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謎の少女

――2年前。


「異端審問局である、貴様ら即座にその場に伏せろ!この地にて異端の儀式が行われたという証拠は既に押さえている。言い訳は不要!抵抗するならば神意の元に叩き伏せる!」


貧民街の住宅が並ぶ一角に木の幹を引き裂くような怒声が響き渡っていた。

声を上げた張本人は異端審問局局長ブラザー・ギャラハッドであった。

背丈は2m近い巨漢であり、その目は猛禽のように鋭く、険しく吊り上がった眉の間には深い皴が刻まれていた。

建物の入り口には灰色の修道服をまとった異端審問局の局員たちが集っている。彼らは皆、手にはメイスを持ち、物々しい鎧で武装していた。

裏口にもまた同様、逃げようとする異端者たちを取り押さえるべく、局員たちが立ちはだかっていた。

だが、その包囲を抜けようとするように2人の男が強引に窓から屋根伝いに隣の建物へと移り、逃亡を図っていた。


「お前たちはこの場の制圧を!不心得者は某が押さえる!」


異端審問局局長として、1人の異端者も逃すわけにはいかない。

その使命の下にブラザー・ギャラハッドは逃亡した2人の男を追いかけた。

狭い路地の間を必死に逃げる男たちは刃物を手に周囲の人間を威嚇するようにしていた。

その背後を走るギャラハッドは全身を包む甲冑を纏っているにも関わらず、男たちとの距離を見る間に詰めていく。

路地の狭さという妨害はあれども、ギャラハッドの足を止める物は何もない。

だが、男たちを追って曲がり角を曲がった瞬間、ギャラハッドの視線の先に1人の少女がいた。

男たちの進む方向の先に黒髪の少女が荷物を手に佇んでいた。

買い物の途中だったのか、あるいはこの近くに暮らすものか。

質素な身なりの少女は背は高いが、華奢な印象があり、その少女に向かい、刃物を持った異端が走っていく。


「いかん! 逃げろ――!」


そうギャラハッドが叫んだ瞬間、少女は大きく身を動かした。

だが、それは目の前に迫る暴漢から身を守るためではない。

寧ろ、その逆――少女は大きく拳を振り上げると、自身に向かい突進する男の一人、その顔面の中央へと拳を叩き込んでいた。


「ぶへぇ!」


男の一人が少女の拳に打ちのめされて、そのまま地面の上を跳ねていた。

拳の一撃で男の顔面は潰されたのか、血反吐を吐いて昏倒していた。

だが、もう一人の男はそんな少女の行動に激昂し、少女の長い黒髪を掴むと強引に引っ張った。


「きゃあ!」


少女の華奢な体が大きく引っ張られ、よろめく。

だが、その少女の肩に男の手が掴むよりも前に、ギャラハッドのメイスが男の腕を真上から殴り、へし折った。

異端に追いついたギャラハッドは即座に少女を背後へと庇うと異端者へとメイスの先端を突き付ける。


「貴様ら異端が婦女子に手をあげるなどこのブラザー・ギャラハッドが断じて許さん!大人しく縄につけ!」


男は片腕をへし折られて呻き、いよいよ逃げることができないと諦めたのか地面に膝をついてい項垂れていた。

ギャラハッドは2人の男の手首に手錠をかけながら、少女へと視線を向けた。


「……怪我はなかったか。こちらの手抜かりだ、危険に晒したことを詫びよう」

「いえ、聖務(おつとめ)ご苦労様です……」


そう言いながら少女は丁寧にスカートのすそをつまんでお辞儀をした。

その仕草にギャラハッドは違和感を覚えていた。

見てくれは細身で、眉の下がった気弱な印象の少女。

どこか幸薄い印象があり、更には服装も質素なものだというのに、どこか少女の佇まいには気品のようなものがあった。


「娘、名前はなんという」

「……名乗るほどのものではありません」

「あの拳、その佇まいといい、只者ではあるまい。何者だ」


異端の討伐を終えたばかりではあるが、この娘が何者か、それがギャラハッドには気がかりであった。

この場にいるには相応しくないような空気をもった娘。

だが、彼女は自分の名前を名乗ることを厭うかのように視線を落としていた。

異端者、として睨むにはあまりにも状況証拠が足りないが、さりとて違和感をそのままに見過ごしてしまうことも生真面目なギャラハッドの気質が許さないことであった。

少女は少し躊躇いを見せた後、ゆっくりと、自分の手首にはめていた黒ずんだロザリオをギャラハッドへと差し出した。


「……こちらを調べていただければ、私の身元は分かるはずです」


古びて黒ずんだロザリオは恐らくは元は銀でできた見事なものだったのだろう。

宝石をはめていたと思しき小さなくぼみ、荒れた表面。

そしてギャラハッドが裏面を見ると、そこにはヴァーサ家の家門が刻まれていた。

ヴァーサ家、かつては北方の王族の血を引く名門であったが、ここ二十年ほどの社会の変革によって没落した家門だ。


「お前はこの家の娘という事か。何故、名前をいうことを躊躇う」

「私がここにいましたこと、世間から見れば恥となりましょう」


少女は目元を伏せて申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

なるほど、確かに名家の令嬢が貧民街にいたなど、どのような理由があったにしても彼女と家門の名誉を損なうことには違いあるまい。


「この十字架がお前のものという証明は?」

「調べていただければ……もし、それでも疑われるならば私を拘留してください」


少女はとうとう観念したように、自分から異端審問局に向かう、とまで言い出した。

ふん、とギャラハッドは呆れたようにしながら少女の項垂れたような様子を見下ろしていた。


「たわけ、異端の証拠も無しに民間人を連れていくほど異端審問局は暇ではない。……娘、協力に感謝する」


ギャラハッドは短く少女への感謝を告げると、捕縛した異端者を連れて立ち去った。

少女はただ、一度ほっとしたように息を吐きだした後、ギャラハッドの背を見送ってから頭を下げていた。


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