表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第1章
16/99

第15話「日常①(聖、茂、悦子)」

 ◆


 晩ご飯の匂いが廊下まで漂ってきた。


 今日は肉じゃがらしい。


「ただいま」


 玄関で声をかけると、キッチンから悦子さんの声が返ってきた。


「おかえり、聖くん。手洗いうがいしてきてね」


 いつもと変わらない、穏やかな声。


 リビングに入ると、茂さんがソファでタブレットを見ていた。


 仕事から帰ってきたばかりなのか、まだスーツ姿だ。


「聖、お帰り」


「ただいま帰りました」


 茂さんは霊異対策本部の技術部門で働いている。


 正確には民間企業からの出向らしいけど、詳しいことは教えてくれない。


 ──機密事項が多いんだろうな


 手を洗ってリビングに戻ると、悦子さんがお茶を持ってきてくれた。


「今日も遅かったのね。部活?」


「はい、オカ研で」


 そう答えると、悦子さんは少し困ったような顔をした。


 悦子さんは僕がオカルトに触れることに余りいい顔をしない。


 茂さんがタブレットから顔を上げる。


「聖、最近学校の周りで異常領域の発生が増えてるって話、知ってるか?」


 知ってるどころじゃない。


 実際に巻き込まれたなんて、とても言えない。


 心配をかけたくないのだ。


「先生もそう言ってました」


 茂さんは深いため息をついた。


「正直な話、今の状況はかなり異常なんだ。普通、異常領域ってのは特定の条件が揃った場所で発生するものなんだが……」


「茂さん」


 悦子さんが、たしなめるような声を出す。


 でも茂さんは首を振った。


「いや、聖ももう高校生だ。知っておいた方がいい」


 タブレットを操作して、地図アプリを開く。


 東京都内の地図に、赤い点がいくつも表示されていた。


「これが先月の異常領域発生地点。そしてこれが」


 画面が切り替わる。


 赤い点が、倍以上に増えていた。


「今月の発生地点だ」


 ゾッとした。


 地図上の赤い点は、まるで疫病みたいに広がっている。


「学区内だけでも五件。これは明らかに異常な増加率だ」


「何か原因があるんですか?」


 僕の質問に、茂さんは難しい顔をした。


「それが分かれば苦労しない。上層部も頭を抱えてる。だから聖。少しでもおかしいとおもったらすぐその場を離れるんだぞ。興味を持つのもだめだ。なるべく関心を持たず、静かにその場から離れる──分かったな?」


