教会の判断
持ち帰られた自動人形と、ブラザー・ケイから聞かされた「肉体の2%に人間性は宿るのか」というエレノアの問いについては、異端審問局のみでの判断がつかなかった。
異端審問局の理念としては、異端の所業に加担させられたとしても無知によるものであれば、その罪を問わず更生を促すことが旨となっている。
だが、それは人間に関するものだ。
異端の技術によって生まれたものは審問の後に焼却、破棄される。
この世界の秩序を守るためにも、異端の遺物など地上に残すわけにはいかない。
だが、自動人形となったグラム・ドラムスの存在は人間と物質、そのどちらで裁くべきなのか。
ブラザー・ギャラハッドは異端審問局を管轄する教理省へと判断を委ねた。
教理省の会議室の中、意見は真っ二つに割れていた。
その場に居合わせた異端審問官二名からの聞き取り調査では自動人形には自我のようなものが見られていた。
そして、実際に回収された自動人形の体は命令によるものではない、自己の判断による改造が行われ、戦闘に耐えうるものになっていた。
更に、自動人形のデータを確認すれば、信仰に関する教育が行われていなかったことが明確だった。
「これは……人間として扱い、信仰を学ばせるべきでしょうか」
「馬鹿な、大脳の一部……わずか2%のみで人間として見なせるはずがない!」
「ですが、事実としてこの自動人形は命令なしに自己判断を行っていた。それは自由意思と呼べるのではありませんか」
「よしんばそうだとして、異端の技術で生み出されたものを異端審問局が裁かずしてどうする」
教理省の聖職者たちは互いに遠慮なく意見をぶつけていた。
元々、教理省は頑迷と言われるほどに融通が利かない部署だ。
信仰の正当性を守るためには、時には世俗の意見を聞き入れぬ断固とした判断が必要となる。
そして、それは時に人間の尊厳を守るための判断として、教会の正式な見解を示すことにもなる。
だからこそ、聖職者たちは皆、自分の正義に従う一方で、安易な結論を出すべきではないという姿勢を取らざるを得なかった。
「仮に、この自動人形が人間だとして。それでは、今後、死にかけている人間の肉体の大部分を機械に置き換えることが医術として許されるのか」
互いの意見を交わしていた聖職者たちの中から、ただ静かに抑制のきいた男の声が響いた。
教理省長官ヴェネディクト枢機卿の声だ。
その場にいた全員は息を潜めるかのように黙り、静かにヴェネディクトの顔を見つめていた。
ヴェネディクトは静かに報告書を見つめ、険しい表情をしながらも感情を声に込めずに言い放った。
「これは機械だ。人間性は認められん。人工知能と同様、ただシステムにより動く存在でしかない」
淡々と告げられた言葉は有無を挟む余地など微塵も無かった。
しかし、ヴェネディクトは厳しい態度を崩しはしない一方で、こう結論した。
「ただし、この自動人形に信仰を学ばせよ。機械が信仰を理解できるのか、その検証には使えるだろう」
それは実質的に、グラム・ドラムスという自動人形を異端審問局預かりという立場で破壊しない、というものだった。
無論、ヴェネディクトもただ自分の私情による判断をしたのではない。
彼は自らの正義に基づき、「グラム・ドラムスは自動人形である」という結論を出すとともに、信仰心に基づき、「異端審問局においてグラム・ドラムスに用いられた技術は安全に活用可能である」という判断を下していた。
技術そのものに罪はない。
ただ、使い手とその使い方に問題があれば悪として利用される。
だからこそ、正義の執行を旨とする異端審問局であれば、この自動人形の存在を許容するという結論に至っていた。
その判断に教理省の聖職者たちは静かに頷いていた。
そして、報せを聞いたブラザー・ギャラハッドもまた、息を吐きだしていた。
エレノアの最終試験として、比較的安全な任務をシスター・モルガナとブラザー・ケイとで割り振ったはずだった。
まさかそれが、人間性とは何か、などという神学的な問いかけに繋がる問題に発展するなど想定はしていなかった。
ギャラハッドは拘留室に置かれたままのグラム・ドラムスの様子を確認しに行った。
彼は壊れた義肢を一時的に、一般的な医療用義肢に置き換えられて座っていた。
その表情に感情らしいものは見えず、これが人間なのか、とだけ問われればギャラハッドも否、というだろう。
しかし、グラムはギャラハッドを見上げていた。
エレノアとの戦いで彼の眼球部分にあったカメラのセンサーは一部が破損していた。
顔を傾けてギャラハッドの顔を確認すると、グラムは静かに口を開いた。
「あのシスターは、どうした」
まるでエレノアの処遇を案じているかのような言葉にギャラハッドは片方の眉を跳ね上げた。
「謹慎処分中だ。命令違反の償いとして反省文と懺悔も行わせた」
「……そうか」
静かにグラムは呟いた。
感情のこもらない、合成音声に過ぎない声だ。
だが、ギャラハッドはその人形に対して、問いかけた。
「シスター・エレノアが心配か」
「わからない」
グラムは真実、そう答えることしかできなかった。
だが、自分の中にある彼女が人間性と呼んだもの、僅か2%の生身に残っているか分からないもの。
それがグラムにこの言葉を吐かせていた。
「彼女はなぜ、俺を壊すことを拒否した」
機械として破壊すべき、異端の技術であると断罪することにエレノアも最初は躊躇していなかったはずだ。
それが、自分の中に人間性が残っているとして、彼女は命令違反による懲罰を受けてでも自分の前に立って、その細い体で守ろうとしていた。
その理由がグラムには理解できなかった。
「それは……シスター・エレノアの目には、そなたが人間に見えていたからだ」
「俺が、人間に……」
グラムはその返答に対して、「否」と感じていた。
自分の肉体の98%は機械であり、生身の部分は2%しか残らない。
それは人間ではない、とグラムも判断していた。
それでも、グラムの頬を雫が伝い落ちていた。
ウォッシャータンクの故障か、ただ排液が溢れただけのその行為にギャラハッドは初めて、自動人形が人間らしい顔をした、と複雑な感情を抱えずにはいられなかった。