表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/99

第13話「帰路」

 ◆


 辺りを包んでいた息苦しいほどの闇は、まるで嘘だったかのように急速に薄れていった。


 周囲は徐々に元の姿を取り戻していく。


 さっきまでの悪夢のような光景が、まるで白昼夢みたいに思える。


 でも僕の目の前には、まだ呆然とした表情で地面に座り込んでいる眞原井さんがいる。


 彼女の存在だけが、ここであった出来事が現実だったと証明していた。


「眞原井さん、大丈夫?」


 僕は駆け寄って声をかける。


 彼女ははっとしたように顔を上げ、焦点の定まらない目で僕を見た。


 その顔色はまだ青白い。


「御堂、君……」


 か細い声で僕を呼ぶ。


 僕は彼女の腕に目をやった。


 透けて、消えかかっていたはずの腕が、今はちゃんと元通りになっている。


 お姉さんが治してくれたんだろうか。


 それともあの片腕の女の人が消えたから、自然と……。


 どちらにしても良かった。


「腕、元に戻ってるね。良かった」


 僕がそう言うと、眞原井さんは自分の左腕を不思議そうに眺め、それから何かを思い出したように顔を強張らせた。


「立てる? とりあえず、ここから離れた方がいいと思う」


 僕が手を差し出すと、眞原井さんは一瞬ためらうような素振りを見せたけれど、やがておずおずと僕の手を取った。


 彼女の手はまだ少し震えている。


 僕たちは公園を後にして、大通りを目指して歩き出した。


 異常領域は完全に消え去ったようで、街はいつも顔を取り戻していた。


 車のヘッドライトが走り去り、遠くからは電車の音も聞こえる。


 しばらく無言で歩いていたけど、僕はずっと気になっていたことを口にした。


「本田君のこと、どうしようか。まだこの近くにいるかもしれないし……」


 僕の言葉に、眞原井さんはふと足を止めた。


 そして静かに首を横に振る。


「……わたくしたちでは、もう何もできませんわ」


 諦めてしまった様な声色だった。


「さっき異常領域が消える間際に、少しだけ周囲を探ってみましたの。霊的な痕跡を辿って……でも」


 眞原井さんは言葉を区切り、俯いた。


「本田君は見つかりませんでしたわ。に……残念ですけど、あまり望みはありませんわね」


 望みがない。


 それは、つまり……。


 僕は何と言っていいのか分からなかった。


 やがて彼女がぽつりと言う。


「それにしても意外ですわね」


「えっと、何が?」


 僕は顔を上げて彼女を見る。


 眞原井さんは僕から視線を逸らさずに、まっすぐに見つめてきた。


 その瞳には、どこか探るような色が浮かんでいる。


「御堂君は本田君と余り親しく無かったでしょう? 例えば……極論ですけれど、ざまぁみろみたいな気持ちはないんですの?」


 眞原井さんの言葉は、僕の心の中を的確に突いてきた。


 確かに本田君は味噌っカスだとか、0能力者だとか、散々馬鹿にしてきた。


 だからいなくなってせいせいした、なんて思ってもおかしくないのかもしれない。


 でも。


 僕はあの時、公園で眞原井さんを助けたいと思った時の気持ちを言葉にしてみた。


 そして付け加える。


「フェアじゃないよ、そんなのは」


 眞原井さんは、少しだけ眉をひそめた。


 僕の言葉の意味を測りかねているのかもしれない。


「僕が本田君に対してそう思っても良いとしたら、本田君からはもっと酷いことをされないとね。そうしたら、僕も思う()()だとおもう。ざまぁみろ、ってね」


 ただ馬鹿にされたり、ちょっとした嫌がらせをされたりしたくらいで……


 それは、僕の中の何かが許さない。


 そういうと眞原井さんは一瞬ひゅっと息を吸い込んで、僕の顔をじっと見た。


 その目は驚いているようにも、何か別の感情を押し殺しているようにも見えた。


「どうしたの?」


 僕が尋ねると、眞原井さんはふっと視線を逸らし、小さく首を振った。


「……なんでもありませんわ」


 いつもより少しだけ低い声。


 それきり眞原井さんは黙ってしまう。


 ただ、街灯の下を二人で歩く時間がやけに長く感じられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最近書いた中・短編です。