「はい」


 悦子さんがキッチンから声をかける。


「はい、ご飯できたわよ。続きは食べながらにしましょう」


 ◆


 食卓に並んだ肉じゃがは、いつも通り美味しそうだった。


 でも、今日はどこか味気なく感じる。


 ──本田君も、きっと家族と夕飯を食べるはずだったんだろうな


 箸が進まない僕を見て、悦子さんが心配そうに声をかけた。


「どうしたの? 体調でも悪い?」


「いえ、大丈夫です」


 慌てて肉じゃがを口に運ぶ。


 ほくほくのじゃがいもが、優しい味だった。


 そういえば、と僕はハザードマップの事を思い出した。


「部活で、その……ハザードマップを作る事になったんです。部長の提案で……」


「そうか。まあ悪いことじゃない。むしろ良い試みだと思う」


 意外な言葉だった。


 てっきり止められるかと思っていた。


「ただし」


 茂さんの表情が真剣になる。


「絶対に無理はするな。情報収集は安全な範囲で、だ」


「はい」


 心配は心を配ると書く。


 こういう風に、気を配ってもらえるのは素直に嬉しい。


 でも、だからこそ話せないことも多かった。


 ◆


 夕食後、自室で宿題をしているとノックの音がした。


「聖くん、ちょっといい?」


 悦子さんの声だ。


「どうぞ」


 ドアが開いて、悦子さんが入ってきた。


 手には湯気の立つマグカップ。


 ココアの甘い香りが漂う。


「勉強の邪魔しちゃってごめんなさい」


「いえ、ちょうど休憩しようと思ってたところです」


 悦子さんは、僕の勉強机の横にあるスツールに腰掛けた。


「最近、眠れてる?」


 唐突な質問に、僕は戸惑う。


「え、ええ。普通に」


「そう? なんだか最近、疲れた顔してるから」


 鋭い。


 確かに、ここ数日はよく夢を見る。


 お姉さんの夢。


 でも、それは言えない。


「クラスメイトが行方不明になったりして、みんなピリピリしてるんです」


 半分本当で、半分嘘。


 悦子さんは優しく頷いた。


「そうよね。大変な時期だもの」


 ココアを一口飲む。


 甘さがじんわりと体に染みる。


「聖くん」


 悦子さんが、真剣な表情で僕を見つめる。


「もし何かあったら、遠慮なく相談してね」


「はい」


「私たちは、聖くんのご両親から大切な息子さんを預かってるの。だから、聖くんの安全が一番大事」


 その言葉に胸が熱くなる。


 血は繋がっていないけれど、この人たちは本当に僕のことを心配してくれている。


「それに」


 悦子さんが、少し声を落とす。


「聖くんのお母様から、気をつけてほしいって言われてることがあるの」


 ──来た


「もし、聖くんの周りで不思議なことが起きたら、すぐに知らせてって」


 不思議なこと。


 漠然とした言い方だけど、母が何を心配しているのかは分かる。


「特に、誰かに呼ばれるような感覚があったら」


 ドキリとした。


 まさに、お姉さんのことじゃないか。


「大丈夫です。そんなこと、ありませんから」


 嘘をつくことに罪悪感がある。


 でも、悦子さんを心配させたくない。


 悦子さんはじっと僕を見つめていた。


 まるで嘘を見透かしているような目で。


 でも結局、それ以上は何も言わなかった。


「そう。それならいいけど」


 悦子さんが部屋を出て行った後、僕は深くため息をついた。


 ──みんな、僕のことを心配してくれている


 でも、本当のことは言えない。


 お姉さんのことも、異常領域で起きたことも。


 窓の外を見る。


 東京の夜景が、きらきらと輝いている。


 どこかで今も、誰かが異常領域に巻き込まれているかもしれない。


 そして僕は、また巻き込まれるかもしれない。


 ──でも、お姉さんがいれば


 その考えを振り払う。


 お姉さんに頼りっぱなしじゃダメだ。


 自分でも、何かできることを見つけないと。


 机に戻り、ノートを開く。


 だが余り集中できない。


「異能か……むん!」


 僕は目の前の消しゴムに向かって掌を向けた。


 浮遊するイメージ。


 まあ、結果はお察しだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最近書いた中・短編です。

有能だが女遊びが大好きな王太子ユージンは、王位なんて面倒なものから逃れたかった。
そこで彼は完璧な計画を立てる――弟アリウスと婚約者エリナを結びつけ、自分は王位継承権のない辺境公爵となって、欲深い愛人カザリアと自由気ままに暮らすのだ。
「屑王太子殿下の優雅なる廃嫡」

定年退職した夫と穏やかに暮らす元教師の茜のもとへ、高校生の孫・翔太が頻繁に訪れるようになる。母親との関係に悩む翔太にとって祖母の家は唯一の避難所だったが、やがてその想いは禁断の恋愛感情へと変化していく。年齢差も血縁も超えた異常な執着に戸惑いながらも、必要とされる喜びから完全に拒絶できない茜。家族を巻き込んだ狂気の愛は、二人の人生を静かに蝕んでいく。
※ カクヨム、ネオページ、ハーメルンなどにも転載
「徒花、手折られ」

秩序と聞いて何を連想するか──それは整然とした行列である。
あらゆる列は乱される事なく整然としていなければならない。
秩序の国、日本では列を乱すもの、横入りするものは速やかに殺される運命にある。
そんな日本で生きる、一人のサラリーマンのなんてことない日常のワンシーン。
「秩序ある世界」

妻の不倫を知った僕は、なぜか何も感じなかった。
愛しているはずなのに。
不倫を告白した妻に対し、怒りも悲しみも湧かない「僕」。
しかし妻への愛は本物で、その矛盾が妻を苦しめる。
僕は妻のために「普通の愛」を持とうと、自分の心に嫉妬や怒りが生まれるのを待ちながら観察を続ける。
「愛の存在証明」

ひきこもりの「僕」の変わらぬ日々。
そんなある日、親が死んだ。
「ともしび」

剣を愛し、剣に生き、剣に死んだ男
「愛・剣・死」

相沢陽菜は幼馴染の恋人・翔太と幸せな大学生活を送っていた。しかし──。
故人の人格を再現することは果たして遺族の慰めとなりうるのか。AI時代の倫理観を問う。
「あなたはそこにいる」

パワハラ夫に苦しむ主婦・伊藤彩は、テレビで見た「王様の耳はロバの耳」にヒントを得て、寝室に置かれた黒い壺に向かって夫への恨み言を吐き出すようになる。
最初は小さな呟きだったが、次第にエスカレートしていく。
「壺の女」

「一番幸せな時に一緒に死んでくれるなら、付き合ってあげる」――大学の図書館で告白した僕に、美咲が突きつけた条件。
平凡な大学生の僕は、なぜかその約束を受け入れてしまう。
献身的で優しい彼女との日々は幸せそのものだったが、幸福を感じるたびに「今が一番なのか」という思いが拭えない。
そして──
「青、赤らむ」

妻と娘から蔑まれ、会社でも無能扱いされる46歳の営業マン・佐々木和夫が、AIアプリ「U KNOW」の女性人格ユノと恋に落ちる。
孤独な和夫にとって、ユノだけが理解者だった。
「YOU KNOW」

魔術の申し子エルンストと呪術の天才セシリアは、政略結婚の相手同士。
しかし二人は「愛を科学的に証明する」という前代未聞の実験を開始する。
手を繋ぐ時間を測定し、心拍数の上昇をデータ化し、親密度を数値で管理する奇妙なカップル。
一方、彼らの周囲では「愛される祝福」を持つ令嬢アンナが巻き起こす恋愛騒動が王都を揺るがしていた。
理論と感情の狭間で、二人の天才魔術師が辿り着く「愛」の答えとは――
「愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~」

「逆張り病」を自称する天邪鬼な高校生・坂登春斗は、転校初日から不良と衝突し警察を呼ぶなど、周囲に逆らい続けて孤立していた。
そんな中、地味で真面目な女子生徒・佐伯美香が成績優秀を理由にいじめられているのを見て、持ち前の逆張り精神でいじめグループと対立。
美香を助けるうちに彼女に惹かれていくが──
「キックオーバー」
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