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お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第1章
23/99

第21話「日常④(聖、日下部 茂、日下部 悦子)」

聖の義理の両親の姓は日下部クサカベです


 ◆


「ただいま」


 夕方の帰宅時間、玄関で声をかけると、リビングから茂さんが「おかえり」といってくる声が聞こえてきた。


 今日は金曜日。


 一週間の終わりだけれど──最近は体調が良いせいか、そこまでぐったりというわけでもない。


 手洗いうがいを済ませてリビングに入ると、茂さんがソファでニュースを見ていた。


 画面には火々羅町の様子が映し出されている。


「あ、聖。ちょうどいいところに」


 茂さんが振り返った。


「火々羅町の試験防疫、どうやら成功したらしいよ」


 テレビでは、高野グループの僧侶たちが記者会見をしている映像が流れていた。


『試験防疫により、火々羅町の霊的環境は大幅に改善されました。七割から八割の邪気が浄化されたと推定されます』


 剃り上げた頭の僧侶が、淡々と成果を報告している。


「七割から八割かあ」


 僕は呟いた。


 つまり、まだ二割から三割は残っているってことか。


「そういうことだね」


 茂さんが頷く。


「ただし、周辺地域では警戒が必要だそうだ。火々羅町から追い出された魔が、近隣に流れ込んでいる可能性がある」


 画面が切り替わり、キャスターが続報を読み上げる。


『政府は高野グループとの関係強化を進める方針で、次は都心部での大規模防疫も検討されているとのことです』


「へえ、都心でもやるんだ」


「まあ、効果があったなら当然の流れだろうね」


 茂さんがリモコンで音量を下げた。


「そういえば聖、例のハザードマップ作りはうまくいってるのか?」


 ドキッとした。


 正直、あまり進んでいない。


「えっと……まだ実はそこまで……」


 苦笑いを浮かべながら答える。


「情報は集めてるんですけど、整理が追いついてなくて」


 嘘ではない。


 ネットの情報や部員たちが集めてきた噂話は山ほどある。


 でも、どれが本当でどれがガセなのか判断が難しいし、地図に落とし込む作業も思った以上に大変だった。


「まあ、無理はしなくていい」


 茂さんは優しく言ってくれた。


「ただ、火々羅町周辺では色々あるかもしれないから気をつけろよ」


「色々、ですか?」


「追い出された魔が新しい住処を探してウロウロしているかもしれない。特に夜間は注意が必要だ」


 なるほど、そういうことか。


 悦子さんがキッチンから顔を出した。


「ご飯できるまでもう少しかかるわよ」


「了解です」


 そこで茂さんが「ああ、そうだ」と思い出したように立ち上がった。


「聖にこれを渡しておこう」


 奥の部屋に行って、すぐに戻ってきた。


 手には小さな巾着袋を持っている。


「これ、知り合いの陰陽師から貰ったものなんだ」


 巾着袋を受け取って中を見ると、小さな鈴が入っていた。


 銀色の鈴で、赤い紐が結ばれている。


 振ってみても音は鳴らない。


「壊れてます?」


「いや、それでいいんだ」


 茂さんが説明を始めた。


「身の回りに所有者を害する魔が近づいてきた場合、鳴って知らせてくれるらしい」


 へえ、便利な道具だ。


「もし鳴ったら、すぐにその場から離れること。いいね?」


「はい、分かりました」


「それと」


 茂さんの表情が少し厳しくなる。


「一品物だからなくすなよ」


 一品物。


 つまり替えがきかないってことか。


「大切にします」


 僕は鈴を巾着袋に戻して、ポケットにしまった。


 ──所有者を害する、か


 ふと思う。


 じゃあお姉さんの事がばれることはないな。


 だって、お姉さんは僕を害そうなんて思ってないはずだから。


 ◆


 夕食は生姜焼きだった。


 甘辛いタレが食欲をそそる。


「そういえば」


 食事をしながら茂さんが口を開いた。


「今日、職場でも火々羅町の話題で持ちきりだったよ」


