潜入のパートナー
「おい、ブラザー・ケイ、この調査は本気でやるのか!?」
ブラザー・ギャラハッドは自分に申請された作戦の書類を確認して、ブリーフィングルームにいるブラザー・ケイの元を訪れていた。
そこに書かれているのは、異端者たちが行う乱痴気騒ぎへの潜入捜査。
しかも、その潜入を行うのがまだ新人のシスター・エレノアであった。
「ええ、本気ですよ。ただ、まあ……パートナーが問題ですね」
今回の乱痴気騒ぎは基本的にパートナー同伴、男女一組で行われる。
そこに潜入するとなれば、当然のようにエレノア1人で参加するわけにはいかない。
「本来なら私が行けばいいんですが、今回は私も別の調査がありまして……」
「そうではない、まだ新人のシスター・エレノアにこのような場、あまりに苛酷過ぎんか……」
「彼女なら大丈夫でしょう、見習いの頃から異端者の黒ミサや乱痴気の動画は見慣れています」
ケイのいう通り、エレノアは全くその手のものに動じない。
というか、それを報告されるギャラハッドの方が精神的な負担を覚えてしまうほどに堂々と報告にくる。
そして徒手空拳、という戦闘スタイルを旨とするエレノアであれば、確かにこういった武器を隠し持ちづらい任務にも適している。
ケイの言っていることは理に適っているが、ギャラハッドはまだ険しい顔をしていた。
そもそもギャラハッドは12歳の頃から修道院で暮らし、13歳の時には異端審問局に入っている。
そうした潔癖な空間で育ってきたギャラハッドにとっては、そもそも異端の乱痴気騒ぎに調査のためとはいえ参加する、という発想自体が無かった。
「まあ、パートナー役が信頼できる者ならばいいのだが……」
「そこが問題なんですよ。昨年のラソプ内戦で引退したものも多く、今の異端審問局は若手が多い。けれど、若い連中はこういう場の空気に当てられることも多い。うっかり反応でもしてしまったら、彼らの方が精神的にやられかねない」
ケイ自身のように、上手くこういった場の空気を流せるのならともかく、純粋な信仰心に基づいて異端審問局の門を潜ったものであれば、異端者の行いに自身の肉体が反応してしまうことすら、屈辱的であろう。
更に、女よりも男の方がそういう反応はどうしても顕著に出てしまう。
ケイは少し考えて、腕組みをしていた。
「……グラム・ドラムスを利用する、という手もありますが」
以前にエレノアの見習い卒業をかけた最終試験として向かった異端の屋敷で確保収容した自動人形は現在、異端審問局の預かりにある。
あの自動人形は自由意思を持っているらしいが、少なくとも肉体的には機械だ。万が一、ということもなければ羞恥心もあるまい。
ただ、最大の問題は別にあった。
「グラムはまだ修道誓願も立てていない。そもそも、奴に信仰が分かるのか?」
「……無理でしょうね、所詮は機械だ。神という理屈は理解できても、概念まで理解できていません」
「そのような者を異端審問局の一員として潜入に向かわせるわけにはいかん」
機械に信仰を学ばせる実験、という教理省からの命令に従い、グラムに宗教教育は行っているが、それはほとんどデータをインプットするような状況であり、彼が自発的に祈っている姿は見られない。
だからこそ、ケイも考え込んでしまっていた。
信仰を知らぬものが異端審問官として異端を裁くなど、あってはならない。
そんなことを許せば、かつての世俗と結びついた異端審問所が行った悪行の轍を踏むことに繋がりかねない。
「万一戦闘が発生した場合にその場で異端を制圧できる格闘技能力を有し、かつ異端の誘惑に反応しない者……」
そこまで呟いてから、ふと、ケイは隣に佇むギャラハッドを見上げた。
「……どうした、妙案が浮かんだか」
真面目な表情で自分を見下ろしてくる巨漢を眺めてから、ケイは眉根を寄せつつも考え込んだ。
確かに、ギャラハッドは異端の所業を見ても興奮はしないだろう。
いや、むしろその行いに吐き気を催す可能性は懸念があるが、そこは彼の気合と根性でなんとでもなる。
「局長、この乱痴気騒ぎに参加していただけませんか」
「何故、某がそのような異端の地に!?」
「他に適任のものがいません。局長なら万一にも勃起したとして、しっかり自己管理できるでしょう」
「そのようなあからさまな言葉を使うでない!」
勃起、というワードが出ただけで取り乱すギャラハッドを見て、少々難はあるが、背に腹は代えられん、とケイは作戦書類をギャラハッドへと差し出した。
「最悪、局長は立っているだけで結構。パートナーの役ができて、なおかつその場で戦闘が発生した場合に制圧できるのはあなたくらいですよ」
「ぐ……」
声を詰まらせながらも、結局のところ、ケイ以上の名案がギャラハッドには浮かばなかった。
徒手空拳でもエレノアと同等以上に戦えて、なおかつ男でありながら誘惑に反応しない。
その条件を満たせる異端審問官は確かに、早々いなかったのだ。