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薬の作り手

異端審問局では捕縛した異端者への尋問と同時に、エレノアが確保した顧客リストから健康被害の確認を行われていた。

だが、その点に関してシスター・モルガナは静かに眉根を寄せていた。


「妙ですね……顧客リストの中に、一名だけ男性が混じっています」


その名前はアルフレット・フリート、祖父と共に暮らす薬剤師ということが裏付けされていたが、昨年祖父が亡くなり、現在は1人暮らしのようだ。

通常、堕胎薬を求めるのは大抵の場合が女だ。

娼婦でも普通の女でも、望まぬ形での妊娠は女の人生を大きく変える。

その中に、男が混じっている。

それもたった1人。

この違和感は明確なものだが、まだ証拠がない。


「まずは聞き取りだな。当人がどのような反応を見るか確認するよりあるまい」


そう言いながら、ブラザー・ギャラハッドは報告書に添付されたアルフレットの顔写真を見ていた。

丸眼鏡を付けた癖のある黒髪の青年。

年齢は二十代の半ばで、顔立ちは端正だが、目立つような印象もない。

この人物がただ単純に、自身の不手際の隠蔽で堕胎薬を求めた、というならば指導を行うまでだが、仮にも彼は薬剤師だ。

堕胎薬が欲しい、となったならば自分でも作れたはず。

それとも裏に何かあるのか――。


そうした人物の調査として今回エレノアは住宅地から少し離れた場所にある薬局へと向かった。

さびれた路地の奥にある店はどこか薄暗い印象があったが、清潔に保たれていた。


「異端審問局です。アルフレット・フリート、あなたにお話を伺いに来ました」


玄関を開けて中へ入ると、丸眼鏡の青年が驚いたような顔をしていた。

アルフレット本人が店番をしており、他には客も店員もいない。

そう流行っている店というわけでもないのだろう。

アルフレットはエレノアへと椅子をすすめると、自分は立ったまま質問に答えようとしたが、エレノアはその椅子を固辞した。

あくまで仕事で来ている以上、必要以上のもてなしは欲していなかった。


「あなたは堕胎薬を購入しましたか」

「……はい」

「それは何のために?」

「……単純な、知的好奇心です。堕胎薬とはどんなもので作られているのかと。祖父はそういった研究は認めない人でしたから」


困ったような表情をしながらも、アルフレット本人は自分の罪を認めるかのような口調で呟いた。

しかし、エレノアの疑問はまだ晴れていない。


「なぜ、あなたは堕胎薬を調べようと思ったんです」

「それは……お客の中には堕胎を望む方もいます。教会がそれらに反対しているのは分かりますが、望まぬ形での妊娠に対し、受け入れられないという人も多いんですよ」

「教会では母体保護のため、やむを得ない場合の堕胎は認めています。それでもあなたは堕胎薬を調べたかったと?」

「妙な薬が出回っている、という噂を聞いて、手を出しました。どんなものが使われているのか……気になったんです」

「結果、どうでしたか」

「使われいたのはヒ素、水銀、ミョウバン、丸薬を固めるための小麦粉……とても薬とは呼べません」


その返答は異端審問局での検査と同じものであり、確かにこのアルフレットという青年が堕胎薬を調べた、ということは間違いなかった。

エレノアは静かに話を聞きながら、ゆっくりと店を見た。


「……お店、ずいぶんと静かなんですね」

「祖父が亡くなってからはこんなものですよ、若い薬師なんて経験不足と誰も信頼してくれないんです」


そういってアルフレットは頭をかいていた。

確かに青年のいっていることはある程度筋が通っている。

流行らない店、経験不足だと思われている若い薬師――客を呼ぶために堕胎薬を作ろうとしていた可能性はあるだろう。

だが、それ以上に、堕胎薬を作った張本人であれば、その成分を知っていて当たり前だ。

しかし、証拠がない。

異端審問局として動くにはアルフレットが堕胎薬の製造、あるいは流通に関わっていた、という証拠が必要だ。

第一、アルフレットの名前が載っていたのは仕入れ帳簿ではなく、購入者のリストだ。

いくら疑わしくても一足飛びに彼がこの堕胎薬を製造した犯人だ、と決めつけるわけにはいかない。


「なるほど、本日はお話、ありがとうございます。また後日、改めて伺うかもしれません」

「ええ、はい……実際、自分でも馬鹿なことをしたと思っています。ご迷惑をおかけしてすみません」


青年はそういって頭を下げて、エレノアを見送っていた。

その姿は確かに誠実に見えたが、どこかで違和感がぬぐえなかった。

これは自分の先入観によるものだろうか、そう思いながらもエレノアは一度路地を離れて、異端審問局のコートを鞄にしまうと、店の裏側を通ってみた。

店の裏側には古びた井戸があり、中をのぞくと枯れていた。

井戸の中からはすえたような臭いが立ち上っており、中の水が腐っているのかもしれない、とエレノアは眉をひそめた。

おそらくは水道が一般家庭に復旧する前に使われていたものをそのままにしていたのだろう。

だが、それと同時にエレノアは井戸の一部、不自然に苔がはがれている部分がいくつかあることに気付いた。


「……単純なメンテナンス作業なのか、何かしら、井戸に降りる必要があったのか」


中に降りて確認すべきか、とも思うが、少なくとも他人の敷地の井戸に勝手に立ち入る許可はエレノアには降りていない。

それに万が一にも自分が井戸の中で気を失うような事態になれば、異端審問局へと報告を持ち帰ることもできない。

エレノアは一旦その場を離れ、異端審問局へと戻ることにした。

だが、エレノアが帰還したのと同時に、異端審問局のトラックが出動していた。


「何かあったのですか?」


エレノアがエントランスにいたシスター・モルガナに声をかけると、モルガナは眉根を寄せたまま答えた。


「例のリストにあった顧客たちが、次々に倒れています。シスター・エレノア、今日向かったアルフレット・フリートの様子は?」

「……健康そうに見えました。特に顔色や呼吸に違和感はありません」

「そうですか……少々、きな臭いですね」


モルガナはそう呟きながら、静かに自分の拳を握り締め強くトラックを見つめていた。

顧客たちが倒れたのは単なる偶然にしては不自然過ぎた。

だが、それが堕胎薬が原因なのか、それとも別の原因があるのか分からなかった。

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