エレノアの笑顔
「局長、こちらが押収物品の精査報告書です」
「うむ」
局長室に報告書を持ってきたエレノアを前に、ギャラハッドは静かに頷き、そのまま書類をめくり、思わず吹き出しそうになった。
「シスター・エレノア……こ、これは?」
「はい、悪魔崇拝主義者の人体改造により、シリコンを注入され肥大化した睾丸の写真です!」
「こ、睾丸……」
「ええと、世俗の言葉で言うとキンーー」
「よせ!違う!そういうことではない!」
思わず聖職者にあるまじき言葉を言い放ちかけたエレノアをギャラハッドは急いで止め、証拠写真を見返した。
確かに、これは人体の一部が肥大化されたものであり、あまつさえ悪魔の名前が刻まれている。
しかし、これが押収物品の中に入っているということは――。
そう考えてギャラハッドは極力声が震えないように気を払いながら問いかけた。
「これは、そなたが、撮影したのか?」
「はい、抵抗はされましたがしっかりと押さえつけて撮影いたしました」
その光景が頭によぎりギャラハッドは思わず眉間を強く指で押さえながら天を仰いでいた。
17歳のシスター見習いに取り押さえられ睾丸の写真を撮影される異端者。
もはやどちらが異端の所業なのか疑いたくなる光景だったことだろう。
異端審問局局長としてあるまじきことではあるが、1人の男として思わず異端者に同情しそうにすらなる。
だが、それ以上にギャラハッドはエレノアの心境を案じていた。
「シスター・エレノア、先日の某の言葉は理解していたのか……?」
「はい、私は私自身の意志で異端審問局の一員として働いています」
エレノアは静かに手を組み、神に祈りを捧げるかのように穏やかな声色で告げた。
「そして、異端たちもまた自らの信仰の歪んだ捉え方により苦しむ人なのです。ならば、私は異端審問官となり、彼らの苦しみにも向き合おうと思います」
エレノアのその思想自体は、異端審問局の理念とも一致している。
だが、それはそれとしてギャラハッドはエレノアがこの方向性で進んでいくことを決意したということに頭が痛くなっていた。
「そ、そうか……だが、この手の報告ならば押収品の検査を担当しているブラザー・ケイへと提出すればいいのではないか」
ギャラハッドは報告書に添付されている写真をなるべく直視しないようにしながら問いかけた。
実際、普段のエレノアであればこの手の押収品の報告書はブラザー・ケイへ提出していたはずが、なぜよりにもよって、こんな内容の時に自分に報告書が届いたのかとギャラハッドは額に手を添えた。
「はい、ブラザー・ケイは本日は黒ミサの現場の制圧指揮を行うため、ご不在でございましたため、局長に提出させていただきました!」
「ぐう……っ!」
エレノアの返答にギャラハッドは呻きながらも、確かに正しい判断だと黙るよりなかった。
担当者が不在の今、この報告書を受け取るのは局長であるギャラハッドの義務であった。
エレノアは礼儀正しく頭を下げてから退室していき、その背中を眺めながらギャラハッドは眉間に渓谷が出来そうなほどの皺を刻んでいた。
「恨むぞ、ブラザー・ケイ……否!おのれ、異端め!貴様らがこのような訳の分からん人体改造をしでかしたばかりに!」
呻きを漏らしながら、ギャラハッドはやり場のない怒りを報告書の異端へと叩きつけるより他なかった。