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モルガナの尋問

異端審問局の尋問室へと連れられてきたマルゴー・ヴァーサはやつれて、髪も乱れていた。

名家の名に縋り、娘を支配することでしか自分を保てなかった女は、確かに顔立ちこそ娘のエレノアと似ていたが、その表情には深い皴が刻まれ、周囲を憎むような目で睨みつけ、落ち着きなく視線を動かしていた。

シスター・モルガナは静かに椅子に拘束されたマルゴーを見つめながら、ゆっくりとした口調で記事を見せた。


「この記事はあなたの証言をもとに書かれたものである。間違いありませんね」

「ええ……」

「記事にはシスター・エレノアが不道徳な行いを好み、市井に紛れて娼婦まがいの行いをしていた、とありますが……これもあなたの証言で間違いありませんね」

「そうよ、あの娘は……いつも庶民のような恰好をして、街を遊び歩いて!」

「静かに。私は今、事実を確認しています。あなたの個人的な話は聞いていません」


怒りと焦りを隠そうともしないマルゴーとは対照的に、モルガナの声は落ち着き払い、対面している人間の感情などまるで聞き入れるつもりがない、といった様子だった。

そんなモルガナの冷徹な様子にマルゴーは激昂したように叫び声をあげていた。


「あなたのように子供を産んだこともないような女に何が分かるのよ!私がどれだけ、あの子のことを心配して……私は、私はあの子のために、いくらでも苦労したわ!あの子のために、教育も与えた、お金が足りなければ結婚道具に持ってきた宝石も売り払った!あの子のために縁談だって探した!それなのに……」


怒りと悲しみとに満ちた叫び声は、確かにマルゴーの視点から見た事実なのだろう。

彼女の目線からすれば、ヴァーサ家という名門の家門に生まれながらも不誠実な夫と家の没落という苦難の中、ほとんど女手一つで娘を育てたのだ。

エレノアの証言でも、マルゴーは確かに娘につきっきりと言っても過言ではないほどエレノアを溺愛して育てていた。

名家の子供が親と触れ合う時間など、一日の内、一時間もあればよい方だというのに。

それはある意味ではマルゴーの依存の証明でもあり、マルゴーにとって縋るものはエレノアしかなかったという不安の象徴でもあった。

そうしたエレノアとマルゴーの関係を、モルガナは共依存関係だったのだろう、と判断していた。

モルガナはただ静かに、マルゴーの顔を見据えていた。

彼女が叫び、喚く声を聞きながらもモルガナの表情は眉一つ動かなかった。


「この冷血女!子供を産んだこともない、あんたに、何が分かるの……っ!」

「ではあなたは、生涯孤独でいるのですね」


突き放すようにモルガナは静かに告げていた。


「自分と同じ経験をしたことのあるものとしか話したくない、というのであればその口を閉ざしなさい。この世にあなたと全く同じ人間などどこにもいません。それが例え、血を分けた娘であったとしてもです」


そうモルガナが語ると、マルゴーは引きつったような声を上げ、机に顔を伏せて泣いていた。

彼女自身も内心では自分の論理破綻は理解しているのだ。

だからこそ、モルガナをさげすみ、自分を正当化することでしか話すことができない。

弱い獣が吠え立てて必死に威嚇をしているのと同じこと。

モルガナはマルゴーのその姿を見ても、愚かしい、と思いながら、それでも確かに、エレノアの母としてこの女なりの苦心をしていたのだろうと考えていた。

モルガナはただ緩やかにマルゴーの肩に手を添えると真っすぐに彼女の顔を見つめた。


「あなたのしたことは、ただ娘の人生を潰そうとしただけです」

「私は……私はただ……エレノアを、あの子を、取り戻したくて……」

「ですが、方法が決定的に誤っていた」

「……はい」


モルガナはただ淡々と事実を突きつける。

そして、とうとうマルゴーの方が、その言葉に心が折れていた。

マルゴーも本心からエレノアが憎かったのではない。

自分の側から愛する娘が離れていく、その成長に対して衰えていき、娘のためにできることを失っていく自分。

その恐怖に屈した結果が、ヴァーサ家の歪んだ母子関係の原因だった。


「……はじめは、あの子に初潮がきたときです。あの子がいつか嫁いで、自分から離れていく……喜ぶべきことのはずなのに、それが許せなかった」


マルゴーはまるで懺悔室の中にいるかのように、静かな口調で語り始めた。

それに対してモルガナは頷きながらも沈黙を貫き、ただマルゴーの言葉を聞き入れていた。

血を分けた娘が可愛くて、夫の不実があっても娘がいたから耐えられた。

けれど、その娘もいつかは自分の手元から離れていくのだという事実に耐えきれなかった。

娘に縁談を急がせながらも、その縁談が決まって娘がいなくなることを直視できない。

エレノアが語った通り、マルゴー・ヴァーサという女は実に愚かで孤独な女だった。


「あなたは娘を失うことが怖かった。認めますね」

「はい……私は、あの子を失いたくなかった……」

「けれど、あなたは娘を失うことなどないのです」


モルガナの言葉にマルゴーは泣きはらした目を向けて不思議そうにしていた。


「エレノアは信仰の道に進んだのです。あなたが神に娘のために祈るその時、あなたの娘は確かに、あなたの中にいる。それは決して、離れることのない絆です」


モルガナの言葉にマルゴーは目を見開き、そして、嗚咽を漏らしながら泣き崩れていた。


モルガナはマルゴーの報告書に異端の兆しは改善傾向、異端審問局による監視の元信仰の指導を行う、という方針を記していた。

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