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軍事演習2日目

エレノアは今日は塹壕戦を習うべく、スコップを手に地面を掘っていた。


「いいか、貴様ら!聖職者はただ祈るだけではない!ロランの歌のテュルパン大司教をはじめ、戦場に立つ聖職者は多くいたのだ!現代の戦いに適応し、異端どもがどのような大群で迫ろうとも確実に受け止め、撃滅することこそ我らの使命と心得ろ!」


監督を行っているギャラハッドの声を聞きながら塹壕の構築、そしてその理屈を叩き込まれていると、エレノアは自分が聖職者になったのか、軍人になったのか分からなくなりそうだった。

だが、これこそが異端との戦いの最前線である異端審問局の姿だ。

鎚を抉り、持ち上げて掘り進む。

ただ拳を振るうのとは根本的に違った筋肉を使うことになる。

怪力に任せて土を掘っていたのではあっという間に体力を使い果たすことになる。

エレノアは歯を食いしばりながら自分の全身の使い方を叩き込まれていた。

休憩時間になると、エレノアは疲労で痙攣する自分の腕を揉みながら、膝をそろえて座っていた。


「休憩を終えた後は実戦訓練だ!装備を整え、三人一組となって戦え!」

「はい、局長!」


声を張り上げながら、エレノアは周囲を見た。

自分以外の者はメイスを手にしているが、エレノアは拳で戦うため先日同様にセスタスを巻きつけていく。

拳を固め、その威力を確かめるように素振りをする。

風を切り、真っすぐに打ち抜く拳には最初の頃のような無駄は無くなっていたが、流石に体格の差か、以前に一度見たギャラハッドの一撃ほどの風圧は起こせない。

だが、異端を制圧するのに重要なのは一撃での制圧だ。

打ち漏らしは許されないとエレノアは気を引き締めると、自分と一緒の班になった先達たちの元に挨拶に向かった。

互いに三人一組、お互いの隙をついての戦いとなれば、一番に狙われるのは当然のように一番経験の乏しいエレノアだった。


「ぐ……この!」


エレノアは盾を構える相手へと拳を叩き込む。

エレノアの拳によって盾ごと相手の体は背後に飛ぶが、その直後、エレノアの体は横からの突進によって倒された。


「きゃあ!」


地面に転がるエレノアの首元に即座にメイスが押し当てられる。

先達たちとはまだ、圧倒的に差がある。

自分が班の足手まといになっている。

それを実感しながらもエレノアは歯を食いしばって、必死に訓練に挑み続けた。


「それでは貴様ら、順に某に挑んで来い。訓練の成果を見る」


見ればギャラハッドもまた、鎧をまとい完全に戦場に立つ佇まいになっていた。

メイスこそ金属ではなく、木製ではあるが、ただそこにいるだけでも威圧感が違う。

これに挑むのか、という空気が異端審問官たちの中に漂っていたが、エレノアはしっかりとその姿を見つめていた。

自分たちの番が来るまで、ただじっとギャラハッドの動きを観察する。

ギャラハッドの動きには無駄がない。

大振りに見えるメイスの一撃ですら、一瞬で三人を薙ぎ払い、更には追撃への繋がりは流麗ですらあった。

どうすればあの巨体を打倒せるのか。

まだ生身であれば、拳を当てれば頭部、腹部、そのどちらでも動きを止めることはできるだろう。

だが、金属のプレートアーマーと兜を付けたギャラハッドに一撃を叩き込むとなれば、それこそ甲冑の隙間である関節を狙うか、兜の覆いが途切れる首元を貫き手で狙うしかない。

自分にそれが狙えるのか。

エレノアはまだ自信がなかった。

だが、自信がなかろうとも、容赦なくエレノアたちの班が呼ばれた。


「いいか、シスター・エレノア、無理はせず、前に出過ぎるな。局長の体力に振り回されたら俺達の負けだ」

「局長の一撃を貰った時点で決着だと思えよ、特にウェイトのないお前は吹っ飛ばされる」


同じ班のブラザー・ロッソとブラザー・ジュールから告げられてエレノアは頷いていた。

彼らのいう通り、経験も技術も不足するエレノアなど、ギャラハッドにとってはただの的でしかない。

だからこそ、まずは回避に専念していた。


「どうした!避けるだけで異端が倒せるか!吸血鬼の体力切れを待つか!?そんな悠長なことが許されると思っておるのか、貴様ら!」


ギャラハッドの振るうメイスはその風圧ですら、皮膚を裂かんばかりの衝撃を伴っていた。

ブラザー・ロッソもジュールも共に防戦一方であり、機動力を保つために防具をほとんどつけていないエレノアは自身の柔軟さを生かして攻撃を避けていたが、それも限界がある。

このままではエレノアの体力が真っ先に尽きる。


「ブラザー・ロッソ、ブラザー・ジュール!お願いします、一瞬で構いません!局長に組み付いてください!」


エレノアの叫ぶような声に二人はぎょっとした。

何をするつもりだ、と考える暇はない。

即座にロッソとジュールは盾で正面からギャラハッドの体へと突進をし、押しとどめようとした。


「ぬるい!」


だが、ロッソとジュール2人がかりの突進ですら、ギャラハッドの巨体を押し返すことはできず、ギャラハッドは2人まとめて薙ぎ払おうとメイスを振り上げた。

だが、その脇腹にエレノアが滑り込んだ。


「――ぬっ!」

「はぁあああーーっ!」


咄嗟にギャラハッドがメイスを突き出したが、エレノアは止まらなかった。

拳は空を切り裂き、音を置き去りにして、そのまま槍のように鋭く、ギャラハッドの鎧へと叩き込まれる。

ギャラハッドとエレノアの力がぶつかり合う衝撃に僅かに地面が震えるような錯覚があった。

結果、エレノアは胸元にメイスの突きを受けて背後に飛びのいたが、ギャラハッドの鎧にはまるでハンマーで殴られたかのようなへこみが生まれていた。


「……ふむ。悪くない」


褒めはしないまでも、ギャラハッドは兜の下で笑みを浮かべていた。

咄嗟の判断でロッソ、ジュールと連携を行った判断力、そして一度攻撃に移れば躊躇いなくギャラハッドであろうと拳を振りぬいたその勢い。

そうしたエレノアの行動をギャラハッドは評価していた。


「ただし、まだ動きが甘い!今後は確実に敵を仕留めるべく……」

「きょ、局長!」


倒れたエレノアに駆け寄ったジュールが声を上げていた。


「気絶、していて聞いておりません」

「な、なんだと?」


一撃に全身全霊を込めたエレノアは受け身もとれずにもろに地面に叩きつけられたことで、ギャラハッドのメイスの衝撃をもろに喰らって目を回していた。

まだまだ甘い、そんなエレノアの姿にため息をつきながら、ギャラハッドは兜の上から頭を押さえていた。

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