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お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第2章

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第1話「日常⑧(聖、佐原 裕、眞原井アリス、茂、悦子)」

 ◆


 時計は午前六時半。


 最近の僕は目覚まし時計がなくても、決まった時間に目が覚めるようになっていた。


 布団から体を起こし、大きく伸びをする。


 骨がポキポキと小さな音を立てた。


「ん……」


 視線を机の上に向ける。


 昨夜置いたままのガラス製の大きな洗面器。


 その中で、黒いスライム──クロが静かに佇んでいた。


 まるで黒い水飴みたいだ。


 つやつやとした表面が朝日を反射している。


「おはよう、クロ」


 僕が声をかけると、クロの表面がぷるりと波打った。


 これは多分返事。


 クロは明らかに僕の言葉を理解している。


 洗面器の縁に向かって、小さな触手のようなものが伸びてくる。


 僕はベッドから降りて机に近づいた。


 伸ばされた触手にそっと指で触れる。


 ひんやりとした感触が気持ちよい。


「今日も元気そうだね」


 クロはさらに大きく震えて、触手を僕の指に巻きつけてきた。


 まるで握手をしているみたい。


 クロを飼い始めてからしばらく、クロとの触れ合いはすっかり生活の一部になっている。


 制服に着替えを済ませ、もう一度クロの様子を確認する。


「朝ごはん、食べる?」


 そう聞くと、クロは洗面器の中で大きく体を膨らませた。


 イエス──かな? 多分。


 僕は階下のキッチンへ向かう。


 悦子さんはもう朝食の準備をしていた。


「おはよう、聖くん」


「おはようございます。パン一枚もらっていってもいいですか?」


「クロちゃんの分?」


 悦子さんが微笑みながら聞いてくる。


「はい」


「そう。でも栄養も考えてあげないとね」


 そう言いながら、悦子さんは野菜くずの入った小さなタッパーを渡してくれた。


「これも持っていってあげて」


「ありがとうございます」


 部屋に戻ると、クロは洗面器の縁に這い上がって待っていた。


 食パンとタッパーを洗面器の前に置くと、クロがぶわりと広がって覆いかぶさった。


 それから30秒ほど待つと、パンも野菜もすっかり消えていた。


 最初はタッパーも吸収してしまったのだけれど、一度注意したら二回目からはタッパーは残してくれるようになったのだ。


 犬や猫よりかなり賢いのではないだろうか。


 それはともかく、僕は一つ気づいてしまった。


「おお……」


 クロの体が、ほんの少しだけ大きくなっているのだ。


 ぱっと目で見てわかる差じゃない。


 けれどここしばらくクロをずっと観察してきた僕には分かる。


 ほんの少しだけど大きくなっている。


「成長してるんだ」


 思わず声が出る。


 スライムも成長するものなんだな。


 なんだか嬉しくなってしまう。


「もっと育って、僕のことを守れるくらい強くなってね」


 冗談めかしてそう言ってみた。


 すると──


 ぴくり。


 クロが震えた。


 それを見て、言って後悔した。


「冗談だよ、僕が逆にクロを守らないといけないのにね」


 僕は苦笑を浮かべる。


 時計を見るとそろそろ家を出る時間だった。


「じゃあ、行ってくるね」


 クロに声をかけて鞄を手に取って部屋をでた。


 ◆


 特に何に襲われることもなく、巻き込まれることもなく無事に教室につく。


 朝のホームルームまでまだ時間がある。


 そろそろ裕も登校してくるころかな、とそう思った所で──


「よっ、聖!」


 振り返ると、裕が満面の笑みで立っていた。


 相変わらず朝から元気だ。


「クロ元気か?」


 開口一番、クロのことを聞いてくる。


「うん、すごく元気だよ」


 僕はスマホを取り出して先日撮った動画を見せる。


 画面の中で、クロがゆっくりとうごめいている。


 悦子さんは『ちょっと……不気味ね』なんて言ってたけど、僕はそうは思わない。


 なんというか、奥ゆかしさを感じる。


 まあ僕がそういうと、悦子さんは変な笑みを浮かべていたけれど。


「なんかこう、ただの黒じゃないな。艶があるっていうか」


 さすが裕、よく見ている。


「そうなんだよ」


