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お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第1章
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第4話「部活」

 ◆


 僕はオカルト研究部──通称オカ研に所属している。


 名前の通り、オカルト研究部は異常領域や心霊現象を中心に研究している部活だ。


 僕がこの部に入ったのは、表向きには「そういう事(心霊や怪奇現象)に興味があるから」という理由。


 もっとも、実際にはそれだけが理由じゃない。


 “そういう事”に近い位置にいると、異能が目覚めやすい──という話があるからだ。


 だから僕もいつか異能が目覚めるんじゃないかと期待してたりする。


 今の時代、異能があるかどうかって、人権があるかどうかみたいなものに等しい。


 履歴書の特技欄に「浮遊霊が見えます」と書くだけで、就職に有利に働くことさえある。


 隣のクラスには、水場に触れると水温を自由に変化させられるっていう子がいて、その子はこの前、超大手の企業から特別インターンの誘いを受けたとかいう噂まで流れていた。


 そういう世の中だからこそ、僕は“そういう事”を研究しているオカ研に入れば、いつか自分にも何か芽生えるかもしれない……そんな淡い期待を抱いているわけだ。


 もっとも、「霊能力なんて結局その人の素養次第でしょ」「努力でどうにかなるもんじゃないんじゃ?」と冷ややかな声もある。


 確かにそうかもしれない。


 でも、もし人間の潜在能力が何らかのきっかけで花開くのだとしたら、そういうきっかけに積極的に飛び込まなきゃ損だと思うんだ。


 だから、僕はまわりから見れば“胡散臭い”と言われがちなこのオカルト研究部の扉を叩いた。


 そして今、こうして部室の扉を開けている。


「失礼します」


 僕がそう声をかけて扉を開くと、狭い部室の中に並べられた古めかしい棚やスチールロッカーの隙間から、数人の先輩たちがこちらを振り向いた。


 研究部と銘打ってはいるが、基本的にはそれぞれ興味のある不思議な現象や怪談話を集めてきて、皆でワイワイと語り合うのが日課らしい。


 真面目に文献を読み込んで研究している先輩もいれば、ネットの怪談掲示板に張り付いて新ネタを探している人もいる。


 ときどき夜のフィールドワークと称して肝試しみたいなことをするのも、実は結構楽しい。


 部室には独特のにおいがある。


 お線香のような匂いと、湿っぽい本の紙の匂い。


 それが重なり合って、時代劇に出てくる古民家みたいな雰囲気を醸し出している。


 部屋の奥には和風の御札や、よくわからない御神体のようなものまで飾ってあって、ここが本当に学校の一室なのかと疑うほどだ。


 僕はカバンを床に置きながら部員たちに軽く会釈して、椅子に腰を下ろす。


 そこへ副部長の福々太郎ふくぶくたろう先輩が、ふかふかした笑顔をこちらに向けて話しかけてきた。


「やあ御堂、今日も来たね。新しい心霊写真でも手に入れた?」


「いえ、今日はそんなに面白いのは……あ、少しだけ霊障っぽい噂を耳にしましたけど、まだ確証はなくて」


 僕がそう言うと、福々先輩は「へえ~」と気の抜けた声を漏らす。


 彼はのんびり屋というか、独特のテンポで話をする人で、一緒にいると自然とこちらまでまったりしてしまう。


 顔の造りはいわゆる福々しいという言葉がぴったりで、少しふくよかな体格をしている。


 それでも妙に動きは軽快で、噂によれば“念視”の異能があるらしいという話だ。


 念視とは、遠くの物や場所を見通す能力だという。


 本当かどうかはわからないが、もし本当なら凄い。


「ところで、そういえば今日は部長はいないんですか?」


 僕がそう尋ねると、福々先輩はまん丸な顔を横に振った。


「祟部長は今日は用事があるみたいだよ。珍しいよね、あの人が来ないなんて」


 部長のたたり 麗華れいか先輩は、見た目は少し小柄で、長い黒髪を腰まで伸ばしているちょっとミステリアスな感じの人だ。


 日本人形を思わせる風貌で──まさに「いかにも」といった感じだけれど、そこにどこか明るくてカリスマ性のあるオーラが漂っているものだから、そのアンバランスさが魅力だったりする。


