憐みの涙
シスター・モルガナはふう、と息を吐きだしながら尋問の様子を眺めていた。
エレノアはよくやってくれた。
あの男は後悔などしていなかったし、最後に言った「懺悔」ですらエレノアの気を引くための悪あがきに過ぎなかったのは見え透いていた。
まだ新人であるはずのエレノアが一切の憐みを見せることなく切り伏せたことで、あの男はようやっと自分の所業の愚かさに気付いたのだろう。
シスター・モルガナもまた部屋を出ると、廊下にエレノアが佇んでいた。
彼女は声も出さず、しかし、その薄い肩が震えていた。
「シスター・エレノア、どうしました」
声をかけると、エレノアは唇を噛み締めて、今にも泣きだしそうな表情をしていた。
モルガナはエレノアに近寄り、握り締められていた彼女の手に触れた。
「……哀れな人でした、心から悔い改めれば、きっと神は彼のことも許してくれたのに」
「……仕方ありません、彼は自分の事しか愛さなかった。主がどれほどにお声をかけても耳をかさなかった」
モルガナの言葉はエレノアにも理解ができた。
だからこそ、エレノアは尋問の最中にあれほど冷淡に男を切り捨てることができたのだ。
けれど、それで異端者を切り捨てられるほどにはまだエレノアも冷酷にはなれなかった。
そして、モルガナはそんなエレノアだからこそ、異端審問官として相応しいと考えていた。
「シスター・エレノア、あなたが悔やむことはありません。あなたはよくやりました。そして……そうして他者を憐れむ心を持っているのは大切なことです」
エレノアの頬を伝う涙を見ながら、モルガナはそっと彼女の体を抱きしめた。
背丈でいえばエレノアの方が大きい。
だが、今こうして触れることが一番彼女の心を癒す方法になるだろうとモルガナは考えていた。
「我々は異端審問局。時として冷酷な判断を下す必要を求められます。けれど、人の心を失ってはいけない」
モルガナの言葉を聞きながらエレノアは頷いた。
エレノアにもそうした異端審問官に求められる矛盾のような精神性は理解できている。
神の剣として時に心無い道具のように振る舞い、神の使途として時に慈愛をもって人を導く。
その二つを両立できるものこそが本当の意味で異端審問官足りえるのだ。
「我々が心を失った時、それは異端審問局がただの暴力機関に成り下がるのです。覚えておきなさい」
「はい……シスター・モルガナ」
それでもエレノアは涙が止まるのを堪えられなかった。
まだまだ、18歳になったばかりの少女に過ぎない。
正式に異端審問官としての道を歩み出した以上、甘えは許されないが、モルガナは今だけは彼女がただの少女として泣くのを許した。
「明日からはまた、励むのですよ」
自分の肩に顔を押し当てて泣くエレノアの背中を撫で、モルガナは穏やかな声で囁いた。