第13話「帰路」
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辺りを包んでいた息苦しいほどの闇は、まるで嘘だったかのように急速に薄れていった。
周囲は徐々に元の姿を取り戻していく。
さっきまでの悪夢のような光景が、まるで白昼夢みたいに思える。
でも僕の目の前には、まだ呆然とした表情で地面に座り込んでいる眞原井さんがいる。
彼女の存在だけが、ここであった出来事が現実だったと証明していた。
「眞原井さん、大丈夫?」
僕は駆け寄って声をかける。
彼女ははっとしたように顔を上げ、焦点の定まらない目で僕を見た。
その顔色はまだ青白い。
「御堂、君……」
か細い声で僕を呼ぶ。
僕は彼女の腕に目をやった。
透けて、消えかかっていたはずの腕が、今はちゃんと元通りになっている。
お姉さんが治してくれたんだろうか。
それともあの片腕の女の人が消えたから、自然と……。
どちらにしても良かった。
「腕、元に戻ってるね。良かった」
僕がそう言うと、眞原井さんは自分の左腕を不思議そうに眺め、それから何かを思い出したように顔を強張らせた。
「立てる? とりあえず、ここから離れた方がいいと思う」
僕が手を差し出すと、眞原井さんは一瞬ためらうような素振りを見せたけれど、やがておずおずと僕の手を取った。
彼女の手はまだ少し震えている。
僕たちは公園を後にして、大通りを目指して歩き出した。
異常領域は完全に消え去ったようで、街はいつも顔を取り戻していた。
車のヘッドライトが走り去り、遠くからは電車の音も聞こえる。
しばらく無言で歩いていたけど、僕はずっと気になっていたことを口にした。
「本田君のこと、どうしようか。まだこの近くにいるかもしれないし……」
僕の言葉に、眞原井さんはふと足を止めた。
そして静かに首を横に振る。
「……わたくしたちでは、もう何もできませんわ」
諦めてしまった様な声色だった。
「さっき異常領域が消える間際に、少しだけ周囲を探ってみましたの。霊的な痕跡を辿って……でも」
眞原井さんは言葉を区切り、俯いた。
「本田君は見つかりませんでしたわ。に……残念ですけど、あまり望みはありませんわね」
望みがない。
それは、つまり……。
僕は何と言っていいのか分からなかった。
やがて彼女がぽつりと言う。
「それにしても意外ですわね」
「えっと、何が?」
僕は顔を上げて彼女を見る。
眞原井さんは僕から視線を逸らさずに、まっすぐに見つめてきた。
その瞳には、どこか探るような色が浮かんでいる。
「御堂君は本田君と余り親しく無かったでしょう? 例えば……極論ですけれど、ざまぁみろみたいな気持ちはないんですの?」
眞原井さんの言葉は、僕の心の中を的確に突いてきた。
確かに本田君は味噌っカスだとか、0能力者だとか、散々馬鹿にしてきた。
だからいなくなってせいせいした、なんて思ってもおかしくないのかもしれない。
でも。
僕はあの時、公園で眞原井さんを助けたいと思った時の気持ちを言葉にしてみた。
そして付け加える。
「フェアじゃないよ、そんなのは」
眞原井さんは、少しだけ眉をひそめた。
僕の言葉の意味を測りかねているのかもしれない。
「僕が本田君に対してそう思っても良いとしたら、本田君からはもっと酷いことをされないとね。そうしたら、僕も思うべきだとおもう。ざまぁみろ、ってね」
ただ馬鹿にされたり、ちょっとした嫌がらせをされたりしたくらいで……
それは、僕の中の何かが許さない。
そういうと眞原井さんは一瞬ひゅっと息を吸い込んで、僕の顔をじっと見た。
その目は驚いているようにも、何か別の感情を押し殺しているようにも見えた。
「どうしたの?」
僕が尋ねると、眞原井さんはふっと視線を逸らし、小さく首を振った。
「……なんでもありませんわ」
いつもより少しだけ低い声。
それきり眞原井さんは黙ってしまう。
ただ、街灯の下を二人で歩く時間がやけに長く感じられた。




