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お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第1章
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第3話「腕」

 ◆


 朝のホームルームは、いつも通りのざわめきとともに始まった。


 担任の牧村先生が教室に入ってくると、ざわざわとした空気がすっと静かになる。


「おはよう、諸君。早速だが、連絡事項だ。昨晩、学区内でまた異常領域が確認された。心霊現象や都市伝説の類はみんな慣れてるとは思うが、念のため注意を怠るなよ。無茶をして事件に巻き込まれたりしたら大変だからな」


 先生の話に、生徒たちは頷いたり、無関心そうに窓の外を見たりしている。


 ホームルームが終わると、一時間目の授業までのわずかな時間、教室はすぐに賑やかな空間に戻った。


「昨日、アリス悪霊に襲われたんだって?」


「そうそう。でもまあ、アリスだし」


「それもそうだよね。眞原井さんだもんね」


 眞原井アリスは、クラスでも有名なエクソシストの家系だった。


 ──確か眞原井さんってエクソシストの……。


 僕がぼんやりとそんなことを考えていると、肩をポンと叩かれた。


「よう! なーにアリスちゃんの事見てるんだよ」


 声をかけてきたのは佐原 祐だった。


 祐は僕が東京に引っ越してきて以来ずっと家が隣同士の友人で、明るくてクラスのムードメーカーだ。


「み、見てないよ」僕が慌ててそう言うと──


「おいおい! お前みたいな味噌っカスが色気出してるんじゃねえよ」そんな声が教室の端から飛んできた。


 祐が舌打ちし、そちらを睨む。


 僕は慌てて祐に「大丈夫だから」と声をかけるが、祐は険しい表情で首を振った。


「お前が大丈夫じゃなくても俺は嫌だね」


 そう言い捨てて立ち上がった祐は、その声の主を睨みつけた。


「おう、本田。お前俺に上等くれるなんて度胸あるじゃん」


 すると本田は嫌な笑みを浮かべて言い返した。


「てめぇじゃねえよ、御堂のことだよ」


 御堂というのは僕の事だ。


 御堂 聖──なぜか宗教関係者と間違われるから、僕は自分の名前があんまり好きではない。


「同じことだボケ。俺は聖とダチなんだからよ、聖を味噌っカスなんて言うってことは、俺に言ってるのと同じなんだよ」


 裕は、何というか──凄い主人公っぽい事を言う。


 そこが好きなんだけれど……何というか申し訳ない気持ちにもなる。


 なぜなら、味噌っカスなんて言われる理由がちゃんとあるからだ。


 僕には霊能力をはじめとした異能がない。


 これは結構珍しい事だったりする。


 今日び、小学生でもちょっとした物体浮遊くらいなら使える子も珍しくない。


 ちなみに裕はパイロキネシストだ。


 それも結構凄い方の。


 本田君だって念動力を使える。


 もちろん僕と同じように何も異能を持たない人もいるけれど、そういう人はいわゆるスクールカーストでは最下位だったりする。


「0能力者の御堂とお前が一緒のわけないだろ」


 本田君はそういって、指を立てて黒板のほうを指さした。


 すると黒板消しがふわりと浮いて、僕のほうへ向かって一直線に飛んできた。


「おいッ!」


 裕が声をあげるけれど、僕は「ああ、あれは当たるな」と思うだけだった。


 何というか、慣れているのだ、“そういうの”に。


 卑屈なのは良くないと自分でも思うけど、どうしても自分を低く見るのをやめられない。


 僕はぎゅっと目をつむって衝突を待つ。


 だが──


 バァン、と大きな音がして、黒板消しが文字通り弾け飛んだ。


 僕は思わず目を開けてしまった。


 黒板消しは見事に粉々になり、スポンジと木片がバラバラになって床に散らばっている。


 まるで見えない手がそれを握り潰したかのようだった。


「な、なんだよこれ……」


 本田君が動揺して後ずさった。


「佐原、お前がやったのか?」


 本田君の問いには答えず、祐は振り返って僕の事をまじまじと見つめてきた。


「これは俺がやったんじゃない」


「じゃあ、いったい誰が……?」


 クラスメイトたちも騒ぎだした。


 祐は僕の肩にぽんと手を置く。


「聖、お前、本当に能力がないのか?」


 裕の目はいつになく真剣だった。


 でも本当に僕じゃない。


「僕じゃないよ。僕は本当に何も……」


 その時だった。


 僕の頭の中で、『ぽ』という懐かしい響きが微かに聞こえた気がした。


 ──お姉さん? 


