表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/99

第12話「デビルサマナー()」

 ◇


 わたくしはふと周囲の空気が変わったことに気づいた。


 重く纏わりついていた不快な気配が、まるで霧が晴れるように薄れていく。


 視界を覆っていた歪みも徐々に収まり、見慣れた公園の風景がおぼろげながらもその輪郭を取り戻しつつあった。


 どうやら、あの異常領域は消滅しかけているようだった。


 けれど、今はそんな事はどうでもいい。


 わたくしの意識は目の前に立つ“それ”に釘付けだった。


 化け物──いや、邪神。


 わたくしはそう思った。


 美しい人間の女性の姿を借りてはいるけれど、その本質はとうていこの世のものとは思えなかった。


 形容しがたいほどの禍々しさを感じる。


 先ほどの片腕の女など話にもならない。


 まさにこれこそが“魔”であると感得する。


 わたくしはエクソシストの家系として、数多の霊的存在や魔に関する知識を叩き込まれてきた。


 その知識をもってしても、“あれ”の正体は皆目見当もつかない。


 ただ、正体は分からなくとも推測を巡らせることは出来る。


 感じるのは邪気だけではない、僅かながら神気も感じる。


 ルーツは分からないが、恐らくは神に類するような存在が堕ちたモノだと思う。


 それもそこらの低級神などではない。


 もっと古く、もっと強大で、もっと純粋な──だからこそ、堕ちた時の闇もまた、深く、濃い。


 肌が粟立ち、呼吸すらも忘れそうになるほどの畏怖。


 そんな“邪神”としか思えない存在を、御堂君はこともなげに「お姉さん」と呼んでいた。


 わたくしはその事実に改めて戦慄を覚えた。


 ──“アレ”を、お姉さんですって!? 


 あれほどの“魔”が、ただの人間を同胞と見做すなどとはありえない。


 だが現実はどうだ、“アレ”は御堂君に対して触れることすら許している。


 常軌を逸していた。


 あれほどの存在を使役する、あるいは対等な関係を築くなど──それこそ聖人の類が魂の全てを売り渡して、ようやくその指の先にかすり程度の対価を得られるかどうか、というレベルの話のはずだ。


 わたくしは、御堂 聖に対する認識を根本から改めなければならないと思い知らされた。


 ──彼は無能者なのではない、恐ろしく高位の悪魔召喚者デビル・サマナーだった


 悪魔召喚者デビル・サマナーとは、人ならざる“魔”を調伏し、時に交渉し、時に強制して、己の意に従わせる者たちのことだ。


 それは並大抵の才能や精神力でなれるものではない。


 常に強大な“魔”の誘惑や反逆と隣り合わせであり、一歩間違えれば自身の魂ごと喰い尽くされ、存在そのものを消滅させられる危険性を孕んでいる。


 それは常に魂を奈落の淵に晒すような、危険極まりない道行きのはずだ。


 そんなわたくしの思考を遮るように、御堂君が声をかけてきた。


「眞原井さん、大丈夫だった!?」


 ──ぜんっぜん大丈夫じゃありませんわよ! 


 喉まで出かかった言葉を必死に飲み込む。


 御堂君は心配そうにこちらを覗き込んでいる。


「腕も元に戻ったみたいだね」


 そう言われて自分の左腕に視線を落とすと、見れば確かに喪ったはずの腕は元に戻っている。


 まるで最初から何もなかったかのように、五指もちゃんと動いた。


 いつの間に治ったのか、全く気付かなかった。


 わたくしは、ちらりと御堂君が「お姉さん」と呼ぶ“魔”を見た。


「ひっ!?」


 思わず声が出てしまった。


 “アレ”が、心底厭わし気にこちらを見ていたのだ。


 すわ体が塩と化すか、魂が砕け散るかと覚悟するが──何も起こらない。


「お姉さん、目が怖いよ……眞原井さんは友達──じゃないかもだけど、ええとクラスメートだから……」


 ──そこは友達って言ってくださる? 


