新たな病巣
翌朝早く、朝日の差し込んできた感覚でギャラハッドは意識を取り戻した。
椅子に座ったままの休息ではあったが、15の頃から戦場に出ていたギャラハッドにとっては十分な休息と言えた。
視線を動かすと、エレノアはまだ眠っていた。
力なく無防備に眠るその表情には、悪夢に怯えていた影はなく、数日ぶりに得られた穏やかな睡眠を今は味わっているのだろう。
ギャラハッドもそれをわざわざ起こすつもりはなかった。
だが、彼はそれ以上エレノアを見るまいと視線を背けた。
あどけなさの残る穏やかな寝顔、僅かに開かれたその唇の奥を見てしまう。
無防備に横たわる彼女の体に、かつて目の当たりにした白い肢体を重ねてしまう。
エレノアが昨日、自らの罪だと語った夢――もしも、ただ夢に描くことが罪だというならば、その罪を自らも犯しているとギャラハッドは感じていた。
もはや、気付かないふりをしていられるはずがない。
――ギャラハッドは、エレノアを女として見てしまっている。
ギャラハッドは自分のロザリオを強く握りながら、歯を食いしばった。
エレノアを導くと誓った、その思いは今でも嘘ではない。
彼女が道を踏み外しかけるなら、何度でも導くための手を伸ばしてやる覚悟がある。
だが、本当にその手は、導くために伸ばしたのか?
自分はただ、神の教えに従うためだけに彼女に触れているのだと証言できるか?
僅かにでも、邪念を持って、導くべき相手を――エレノアを見つめたことはなかったか。
その葛藤がギャラハッドにもまた重くのしかかっていた。
異端審問局局長として、聖職者として、そして一人の信徒として、自分の信仰を揺らがすことをギャラハッドは許容しない。
子供の頃から修道院にいたギャラハッドにとって、そうした欲は今まで縁遠い世界の話に過ぎなかった。
それが今、確かに自分の内で芽吹き始めている。
それを無視するのであれば、ギャラハッド自身がエレノアに語った言葉は全て嘘になる。
だが、欲のままに流されてはただの堕落だ。
神の道に背くことも、人間の情を捨てることもできない矛盾を抱えながら、ギャラハッドは静かに祈った。
「……主よ、シスター・エレノアにお導きを」
自分が例え、揺らぐことがあろうとも、神が彼女を見捨てることの無いように。
罰を受けるならば自分ひとり、砕かれるべきは己のこの心臓なのだと、そう神に祈りながらギャラハッドは拳を強く握っていた。
背後で、僅かにエレノアが身じろぎをする気配がした。
起きたのだろう。
そう感じるとギャラハッドは椅子から立ち上がり、静かに顔を向けた。
そこには既に迷うものとしての表情はなく、局長としての厳格さを保った表情のまま彼は口を開いた。
「シスター・エレノア、風邪からの回復まで焦るなよ」
「……はい、局長」
寝起きで僅かに掠れたエレノアの声を聞くと、ギャラハッドは医務室を後にした。
聖務に向かう前に、自分の精神を清めねばならない。
欲を感じた、その弱い心を改めて戒め、そして正しくあるために神の御許に跪く。
そのためにギャラハッドはまだ誰も起きていない異端審問局の中、静かに聖堂へと向かい、聖像の前に跪いて祈りを捧げていた。
もしも、自分が過ちを犯すというのなら、それで誰かを穢すというのならば、いっそその前に罰してくれ。
「主よ、某を砕いてください」
これまで信仰にだけ向き合い、聖職者というあり方に育ったギャラハッドにとってすら、初めての祈りだった。
罪を犯すことなど想像もしたことがなかった。
それでも今、確かにギャラハッドは自分の中にある欲望が罪に繋がるものである危険性を理解している。
だからこそ、自分の力で抑え込めないというのならば、主の思し召しのままに。
命であろうと、魂であろうと、砕いてくれと心からの祈りを捧げ、静かに聖堂の冷たい床の上に跪いていた。




