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局長の審問

ブラザー・ギャラハッドは普段、異端審問の尋問を担当することが少ない。

というのも、見習い時代に直情的な性格から適性なし、とヴェネディクト枢機卿に見なされてから、戦闘要員としての訓練ばかりを積んでいたからだ。

だが、今回ばかりは自分が出なければ問題が解決するまい、とギャラハッドは異端審問局の灰色の僧服に身を包んだまま、静かに尋問室の中へと入っていった。

尋問室の中では椅子に拘束されたパウエルが不貞腐れたような顔でそっぽを向いていた。

パウエルの年齢は19歳、エレノアとほとんど変わらない。

だというのに、彼は酒と薬と性の快楽のために堕落を選び、4つ年下の弟ヨハネス16世の面目までも潰すような事態に及んだのだ。

だが、ギャラハッドはそれを詰問も何もせぬまま、静かに椅子を引いて腰を下ろすと、真っすぐにパウエルを見据えた。


「……そなたは自分が何をしたか分かっているか?」

「何……薬のことかよ?あんなん皆やってんじゃん。ああ、それか女?だったらちゃんと同意取ってたし……」


親に叱られた子供のように顔を背ける仕草は年不相応に幼く見え、パウエルの幼稚さを示しているようにも見えた。

ギャラハッドは静かに書類をめくり、今回の証拠の聖像が破壊された様子を見せた。

パウエルは一瞬驚いたように目を見開き、それからギャラハッドの顔を見つめ、そして、机の上に目線を落とした。


「パウエル、そなたは聖像の破壊に加担したか」

「……したら、なんだよ」


パウエルは少しの間沈黙していたが、その後、ギャラハッドを睨むように見据えた。

拘束され、身動きも取れない状態でパウエルは吠えるように声を上げ、ぎしぎしと椅子を軋ませた。


「したらなんだよ!こんなもん、ただの石像だろ!ぶっ壊して何が悪いんだよ!」

「そなたはこれが聖なる像であると自覚がなかったのか」

「……知らねえよ!そんなもん、何の意味があんだよ!」


パウエルの視線は揺れていた。

彼は必死に吠えたて、何度も意味のない罵声をギャラハッドに浴びせていたが、ギャラハッドは何も言わずにただその姿を見ていた。

攻撃的な振る舞い――だが、その奥に見えたのは恐怖だ。

パウエルは聖像の破壊が何を意味するか知っていた。

しかし、それを認めることを彼の幼稚な自尊心が許さないのだろう。

彼は必死に自分は悪くない、と繰り返して、やがて息を切らして肩をせわしなく揺らしていた。


「そなたが恐れるのは何だ。聖像を破壊したことによる神の罰か」

「……」

「それとも――ヴェネディクト枢機卿の失望か」


ギャラハッドがヴェネディクト枢機卿の名を出した瞬間、びくりとパウエルの肩が跳ねた。

パウエルにとって、ヴェネディクト枢機卿は父の死後、自分の家を支えてくれた恩人だ。

だが、それ以上に父とは真逆の叔父の威圧的な態度に対して、彼は確かに恐怖を感じ、それから逃れるように堕落の道を選んだのだ。

それでもパウエルはまだ、この場においてまで自分の自尊心を優先して怒鳴った。


「なんだよ!どうせ火炙りになんだろ!お前――叔父さんの犬だもんな!いっつも命令にへーこら頭さげてたもんな!」


パウエルもまた、幼い頃に何度か出くわしたギャラハッドを知っていた。

当時のギャラハッドは異端審問局の一職員であり、上官であるヴェネディクト枢機卿の命令に絶対の忠誠を誓っていたことは事実だ。

だが、それはヴェネディクト枢機卿の命令が常に教会を守り、信仰の盾となる者として正しい内容だったからこそ、ギャラハッドも従っていたにすぎない。

しかし、幼いパウエルからすれば巨漢の男が叔父に従う姿は腰ぎんちゃくのように見えていたのだろう。

ギャラハッドはその言葉を聞きながら、静かにパウエルを見据えていた。


「叔父さんは自分の命令に従う奴だけ、好きなんだよ!ヨハネスのこと贔屓したのだって、自分の言う事聞くのがヨハネスしかいなかったからだ!」


椅子に座ったまま地団太を踏んでいるパウエルの様子を見ながらギャラハッドは静かに話を聞いた。

確かに、ヴェネディクト枢機卿は指示を絶対に成し遂げる者を好む。

それは軍事的な組織としての役割を持つ異端審問局を統括する立場としても、教理省の長官となった今も同じだ。

だが、命令を聞くことは彼にとって前提条件であり、そんなことで個人を依怙贔屓するような人物でないことをギャラハッドは知っていた。

ギャラハッドは静かに目を伏せてから、静かに告げた。


「某はヴェネディクト枢機卿から嫌われていた」

「……は?」


パウエルはしんじられない、というような目をギャラハッドへと向けていた。

実際、ギャラハッドはヴェネディクト枢機卿が異端審問局局長であった時代、最も長く生き残り、今は異端審問局局長となっている。

