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自動人形

屋敷の中は荒れていた。

おそらく、人が生活していればこうはならないだろう。

床には埃が積もり、壁には薄く蜘蛛の巣が張っていた。


「……無人ですかね」

「分かりません。ただ、生き物の気配はありません」


拳銃を片手に周囲を警戒するブラザー・ケイの隣でエレノアもまた周辺を見回した。

通常、荒れた建物に獣が入り込んでいたとすれば、そういった生き物が放つ気配や物音、臭いのようなものが残る。

だが、この屋敷には生き物の気配も臭いもない。

全くの無人、という可能性もあるが、何者かが潜んでいるという可能性を否定するのは早計だろう。

ケイもまたその可能性を考えているのか、周囲を様子を確認していた。


「カレンダーは昨年の物、柱時計も止まっている……手入れをする人間がいなかったのでしょう」


淡々と語りながら、ケイはゆっくりと進んでいき、それにエレノアも続いた。

屋敷の中には在りし日の面影とでもいうように、ドラムス医師の伴侶と子供の写真とが飾られていた。

棚の上には息子が学校に入学した時のものと思われる写真があった。

まだ幼い面影を残した青年が笑顔でドラムス医師と肩を並べている。

あの大震災に巻き込まれることさえなければ、きっとこのグラムという青年もまた父と同じように医師となり、多くの人々を救うための道に進んだのだろう。

だが、今はそんな感傷に浸っている余裕などなかった。

エレノアは静かに周囲の気配をうかがっていた。


「シスター・エレノア、こちらへ。この資料を確認してください」

「はい、ブラザー・ケイ」


ケイが発見したのはカルテのようだった。

エレノアはそのカルテを手に取り、そこに書かれていた名前に眉を寄せた。


「グラム・ドラムス……彼は、震災の時に亡くなったのですよね?」

「ええ……ですが、どうにもこのカルテを読む限り、まだ完全には死んでいなかったようですね」


肉体の大部分を震災の際に瓦礫によって押しつぶされ、その失血によって死亡するはずだった。

だが、それでも医師であるドラムス医師は息子の死を受け入れられなかったのだろう。

強引な輸血によって昏睡状態の息子を自宅に連れ帰り、何度も手術を行ったということがカルテからは読み取れた。


「肉体の大部分を機械製の義肢などに置き換える手術が行われていますね。そのために医療機器や精密機械が必要だったと」

「では、これは医術なのでしょうか?」

「……なんとも言い難い。正直、ここまで機械に置き換えてしまっては、ほぼ人間とは違うものになっていますよ」


そう言いながらケイは静かにカルテを埃の積もったテーブルの上に戻した。

事実、ドラムス医師によって行われた息子への手術はほとんど常軌を逸し、狂気の域に達していた。


「確かに、義肢や義眼といった医術は我々教会も否定しません。ですが、脳は問題だ」


ケイは眉根を寄せながら考え込むように顎に手をやった。

教会は人間の命に関しては非常に慎重に取り扱っている。

人工的に作られたロボットやAIは人間ではない。

それらに人間性は宿らず、自由意思のないただの機械に過ぎない。

だが、ドラムス医師の研究によると彼は息子のグラムの大脳の一部……肉体全体における僅か2%を除いて、すべて機械に置き換えてしまったのだ。

これでは到底、人間と呼ぶことはできないだろう。


「ほとんど人間の死体を改造した自動人形だ。こんなものは人間とは言えません。また、ドラムス医師の行いも人道的観点から見ても、私自身の信仰から見ても、到底容認はできませんね」