 僕は心臓が激しく高鳴った。


 もしかしてさっきのは、お姉さんが……


「どうした、聖?」


 裕が心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。


 僕は曖昧に笑ってみせた。


「いや、何でもない。ちょっとびっくりしただけだよ」


 教室内はまだざわついている。


 本田君は面白くなさそうに舌打ちをしながら、自分の席に戻っていった。


 祐も少し不満そうな表情をしていたが、僕を気遣って何も言わない。


 僕は散らばった黒板消しの破片を見つめながら、胸の中でもう一度「お姉さん……」とつぶやく。


 その時、ふと横から何か……言ってみれば強い視線のようなものを感じた。


 思わずそちらの方へ顔を向けると──


 眞原井さんが僕のほうを見ていた。


 いや、睨んでいるといった方がいいのだろうか。


 僕と眞原井さんの視線がほんのわずかの間交錯する。


 ──何か気を害する事を言ってしまったんだろうか


 僕はそう思うが、心当たりは──


 あった。


 そうだ、僕のほうからなんとなく眞原井さんへ視線を向けてしまったんだった。


 それで変な誤解をされているのかもしれない。


 ──どうしよう、ちゃんと説明したほうがいいのかな。別に他意はありません、とか? 


 それはそれで妙な気がしないでもない。


 ただ視線を向けただけで謝るっていうのはどう考えてもおかしい。


 僕がそんなことを考えていると、眞原井さんはぷいと僕から視線を外し、一時間目の授業の国語の教科書を開いて読み始めてしまった。


 ◆◆◆


 私は一瞬自分の感覚を疑った。


 なぜなら、ありえないほどの“闇”を感じたからだ。


 学校という場所は確かに情念、想念が集まりやすく、異常領域も形成されやすい。


 それを差し引いたとしても、異常な感覚だった。


 ──御堂 聖


 私は“視”た。


 黒板消しが彼に当たる寸前、彼の背後から白い腕が伸びたのを。


 それが何か、誰なのかまでは分からない。


 でも確かに彼の背後から顕れた。


 その瞬間、私はこれまで感じた事がないほどの怖気に襲われた。


 でも、黒板消しが弾け飛んだ後は──彼からは何も感じなくなった。


「怪しい、ですわね」


 私は思わず疑念を口に出してしまう。


 同時に、彼への興味が湧いてきた。


 正直私は御堂 聖という同級生の事は余り好きではない。


 異能がないから、ではない。


 彼が余りにも自身を卑下している事に苛立ってしまうからだ。


 自分を卑下するということは、自分を慕う、あるいは好意を持つ人たちの想いを踏みにじる事だと私は思っている。


 そういう意味で私は彼の事が好きではない。


 ただ、好きとか嫌いとかそういう好悪とは別の興味が彼にわいてきた。


 ──御堂君は、何かを隠している


 私はそっと視線を外した。


 周囲では本田君が動揺して祐に問いかけているが、私は既に彼らのやりとりには興味を失っていた。


 今考えるべきは、あの腕の正体だ。


 もしあれが霊的な存在であるならば、御堂 聖という人物には隠された何かがある。


 そして、それは私がこれまで経験してきたどの事件よりも遥かに深く、暗い何かだ。


 今度、彼と少し話してみようか。


 私は密かに心の中で計画を立てた。


 ──これは、単なる好奇心だけでは済まされないかもしれない


 予感にも似たその思いが、私の胸をざわつかせた。

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