宿屋での困惑
「あの……私、男女2人別で宿泊予約をしましたよね?」
「ええ、ですからこちらのお部屋で間違いありませんよ」
宿につき部屋に案内されると、エレノアとブラザー・ギャラハッドは顔をこわばらせていた。
一つの部屋にベッドが2つ。
「……シスター・エレノア、一つ確認するが、別室と伝えていたか?」
「いえ、男女2人であれば別室になるのではないのですか?」
あまりに真っすぐに返答されて、ギャラハッドは思わず額に手をやっていた。
確かに、エレノアは元は貴族令嬢であり地元から出ていないのだから宿の宿泊手続きに馴染みはなかっただろう。
更には今までの外泊といえば、軍事演習での宿舎くらいしか経験をさせていなかった。
これは完全に、自分が彼女に遠征任務をさせなかったことの弊害と感じながら、ギャラハッドは眉根を寄せていた。
「……グラーフでは、基本的には別、という言葉だけではベッドが別、というだけになる」
「そ、そうだったのですか?」
これは実際、グラーフなど教皇領の外に宿泊を経験したことのないものであれば、引っかかる問題でもあった。
教皇領内部では「別」と補足して宿を取れば、基本的には別室が手配される。
しかし、それは教皇領内部のルールであり、それ以外の地域では大抵の場合、「別」というのはベッドが別々に用意される、という意味がある。
「よい、確認を怠っていた某の落ち度だ……」
「いえ、あの……他の部屋は空いていませんか?」
エレノアはどうしようか、と悩んでホテルのスタッフへと問いかけた。
男女同室、というのは以前の宿舎でのトラブルを思い出し、エレノア自身も顔が熱くなりそうだった。
「それが、本日は大聖堂の式典もあって、どこの宿も満室です」
エレノアは確かに、予約を行う際にも部屋が空いている宿を探すのに苦労したのを思い出した。
そして、またもエレノアは思い切ったように頷いた。
「それでは、駐車場でもランドリーでも結構ですのでお借りできれば……」
「待たんか!」
エレノアの思い切りの良さに対して、ギャラハッドが思わず止めに入った。
この娘、またおかしなところで眠ろうとしたのか、ということにギャラハッドは眉を潜めながらふう、と息をついた。
実際、今日の式典には教皇聖下がお越しになっていたのだから、遠方からやってきた信徒も多いだろう。
ギャラハッドはホテルのスタッフに礼を言ってから下がらせると、ずんずんと大股でベッドの間に自分の鞄に入れていた携行用のメイスを取り出し、無言のままその柄を伸ばしておいた。
「演習の時と同じだ、このメイスを境界線として互いの貞潔の誓いを汚さぬように努めよ!」
「はい!着替えの際には壁を向き、片方の入浴時はもう片方は廊下で待機ですね!」
ギャラハッドが指示を出すと、エレノアは即座に以前の取り決めを思い出して口にした。
深くため息をつきながら、ギャラハッドは再び訪れたこの受難にいっそ今日は神の試練が降り積もる日なのだろう、と考えるしかなかった。
互いに背を向け、壁の方を向きながら着替えを終えた後、ベッドへと入る前に、またエレノアがおかしなことをしていた。
自らの膝の少し上の辺りをロープで結んでいる。
「……シスター・エレノア、何をしておる」
「はい、以前の失態を繰り返さぬように対策をしておりました!」
真面目な表情で告げてくるエレノアに、ギャラハッドは以前の失態、と思い出してしまった。
大股開きでベッドから転がり落ち、スカートの内側までも見える有様になったその姿を思い出した瞬間、反射的にギャラハッドは首をひねってエレノアから顔をそらし、赤面していた。
――余計なことを思い出させおって!
そうギャラハッドは内心で思ったが、エレノア本人がいたって真剣な上に、繰り返さないための対策、としては確かに役立つ方法だった。
寝巻のスカートの上から縛っているのだ、誤ってベッドから転落しても足は広げられないし、スカートがまくれあがることもない。
それだけにエレノアを叱ることもできぬまま、悶々とした思いを抱えて強引にギャラハッドは目を強くつぶり、すぐにでも眠ろうとした。
エレノアもまた、静かにベッドに入ると、今回こそは何事もなく一日を終えられるだろう、と穏やかな表情で眠りについた。