 廊下を歩くだけで周囲の空気が変わるような、そんな「雰囲気がある」人。 


 ちなみに彼女の背後にはいつも奇妙な気配がある、なんて噂話も部員の間では囁かれていた。


「何しろ“祟”って苗字だから、そういう筋じゃない?」と冗談めかして言う先輩もいるけれど、部長本人はいつも朗らかだし、からかい半分でそんな話を振っても笑い流してくれる。


 部室の棚には祟部長が集めてきたであろう怪しい文献や御札が並んでいて、彼女がいるだけで“ガチのオカルト研究部”という雰囲気が増しているのは確かだ。


 だから、彼女が今日いないというのはちょっと珍しい。


 まあ、彼女にも色々予定があるだろうし、オカルト関係の用事なのかもしれない。


「へえ、部長いないんだ。じゃあ今日はどうします?」


 そう尋ねると、福々先輩は相変わらずのんびりした口調で、「うーん、まあいつも通りでいいんじゃない?」と答えた。


 それを合図に、他の先輩たちも思い思いに作業を再開する。


 こっくりさんの話題を出している人もいれば、昨日ネットで拾ったという心霊体験談を読み上げている人もいる。


 “オカルト研究”というよりは“雑談サロン”のようにも見えるけれど、これがこの部活の日常だ。


 僕はいつも通り、自分のノートパソコンを開いて、手元にメモしていた「町内で出たらしい新たな異常領域の噂」を検索してみる。


 ここ数年の間に異常領域がどんどん広がって、今日も一部の区画に異常発生があったというニュースが朝のテレビで報じられていた。


 学校の掲示板には「夕方以降はできるだけ複数人で下校しましょう」と書かれた注意書きが貼られているし、実際、学校裏手の道が一時“歪んだ”って噂になったこともある。


 そういう危険性のある時代だけれど、一方で異能者が活躍しているのもまた事実だ。


 どこかの大企業は、先程も言ったけれど「霊感採用枠」を設けて優先的に能力者を雇っているそうだし、“能力者同士の結婚相談所”なんてものも存在しているらしい。


 能力の強弱は人によってバラバラだけど、ひとつ言えるのは、やっぱり異能者であること自体が大きなアドバンテージとして社会に認知されているということだ。


「はあ……」


 僕はパソコン画面を眺めながら、小さくため息をついてしまう。


 このオカ研に入ったところで、本当に僕が能力に目覚める保証なんてどこにもないのに。


 でも、たとえほんの微弱でもいいから、何か霊能力と呼ばれるものが欲しい。


 そうでなきゃ僕がこの不思議で危険な世界にどう向き合えばいいのか、時々わからなくなるんだ。


 ふと顔を上げると、すぐ近くの席では二年生の女子がオカルト雑誌を開いて「やだこわーい」とか言いながら騒いでいる。


 その向かいでは男子部員がスマホを片手に「念写ってどうやるんだろうな」と真剣な顔をしている。


 こうして見ると、みんな結構自由に過ごしているんだな、と改めて思う。


 それでいて、誰もこの部活の雰囲気を壊そうとしないし、内心では「なんだかんだ言って楽しそうだな」と少しだけ微笑ましくなる。


 福々先輩がのそりとした動作で、湯飲み茶碗を手にしながら僕の隣に座る。


「お茶でも飲む?」


「ありがとうございます。いただきます」


 湯呑を受け取り、口をつける。


 ほっとするような渋めのお茶の味が喉を通っていくと、なんだか心が落ち着いてくる。


 それから、先輩がふいにこんなことを言い出した。


「最近、霊捜れいそうの車両をよく見かけるようになっただろう? あれ、どうやらうちの学校周辺でも異常領域の発生が増えてるかららしいんだよね」


「そうなんですか?」


 霊捜というのは、警察庁の下にある霊異捜査局のことだ。


 特定異形災害への初動対応を担う組織で、要するに“幽霊退治”みたいな任務も受け持っている。


 いわゆる法執行機関にして、同時に霊能力のプロ集団みたいな側面もあると聞く。


「いや、確かに最近、学校帰りにあの独特のパトライトみたいなのを見ることがあるんで変だなあって思ってました。そんなに僕らの身近でも出てるんですね……」


 僕がそう応じると、先輩は静かに頷いた。


「異能ってのはさ、誰にでも目覚める可能性がある半面、リスクもあるんだよ。下手に強い力を持ってる人ほど、“そういう何か”に引き寄せられてしまうことも多いって話だしね。……あ、怖がらせるつもりじゃないよ?」


