悪夢と悪夢 ※ややエロいです
気絶から意識を取り戻したエレノアは医療班から手当を受けていた。
胸元にはメイスの一撃でついた痣が青々と残っていたが、頭部をぶつけた衝撃は大したものではなく、背中から上手く落ちることができたらしい。
「次からはちゃんと受け身を取ることを考えるように」
「はい……お手数をおかけしました」
胸元に湿布を張りながら、医師が告げた言葉にエレノアは素直に頷きながら自分の不甲斐なさを感じ取っていた。
一撃に全てを込めるのは良いにしても、これでは吸血鬼を仕留めると同時に自分も死んでしまう。
そのような戦い方は異端審問局の誰も認めず、そして神もまたエレノアの命を粗末にするような戦いはお認めになられないだろう。
エレノアが宿舎に戻ると、既に寝巻に着替えていたギャラハッドは静かにエレノアを見つめた。
「大事は無かったようだな」
「はい、おかげさまで」
「自分の戦い方について、問題は分かっているか」
「はい、次が無い戦いをしておりました。私の課題はその点だと考えております」
「分かっているならばよい」
ギャラハッドは短くそう告げると、エレノアが着替えられるように壁に向き合い、背中を向けた。
エレノアはそうしたギャラハッドの態度に無骨ではあるが、兄のような頼もしさを感じていた。
エレノアの父は、家庭に対して無関心な男だった。
父が家にいる時間は短く、何日も家を空けて愛人の元に向かい、エレノアとは家族だというのにあまり言葉を交わしたこともなかった。
だからこそ、こうして自分を戒め、教導してくれるギャラハッドへの感謝の情がエレノアの中には尽きなかった。
「学ぶことが多く、とても喜ばしい限りです」
静かに告げられたエレノアの言葉にギャラハッドは壁を見つめながらも静かに笑っていた。
苛酷な訓練の中で、心を折るような者も少なくはない。
ましてや、シスターの戦闘訓練への参加は5年前のシスター・モルガナ以来だ。
彼女の時とて決して温い訓練ではなかったが、エレノアはそれを楽しんでいるということがギャラハッドにとっても喜ばしかった。
エレノアは着替えを終えてギャラハッドに声をかけると、すぐにベッドに横になった。
訓練で全身に疲労がたまり、意識はすぐに沈んでいった。
暗闇の中、エレノアはギャラハッドと2人でいた。
言葉を交わすこともなく、だが確かにギャラハッドの腕に体が抱かれていた。
心臓の高鳴りを感じる。
衝動のままにエレノアはギャラハッドの唇に口付けを重ね、そのまま彼の腕に抱かれる温もりを味わっていた。
全身がとろけるような熱に包まれ、互いの熱で肉体が溶け合うような快感を味わっていた。
「はぁ……っ、ぁあ……なんという、夢を、私は」
翌朝、日も登り切らない内にエレノアは飛び起きていた。
窓の外は暗く、まだギャラハッドの寝息が聞こえている。
全身が水でも浴びたかのように汗で包まれて、木綿の寝巻が張り付いていた。
このままでは風邪を引いてしまいかねない、そう思ってエレノアが毛布を持ち上げて着替えようとした瞬間、ぬる、という感触が太ももの間で走った。
「嘘……でしょう?」
信じられない、というような表情でおそるおそるエレノアは自分の下腹部に視線をやると、そこはまるで粗相でもしたかのように湿っていた。
だが、それが単なる汗や尿といったものではないことが彼女にはよく理解できていた。
下腹の辺りが甘く疼いて、男を欲するかのように体が反応してしまっている。
一瞬、このまま気絶して何もかも無かったことにしたいとすら思ったが、このまま意識を失ったが最後、ギャラハッドの目に触れてしまうことだけは何としても避けたかった。
幸い、まだギャラハッドは起きていない。
エレノアはすぐに着替えようとした。
だが――。
「……っ!」
快楽で腰が抜けて立てなかった。
なんということだ、ただ夢を見ただけでどれだけ自分は快楽を得てしまったのかとエレノアの頭の中が罪悪感と羞恥心で満たされていく。
日頃の冷静さはどんどん削り取られ、エレノアの視野が狭まっていく。
とにかく着替えだけはしなければ。
なんとしてもこの情けない姿はさらすべきではない。
エレノアはベッドの上から必死に鞄へと腕を伸ばしていた。
「もう、少し……」
指の先端がトランクの縁に触れる。
もう少しだけ手が伸ばせれば、そうすればきっと引き寄せられる。
そうエレノアが動いた瞬間――。
「ん、何をしておる、シスター・エレノア……」
それは今、一番聞きたくない声だった。
ギャラハッドは寝起き特有の気だるさを感じながらも体を起こし、不自然に身をよじってトランクに手を伸ばしているエレノアの姿を目の当たりにした。
「ち、ちが、違うんです!」
エレノアは咄嗟にギャラハッドに言い訳をしようとした。
何が違うのかは分からないが、人間慌てるととりあえず否定から入るらしい。
だが、その不自然な態勢での動揺がよくなかった。
「きゃああ!」
エレノアの体は不自然によじったせいでバランスを崩して床に転がり落ち、大股開きになった態勢で倒れ込んだ。
「なああ!貴様っ、何をしておる!」
「違うんです!愛液が止まらなくて……!」
「何を言っとるのだ貴様は!」
「誓って自慰はしておりません!」
「もういい、黙れ!沈黙せよ!」
咄嗟にギャラハッドはエレノアから顔を背け、自分が被っていた毛布を彼女に投げつけた。
羞恥と申し訳なさ、そして落下の痛みに呻きながらエレノアは毛布で自分の全身をくるむと、そのまま床を這いずるように移動して、ベッドの反対側に回り込んで身を隠していた。
その姿には、つい昨日、ギャラハッドの鎧をへこませるほどの打撃を放った凛々しさは微塵もなかった。