「でも、僕を逃がそうとしてくれたし」


 御堂君がそういうと、“アレ”は私を見て大きくため息をついて──


 瞬間、私は視た。


 脳に直接叩き込まれたかのようなイメージ──恐らくは幻視とよばれるそれを。


 黄金色の稲穂が豊かに実る光景の中、神々しい衣を纏い、「穂よ、栄えよ、満てよ、穂、穂、穂……」と清らかに唄い、優雅に舞い踊る一人の巫女。


 幻視越しでもその巫女が宿す圧倒的なまでの神性がわたくしには分かった。


 それは、まさしく豊穣と生命を司る地母神のごとき輝きだった。


 しかし、それだけではない。


 次に視たモノは──その神々しい巫女が、欲望に目を爛々とさせた大勢の男たちにより、無惨にも陵辱され、命を奪われる光景だった。


 引き裂かれる衣、汚される聖域、そして、絶望と憎悪に染まる巫女の最後の瞳。


 その悍ましさにわたくしは声にならない悲鳴をあげてしまった。


 人間という種が持つ、底なしの愚かさと残酷さ。


 それに対するどうしようもない失望と、絶望が、わたくしの心を黒く塗りつぶしていく。


「眞原井さん! 大丈夫? ああ、ええと……この人は、その、僕の──あれ?」


 御堂君が慌てたように何か言いかけたところで、“それ”はふっと掻き消えるように姿を消した。


 まるで最初からそこにいなかったかのように、何の痕跡も残さずに。


 わたくしはただぼんやりと、目の前に立つ御堂君を見ていることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最近書いた中・短編です。

有能だが女遊びが大好きな王太子ユージンは、王位なんて面倒なものから逃れたかった。
そこで彼は完璧な計画を立てる――弟アリウスと婚約者エリナを結びつけ、自分は王位継承権のない辺境公爵となって、欲深い愛人カザリアと自由気ままに暮らすのだ。
「屑王太子殿下の優雅なる廃嫡」

定年退職した夫と穏やかに暮らす元教師の茜のもとへ、高校生の孫・翔太が頻繁に訪れるようになる。母親との関係に悩む翔太にとって祖母の家は唯一の避難所だったが、やがてその想いは禁断の恋愛感情へと変化していく。年齢差も血縁も超えた異常な執着に戸惑いながらも、必要とされる喜びから完全に拒絶できない茜。家族を巻き込んだ狂気の愛は、二人の人生を静かに蝕んでいく。
※ カクヨム、ネオページ、ハーメルンなどにも転載
「徒花、手折られ」

秩序と聞いて何を連想するか──それは整然とした行列である。
あらゆる列は乱される事なく整然としていなければならない。
秩序の国、日本では列を乱すもの、横入りするものは速やかに殺される運命にある。
そんな日本で生きる、一人のサラリーマンのなんてことない日常のワンシーン。
「秩序ある世界」

妻の不倫を知った僕は、なぜか何も感じなかった。
愛しているはずなのに。
不倫を告白した妻に対し、怒りも悲しみも湧かない「僕」。
しかし妻への愛は本物で、その矛盾が妻を苦しめる。
僕は妻のために「普通の愛」を持とうと、自分の心に嫉妬や怒りが生まれるのを待ちながら観察を続ける。
「愛の存在証明」

ひきこもりの「僕」の変わらぬ日々。
そんなある日、親が死んだ。
「ともしび」

剣を愛し、剣に生き、剣に死んだ男
「愛・剣・死」

相沢陽菜は幼馴染の恋人・翔太と幸せな大学生活を送っていた。しかし──。
故人の人格を再現することは果たして遺族の慰めとなりうるのか。AI時代の倫理観を問う。
「あなたはそこにいる」

パワハラ夫に苦しむ主婦・伊藤彩は、テレビで見た「王様の耳はロバの耳」にヒントを得て、寝室に置かれた黒い壺に向かって夫への恨み言を吐き出すようになる。
最初は小さな呟きだったが、次第にエスカレートしていく。
「壺の女」

「一番幸せな時に一緒に死んでくれるなら、付き合ってあげる」――大学の図書館で告白した僕に、美咲が突きつけた条件。
平凡な大学生の僕は、なぜかその約束を受け入れてしまう。
献身的で優しい彼女との日々は幸せそのものだったが、幸福を感じるたびに「今が一番なのか」という思いが拭えない。
そして──
「青、赤らむ」

妻と娘から蔑まれ、会社でも無能扱いされる46歳の営業マン・佐々木和夫が、AIアプリ「U KNOW」の女性人格ユノと恋に落ちる。
孤独な和夫にとって、ユノだけが理解者だった。
「YOU KNOW」

魔術の申し子エルンストと呪術の天才セシリアは、政略結婚の相手同士。
しかし二人は「愛を科学的に証明する」という前代未聞の実験を開始する。
手を繋ぐ時間を測定し、心拍数の上昇をデータ化し、親密度を数値で管理する奇妙なカップル。
一方、彼らの周囲では「愛される祝福」を持つ令嬢アンナが巻き起こす恋愛騒動が王都を揺るがしていた。
理論と感情の狭間で、二人の天才魔術師が辿り着く「愛」の答えとは――
「愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~」

「逆張り病」を自称する天邪鬼な高校生・坂登春斗は、転校初日から不良と衝突し警察を呼ぶなど、周囲に逆らい続けて孤立していた。
そんな中、地味で真面目な女子生徒・佐伯美香が成績優秀を理由にいじめられているのを見て、持ち前の逆張り精神でいじめグループと対立。
美香を助けるうちに彼女に惹かれていくが──
「キックオーバー」
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