「俺は違いが判る男だからな」


 裕が自慢げに頷く。


 そこへ、凛とした声が割り込んできた。


「おはようございます」


 アリスだ。


 ……そう、ここ最近、僕はアリスを名前で呼んでいた。


 友達なんだから、とアリスが言ったので──いや、アリスは友達だから僕の意思でそう呼んでいる。


「何の話をしていらっしゃるの?」


「聖のスライムの話だよ。見ろよ、艶があるだろ?」


 裕が答えると、アリスも興味を示した。


 僕は動画を見せる。


 アリスは真剣な表情で画面を見つめている。


「確かに……。愛情をもって育てている様ですわね、結構な事ですわ」


 でも少し心配そうな表情も浮かべて言う。


「ただ、あまり変なものを食べさせないように気をつけてくださいまし」


「変なもの?」


「ええ。まあそうですわね、普通は食べさせないようなものとか……」


 アリスが説明を始める。


「スライムは何でも食べるというのが通説ですけれど、消化不良を起こすこともありますの。そこらへんは個体差ですわね。さらに極稀に食べ物の好みがある個体もいるのだとか。嫌いなものを無理やり食べさせると、グレてしまって脱走することもあるのだとか」


 へー、そうなんだ。


 クロは今のところ何でも食べているけど、気をつけたほうがいいかもしれない。


「ありがとう、気をつけるよ」


 僕が礼を言うとアリスは満足そうに頷いた。


 三人でこうして話すのも、もう日常になった気がする。


 最初は緊張していたけど今は自然に話せる。


 どうやら僕自身のコミュニケーション能力も育ってきている──といいんだけど。


 そんなことを考えていると、教室のあちこちから生徒たちの会話が聞こえてきた。


 §


「マジで昨日さ、駅のホームで誰もいないのに『もしもし』って声かけられたんだけど」


 隣のグループの女子が話している。


「それヤバいやつじゃん!」


「返事したらダメなやつでしょ?」


 友達が心配そうに応える。


「そう! だから無視して逃げた」


「正解。下手したら連れていかれるよ」


 彼女たちは笑いながら話しているけど、内容は笑い事じゃない。


 異常領域や怪異の話が、まるで天気の話みたいに交わされている。


 別の方向からも声が聞こえる。


「俺もこの前、変な電話かかってきたよ」


 男子生徒が友達に話している。


「自分の番号からなんだぜ? 気持ち悪くて出なかったけど」


「それ、クローラー型の呪いじゃね?」


「だよな。速攻で着信拒否したわ」


 クローラー型。


 最近よく聞く都市伝説の一つだ。


 電子機器を介して人を呪うタイプの怪異らしい。


「最近そういうの多くない?」


 別の生徒が口を挟む。


「油断したら死んじゃう系」


「霊捜、ちゃんと仕事しろよな〜」


 §


 そんな会話を聞きながら、僕たち三人は顔を見合わせた。


 裕が肩をすくめる。


「相変わらず物騒だよな」


「そうですわね」


 アリスも同意する。


 でも、誰も本当に恐れている様子はない。


 みんな慣れてしまっているんだ。


 異常な状況が日常になっているから。


 ふと、話している生徒の一人が念動力でペンを浮かせて、くるくると回しているのが目に入った。


 ──いいなぁ


 心の中で呟く。


 ああいう風に、当たり前に能力を使えたら。


 僕も何か役に立てるかもしれないのに。


「聖?」


 裕の声で我に返る。


「どうした? ぼーっとして」


「いや、なんでもない」


 誤魔化すように笑う。


 でも裕もアリスは僕の目線をたどって──何か察したような顔をした。


 きっと僕の劣等感は顔に出ていたんだろう。


 二人とも優しいからそれ以上は追及してこないけど。


 代わりに話題を変えてくれる。


「そういえばさ」


 裕が明るい声で言う。


「今度の週末、みんなで遊びに行かない?」


「遊び?」


「映画でも見に行こうぜ。ホラー以外で」


 僕もホラー以外がいい。


 現実で十分ホラーなのに、わざわざ映画でまで見たくない。


 そう思ってるのは僕だけじゃなく、いまやホラーというジャンルは一番人気がない零細ジャンルになってしまった。


「いいですわね」


 アリスも乗り気だ。


「わたくしも賛成ですわ」


「聖も行くだろ?」


 当然のように聞かれる。


 僕は迷わず「もちろん」と頷いた。


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