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お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第2章

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第8話「紅色、傘濡れて」

本日更新二回目

 ◆


 雨は思っていたよりも強かった。


 和傘の上でばたばたと激しい音を立てて、まるで太鼓でも叩いているみたいだ。


 それでも和紙と竹の骨組みは、ビニール傘とは違う趣のある音を響かせてくれる。


 ──なんだか風流だな


 そんなことを思いながら、僕は商店街を抜けて住宅地へと入っていく。


 スーパーまでは10分もかからないけど、僕が買いにいってよかったと思った。


 悦子さんは基礎体温が凄く低いらしく、水を飲んだだけで手が凄く冷たくなってしまうし──とても寒がりだ。


 いくら傘をさしてもこれだけ雨が強いと体が濡れてしまうだろうし……。


 そんなことを考えていたら、ふと気づいた。


 全く濡れていないことに。


 足元を見る。


 アスファルトは雨で黒く濡れているのに、僕の靴は乾いたままだ。


 ズボンの裾も、制服の袖もどこも濡れていない。


 風も少し出ている。


 横殴りの雨が時折吹き付けてくる。


 いくら傘をさしていてもさすがに濡れるだろう。


 なのに僕は全く濡れていない。


 ──これはちょっと妙じゃないだろうか


 服を見てみるが水の染みが全くない。


 思わず傘を見上げてみる。


 黒い和紙に描かれた朱色の模様が、雨に濡れて艶やかに光っている。


 特におかしい所は見当たらなかった。


 骨組みも普通の和傘だし、何か特殊な加工がされているようにも見えない。


 これはまさか……異能? 


 異能は前触れなく急に()()()くる事もあると言う。


 それか、もしかして傘が──? 


 いや、でも茂さんが確認した時は何も異常はなかったって言ってたし……。


 そんな事を思っていたら、少し先にマンホールがあった。


 ──またか


 うっ、と尻込みをしてしまう。


 あんなことがあったばかりだから、まだ苦手意識がある。


 しかもマンホールはまたもや少しだけずれていた。


 蓋が斜めに浮き上がって、黒い隙間が口を開けている。


 前回みたいに何か出てきたら──


 ぞわりと背筋に悪寒が走る。


 下水道の記憶が鮮明に蘇ってくる。


 生臭い匂い、濁った黄色い目、ギギギという不快な音。


「さすがに、別の道から行こうかな」


 そう思って踵を返しかけた、その時だった。


「きゃあああああ!」


 女の人の悲鳴。


 路地のほうから聞こえてくる。


 ──まさか


 何かあったんだろうかと小走りで向かい、覗いてみると……そこには河童がいた。


 また河童だ。


 しかも前に見たのと同じような、飢えた獣のような目をしている。


 女の人は尻もちをついていて、河童までの距離は数歩といった所だ。


 長い黒髪が雨に濡れて顔に張り付いている。


 スーツ姿の女の人だった。


 女の人は震える手を河童に向けて指先を突き出しながら、何か仕切りに叫んでいる。


「火! 出てよ! 火!」


 ──異能者だ


 多分パイロキネシスの能力者なんだろう。


 でもパニックになって上手く発動できないでいる。


 河童はじりじりと距離を詰めている。


 濡れた緑色の体が街灯の光を反射して、ぬめぬめと光っている。


 通報する余裕は──ない。


 このままじゃ間に合わない。


 ああ、なんで僕は、と思いながら僕は駆けだした。


 僕がいっても何もできないのに。


 異能もないし、戦闘経験もない。


 僕ってホラー映画とかでは絶対真っ先に死ぬタイプなんだろうな、そんなことを思いながら──


 それでも足は止まらなかった。


 傘をたたみ、女の人の横に立って河童の前に突き出しながら


「逃げて! 通報! お願いします!」


 と叫んだ。


 しかし、女の人はパニックになっているのか、「な、なんで……火、でないのよぉ!」と叫び続けている。


 手のひらを必死に河童に向けているけど、煙一つ出ていない。


 きっと普段なら使えるんだろう。


 でも極限状態では能力が暴走したり、逆に全く使えなくなったりするって聞いたことがある。


 それにこれだけの雨だと……


 僕はもう一度大きな声で「良いから逃げて!」と叫んだ。


 同時にポケットのスマホの電源ボタンを長押し、手探りで左上の方をタップする。


 緊急通報のボタンは確か左上に配置されていたはずだ。


 ちゃんと見て押せばいいと思うけど、いまにもとびかかってきそうで、河童から目を離せなかった。


 画面を見ないで操作するのは難しい。


 本当に緊急通報できているのか分からない。


 でもそうこうしている間にも河童はじりじりと距離を詰めてきている。


 ギギギ……


 あの嫌な音が聞こえてきた。


 顎が左右にずれながら動いている。


 力ずくでどうにかなる──とは全く思えなかった。


 なんというか凄いのだ、牙も爪も鋭くて、身長は僕より低いけど筋肉質なのが見てとれる。


 腕の太さが僕の太ももくらいある。


 絶対に勝てない。


 でも、何かしないと──


 僕はワアアア! と大声をあげて傘をふりあげた。


 野生の獣とかなら驚いて逃げてくれるかもしれない、と愚かにも思ったのだ。


 金属バットみたいに振りかぶって、威嚇のつもりで叫ぶ。


 でも河童は全く動じなかった。


 それどころか僕の叫びに被せるかのようにケェーッ!! と大声で叫んで返してきた。


 その音量があまりにも大きくて、鼓膜が震える。


 僕は驚いて傘を手放してしまった。


 ──しまった


 傘が手から滑り落ちる。


 傘なんてきっと武器にもならないだろうけど、それでもないよりはマシ……だと思う。


 なのに。


 でも。


 次の瞬間、信じられないことが起きた。


 傘が、宙に放り投げられたはずの傘が勝手に開いた。


 ばさっと。


 まるで見えない誰かが開いたみたいに。


 そして──


 僕の目の前でぎゅるぎゅると回転しながら河童にとびかかった。


 黒い和紙と朱色の模様が高速で回転して、まるで巨大な独楽みたいだ。


 いや、独楽というより──円盤ノコギリ? 


 河童が慌てて後ずさろうとしたけど、遅かった。


 回転する傘の縁が河童の首筋に触れた瞬間──


 ぼとり、と鈍い音を立てて、河童の首が僕の目の前に落ちてきた。


 断面から噴き出すどす黒い血が、雨に流されて道路に広がっていく。


 首を失った河童の体がぐらりと傾いて、そのまま倒れた。


 びちゃっと水溜まりに落ちる音が妙に大きく聞こえる。


 傘はくるくると回転を止めて、ふわりと地面に落ちた。


 まるで何事もなかったかのように、ただの和傘に戻っている。


 僕は急に息が苦しくなった。


 胸が締め付けられるような感覚。


 吐き気が込み上げてくる。


 目の前で生き物が──いや、河童は怪異だけど、死んだ。


 首が落ちた。


 血が流れている。


 僕が殺したのだ。


 地面に落ちた傘を震える手で拾い上げて、僕は逃げ出した。


 女の人のことも、緊急通報のことも、全部頭から飛んでしまって、ただひたすら走った。


 雨の中を息が切れるまで走り続けた。

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