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異端の尋問

捕縛されたアルフレット・フリートは肉体の損傷は即座に回復していた。

だが、その後は薬の効果が切れたのか、異常な反応を見せるでもなく、ただ大人しく拘留されていた。

そして、その顔にはまだ薄ら笑いが浮かんでいた。


「シスター・エレノア、今回の尋問はあなたにお願いできますか」


シスター・モルガナは静かな口調で告げていた。

彼女の表情は普段の通り落ち着いていたが、それはあくまで表面上の事だけ。

モルガナの体の前で組まれた手は、まるで湧きおこる自身の激怒を戒めるかのようだった。


「私では、冷静に尋問できると思いません」

「……かしこまりました、シスター・モルガナ」


いつにない副局長の言葉にエレノアは素直に頷くと尋問室へと入った。

椅子に拘束されたアルフレットはエレノアを見ると、薄笑いを浮かべていた。


「やあ、シスター・エレノア、久しぶり」


まるでここが自身の薬局の中のままだと言わんばかりの表情をしながら、アルフレットは穏やかな口調で話していた。

エレノアは何も言わないままテーブルを挟んで対面の椅子に腰を下ろすと、静かにアルフレットを見据えていた。


「あなたは吸血鬼の血液を利用し、薬剤を精製、流通した。認めますね」

「もちろん、僕以外に誰がやるのさ、そんなこと」

「……なぜ、そんなことをしたのですか」

「研究発表だよ」


当たり前のことかのように言い切ったアルフレットの姿にエレノアは眉根を寄せた。

この男は何を言っている?

人の命を弄び、強制的に吸血鬼に返る薬をばらまいた行為をただの研究発表だというのか。

エレノアにはこの男の倫理観がどうなっているのか、まるで理解が及ばなかった。


「研究発表、ですか……では、あの吸血鬼は?どこで、どのように捕縛したのですか」

「……吸血鬼っていっても、一概に優れた者とは言えないからね。彼は驕っていた。自分がいつでも僕を殺せると感じていた。だから、毒で力を奪って利用させてもらった」

「何を用いましたか」

「サンザシの花。ああ、成分に関しては僕の日記でも調べてよ、押収しているんでしょう?」


確かに、いまアルフレットが語った通り、彼の日記には吸血鬼にどのような薬を投与していたか、どの程度の分量を与えたか、まさに実験記録とでもいうような所業が書かれていた。

その行いをアルフレットはまるで自身の成果を誇るかのような口調で語るのが、エレノアにとって苛立ちを加速させていた。


「私との戦闘であなたが用いた薬はなんのために作ったものですか」

「より完璧な存在を作ろうとした薬だよ。吸血鬼たちは能力は優れているけど、太陽に銀に……弱点が多すぎて最強とは言えない」

「あなたは最強になろうとしたと?」

「いや、それは違うな。別に僕自身がならなくてもよかった。一番身近な実験動物だったから自分に使っただけだよ」


つまり、このアルフレットという男、どこまでいっても命や人間という存在を物質的にしか理解していないのだろう。

自分の肉体すらも神からもらった、などとは思わず、ただ実験に使える、という視点でしか見ていないのだ。


「効果時間の短さが今後の課題だろうけど、僕の作った薬は素晴らしいものだっただろう」


アルフレットはまるで満足したかのような笑みを浮かべていた。


「素晴らしい、ですって?」

「そう、戦いなんてしたこともない僕が、異端審問官の虚をつけた。これを君たち、異端審問官が使ったらどうなるか……きっとすごいよ、楽しみだね」

「……あなたの実験の記録は、あなたが処刑された後、この世界から消し去ります。あなたは何も、この世界に残せずに死ぬのです」

「いいや、残るよ……だって、ほら」


くすくすと笑いながら、アルフレットはエレノアの瞳を見つめた。

その濃い青の瞳は奥にまだ喜びと希望を残していた。


「君たちの記憶には僕がこびりついた」


人間を吸血鬼に変える異端の薬、それをばらまいた許されざる存在。

そうした犯罪者、異端者としての記録という形でも自分が残ることは確定している。

それこそ、アルフレットにとっての望みだったのだろう。

だが、そんなアルフレットを前にエレノアは静かに息を吐きだし、感情のこもらない声で告げた。


「そうですか、では処刑が終わった後、即座に忘れます」


エレノアの一言にアルフレットの顔から薄ら笑いが消えた。

目の前のシスターが何を言ったのかが分からなかった。

エレノアはただ、淡々と黒曜石のような無機質な瞳を向けていた。


「アルフレット・フリート、あなたの名前も存在も、作り出した何もかも、この世界に残すことを教会は許しません」

「……何言ってるの?こんなにすごい薬なんだよ、君たちにだって役立つのに」

「あなたは哀れな人ですね」


エレノアは自分に向けられているアルフレットの瞳が揺れているのを見据えていた。

彼は自分の力を誇示して、このような異端の行いに手を染めて、それでもまだ社会に影響を残す存在となろうとしたのだろう。

かつての戦争の中での人体実験の成果が今日の医学に大きな影響を及ぼしたように、自分の技術が教会の中に残ると信じて疑わなかったのだ。

だが、それを間違いだとエレノアは断じた。


「あなたは優れた技術も、知性も、温かな家族も持っていた。なのに、それらをすべて無為にしてしまった。あなたが神への愛よりも自分への愛を優先した結果です」

「どこかで踏みとどまるチャンスはあったでしょう。神はいつもあなたに手を差し伸べていた。なのに、あなたは全てを無視してしまった。あなたの行い、それこそがあなたを地獄へ落とすのです」


淡々と語り、自分に何の感情も抱かないエレノアの表情にアルフレットは焦ったように声をあげた。

それはまるで、大人の気を引こうとする子供のようだった。


「だけど、君だって……怒ったじゃないか!あんなに強い力で殴って、無視できなかったはずだ!」

「私の拳はあらゆる不条理を打ち砕き、苦しむ人々を救うためのもの。その不条理の中にあなたという小石が混じっていただけです」


冷やかに言い切るとエレノアは尋問は終わりだと立ち上がった。

アルフレットはただ、呆然とした表情のまま座っていたが、エレノアが立ち去ろうとすると咄嗟に声を張り上げた。


「待って!ほら、懺悔……懺悔するよ!ほら、君は聖職者なんだから、聞かなきゃいけないんじゃないの?」


悲鳴にも似たその声を聞きながらも、エレノアは静かに扉を閉めていく。

静かに、それでも感情のこもらない表情でエレノアは最後にアルフレットに告げた。


「さようなら、異端者A」


名前すら呼ばない。

ただの記号に過ぎない存在を叩きつけられ、アルフレットはエレノアの名前を叫びながらも何もできなかった。

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