「……そうですね、例えそれが純粋な親が子を思う心からなされた行為であれ、人の遺体を弄んだという事実は覆らないでしょう」


エレノアもまた、ケイの発言に対して同意した。

大脳のごく一部、たった2%の生身を残して人形にされてしまったのでは、それを人間とは認めることができない。

おそらくはそれはただ、息子の姿をしてごく一部に肉の装飾が残っただけの自動人形だ。


「シスター・エレノア、一旦この自動人形を探しましょう。この大きさです、廃棄すれば目立つ」

「はい、ブラザー・ケイ」


エレノアは静かに頷くと、そのままケイと共に屋敷の二階へと向かった。

二階は比較的荒れ方が少なかった。

埃もあまり床に積もっておらず、その違和感が2人の警戒を誘った。

そして、エレノアたちが二階へつくと、1人の男――否、人の形をした影が現れた。


「……あなたは、自動人形ですね」

「……何者だ。客人は招待されていない」


平坦で抑揚のない機械的な声だが、その声には合成音声特有の違和感がなかった。

だが、それがより一層のこと、この非人間的な所業によって生み出された人形の違和感を際立たせていた。

人形は写真にあったグラムと同じ顔をしていた。

背丈は170cm代半ば、まだ若々しい面影を残し、鳶色の目を真っすぐにエレノアたちに向けてくる。

だが、その表情には写真の中にあったような、人間らしい表情は微塵も無かった。


「我々は異端審問局です。あなたには異端の技術が用いられている可能性があります。抵抗せず我々に押収されるならばそれで良し、抵抗するというならば破壊します」


ケイは淡々と説明をしながら、銃を手にしていた。

この自動人形は研究の記録を見る限り、戦闘が行えるようには作られていない。

ただ機械製の肉体を持っている、というだけで日常生活を送ることや家事はできても、戦闘を成しえるパーツも、プログラムも組まれていない。


「……承諾した。俺はお前達に押収される」


呆気なく、自動人形は平坦な声で告げた。

エレノアは僅かに息をついた。

自動人形はただ静かに廊下に佇んでいた。


「それでは、我々と共についてきてください」


ケイもまた、この自動人形に戦闘の意志がないのであれば捜査はスムーズに進むと考え、頷いた。

恐らくは彼の存在は異端審問にかけられた後に破壊されるだろう。

それでグラムの魂はようやく正しい弔いを受けることになり、神の御許へ帰ることができる。

ケイはそう考えながら、軽く自動人形へと手招きをした。

――だが、人形はその場を動かなかった。


「拒否する、俺はここを離れない」

「なんですって?」


ケイは眉を跳ね上げながらそのまま銃口を自動人形へと向けた。


「我々に押収されるのではなかったのですか?抵抗するようにプログラムされていたのですか?」

「違う、俺はここを離れない。だが、破壊されるのは支障がある」


エレノアは咄嗟に拳を構え、半身をひねって迎撃の姿勢をとった。

この狭い通路であれば、ケイの拳銃よりもエレノアの方が小回りが利く。

拳を構えたまま、エレノアは自動人形へと声を上げた。


「抵抗するというのであれば容赦はしません!神の名の下、あなたを徹底的に破壊します!」


自動人形の返答はなかった。

自動人形は側にあったスタンドライトを掴むと、それを槍のように突き出していた。

エレノアは即座にそのスタンドライトを身をひねって避けると、拳を人形の胴体へと叩き込んだ。


「くっ、硬い……!到底、ただの医療用機器とは思えません!」


鈍い音を立てて自分の拳を受け止めながらも自動人形は表情一つ変えず、裏拳をエレノアへと放っていた。

エレノアは体を深く沈めると、そのまま自動人形の腰に組み付き、押し倒そうとするが、ただの人間の外見だというのに、その重さは異常だった。

そして、エレノアの背中へと自動人形の肘打ちがぶつかる。


「ぐうっ!」

「シスター・エレノア、離れなさい!関節を潰します!」


号令とほぼ同時にエレノアが体を床にぶつけるようにして伏せると、ケイの銃弾が直ちに自動人形の膝を打ち抜いた。

だが、自動人形は態勢を崩すことなく、静かな表情のまま足元のエレノアへ拳を叩き込もうとした。


「シスター・エレノア!」

「ふっ……!」


エレノアは息を吐きだすと、それと同時に腹筋の力で体を強引に跳ね起こした。

先程までエレノアの頭があった場に人形の拳が叩き込まれ、床板が割れていた。


「おかしい……この自動人形には戦闘機能はおろか、こんな改造はされていなかったはずです」


ケイは事態の異常さを把握し、一旦この場は撤退するべきかと考えた。

しかし、エレノアはただ静かに人形を観察していた。

どうすれば倒せる。

人間と違い、痛覚も神経もなく、疲労も訪れないこの機械をどうすれば破壊できる。

その思考がエレノアの精神を研ぎ澄ましていた。

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