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お姉さんと僕  作者: 埴輪庭
第3章

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第33話「高田馬場①(御堂 聖 他)」

 ◆


 明治通りを高田馬場へ向かって歩いていると、バッグの中からクロが這い出て──這い出て、じゃないな。漏れて? なんか違うな。とにかく、クロが出てきた。どうやってジッパーを開けているんだろう。


「おはよ」


 僕が声をかけると、クロはぷるぷると震えた。これは──特に意味がない震えだな。クロの震え方にも特徴があって、ブルブルが肯定、ブルブルブルが否定、そのほかは何となく。それと、触れていたらまあ何となく気持ちが分かるというか、こんな事を考えているんだろうなくらいは分かる。


 僕は歩きながら左手にスマホを持って、例の掲示板を開いた。するとクロが手に張り付いてきた。画面を覗き込むように身を乗り出している。君、字が読めるの? まあいいか。


 §


 新しいスレッドが立っていた。


 ──────────


【新宿区】高田馬場周辺の避難所情報【まとめ】


 1:名無しの区民

 高田馬場あたりに避難所があるって噂を聞いたんで立ててみた。情報あるやつ頼む。クソ阿弥陀羅のせいで池袋にいるのももう限界で南下したいんだが、どの程度安全なのか分からん。


 2:名無しの区民

 あるよ。早稲田通り沿いの専門学校の建物じゃなかったっけ。二階と三階を使って50人くらいで生活してる。


 3:名無しの区民

 >>2

 それ聞いたことある。元は予備校だったとこだろ。


 4:名無しの区民

 人数制限あるんじゃないの? パンクしてるって聞いたぞ。


 5:名無しの区民

 >>4

 食料問題はどこも一緒。でもあそこは水が出るんだよ。


 6:名無しの区民

 水!? マジ!? 


 7:名無しの区民

 マジ。地下水を汲み上げてる。元々防災用の井戸があったみたい。飲用にはちょっと怪しいけど、煮沸すればいけるって話。


 8:名無しの区民

 それだけで行く価値あるな。池袋は水がヤバい。あとクソダラな。


 9:名無しの区民

 管理してるのは誰なの。救世会? 


 10:名無しの区民

 >>9

 違う。元教師とか元消防とか、近隣住民が自主的に寄り集まって運営してるっぽい。リーダーは元消防の人だったかな。


 11:名無しの区民

 自警団みたいな感じか。まともそうだ。でもちょっと怖いわ。まともに見えて裏がヤバいとか。


 12:名無しの区民

 >>11

 被害妄想乙。全部がヤバい組織だったらこの世界じゃもう誰も生き残れてないだろ。


 13:名無しの区民

 でも入るのに条件あるぞ。異能者は申告義務あり。戦闘系の能力持ちは別枠で見張りに回される。


 14:名無しの区民

 そりゃそうだろ。異能者の扱いは難しい。味方なら心強いけど敵なら終わりだし。


 15:名無しの区民

 >>13

 申告しなかったらどうなるの。


 16:名無しの区民

 知らん。でもバレたら追い出されるんじゃね。信用問題だから。


 17:名無しの区民

 高田馬場って怪異はどんな感じ? 池袋は阿弥陀羅だけでもキツいのに夜は怪異もうるさい。


 18:名無しの区民

 >>17

 池袋よりはマシ。けど戸山公園のあたりは夜になると厭な声が聞こえるって話だから近寄るな。


 19:名無しの区民

 厭な声って具体的には。


 20:名無しの区民

 >>19

 赤ん坊が泣いてるみたいなやつ。でも赤ん坊じゃない。聞いた奴が言ってたのは「近づいたら声が増えた」だって。一人が二人になって、二人が四人になって。


 21:名無しの区民

 絶対行かんわ。


 22:名無しの区民

 あと西早稲田のあたりで目撃情報出てる怪異は、二足歩行のデカい鳥みたいなやつ。夜しか出ないけど人は襲わないっぽい。ただ食い物は持ってかれるから注意。


 23:名無しの区民

 >>22

 食い物泥棒の怪異て。なんかほっこりするな。


 24:名無しの区民

 ほっこりしてる場合か。


 25:名無しの区民

 まとめると高田馬場は

 ・避難所あり(元予備校、水出る、50人規模)

 ・異能者は申告制

 ・戸山公園には近寄るな

 ・西早稲田に食い物泥棒の怪異

 こんな感じか。池袋よりは全然マシだな。


 26:名無しの区民

 >>25

 まとめ有能。追記するなら、明治通り沿いは比較的安全だけど夜間は単独行動やめとけ。二人以上で動け。


 27:名無しの区民

 了解。来週あたり移動してみるわ。


 ──────────


 §


 スマホから目を上げる。


 高田馬場に避難所があるらしい──元予備校の建物で、水が出る。池袋に比べたら随分ましに思える。もっとも情報の真偽は行ってみるまで分からないけれど、少なくとも多くの人が生活しているなら、全くの嘘ではないだろう。


 僕は歩きながらクロを見た。バッグの蓋の隙間から半身を乗り出して、ぷるん、と揺れている。風が吹くたびにちょっとだけ形が変わる。ゼリーみたいだ。


 明治通りの左右には閉まったままの店が並んでいる。シャッターが半分開いたラーメン屋の中に猫がいるのが見えた。三毛の、わりと太った猫だ。こんな世界でも猫は生きているらしい。怪異に食べられないのだろうか。あるいは猫には猫の処世術があるのか。


