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拳の誓い

エレノアは自分が拳を握った時のことを考えていた。

最初はただの護身だった。

市井の酒場で店番を行うにあたって、身を守るためにこの力を振るった。

そして、次は戦いだった。

夜会の場で吸血鬼に襲われ、痛めつけられる人たちのために拳を振るった。

今はどうだろうか。

この拳は仲間を守るために岩を殴り、傷付いている。

けれど、エレノアは自身の行いが正義に背いた行為ではない、と感じられていた。


「……局長、どうか聞いてください」

「なんだ」


エレノアが何かを決意したかのように呟いた言葉に対して、ブラザー・ギャラハッドもまた、静かに応じていた。

エレノアは毅然とした表情で自身の拳をギャラハッドへと差し出した。


「私は、この拳をあらゆる不条理を打ち砕き、苦しむ人々を救うためのみに振るうことを誓います」


それは拳に宿る自身の力を神から与えられた使命と信じたエレノアの誓いだった。

エレノアの拳はただの武器ではない。

神からこの力を振るい、人々を守るためと戦えと命じられた。

ならば、その御心に従い、それ以外のためには自身の暴力を封じる。

決して楽な道ではないが、エレノアの目には既に決意がこもっていた。


――あらゆる不条理を打ち砕く、とはまた大きく出た。


ギャラハッドはそんなエレノアの誓いの言葉にふ、と笑いながらも、喜ばしくもあった。

彼女は神の戦士として、異端審問局に名を連ねる者として、ようやく自らの力の使い道を決めたのだ。

ギャラハッドは静かにエレノアの肩に手を置いた。


「口で言うだけならば容易い、そなたはこれからその誓いを守り抜くため、常に行動を伴わねばならんぞ」

「はい、覚悟をいたしました」

「……そうか」


真っすぐに自分の瞳を見つめ返してくるエレノアの様子に、日ごろは鋭いギャラハッドの目元も僅かに緩んでいた。


「ならば某は見届けよう。そなたを導く兄としてな」

「ありがとうございます、局長」


自分の誓いに向けられたギャラハッドの言葉にエレノアは嬉しそうな笑顔を浮かべ、未だ包帯を巻かれたままの右手を左手で覆いながら体の前で組んだ。

目線はもう下がっていない。

エレノアとギャラハッドは空を見上げていた。

透き通るような鮮やかな青と薄く伸びた白い雲のコントラストは淡く、そろそろ冬が訪れるのだということを感じさせていた。

すっと冷えた風が頬を撫でたが、その心地よさにエレノアは目を伏せて、そのまま祈るように唇を開いた。


「ブラザー・ギャラハッド」


普段の「局長」でも、かつての「閣下」でもない。

エレノアの唇はごく自然に言葉を紡いでいた。


「あなたを愛しています」


その言葉があまりにも滑らかに、優しく響いたものだから、エレノアは自分が何を言ったかは分かっていなかった。

そして、ギャラハッドもまたその言葉の意味も分からぬまま、ただエレノアの穏やかな声を聞いていた。

だが、一瞬の間をおいて、互いに正気に戻ったかのように目を見開いた。

エレノアは自分が口にした言葉の意味を理解して一気に耳まで真っ赤になり、ギャラハッドは目を見開き驚愕の表情で固まっている。

何故、そんな言葉が飛び出したのか2人のどちらにも分からなかった。

先程まで真面目に誓いの話をしていたはずだった。

その空気が一気に消し飛び、ギャラハッドはどう反応していいか分からずに硬直している。

そしてエレノアもまた、自分がギャラハッドに対してなんて発言をしてしまったのか、ということと、自分が彼に感じていた慕う気持ちが恋情だったのかという困惑でパニックになっていた。


「し、シスター・エレノア、そなた今……」

「失礼いたしました!わ、私、祈りに行きます!」


いきなり全速力で走り出したエレノアの背を見ながら、ギャラハッドは開いた口を閉じられないまま、思わず頭を抱え込んだ。


――エレノアが某を愛している!?


年齢で考えれば、ギャラハッドはエレノアよりも10歳は年上だ。

何よりも互いに聖職者であり、特定個人を愛することをしないという貞潔の誓いを立てている。

いや、そもそも自分の思い違いであり、エレノアのいった「愛している」とは隣人を愛する想いなのかもしれない。

だとすれば、なぜエレノアはあんなに恥じらっていたのか。

ギャラハッドは答えの出ない問答に頭を掻きむしりながら呻いていた。


「一体、某にどうしろというのだ!」


ブラザー・ギャラハッド、27歳、この手の事に疎い童貞であった。

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