「いえ、わかってます」


 僕は笑ってみせる。


 本当のところ、怖いというより羨ましい気持ちが先に立つのかもしれない。


 全然霊感がなくても“異常領域”に巻き込まれることがあるんだから、どうせなら能力を持ってたほうがマシじゃないかと思ってしまうのだ。


 そんな僕の心情を見透かしたかのように、福々先輩はどこか優しい声で「焦らなくていいよ」と言ってくれる。


「能力が目覚めるかどうかなんて、蓋を開けなきゃわからないものだしね。俺なんか念視が使えるようになったのは、中学のときに肝試しやって以来だよ」


 念視が使えるようになった“きっかけ”を、そのままさらっと口にしてしまうあたりが先輩らしい。


 でも僕にとっては興味深い話だ。


「肝試しで、何かあったんですか?」


「まぁいろいろあったよ。墓場で妙な声を聞いたり、道に迷い込んだら突然景色がぐにゃりと歪んだり……まぁそれが初めての異常領域体験だったんだよね。そこで半泣きになってるうちに何かが目覚めたみたい」


「へえ……」


 その時に先輩は、自分の意識を宙に飛ばすような感覚を覚えたらしい。


 それから暫くして、他人の行動や場所を夢の中で覗き見ているような気持ちになることが何度かあって、最初は夢か現実か区別がつかなかったそうだ。


 けれどある時、念視の力を鍛える修行みたいなものに参加したら一気にコツを掴んだのだとか。


 結果として、ある程度離れた場所なら一瞬だけ“視る”ことができるようになったらしい。


「まあ相当気合入れて1キロってとこだね。高性能の双眼鏡のほうが役に立つかも」


 先輩はそんな事を言うが、僕からしたら本当にすごい話だ。


「だからさ、御堂もそのうち突然パッと能力が芽生えるかもしれないよ。霊感ゼロだと思い込んでいるだけで、本当は潜在的に何かあるのかもしれないし」


 先輩は、まるで明日の天気を予想するみたいに気楽な調子で言ってくれる。


 僕は内心、「そんな都合のいい話があればいいけどな」と半信半疑だ。


 でも、そういうふうに言ってもらえると少しだけ心が軽くなるのも事実。


 隣の席では、他の部員たちが「この動画、本物のポルターガイストじゃない!?」なんて盛り上がっていた。


「あはは、思いっきり釣り動画じゃん。でも今の時代って逆に、加工技術が進んでるからこそ本物と偽物の区別がつきにくいんだよね」


「それなー。ほんとにヤバい映像はネットになかなか上がらないっていうし」


「やっぱガチなのは霊捜とかにすぐ回収されるって噂だよな」


 そんな雑談が飛び交う中、僕はこの前の事を話そうかどうか迷った。


 そう、あの鳥の女の人と“お姉さん”の事を。


 でも鳥の女の人はともかく、“お姉さん”の事は余り話したくない。


 僕だけが知っていたい──これって独占欲なんだろうか?


 そんなことを考えていると、福々先輩が続けて言った。


「まあでも、異能が目覚めたら目覚めたで大変なこともあるってことは覚えておいた方がいいよ。世の中そう甘くないっていうか。就職に有利になることもあるけど、逆に“使えそうだから”って強引に組織に引き込まれることもあるかもしれないしね」


「強引に、ですか?」


 先輩はふっと笑って、「いや、聞いた話だから真偽はわかんないけど」と前置きをした。


 でも、異形がのさばるこの時代、能力者が貴重な戦力として扱われるのは想像に難くない。


 軍や霊捜に限らず、一部の民間企業や新興宗教みたいな団体も、能力者を欲しがっているという話を聞く。


 だからこそ、能力を手にした人たちにもいろいろな苦労があるのだろう。


「御堂も気を付けなよ。変な能力開発セミナーとかに引っかからないように。結構うちの生徒もハマってる奴がいるみたいだし」


「はい」


 僕は内心ぎくりとしながら返事を返した。


 駅前の能力開発セミナーの広告を見て、ちょっといいなと思っていたからだ

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― 新着の感想 ―
>部長の祟 麗華先輩は、このオカ研の実質的なリーダーだ。 実質的なというのは副部長とか平部員みたいな「名」がリーダーじゃない人が「実」質的にリーダーのときに使うので違うかな。 あえて言うなら名実とも…
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