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お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第1章
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第2話「再会」

 ◆


 闇の中からぬるりと姿を現れたのは──“お姉さん”だった。


 二メートルを超える身長に白いワンピースをまとい、その服の色に合わせるように白いブリムハットを被っている。


 ──あの頃と同じだ


 すらりとした肢体に、驚くほど整った顔立ちも昔と同じだった。


 そう、あの頃はよくわからなかったけれど今なら分かる。


 お姉さんはとても美人なのだ。


 その辺のアイドルなんて足元にも及ばない、背筋がぞくっとするほどの美人なのだ。


 でも美人だと表現するにはどこか現実離れしている部分もある。


 例えば目。


 お姉さんの目は赤い──まるで血の様に。


 まあ、もしかしたらお姉さんの目を怖いと思う人もいるかもしれないけれど、僕は全然怖くない。


 宝石みたいに綺麗なお姉さんの目は、ずっとずっと見ていられる。


「ぽぽぽ……」


 お姉さんはそうつぶやきながら、僕の頭を撫で、そのまま掌で頬を優しくさすってくれた。


 ──ああ、僕がいじめられて泣いていた時、お姉さんは決まってこうしてくれたっけ


「お、お姉さん……」


 感極まって呼びかけるが、お姉さんはまるで「少し待っててね」とでも言うように、ポンと僕の頭に手を置いた。


 それからゆっくりと、鳥の女の人──そして地面に落ちていた赤ん坊へと向き合う。


 次の瞬間、あんなに優しくて綺麗なお姉さんが、まるで別の“ナニカ”に変わってしまったような気がした。


「ぽぽぽぽ……」


 そうつぶやくお姉さんは、地面に転がった赤ん坊の頭を掴み、そのまま目の前にぶら下げる。


 すると女の人は「キィイイアアアアアア!!!」と絶叫した。


 けれどその声とは裏腹に、お姉さんには一歩も近づけないようだった。


 ──怖がっている? 


 もしそこまで怖いなら、なぜ逃げないんだろう。


 そう思った瞬間、僕ははたと気づく。


 ──赤ん坊がいるからだ


 僕は思わず、お姉さんに声をかけてしまう。


「ね、ねえお姉さん! その子、あの人に返してあげてよ……その、なんだか、かわいそうだし……」


 お姉さんはしばし僕を見下ろす。


 ややあって、まるで「仕方ないな」とでもいうようにぶっきらぼうな動作で、女の人に赤ん坊を突き出した。


 女の人はその赤ん坊を受け取り、一声「キエエエエ!」と啼いて、暗い空の彼方へと去っていった。


 ◆


 だんだんと、空が正常な明るさを取り戻していく。


 さっきまで漆黒だった世界が、いつもの夏の夕暮れに近い色合いへと移り変わりつつある。


 その中で、お姉さんと僕は無言のまま向かい合っていた。


「ぽ、ぽぽぽぽぽぽ」


 お姉さんがそう言うけれど、僕には何を言っているのかわからない。


 ──昔は分かったはずなのに


 小さい頃、お姉さんが「ぽぽぽ」と言えば、僕はそれが「どうしたの?」とか「泣かないで」とか、そんなふうに理解できていた気がする。


 でも、今の僕にはその意味が掴めない。


 なんとなくは分かる気がする……けど、昔ほどじゃない。


 僕が黙っていると、お姉さんはどこかがっかりしたようにほんの僅かだけ顔を俯かせた。


 その仕草がなんだかとても寂しそうで、見ていられなくなる。


 頭の中でいろんな言葉が渦巻いていたけど、結局何も出てこない。


 だから、思い切って僕はお姉さんのほうへ一歩踏み出した。


 そして、昔の僕がそうしていたように──お姉さんに抱きついた。


 正直、これってけっこう恥ずかしい行為だと思う。


 というかまずいのでは? 


 お姉さんはいうまでもなく女性だ。


 そして僕はといえば、もう高校生にもなる。


 ──これって、セクハラかも


 一瞬そんな事が頭をよぎったが、僕はお姉さんを抱きしめるのをやめなかった。


 ──あの頃も僕はこんなふうにいつも抱き着いてたな。随分甘えん坊だったなぁ


 そんなことを思っていると、お姉さんもおずおずとした様子で、そっと僕の背に腕を回してくれた。


 大きな体に似合わない、どこかぎこちなくて優しい抱擁。


 そんなふうに僕たちはそのまましばらく抱き合っていた。


 時間の感覚が曖昧になり、世界に僕たちしか存在しないみたいな不思議な感覚。


 そうして暫く経ち──


 ふと気がつくと、僕は道の脇にひとりで立っていた。


 お姉さんの姿はどこにも見当たらない。


 まるで最初からいなかったかのように。


「お姉さん……?」


 周囲を見回しても、先ほどまでの異様な闇はもうどこにもない。


 少しだけ朱色を帯びた空、遠くから聞こえる自動車の走行音、そしてふつうに街灯が灯りはじめる街角。


 何もかもが、普通の夏の夕暮れの風景に戻っている。


 まるで先ほどの出来事がすべて幻のようだ。


 けれど僕の胸には確かにお姉さんのぬくもりがまだ残っていた。


 ──また逢えるよね


 そんなことを思うと──


 ──『ぽ』


 という声が耳元で囁かれる様に聞こえた。


 ◆◆◆


 霊異捜査局の車両が到着したのは、街の外れにある薄暗い路地だった。


 周囲には人家がまばらに点在しているだけで、夜道を照らす街灯も数えるほどしかない。


 彼らは渋谷分局のメンバーで、先ほど異常領域が感知されたとの連絡を受け、急ぎ現場へ向かった。


 しかし、到着してみれば不自然な気配はまったく感じられない。


「どうだ? まだ何か反応は残っているか」


 チームを率いる男が、感知系の異能を持つ若い女性隊員に声をかける。


 彼女は静かに目を閉じ、路面や空気の流れを探るように息を詰めた。


 しばらくすると、彼女は小さく首を振る。


「ほとんど残留思念は感じません。念のためもう少し細かく探りますが……領域そのものはすでに消えているようです」


 その報告に、男は少しだけ眉をひそめた。


「やけにあっさりと……。まあ念入りに確認してくれ。何かしら痕跡が残ってるかもしれん」


 別の隊員たちも周囲の調査にかかるが、特別おかしなものは見当たらない。


 たまに夜虫の鳴き声が聞こえるだけだ。


「隊長、こちらのほうにも目立った異常はありません」


 一人の隊員が無線越しに状況を報告すると、隊長は小さく溜息をついた。


 このままではただの空振りで終わりそうだ。


「……もう一度、感知を頼むわ」


 女性隊員が再び集中し、微細な霊波を探る。


 彼女の瞳は薄闇を見据え、わずかに揺れているようにも見えた。


 やがて、彼女の肩がかすかに震える。


「見えました……といっても、ほんのイメージだけ。すごく深い黒……黒をさらに深く塗りつぶしたような、そんな色でした」


 一瞬、周囲の隊員たちが顔を見合わせる。


 明らかに不穏なその報告に隊長は小さく舌打ちし、あたりを再度見回した。


「どこかのバカが変なものを喚び込んだのか。……念のため回収班に連絡して、この辺りの霊的残渣を採取させよう。俺たちは一旦引き上げる」


 応答した部下たちが手際よく撤収の準備を始める。


 そうして捜査局の面々が立ち去り、再び夜陰の静寂が路地を満たした。



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