「霊異対策本部でも注目してるんですね」


「当然だろう。都市部での大規模防疫は初めての試みだからね」


 悦子さんがお茶を注ぎながら言った。


「でも、本当に効果があるのかしら」


「少なくとも今回は成功したみたいだけどね」


 茂さんがテレビに目をやる。


 ニュースはまだ火々羅町の特集を続けていた。


 画面には、試験防疫前後の霊的反応を示すグラフが表示されている。


 確かに大幅に減少しているのが分かる。


「ただ、逃げた魔がどこに行ったかが問題だ」


 茂さんの言葉に、悦子さんが不安そうな顔をした。


「この辺りにも来るかもしれないのよね」


「可能性はある。だから聖も夜間の外出は控えた方がいい」


 僕は頷きながら、ポケットの中の鈴を触った。


 これがあれば、少しは安心かもしれない。


 ◆


 夕食後、リビングでくつろいでいると──


「あ、これもしかして」


『ゴーストギャンク』と画面にはある。


 僕は思わず身を乗り出した。


 祐が熱く語っていた番組だ。


 一度観てみたいと思っていた。


 茂さんが呆れたような顔をした。


「こんな番組観るのか」


 悦子さんも困った顔をしている。


「聖くん、こういうのはちょっと……」


 でも僕は画面に釘付けだった。


 番組が始まると、司会者が登場した。


『今夜のゴーストギャンク! 管狐使いの女子高生・美琴ちゃんと、守護霊持ちの大学生・健太くんの対決です!』


 歓声が上がる。


 スタジオには特殊な結界が張られているらしく、観客席との間には透明な壁のようなものが見える。


 まず登場したのは、制服姿の女子高生だった。


 長い黒髪を後ろで束ね、真剣な表情をしている。


『美琴です。よろしくお願いします』


 彼女が印を結ぶと、小さな白い狐のような生き物が現れた。


 いや、生き物というより霊的な存在か。


 半透明で、ふわふわと宙に浮いている。


『これが私の管狐です』


 管狐は可愛らしい見た目だが、鋭い牙が光っている。


 次に登場したのは、学ランを着た男子大学生だった。


『健太です。今日は全力でいきます!!』


 彼が気合を入れると、背後に侍の姿をした霊が現れた。


 甲冑を身に纏い、腰には刀を差している。


 かなり迫力がある。


 司会者が合図すると試合が始まった。


 管狐が素早く動き回り、侍の霊に攻撃を仕掛ける。


 小さな体を活かして、縦横無尽に飛び回る様子はまるで白い光の軌跡のようだ。


 一方、侍の霊は落ち着いて刀を構えている。


 管狐の動きを見切ろうとしているようだ。


『美琴ちゃんの管狐、スピードがありますね!』


 司会者が実況する。


 しかし、侍の霊は慌てない。


 じっと機会を窺っている。


 そして──


 管狐が正面から突っ込んできた瞬間、侍の霊が刀を振るった。


 一閃。


 管狐は間一髪で躱したが、体勢を崩してしまう。


『今だ!』


 健太が叫ぶと、侍の霊が追撃に出た。


 今度は管狐も逃げ切れない。


 刀の柄で軽く叩かれ、管狐は地面に転がった。


『勝負あり! 勝者、健太くん!』


 歓声が上がる中、美琴は悔しそうに管狐を抱き上げた。


『次は負けません』


 健太も爽やかに応じる。


『いい勝負だった。また対戦しような!』


 番組はその後も続いたが、僕はなんとなく複雑な気持ちになった。


 確かに迫力があって面白い。


 でも何か引っかかる部分がある。


 霊とか式神をエンタメにつかってもいいんだろうか? 


「どうだった?」


 茂さんが聞いてきた。


「面白かったです。でも……」


「でも?」


「なんか、違和感もありました」


 茂さんは少し意外そうな顔をした。


「へえ、そう感じたか」


「現実の脅威を娯楽にするのって、ちょっと……」


 悦子さんが優しく言った。


「聖くんは優しいのね」


 僕は曖昧に笑った。


 でも月曜日に祐と話す時は「面白かった」って言おう。


 そこはほら、これからはコミュ力の時代だし……。


 僕は空気を読む男なのだ。

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