美容薬
倒れた女たちはほぼ全員が、吸血鬼化しかけていた。
ただ、中には吸血鬼になりきれなかったのか血反吐をはいて死んだ女もいた。
異端審問官たちが彼女らにしてやれることは、ただ懺悔を促し、彼女らの魂の安らぎを与えてやることしかない。
誰しもが無力感を味わうことになっていた。
その中で、モルガナは1人、静かに調査を行っていた。
「成分が確認できました。瓶に付着していた粉の大半は小麦粉でしたが、その中に、微量ながら吸血鬼の血液が含まれていました」
「吸血鬼の?では、この薬に吸血鬼の血が使われていると?」
「ええ、ですが……不自然です。彼らは基本的に自尊心が高く、自らの眷属とするような相手は厳選する傾向にあります。今回のように強制的に、それも無差別ともいえる方法で眷属を得ようとするなど、連中のやり口とは思えません」
モルガナはこの薬を作ったものは吸血鬼ではなく、人間だという確信を得ていた。
確かに吸血鬼は悍ましい化け物であり、断じて許せない信仰の敵だ。
だが、同時に奴らが奴らなりの矜持を持っていることも理解している。
だからこそ、この毒薬をばらまいたのは――。
「犯人は人間です。吸血鬼の協力者がいるか、あるいはどこかに吸血鬼を拘束し、血を利用しています」
モルガナの出した結論に対して、ブラザー・ケイは皮肉のようだ、と笑った。
「吸血鬼の血を吸う異端者、ですか」
とんだブラックジョークだ、と言いながらもケイもまた怒りを感じていた。
自分の目の前で死んだ女は、ひたすらに神に謝罪していた。
卑しい売春婦ではあったが、夫を亡くして子供を育てるために他に手立てがなかったと詫びていた。
年齢もあり、客は若い娘を選ぶ、そんな中、縋る気持ちで薬に手を出したと自白した。
ケイはその女の口に銃口をねじ込み、彼女の肉体が吸血鬼になる前に仕留めたが、気分のよいものではなかった。
「そして、今回もまた、アルフレット・フリートのみが例外でした。堕胎薬を購入した唯一の男で、そして唯一の生存者」
「堕胎薬そのものと今回の一件を結びつけるのは早計ではないか?」
ギャラハッドはあくまでも慎重を期そうと考えた。
ことは異端審問だ、万が一にも冤罪を生み出すことがあれば教会の秩序を乱すことになる。
だが、モルガナはそんなギャラハッドの前へと資料を突き出した。
「アルフレット・フリートの5年分の購入品リストです。堕胎薬に含まれていた薬剤を含め、通常の医療ではまず用いられない毒物、劇薬が含まれています。奴は――クロです」
この騒ぎの中、いつの間にこれだけの資料を作成していたのか、とギャラハッドはぎょっとしたが、モルガナの怒りも理解ができた。
モルガナは元は看護師だ。
そして、看護師もまた聖職者と同じく誓願を立てる。
――すべて害のあるもの、毒あるものを絶ち、致死薬を用いることをしない。
モルガナは自身に課した聖職者としての誓願と同時に、看護師としての誓願を汚す異端への怒りを感じていた。
「よかろう、制圧作戦に移る!ブラザー・ケイ、作戦の準備と指揮を頼むぞ!」
「もちろんです、局長」
ギャラハッドの決定にケイもまた深くうなずいた。
そして、制圧部隊の選抜にはエレノアも選ばれていた。
エレノアは鋼の鋲が撃ち込まれたセスタスをしっかりと装備しながら、いつでも出立できるように移送用のトラックの前で佇んでいた。
「この拳はあらゆる不条理を打ち砕き、苦しむ人々を救うためのもの……」
今回の騒動に対して、怒りを感じ、それでもなお、エレノアは打ち砕くべき不条理の前に立つまでは、この拳を振るってはならないと自身を諫めていた。
そして、今――この猟犬は狩場へと解き放たれる。