休息の時
エレノアは朝食を終えた後、まだ黙りこくっていた。
沈黙せよ、というギャラハッドの命令が解除されていない、という認識でいたこともあるが、今、何か口を開いたらまたろくでもないことを言いかねない、ということが流石に自覚できていた。
本来は今日は休息の日として予定されていたが、エレノアは耐えきれずに街に走りに出ていた。
「ふっ……ふっ……」
とにかく少しでも何かを考えたら、今朝のとんでもない失態が思い返されてしまう。
頭を使うよりも、とにかく体を鍛え上げようとしていた。
昼食の時間が近づき、宿舎へと戻ってきたエレノアは全身汗だくになっていたが、自分の額を手の甲で拭うと深呼吸をしていた。
世俗を離れた時に切り落とした黒髪は、今は背中ほどにまで伸びていたため、エレノアは軽くゴム紐で結い上げようとして、白いうなじを晒していた。
「シスター・エレノア」
短い声が聞こえ、ぎくりとエレノアは体を跳ねさせた。
ぎりぎりとゼンマイ仕掛けのようにぎこちない動きで背後を振り返ると、険しい表情でブラザー・ギャラハッドが佇んでいた。
今朝の失態を思えば、説教で済むか分からない。
エレノアはぎゅっと手を握り締めながらギャラハッドを見上げた。
「何をしていた」
「……走り込みをしておりました」
「今日は休息日であろう」
ギャラハッドが険しい表情をしていた理由は、何も今朝の事件のことが原因ではなかった。
無論、目の当たりにしたとんでもない態勢のエレノアの事は彼もなるべく早く記憶の底に封じたいと思ったが、それ以上に、戦士としての休息を軽んじる態度への指導を優先していた。
「確かに貴様はまだまだ弱い。体力の少なさは致命的で、技術も経験も全く足りていない。だが、戦士としての覚悟だけはあるはずだ」
猛禽めいてするどい瞳に見据えられながらも、エレノアは真っすぐにギャラハッドと向き合い、自分の体の前で手を組みながら静かに頷いた。
「ならば、戦いに備えるための休息も大切にせよ。肉体を酷使するだけが訓練ではない」
「……かしこまりました、ご指導ありがとうございます」
エレノアの表情に不自然な羞恥は既になくなっていた。
戦士として、今何が必要か。
それを指導されるにあたって、エレノアの頭の中でも平時からの切り替えが行われていた。
そうしたエレノアの判断力の早さは武器にもなる。
実際に訓練の中で、先達相手でも躊躇いなく指示を飛ばした彼女の姿をギャラハッドも評価していた。
ギャラハッドはしっかりと頷くと腕組みをしたままエレノアへと言葉を告げた。
「休息時間が暇だと思うならば、何か作るがいい。詩作でも刺繍でもな」
「……ものづくり、でございますか」
エレノアは少し考え込むようにした。
世俗の令嬢であった頃から、教養として詩作や刺繍、絵画といった芸術全般には多少なりとも覚えがある。
しかし、エレノアが自発的にそういったものを作った経験は無かった。
この機会に改めて、自分が何を作るべきなのか考えてみるのもいいかもしれない。
エレノアはギャラハッドへと礼を言うと部屋に戻り、少し考えてみた。
刺繍はそれなりに時間がかかるし、絵を描くには画材を持ってきていない。
となれば、と思ってエレノアは宿舎の管理人に薪をひとつもらい、それをナイフで削っていた。
これで神像を作ろうかと考えていた。
軍事演習の最中であろうとも、自分は聖職者だ。
祈りを捧げることを忘れるわけにはいかない。
初めての彫刻、それもナイフ一本でするのだから上手くできたわけではなく、顔の部分などほとんど子供の落書きのようなものだ。
だが、それでも日暮れごろにはエレノアは作り上げた神像を満足そうに抱えて部屋に戻った。
だが、その神像を見たギャラハッドはぎょっとしたように顔をこわばらせた。
「し、シスター・エレノア……それは、なんだ?」
「はい、不格好ではありますが神像を作りました。これで祈りに集中できるかと……」
「そ、そうか……そうか、ならば良い」
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもない!」
そう言い残してギャラハッドは廊下に出ていった。
エレノアは何故、ギャラハッドがあれほど動揺していたか分からないまま首を傾けていた。
ギャラハッドは、エレノアには口が裂けても言えないと思っていた。
エレノアが一日をかけて作り上げた神像。
そのシルエットがどうみても、男のアレにしか見えないなど、ギャラハッドの信仰にかけて指摘できるはずがなかった。