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人形か人間か

「……ブラザー・ケイ、私がもしもあれに倒された場合、撤退し、応援を呼んでください」

「今度は何をしでかす気ですか?ともあれ、あなたに勝算があるなら許します」


エレノアが腰を低く落とし、構えを取るのを見ながらブラザー・ケイは僅かに口元を吊り上げた。

この妹はどうやら、日頃は大人しいがいざ戦場になれば猟犬のように敵の喉元に噛みつかなければ気が済まない性分らしい。

だが、その意気込みは悪くない。

神の意志を貫くための剣としてようやくエレノアが完成しつつあることをケイもまた楽しく思いながら、自身の拳銃の弾を取り換えて、エレノアへと許可を下した。

その許可が下りた瞬間、エレノアは床板を蹴ると、一瞬のうちに自動人形へと間合いを詰めた。


「……」


感情のこもらない硝子の瞳がエレノアを捕え、即座にスタンドライトを振り下ろしてくる。

だが、エレノアは上体を傾けてそれを避けると、同時に彼の肩に飛びつき、そのまま腕の関節をぐるりと捻りながら、一気に力を込めた。


「おおおおお――――っ!」


エレノアの怒号と共に人形の腕が、関節から外され、そのまま引き千切られる。

油圧チューブが千切れたのか、鮮血にも似たオイルが噴き出していた。

だが、それでもエレノアは止まらない。

即座に上体を壁に叩きつけようとした人形から離れると、再び拳を構えて打ちかかる。

人形もまた、片腕を失いながらも体をひねり、拳を突き出す。


「この拳は、あらゆる不条理を打ち砕き、苦しむ人々を救うためのもの!」


己の拳にかけた誓いを口にしながら、エレノアは渾身の力を込めて一撃を打ち出した。

自動人形の鋼鉄の拳と、鋼のセスタスが巻かれた拳がぶつかる。

衝撃と衝撃のぶつかり合いの中――勝利したのは、エレノアだった。

自動人形の義肢は内側のチューブやフレームが耐えきれないとばかりに、一度大きく膨れたかと思うと、破裂するようにはじけ、両腕からはオイルが流れていた。

だが、人形はまだ動きを止めようとしない。

エレノアは自身の拳を引くと、即座に大きく上体をそらし、そのまま人形の額へと、頭突きを放った。

人形のカメラに異常が走ったのか、よろめくように背後に下がった。

そこへケイは人形の腰目掛け、貫通弾を打ち込んだ。

先程まで使っていた人間の制圧に使うための威力を抑えた弾丸ではない。

人間であれば確実に命を奪う強力な破壊力を持った一撃は、人形の腰部を破壊し、そのまま人形は床へと崩れた。

ずしん、と大きな音を立てながら人形が床に倒れる。


「はあ――、はあ――」


全力の戦闘に息を切らしながらもエレノアは人形を見下ろしていた。

まだ動いている。

下半身を連携させていたケーブルが千切れたのか這いずるように動き、人形はある部屋の扉の前までつくと、その扉に背を預け、じっとエレノアの方を見ていた。

それはもう、自分は破壊されるということを受け入れたようにも見えたが、それ以上に、エレノアにはこの行動に何らかの意図があるのか、と勘繰らずにはいられなかった。

拳を構えたまま、エレノアは人形に問いかけた。


「あなたは、なんのために戦っているのですか!そこは、一体なんの部屋です!」


ドラムス医師のプログラムしたものなのか、異端の技術を知られぬようにこの人形に命令していたのか。

しかし、人形の口から出たのは異質なものだった。


「お前には知る必要がない」


今にも破壊されるというのに頑なに人形はエレノアを見据えたまま動こうとしない。

だが、直感的にエレノアは感付いてしまった。

これはきっと、ドラムス医師の寝室だ。

屋敷の構造からしても二階に主寝室があることは想定していた。

だが、それならばこの人形は――。


「それは、あなたに与えられた命令ですか」

「――否定する。俺にそんな命令は与えられていない」


千切れた油圧ケーブルから溢れるオイルは勢いを失い、雫が床にぽたぽたと落ちる。

その姿を見つめたまま、エレノアは自分の拳を降ろしていた。


「……制圧完了ですか。では、この人形は異端審問局にて精査し、その後に破壊を」


銃をホルスターに戻しながらケイが近づいてくるのを見ながら、エレノアはゆっくりと彼に振り返った。


「ブラザー・ケイ、彼は……自分の意志を持っています」


ケイは一瞬、エレノアが何を言い出したのか分からなかった。

自分の意志?

大脳のごく一部、肉体の僅か2%に自由意思が芽生えたと言い出したのか?

ケイは眉間に皴を刻みながらエレノアを見つめた。

彼女は自分が最前まで異端と見なし、叩き砕いた人形の前に立ち、彼を守ろうとするかのようにしている。

ケイは呆れたようにため息をついた。


「それがなんだというのです。肉体の98%は失われ、それはただの機械です。人間ではない」

「ですが、機械に自分の親を守りたいという意思が宿りますか?」

「シスター・エレノア!」


ケイの裏拳がエレノアの頬を打った。

痛みと衝撃に目を見開いたエレノアの口の中に鉄の味が広がっていた。


「馬鹿なことを言うな!それは機械だ、人間性が残っているはずがない!よしんば人間性が残っていたとして、それは異端者だ。我々異端審問局が打倒すべき敵!それを忘れるな!」

「異端に利用された人間は、異端でしょうか!」


エレノアは震える手を広げて、そのまま祈るような思いでケイを見つめていた。

ケイは拳を握りながらエレノアの言葉を聞いていた。

今すぐにでもこの物分かりの悪い妹を殴り倒したい、という暴力的な衝動を自身の信仰で抑えつけながら、そのままエレノアを見つめる。


「私は、自由意思を持つ者は人間足りえると考えております。神は人間に自由意思をお認めになりました。ならば、その意思を持つ者を踏みにじることは、神の御心に適っているのでしょうか」


そこまで言い終えた時、エレノアは自身の鳩尾にケイの拳が叩き込まれたのを感じた。

全く微動だにしていなかったはずなのに、ケイは静止した状態からエレノアが反応できないほどの速度で拳を放っていた。

胃液を吐きながらその場に崩れ落ちたエレノアを見下ろしながら、ケイは冷やかに告げた。


「呆れましたよ、シスター・エレノア。命令違反は重罪です。帰還後、あなたには訓告を行います。今はその痛みを覚えておきなさい」

「……はい、ブラザー・ケイ」


床に這いつくばり、苦しみに呻きながらも呟くエレノアの姿に従順の誓いに背いた様子はまるで見られなかった。

そして、彼女は自身の信仰に従い、意見を言った。

だが、ケイにとってすれば目の前に座り込んでいる自動人形は機械であり、人間だと見なせない。


「……肉体の僅か2%に人間性は宿るのか」


その問いかけはケイにとっても無視できるものではなかった。

舌打ちをしながらもケイは通信機を取り出すと、異端審問局に報告を行い、自動人形とエレノアの回収を頼んでいた。

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