旅の始まり
暗黒の、空間の穴に入った私の視界は漆黒に染まった。
一瞬の事か、はたまた永遠の事のようにも思える時間が過ぎた後、私の視界には植物由来の物と思われる緑や茶色が大半を占めた景色が映し出された。
「え~っとなるほど、転移は多分成功かな?正直ちょっとは色々調べないとだけど確証持てないけどまぁ転移成功ここは異世界。それでいいっか。んでここはた~ぶ~ん植物量と傾斜からしてまぁ山林かなぁ。
林ってか森って言った方がよさそうだけどもままええでしょ。」
周りの景色を吟味しながらそう呟く。せっかくなら詳しく生態観察やら植生調査やらをしたいところだが、今の私は旅行者なのだから、研究ではなく旅をすることにしよう。
「さてと、今後どうするかね~。私みたいな知的生命体がいるなら多分色々とラクだし、まぁテキトーに歩きながら探してみますか。人里とそんな感じのがあるなら多分低地だよね。下るか。」
山の中を、方向も分からずに歩くなど100%迷子になるであろうが、今そのような事はどうだっていい。食料であれば相当な量がある。故にたとえ遭難したとしても何の問題もない。もっとも、現在位置も方角もわからない。そんな状況が遭難でなければなんであるのかと言われれば返答に困るところではあるが。
私は森の中を歩く。ただひたすらに、なんとなく。木の根につまずくことも無く、けもの道とすら言えぬ荒れた道を、軽やかに。恐ろしく手慣れた様子を漂わせながら。静かに歩んでいく。
歩き始めて数刻が経った。景色は大して何も変わらない。なんとなく見ていた植物も変わりは無いに等しい。しかし、少しだけ森が騒がしかった。もしかしたら何かが、はたまた誰かが、狩りか何かでもしているのかもしれない。
「ふむ、アレだな。なんかいるな。探すか」
探知系の魔法を展開する。そのなかでも全方位の情報を無差別に調べるタイプの、非常に勝手の悪い魔法だ。地形に木の数、洞で眠るリスらしき生命体、他にも無駄であろう情報が山のように脳に届く。それらを斜め読みしているかの如く読み飛ばしながら精査していく。
すると、いくつかの動物の死体を見つけた。小動物の物であり、死してなお移動している。尚且つ逆さに吊り下げられてもいrる。それも、それなりの高さに吊るされている。私の身長分はあるだろう。恐らくは運んでいるのは私以上の身長の、私に非常に類似した生命体だろう。
「よ~しよしよしよしよしよし多分知的生命体発見。後は翻訳魔法がこっちでも通じればいいな~。あ~あと敵対的じゃないとタスカルな~」
私は死骸を運搬している生物に多少集中して探知魔法を使う。すると、運の非常にいい事に、自分とほぼ同型の生命である事に気付いた。流石に遺伝子配列等に差異はあるかもしれないが、そんなもの見てくれではわからないはずだ。
そして、どうやら目標は2人いるようだ。得た情報から察するに談笑しながら歩いているらしい。
「とりま気付かれないようにしながら、盗み聞きでもするか。村とかなんか地形的なのわかるかな?そんな話題雑談で出さないよなフツー」
などと小さくぼやきながら少しずつ静かに近づく。気付かれないように、慎重に。やがて、声が聞こえるギリギリの距離まで近づけた。おそらくは気付かれてもいない。
「aharennah heevanee maadhamaahen? viyafaariveriyaa annanee nagan.」
「aan'. eee kanneyn'geeve.」
どうやら彼らは未知の言語で話しているらしい。何を言っているのか皆目見当もつかない。
「え~翻訳魔法つかうか。分からんし」
翻訳魔法。これは非常に便利で万能だ。あらゆる文字、言葉を瞬時に理解できる情報に変換して脳に届けてくれる。旅には必須クラスの便利さを誇るだろう。現地の言葉が分かると分からないとでは旅の体験ががらりと変わるのだろうから。そんなことはさておき、翻訳魔法を通して2人の会話を盗み聞くことにする。何かしら使えそうな情報を求めて。
「それにしても昨日攫った女、随分と顔が良かったなぁ。アレは高く売れるぞ」
「だろうな。」
「太客様とやらが処女厨じゃぁなけりゃ俺らが頂くところなんだが、手ぇ出すと価値が落ちっから出せねえんだよなぁ。チッ」
な~るほど、ほうほう人さらいか。悪側か。私は善の者ではないが都合がいい。犯罪者(推定)であれば何をやっても大抵は容認される。尋問しに行くか。
