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異端審問局へ

春の日差しが温かな陽気を運ぶ頃、エレノアは異端審問局の門を潜った。

服装はすでに世俗のものとは違い、灰色の僧服に身を包み、見習いの頭巾をかぶっている。

エレノアはまだ見習いとして異端審問局へと迎えられたにすぎない。

しかし、神学の講義に関しては問題がなく、更には予想外なほどの適応能力を発揮していた。


「……どうしても自白しないという容疑者に関しては、最終手段として拷問が加えられる場合もあります。ただし、その拷問もあくまで段階に応じて行い、暴力の濫用は断じて許されません」


眼鏡をかけたシスター・モルガナは厳しい女教師のような風情でエレノアを引き連れ、尋問室へと入っていった。

椅子に縛り付けられた容疑者は入ってきたのがシスターたちと分かると下卑た笑みを浮かべ、そのまま唾を飛ばしながら笑った。


「よう、お嬢ちゃん、ちょっとしゃぶってくれねえか!」


下品な冗談を飛ばされてもモルガナは表情ひとつ動かすことなく、その背後に控えていたエレノアもまた、淡々とした表情で容疑者を見つめていた。


「今から、あなたに対して拷問を行います。その前に罪を認め、すべてを神の前に懺悔するのであれば、拷問は行われません」


モルガナから静かに告げられた言葉に対しても男は反省の色を見せるどころか、さらにつけあがったように笑っていた。

モルガナはペンチを手にしながら静かにエレノアへ告げた。


「この容疑者の小指を折りなさい」


当然だが、モルガナも見習いになったばかりのエレノアがそのような拷問を実行できるとは思っていない。

ましてや元は令嬢であり、罪の意識にさいなまれるような繊細なエレノアであれば躊躇するだろうと想定し、それでもあえて厳しい命令を告げた。

エレノアは既に世俗の娘ではいられない。

異端と戦い、時に暴力を用いてでも神の意志を示さなければいけない。

しかし、エレノアの返答はモルガナの予想から外れていた。


「承知いたしました」


エレノアは静かに頷くと容疑者の手にそっと、手を重ねて穏やかな表情で彼を見つめた。

そのエレノアの柔和な表情に思わず容疑者も面食らったように黙ったが、その直後、ぱきん、と小枝でも折るかのようにエレノアは素手で容疑者の小指を逆向きに折っていた。

容疑者の絶叫と拘束された体を必死に揺さぶり、信じられないものを見るかのような恐れた眼差しを前にしながらもエレノアはまるで、貴族の茶会にでもいるかのように穏やかに告げた。


「大丈夫ですよ、神の前に懺悔したくなればいつでも申し付けてください。主はいつでもあなたを迎え入れてくださいます」


そう言いながら、エレノアは今度は薬指をゆっくりと指でつまみ、そのままぺきん、とへし折った。


「……」


モルガナはその姿を黙ったまま見守っていた。

自分が淡々と拷問を行う時とはまた違う。

ただ穏やかに笑いかけ、「大丈夫」と言いながら懺悔を強いているエレノアの姿はどこか、得体のしれない存在であったが、異端審問官としては確かに優秀だった。


翌日、エレノアはブラザー・ケイからの指示を受けて押収物品の検査のために倉庫に向かった。


「よろしいですか、異端審問では物的証拠、科学的証拠が重視されます。証拠なしでの立件は認められず、不正な証拠品が無いかを精査し、罪を確定させることが必要です」


糸目のブラザー・ケイは穏やかな教師のような口調で述べながら、押収物品の箱を開いた。

中には人間の遺体を弄んだような残虐な証拠品もあり、これらを目の当たりにした新人の多くは涙を流したり、嘔吐したりと冷静さを失うものだ。

だが、これらのものの確認もまた異端審問官には必要な職務。

一刻も早くこれらに馴染むことが重要だという聖務への強い意識こそが、ブラザー・ケイが新人への厳しい指導を行う根底にはあった。

だが、エレノアはす、と押収品の箱の中に手を入れて取り出すと、それらをテーブルの上に並べていく。

そして、少し考えるようにしてからブラザー・ケイに確認した。


「このハイパードラゴンちんちんディルド―というのは何に使うものなのですか?」


証拠品の中に紛れていた製品のパッケージを見て、冷静にその口に出すのもはばかれる製品名を告げたエレノアにケイは思わず沈黙し、すぐに咳ばらいをしてから答えた。


「肛門での自慰に用いられるものです」

「なるほど、それではこの押収品は肛門性交の罪が行われた可能性を示唆するのですね」


言いながら、エレノアはパッケージを開いて、ゴム手袋をはめた手でそれを取り出し、長さや太さを淡々と測っていた。

その姿を目の当たりにして、ブラザー・ギャラハッドは呆然としていた。

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