突撃作戦
エレノアの案内で控えの間に到達すると、ギャラハッドは再びメイスを構えていた。
そのギャラハッドの前で、エレノアは静かに換気用の小さな穴からホールの様子を見ていた。
扉の隙間から明かりが漏れていた通り、ホールの中は電気がついていた。
つまり、突如として建物全体の照明が落ちたのはただの停電ではなく、意図的に電気設備が乗っ取られたことによる襲撃の一環だったのだろう。
そして、先程まで音楽を演奏していた楽団が銃器を手に人々をホールの奥へと集めている。
床には砕けたシャンデリアの破片が飛び散り、恐らくは銃撃による威嚇が行われていたのだろう。
エレノアは集められた人々の中に、警備兵の倒れている姿を見つけた。
既に死んでいるのかどうかは分からないが、大量の血が溢れ、このまま放置していれば確実に命が失われる。
「なんてことを……」
ぎりと歯を食いしばりながら、それでもエレノアは必死に自分を落ち着かせ、現状を把握することに集中していた。
ホール正面の扉には楽団の人間が銃を構えて備えている。
そして、中庭に面した右手にも敵がいる。
正面奥の檀上の上にはリーダー格らしい男がいて、その周辺に貴族たちが集められている。
大司教は人質の解放を訴えようとしていたが、その頭部に銃が叩きつけられ、昏倒させられた。
どうやら的には交渉の余地などないらしい、ということを悟ると、エレノアは自分の腹の中に冷やかな物が伝い落ちていくのが分かった。
なんだこの不条理は。
暴力をもって他者を支配しようとする連中への怒りが、エレノアの腸の中で沸き起こっていた。
「……閣下、既に応援は呼ばれましたか?」
「無論だな。だが、この場で制圧せねば突入もできんぞ」
難題を抱えているというのに、ギャラハッドの表情には余裕があった。
この場にいる敵、そのすべてを確実に叩き伏せるという覚悟と決意が既にギャラハッドにはあった。
「承知いたしました。それでは――私が背後を守ります。存分に、聖務を遂行してくださいませ!」
エレノアはそう告げると一気に控えの間の扉を開いた。
敵がこちらに意識を向けるよりも先に、ギャラハッドの巨体が砲弾のように飛び出していた。
一番近くにいた男たち三人が、ギャラハッドのメイスによって一撃で叩きのめされ床へと伏せる。
銃を向ける男の前にエレノアが飛び出すや、その顔面と腹へと拳が叩き込まれていた。
「な、なんだ!?」
楽団として奇襲した者たちが、今度はギャラハッドの奇襲に焦るように慌てて銃を向ける。
だが、その銃弾全てをギャラハッドのメイスが叩き落とし、それどころ自ら銃を構える者たちに向かって飛び込み、一撃のもと、ホールの床すらも砕きながら男たちの体を粉砕せんばかりの勢いで薙ぎ払う。
「貴様らの審問は異端審問局にて行う!全員即座に投降せよ、さもなくば神の名の下に誅罰を与える!」
ホールの混乱を引き裂く雷鳴のように断言をしながらギャラハッドは壇上に佇む男を睨みつける。
男は即座に側にいた大司教の首筋に自身の鋭い爪を押し付け、人質に取ろうとしたが、それよりも早くギャラハッドのメイスが迫った。
「くっ、この動き――人間か!?」
だが、リーダー格の男はそのメイスを間一髪でよけると即座にギャラハッドの脇を駆け抜ける。
ギャラハッド本人を相手にするよりもエレノアを狙おうとしていた。
だが、エレノアは式典のため並べられていた銀食器のナイフを構えると、自身の体を押さえつけた吸血鬼の肩に突き刺した。
「この、小娘――!」
吸血鬼の肩から噴き出した血がエレノアの顔も、ドレスも汚していく。
血にまみれながら、それでもエレノアは自身の気力の限りに吸血鬼の異常な膂力を押し返すことに専念して床へと叩きつける。
だが、それで吸血鬼を押しとどめることはできない。
エレノアの心臓を抉りぬこうと吸血鬼の拳が彼女の胸元に迫った次の瞬間。
「神罰!」
頭上から、怒号と共にメイスを構えたギャラハッドの体が落下する。
体重をかけたメイスの一撃によって、吸血鬼の頭が砕かれた。
その瞬間、勝敗は完全に決していた。
周囲の男たちは吸血鬼を殺した人間の姿に衝撃を受けて腰を抜かし、そのまま崩れ落ちている。
エレノアもまた、これまで張り詰めていた緊張感が抜けたのか、呆然としていた。
この場において、ギャラハッドのみが未だにこの場の状況の制圧を優先していた。
「直ちに投降し、神の御前に貴様らの行いを懺悔せよ!」
ホール全体を揺らがすほどの一喝をして周囲を睥睨するギャラハッドの表情は険しいものであった。
正式に異端審問局が建物を包囲し、残党たち、そしてギャラハッドの攻撃によってミイラ状態の吸血鬼たちが収監されていく。
彼らには何の目的で襲撃を行ったのか、その背後を自供するまでの尋問が待っている。
鋭い視線を向けながら、保護された被害者たちが事情聴取を受けているのを監督していたギャラハッドだったが、その中にエレノアの姿がないことに気付いた。
彼女は今回の襲撃において、被害者であると同時に、ギャラハッドと共に戦ったただ一人の娘だった。
ギャラハッドの脳裏には、吸血鬼の返り血を浴びて呆然としていた彼女の表情が思い出された。
――苛烈な場であったからな。
ごく普通の女としての人生を生きていた少女が目の当たりにするには、今夜のことはあまりに衝撃的な物だっただろう。
ギャラハッドは彼女の姿を探していた。