 §


 不意に、左の耳元で声がした。


『だぁ~れもいなかったわよ、聖くん♡』


 絵里さんだ。ふわりと甘い残り香のようなものが鼻先をかすめる。生前つけていた香水の匂いがまだ残っているのか、それとも僕がそう感じているだけなのか。


『こっちもクリア。ていうか暇すぎて死ぬわ。あ、もう死んでたわ』


 続いて右側からNEROさんの声。低いけれど軽薄な、いかにもな響き。


 二人はまあ……言ってみれば協力者っていう感じだろうか。安全な場所(僕の中)を提供するから色々手伝って、みたいな……。そんな感じの約束を結んでいる。


 二人と出会ったのは雑司ヶ谷の近くだった。


 NEROさんは池袋のホストクラブで働いていたらしい。崩壊の日、店にいた客と一緒にビルの屋上へ逃げて、そこで鳥の怪異に襲われて殺されてしまったらしい。『まあ、最後まで女の子を守ろうとはしたんだけどね。かっこよかったでしょ?』と本人は言っていた。


 絵里さんは池袋のキャバクラに勤めていたみたい。崩壊後しばらくは生きていたらしいけど、食料を探しに出かけた帰り道、後ろから襲われて殺されてしまったんだとか。『気づいたらこっち側にいた感じ? そういうのってあんまり覚えてないものなのよね』と笑っていたけれど、思い出さないようにしているだけだと僕は思う。


 二人とも霊になってからもあっけらかんとしていて、暗い気分が少しは紛れてくれる。半径百メートルくらいを一周して、危険な気配がないか確認してくるのだ。


『ねえ聖くん、あの猫ちゃんかわいくない? 触りたぁい』


「霊だから触れないでしょ?」


『それ言う? まあ確かにそうなんだけど。NERO、あんたなんか言いなさいよ』


『猫って霊感あるからなあ。俺が近づいたら毛逆立ててシャーってやられたし。傷つくわ。生前はモテたのに』


『あんた生前もそんなにモテてた?』


『ちょっと。ナンバーワンだったんだけど』


『あんな小さい箱でナンバーワンなんていってもねぇ?』


 僕は少し笑ってしまう。二人のやりとりはくだらないけれど、崩壊後の東京を一人で歩いていると、こういう軽口が救いになることもある。


「先の方はどうだった? 変なのいなかった?」


『んー、浮遊霊が何人かいたけど、別にこっちには興味なさそうだったわ。あと生きてる人を二人見かけたかな。夫婦っぽい感じで、建物の中に隠れてた。向こうもあたしたちのことは見えてなかったと思う』


「そっか。ありがとう」


『ほいほい。じゃあまあ()()も済んだし、また行ってくるわ。おら、いくぞ!』


『命令しないでよ、あんた私の上司? それとも親? あ、じゃあ聖君、行ってくるね~♡』


「うん、余り無理しないで」


 そういってNEROさんたちはまたふわりとどこかへ飛んで行った。


 僕はふう、と一つ溜息をつく。


 なんだか何十メートルか走ったあとみたいな疲れを感じる。


 ◆


 そうして休憩後も歩き続けて、新目白通りとの交差点に差し掛かった。


 標識はまだ残っている。高田馬場の文字が読めた。あと少しだ。道すがら浮遊霊を三人ほど見かけたけれど、どれもこちらに関心がなさそうだったので放っておいた。八田野さんに教わったとおり、認知しないほうが良い相手もいる。


 クロがまたもぞもぞと動いた。今度はバッグの中に完全に潜り込んでしまう。


 ──嫌な予感がする、という合図ではなさそうだ。単に眠いだけだろう。スライムの生態は詳しくないんだけど、クロはお昼寝をするタイプのスライムらしいということは少し前に分かっている。


 かわいいなと思いながら、さっきの掲示板の情報を頭の中で反芻する。避難所は早稲田通り沿い。元予備校の建物。戸山公園には近づくなと。


 救世会とは関係のない自主運営の避難所。異能者は申告制。


 ……僕は異能者にカテゴライズされるのだろうか。


 力を選んだ者と、力に選ばれた者。八田野さんの分類でいえば僕は後者で、それは危険な類のものだという。正直に申告したら、僕がどう扱われるのかは分からない。歓迎されるかもしれないし、追い出されるかもしれない。


「でも嘘をつくのもなあ」


 霊媒体質です、くらいにふわっと伝えておくくらいはしてもいいかな。


 そんな事を思いながら黙々と歩いていると──やがて橋を越えたあたりで、前方に山手線の高架が見えた。コンクリートの太い柱が道路の上を横切って、その向こう側に早稲田通りとの交差点がある。崩壊前にはあそこを電車が走っていたはずだけれど、今はもちろん止まっている。静まり返った高架の下を鳩が数羽、のんびり歩いていた。


 高田馬場だ。

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書 籍 化 決 定
DASH X BUNKO / SHUEISHA

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書影

お姉さんと僕
~異界東京怪奇録~

著/埴輪庭
イラスト/灸場メロ
集英社ダッシュエックス文庫

2026.4.24 (木)
発売

文庫判/292ページ
定価 990円(税込)

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 幼い頃、村はずれのお山で過ごした「お姉さん」との日々。
 引き離され、東京で暮らす高校生・聖の前に
 再び現れた超常の影──

 超常が日常を侵食する、最前線の現代伝奇。

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※一部リンクは発売日前後に開設予定です

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Web版「お姉さんと僕」を読んでくださっている皆様、
いつもありがとうございます。
書籍版では加筆修正+灸場メロ先生の美麗イラストを収録。
応援よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
聖君の視点がpovのホラー映画みたいで良いですね。  でも、他の登場者達の視点で更に怖さが増していく。 ホラー好きにはたまらない演出かも。
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