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広告塔

「私が式典に参加でございますか?」


ある日、局長室に呼ばれたエレノアはそこにいた広報省長官グレゴリオ枢機卿を前に困惑していた。

児童福祉施設設立のための夜会が吸血鬼に襲撃されて既に半年、いまだ世俗ではエレノアの扱いが聖女よばわりされていることにもエレノアは戸惑っていた。

しかし、教会の側としてはそうした聖女と考えられているエレノアが教会の正当なる教義を守るために異端と戦う道を選んだ、ということを広報として利用したい、という意見があがっていた。

教会は基本的には世俗とは切り離されている。

だが、世俗と完全に分離することはできない。

物質的に教会という形があり、社会の動向に影響を与えることも受けることもある以上は、教会として世俗の求心力を失うわけにもいかない。


「そう、君の存在は教会にとっても重要な立場だ。もちろん聖女などと祭り上げるつもりはないけれど、君の存在が信徒にとっていい影響を与えるという可能性は高い」


グレゴリオ枢機卿はそういってウィンクをした。

彼は40代に差し掛かったくらいの年齢だろうが、若々しく、妙な色気のある男性だった。オールバックにされた濃い栗色の髪は艶があり、聖職者というよりはタレントのような人目を惹く外見をしており、白い歯を見せて笑う表情が軽薄だった。

世俗と神聖な教会を繋ぐ窓口である以上、グレゴリオ枢機卿が人目に触れる場面は多く、そういった意識が彼の立ち振る舞いにも影響しているのだろうが、エレノアは困惑を感じてすらいた。

側で佇んでいるブラザー・ギャラハッドも苦々しい表情で口をへの字に結んでいるが、何しろ彼も聖職者として枢機卿に従う従順の誓いがあり、表立ってグレゴリオ枢機卿の指示を非難するわけにはいかなかった。

だが、だからといってギャラハッドはエレノアがただの広告塔や見世物になることを受け入れているわけではない。

「サロメかユディトか」などという世俗の揶揄まじりの報道によってエレノアが傷ついていたことを知っているからこそ、ギャラハッドとしては今回の広報省の言葉に素直にエレノアを差し出すつもりはなかった。


「某個人の意見としては、未だ見習いに過ぎないシスター・エレノアを式典へと出席させることは教会の秩序を乱す恐れがあると考えております」

「相変わらずお堅いなあ、ブラザー・ギャラハッド!なあに、大丈夫だよ、彼女はあくまでも出席するだけで記者たちの質問は私が返答するとも」

「だというならばなおの事、彼女がその場に居合わせる必要はないのではございませんか」

「世俗はね、分かりやすいものが好きなんだよ。文字が読めないものに信仰を伝えるためにステンドグラスや音楽が用いられるのとそう変わらない。彼女の存在は分かりやすい信仰のアイコンになる」

「それは……」


偶像ではないのか、と言いかけた言葉をギャラハッドは飲み込んだ。

汝、何人も偶像を刻むなかれ――そう聖書にはある。

だが、教会が歴史上、世俗に信仰を伝えやすくするための方法を取ってきたことも事実ではある。

その葛藤がギャラハッドの表情を険しくさせていた。

グレゴリオ枢機卿の側はカフェオレを飲みながら足組をして、そのままにこやかにエレノアを見つめていた。


「君自身はどうだい?シスター・エレノア。僕も何も無理矢理参加しろ、なんて言わないさ」


軽く肩をすくめながら告げてきたグレゴリオ枢機卿にエレノアは困ったように眉を下げて目線を動かした。

エレノア自身もまた、見世物になることには拒否感があった。

自分はただ信仰の道に生きたいだけであり、アイドルになりたいわけでも、誰かに崇められたいわけでもない。

しかし、エレノアはぐ、と手を握ってからグレゴリオ枢機卿に向き合った。


「私の存在が教会のために役立つのであれば、ご意向に沿わせていただきます」

「そうかい、それは良かったよ。僕としても君のような綺麗な女性とご一緒できれば楽しいからね」


爽やかな口調で言い切るグレゴリオ枢機卿のそういった態度は、やはり聖職者らしくない、とエレノアは感じずにはいられなかった。

グレゴリオ枢機卿を見送った後、ギャラハッドは難しい顔をしていた。

今回のエレノアの行動、それはまた彼女が過剰適応しようとした結果ではないのか、そうした疑問があった。


「シスター・エレノア、良かったのか」


ブラザー・ギャラハッドは自身の傍らに静かにたたずんでいたエレノアに視線を向けた。

エレノアは胸の前で手を組んだまま、静かに顔をギャラハッドの方へと向けて彼を見上げた。


「はい、私自身もいつまでも身を隠すような生き方をしたいわけではございません。私は何も恥じることなどしていない、そう自分で信じておりますから」

「……そうか、ならば何も言わん。式典の警備には某たちもいる。何かあれば頼るがいい」

「はい、ありがとうございます、局長」


エレノアがこの不躾ともいえるグレゴリオ枢機卿の申し出を受けたのには自分自身の意志と共に、もう一つ理由があった。

かつてエレノアは世間の好奇の目に1人で耐えることしかできなかった。

だが、今は異端審問局の一員として、ギャラハッドをはじめ、皆が自分を助けてくれる存在であると信じられる。

ギャラハッドが言っていた、異端審問局は神により巡り合わされた家族である。

エレノアは家族がいてくれるという心強さがあるからこそ、再び世間の目に晒される事態になろうともしっかりと立っていられるという覚悟ができていた。

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