パウエルからすれば、ギャラハッドがこびへつらい、その結果としてヴェネディクト枢機卿が自分の傀儡として異端審問局局長の座に付けさせた、としか思えなかった。

だからこそ、パウエルはギャラハッドの言葉が信じられなかった。


「まず、12の頃、某は修道院に預けられた。家の後継者争いを防ぐため、親から捨てられたのだ」


ただ淡々と、ギャラハッドは自分の生い立ちを語った。

名門の騎士の家に生まれ、それでもギャラハッドは後継者として必要なし、という名目の元、修道院に送り込まれた。

だが、ギャラハッドはそれを憎んだ経験はない。

幼いギャラハッドにとって、信仰はごく自然に身近にあるものであり、修道院に送られたという事実すらも、主が自らをお呼びになったのだろうという使命感を覚えた。

そのギャラハッドの純粋すぎる信仰は、当時の異端審問局にとって異常な英雄願望として受け止められていた。


「15の歳、初陣に出た某はヴェネディクト枢機卿の撤退命令が届く前、歩兵でありながら勝手に戦車に突撃を行った。砲塔を折り、機関部を爆発させ、戦車は大破。引き換えに某自身も、左肩に穴が抉られ、肋骨は6本が折れ、右大腿の骨折、左膝靭帯の断裂……更には爆発に巻き込まれたことで火傷も負った」

「……」

「まだ戦える、と某はせがんだが、ヴェネディクト枢機卿からは死体同然の存在など聖戦の邪魔、と切り捨てられ後方へと戻された。……某にとって初めて、ただ心だけでは戦いは成り立たぬと思い知らされた一件だ」

「……化け物じゃねえかよ」


パウエルは思わず、吠えるのもやめて呆れるような目でギャラハッドを見つめていた。

13や15の頃、パウエルはごく普通の学生だった。

たまに悪戯をしでかすことはあっても、さほど問題になるようなことはしなかった。

その頃に、目の前にいる男は死にかけて、それでもまだ戦場に戻ろうとしてたのか、と気味の悪さすら感じていた。

そんなパウエルの様子を見て、ギャラハッドはふ、と口元を歪めた。


「ヴェネディクト枢機卿にも同じように言われた」


その一言にパウエルはびくりと肩を跳ねさせて、顔をそむけた。

これまで、ただ自分と違う存在であり、恐ろしい威厳を持っていた人物であるヴェネディクト枢機卿がパウエルと同じことを口にした、目の前の男を化け物と恐れたことに動揺が隠せなかった。

パウエルの視線は泳ぎ、ギャラハッドは静かな口調で告げた。


「そなたがヴェネディクト枢機卿に抱く感情は、複雑なものだろう。父の代理を行い、その一方で厳格で、微笑のひとつも他者に向けられぬお方だ……某も、直接対面すると未だに冷や汗が滲む。だがそれでも……あの方も人間なのだ」

「……」


ギャラハッドの言葉にパウエルは唇をつぐんでいた。

パウエルにとって、ある意味ではヴェネディクト枢機卿は神のような存在だったのだ。

自分の行いを厳しく正し、罰を与え、明確に進むべき道筋を示すが、決して手の届かない相手。

その一方で、自分と4つしか変わらないヨハネスは、ヴェネディクト枢機卿の示した道を正しく歩んでいく。

その劣等感がパウエルの中ではずっと拭えなかった。

そして、自分のいじましさを認めるには、パウエルの自尊心はあまりにも肥大していた。

教皇の息子として周囲の大人たちはパウエルを甘やかし、残された財産で好きに遊ぶこともできた。

周囲の人間たちが頭を下げる様子にささやかな承認欲求が満たされても、どこかで自分が「叱られることをしている」という自覚がぬぐえず、どんどん道を踏み外していった。

パウエルは黙ったまま、顔を背けるがその目元は赤くなっており、今にも泣きだしそうな子供のように唇をつぐんでいた。


「……今日の尋問はここまでとする。そなたは拘留室で、一度自身の行いをよく思い出せ。その行いは、そなたが本当に望んだ道に続いていたのかをな」


ギャラハッドがそう告げるとパウエルはびくりと肩を震わせて怯えたような顔を上げた。

火炙りや縛り首にされる、という覚悟はしていた。

だが、それが望んだ道筋でないことはパウエル自身が分かっている。

だからこそ、今更になって自分の道を考えることをパウエルは怯えていた。

ギャラハッドが部屋から出ようとする直前、パウエルは震えるような声で呟いていた。


「……俺の、言葉なんか、信じてもらえない」


絞り出したその声は酷く小さかったが、確かにギャラハッドはその声を聞くと振り返り、真っすぐに彼を見つめた。


「信じる。そなたが真実を語るならば、某はそれがどれほど愚かな内容であろうとも」


ただ静かにそう告げるギャラハッドの言葉にパウエルは涙と鼻水を垂らした情けない泣き顔を晒していた。

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