私は愛刀を異空間収納庫から取り出す。別になくても良さそうだがあった方が拷問には役立つだろう。見た所、相手は男性体であり、死骸を運んでいる方はガタイが良くハルバートを背負いながらナタを腰に差している。おそらくはナタは蔦避け用か閉所戦用だろう。でもなければあんなデカいハルバートは背負わない。
一方、もう一人のは男ではあるが細く、隣の男とは対照的な体型をしている。携えているのはナタ2本。おそらくこちらはナタがメインウェポンなのだろう。そして、両腰に差しているあたり、おそらく2刀流だろう。
不意打ちをするのは面倒だし、音もあまり出したくない。然らば近接でなるはやで潰すに限る。れっつご~
「やあやあそこな御二人さん。良ければ道を教えてくれないかい?」
私は後ろから声をかける。急に話しかけたせいで大層驚いたのだろう。凄まじい速度で振り向いてきた。
「んだぁ嬢ちゃん、こんな山の奥深く、何の目的で来た?」
大男が高圧的に対応する。ハルバートも手に取り完璧に臨戦態勢だ。
「観光目的。旅好きでね」
「はぁ?旅だとしてもこんなトコ来るか?普通」
「ジャン、さっきまでの話を聞かれたかもしれねぇ、殺すか捕まえろ」
小柄な方がナタを構えつつ言い放つ、こちらも臨戦態勢だ。
「あいよ、相棒」
瞬間、体躯に見合わぬ速度で大男が突進してくる。私がただの旅行客であればなすすべなくやられることだろう。
「よっと」
大男とぶつかる直前、ひらりと身をひるがえし、ついでに脛に納刀したままの刀でフルスイングをお見舞いする。
「っがぁぁ」
鈍い音と大男の悲鳴が響く。脛は真っ赤に腫れており、骨にはヒビが入っていることだろう。
「ジャン!!チッテメエただで済むと思うなよ!!」
小柄な男は身を翻し凄まじい速度で走りだした。捕まえるのが億劫になるほどの速さだ。実に良い健脚に思わず拍手すらしてしまいそうになる。
「増援でも呼びに行ったんかな~。ままええか。大男ってあ~たしかジャンだっけ?そいつから聞けばいいや」
私は後方で悶えているジャンとやらの元へ歩いて行き腹に一発蹴りを入れる。内臓が潰れないよう細心の注意をしつつ。
「ゲハッいっつゲぇ~~」
「ジャン、お前らの拠点の位置、組織の構成人数、確保中の攫った人数、すべて答えろ。次からは2秒黙るごとに骨を潰す」
ジャンは覚悟を決めた様な顔をし、黙り込む。
「2秒、まずは足だ。右からいくぞ」
私は右足の太ももを全力で踏み抜く。足が悲鳴を上げて潰れていく。
「がぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!話す!!話すからやめてくれ!!」
「んじゃぁはよ話せ。足が潰れるぞ」
「拠点はここから北に暫く歩いた所の崖の真ん中辺りにある洞窟の中だ!」
私は小柄な男の走って行った方に目を向ける。すると木の葉っぱで見ずらいが岩肌のようなものがそこそこ遠くに見える。まぁ嘘ではないのだろう。
「仲間の数は相棒37!商品は4人だ!」
まぁこっちは最悪嘘でもどうでもいいからいいとして、案外多いな~。少々面倒だ。
「ふ~んなるほど、まぁ信じてあげよう。で、お前ら何しに山中歩いてたん?」
「食料調達と偵察だ。たまにゃ肉喰わにゃ死んじまう」
言葉に勢いが無くないって来た。随分衰弱している。放置してるとワンチャン死ぬかもだがまぁいいか。ほっとこう。
「37人分にはあきらか足りないのはそういうこっか。じゃ~ね、、死なんといいな」
私は小柄な男の向かった方へ駆け出す。ジャンとやらならほっといてもまぁ問題ないだろ。まともに動けそうにも無いし。
5分も走れば崖まっで辿り着いた。真ん中あたりに出っ張った場所があり、遠目ではそこに穴らしきものが見えた。多分あそこだろう。
「なんかガタガタうるさいな。相棒とやらはもう着いたんかな。
出て来られたら逃げたヤツを捕まえるのが面倒だ。乗り込むか。助走をかけ、その勢いのまま崖を駆け上る。地上から洞窟入口までの高さは人6人分といったところ。余裕で駆け上がれる高さだ。
「よっと、到着~。そんじゃ凸るか。生かす必要もあんまり無いだろうしリーダー以外全部殺すか」
私は走っている間、ずっと背中に携えていた刀を引き抜く。明らかに洞窟という閉所での戦いに向いていいないだろう長さの刀は、黒く、そして日に照らされ妖しく光る。流石は我が愛刀。見慣れていなければ思わず息をのむほどの輝きだ。
私は洞窟へ踏み込んだ。正義のためでも攫われた奴を救うためでもなく何となく、気が向いたから、攫われた子達を助けて人攫い共を殺す。その為に。