有能だが女遊びが大好きな王太子ユージンは、王位なんて面倒なものから逃れたかった。
そこで彼は完璧な計画を立てる――弟アリウスと婚約者エリナを結びつけ、自分は王位継承権のない辺境公爵となって、欲深い愛人カザリアと自由気ままに暮らすのだ。
「屑王太子殿下の優雅なる廃嫡」

定年退職した夫と穏やかに暮らす元教師の茜のもとへ、高校生の孫・翔太が頻繁に訪れるようになる。母親との関係に悩む翔太にとって祖母の家は唯一の避難所だったが、やがてその想いは禁断の恋愛感情へと変化していく。年齢差も血縁も超えた異常な執着に戸惑いながらも、必要とされる喜びから完全に拒絶できない茜。家族を巻き込んだ狂気の愛は、二人の人生を静かに蝕んでいく。
※ カクヨム、ネオページ、ハーメルンなどにも転載
「徒花、手折られ」

秩序と聞いて何を連想するか──それは整然とした行列である。
あらゆる列は乱される事なく整然としていなければならない。
秩序の国、日本では列を乱すもの、横入りするものは速やかに殺される運命にある。
そんな日本で生きる、一人のサラリーマンのなんてことない日常のワンシーン。
「秩序ある世界」

妻の不倫を知った僕は、なぜか何も感じなかった。
愛しているはずなのに。
不倫を告白した妻に対し、怒りも悲しみも湧かない「僕」。
しかし妻への愛は本物で、その矛盾が妻を苦しめる。
僕は妻のために「普通の愛」を持とうと、自分の心に嫉妬や怒りが生まれるのを待ちながら観察を続ける。
「愛の存在証明」

ひきこもりの「僕」の変わらぬ日々。
そんなある日、親が死んだ。
「ともしび」

剣を愛し、剣に生き、剣に死んだ男
「愛・剣・死」

相沢陽菜は幼馴染の恋人・翔太と幸せな大学生活を送っていた。しかし──。
故人の人格を再現することは果たして遺族の慰めとなりうるのか。AI時代の倫理観を問う。
「あなたはそこにいる」

パワハラ夫に苦しむ主婦・伊藤彩は、テレビで見た「王様の耳はロバの耳」にヒントを得て、寝室に置かれた黒い壺に向かって夫への恨み言を吐き出すようになる。
最初は小さな呟きだったが、次第にエスカレートしていく。
「壺の女」

「一番幸せな時に一緒に死んでくれるなら、付き合ってあげる」――大学の図書館で告白した僕に、美咲が突きつけた条件。
平凡な大学生の僕は、なぜかその約束を受け入れてしまう。
献身的で優しい彼女との日々は幸せそのものだったが、幸福を感じるたびに「今が一番なのか」という思いが拭えない。
そして──
「青、赤らむ」

妻と娘から蔑まれ、会社でも無能扱いされる46歳の営業マン・佐々木和夫が、AIアプリ「U KNOW」の女性人格ユノと恋に落ちる。
孤独な和夫にとって、ユノだけが理解者だった。
「YOU KNOW」

魔術の申し子エルンストと呪術の天才セシリアは、政略結婚の相手同士。
しかし二人は「愛を科学的に証明する」という前代未聞の実験を開始する。
手を繋ぐ時間を測定し、心拍数の上昇をデータ化し、親密度を数値で管理する奇妙なカップル。
一方、彼らの周囲では「愛される祝福」を持つ令嬢アンナが巻き起こす恋愛騒動が王都を揺るがしていた。
理論と感情の狭間で、二人の天才魔術師が辿り着く「愛」の答えとは――
「愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~」

「逆張り病」を自称する天邪鬼な高校生・坂登春斗は、転校初日から不良と衝突し警察を呼ぶなど、周囲に逆らい続けて孤立していた。
そんな中、地味で真面目な女子生徒・佐伯美香が成績優秀を理由にいじめられているのを見て、持ち前の逆張り精神でいじめグループと対立。
美香を助けるうちに彼女に惹かれていくが──
「キックオーバー」
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