。


「例えば?」


「まずは瞑想ですわね」


「瞑想はやったことあるよ」


 僕が言うと、アリスは微笑んだ。


「どんな瞑想を?」


「座禅みたいな感じで、目を閉じて呼吸に集中する……」


「それも大切ですが、異能開発のための瞑想は少し違いますわ」


 へぇ、そうなのか。


「どう違うの?」


「目的が違いますの」


 アリスが歩きながら説明する。


「一般的な瞑想は心を落ち着けることが目的ですが、異能開発の瞑想は──」


 言葉を選ぶように少し間を置く。


「自分の内なる力を感じ取ることが目的ですわ」


 内なる力。


 そんなものが本当にあるのだろうか。


「具体的には?」


「まず、自分の体の中を流れるエネルギーを意識します」


 アリスが立ち止まって、僕の方を向いた。


「今、ここで試してみましょうか」


「え、ここで?」


 道の真ん中で瞑想するの? 


「簡単なものですから」


 アリスは僕の正面に立った。


「目を閉じて」


 言われた通りに目を閉じる。


「深呼吸を三回」


 ゆっくりと息を吸って、吐く。


 一回、二回、三回。


「今度は、自分の心臓の鼓動を感じてください」


 と言われても、心臓の鼓動を感じるっていうのは案外難しい。


 よっぽど緊張したりしてないと……


「本当に心臓の鼓動を感じる必要はありませんわよ。まああくまでイメージですわ。そして、その鼓動が血液を全身に送っているのを想像してください」


 心臓から血が流れていく様子を思い浮かべる。


「血液と一緒に、何か温かいものが流れているのを感じませんか?」


 温かいもの? 


 集中してみるけど、よく分からない。


「分からないです」


「では、別の方法を」


 アリスの声が近くなった。


 目を開けると、アリスが僕の手を取っていた。


 柔らかくて、少し冷たい手。


「私の手から何か感じますか? 分かりやすく()()()みますわ」


 急に恥ずかしくなってきた。


 でも、集中しなきゃ。


 アリスの手の感触に意識を向ける。


 すると──


「あ……」


 微かに、本当に微かにだけど、何か感じる。


 ピリピリとした感覚。


 静電気みたいな、でももっと優しい何か。


「感じましたわね?」


 アリスが嬉しそうに言う。


「これが霊力ですわ──まあ呼び方は色々あります。単に“力”と呼ぶことも多いですわね」


 霊力。


 こんな感覚だったのか。


「誰もが持っているものです。ただ、普通は意識しないだけ」


 アリスが手を離した。


 途端にあの感覚も消えてしまう。


「今の感覚を覚えておいてください」


「うん」


 でも、もう薄れかけている。


 掴みどころのない感覚だ。


「練習すれば一人でも感じられるようになりますわ」


 アリスはそう言って再び歩き始めた。


 住宅地を抜けて、大通りに出る。


 車の音がうるさくて、さっきまでの静寂が嘘みたいだ。


「他にはどんな訓練があるの?」


 僕が聞くと、アリスは指を立てて数え始めた。


「呼吸法、イメージトレーニング、エネルギー循環法……」


 次々と挙げていく。


「その辺はあとでまとめてメッセージします。それから、自分に合った触媒を見つけることも大切ですわね」


「触媒?」


「異能を発動させやすくする道具や物質のことです」


 なるほど。


「裕の場合は?」


「おそらく特に必要ないタイプでしょうね。キネティック系は触媒なしで発動できることが多いですから」


 信号で立ち止まる。


 赤信号を待ちながら、アリスは続けた。


「でも、ソーサリー系なら触媒は必須ですわ」


「例えばどんなもの?」


「水晶、札、杖、指輪……人によって様々です」


 信号が青に変わった。


 横断歩道を渡りながら、僕は考える。


 もし僕に異能があるとしたら、どんな触媒が合うんだろう。


「そういえば」


 ふと思い出したことがあった。


「この前、変な傘をもらったんだ」


「傘?」


 アリスが興味を示す。


「和傘なんだけど、なんか不思議な感じがして」


 昨日の出来事を思い出す。


 河童を──


 いや、今は考えないようにしよう。


「今度見せてくださいな」


「うん、いいよ」


 しばらく黙って歩いた。


 夕日が建物の向こうに沈もうとしている。


 空がオレンジから紫へと変わっていく。


「御堂君」


 アリスが急に立ち止まった。


「どうしたの?」


「あのですね」


 珍しく言いよどむアリス。


「私でよければ、トレーニングのお手伝いをしますわ」


 意外な申し出だった。


「え、でも、アリスも忙しいんじゃ……」


「大丈夫ですわ」


 アリスは微笑んだ。


「それに、一人でやるより二人の方が効率的です」


 確かにそうかもしれない。


「本当にいいの?」


「もちろんですわ」


 アリスの笑顔は優しかった。


「お友達じゃないですか」


 友達。


 その言葉が嬉しかった。


「ありがとう、アリス」


「お礼を言われることではありませんわ」


 そう言いながらも、アリスは嬉しそうだった。


「じゃあ、明日から始めましょうか」


「明日?」


「善は急げと言いますでしょう?」


 確かに。


 祟部長も時間がないようなことを言っていたし。


「分かった。よろしくお願いします」


 僕が頭を下げると、アリスは「はい、こちらこそ」と笑顔を浮かべた。



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