越冬録 その2
新しい朝が来た。眠い。しかしちびが二人もいる状況で怠けるのは教育に悪い。起きるとしよう。
窓から空を見るに今は日の出頃。つまり早朝だ。寝ようかな。今寝たら昼に起きそうだな。起きるか。
寝具を軽く整え、客間を後にする。屋敷の中は静まり返っていた。まだ皆起きてないのだろう。静かで心地が良い。庭にでも出て日光浴でもするか。
玄関まで行くのが面倒なので窓を開けて飛び降りる。ここは三階なので傷一つ無く着地可能である。昨日はまともに見る間が無かったため気付かなかったが、庭はそれなりに広いようだ。東屋らしきものまである。馴染める気がしないなコレ。
東屋のベンチか何かにでも腰掛けようかと思い近づくと、くすんだ白髪の頭が一つある事に気が付いた。ダリアちゃん一家は大体金髪だったし、多分メアちゃんはくすんだ赤髪だし、メイちゃんだろう。早起きだなぁ。
昨日よりも顔が良いから多分お風呂にでも入ったのだろう。恐ろしいまでの可愛いさだ。
「おはようさん、メイちゃん。朝早いねぇ」
多分自然であろう言葉を投げかける。返事はない。屍では無いようだ。つまり無視された。悲しい。
今回の事と今までの発言サンプルから推察するに、この娘はおかわり以外の言葉を発する気が無いのだろう。静かな子だ。お姉さん寂しいぞ。
メイちゃんの隣に腰掛ける。動かないから拒絶されてはいないだろう。たぶんきっとおそらく。メイちゃんの目の下にうっすら隈があるように見えた。昨日までは無かったことから多分寝れなかったのであろうことが推察される。この世界の人間に私の脳内医療知識を適用して良いか否かは議論の余地があるが後回しにするとしよう。
「ちゃんと寝た~?」
メイちゃんが首を横に振った。意思疎通の意思はあるらしい。お姉さん嬉しい。
「寝床が体に合わなかったか~」
メイちゃんが頷いた。繊細なのか頑丈なのかよく分かんないなこの娘。
「飴ちゃんいる~?」
服のポケットから蜂蜜飴を取り出すと凄まじい勢いで食いついてきた。危うく指ごと食べられるかと思った。あっぶな。
「私さ~冬が過ぎたら旅に出るんだけど一緒行く~?」
メイちゃんが横に首を振る。振られた。悲しい。
「そっか~」
しばらく無言の時間が続く。ただ黙って日の出を眺めるのも悪くない。私は無言でも居心地悪くならないけどメイちゃんはどうなんだろ?まあ居心地悪かったら多分別のとこ行くでしょ。多分。あっでもそれされたら心が死ぬなぁ。
日が十分に上り、空が青く澄み渡った頃、屋敷が少し騒がしくなった。もう起きたヤツがそこそこいるらしい。皆早起きだなあ。
「どうする~朝ごはん食べに戻る?」
「ん」
初めて音での返事が返って来た。お姉さん嬉しい。歓喜に身を震わせていると、いつの間にかメイちゃんが消えていた。早いなあの子。ああいやこの世界の人間の運動性能ヤバいんだった。じゃあ目を離した隙に居なくなるだなんてお茶の子さいさいか。そういえば朝ごはんもあんな感じで沢山あるのかな?うっ想像しただけで胃もたれしそう。
館の中へ戻る。すると早々にダリアちゃんのお兄ちゃんとお姉ちゃん二人にばったり鉢合わせした。昨日も思ったけどやたら顔がいいなこの二人。この世界の顔面偏差値高くない?自分がブスに思えてきた。一応前の世界では平均程度の顔だったんだけどなぁ。こっちじゃワンチャン赤点とりそう。まあいいか。女は顔じゃないし。私性格も終わってるけど。そういえば、この二人名前なんだっけ?忘れた。
「スピカさん、ご挨拶が遅れ、申し訳ありません。私は、ダリアの兄ファビアン・フォン・ヴォルフレットと申します。こちらは」
「ダリアの姉リリア・ヴォルフレットと申します。この度は妹が大変お世話になりました」
名乗られてすら無かったのか。まぁ昨日はごたごたしてたし仕方ないか。弟君は多分まだ寝てるのだろう。
「もうそろそろ朝食の用意が整うようですので、よろしければご一緒にいかがですか?」
「では、お誘いに乗るとしましょうかね」
量そんなに多くないといいなぁ。
昨日晩餐を味わった広間に入るとメイちゃんがすでにパンを皿に積み上げ、食べまくっていた。なるほど。バイキング形式か。理解した。
焼きたてホカホカのパンの山からクロワッサンを 一つ抜き取り、口に放り込む。柔らかく、そして程よく塩気が効いていて良きクロワッサンだ。旨い。吾は満足である。朝ごはんはもういいや。
「スピカさん、もう満足なのですか?朝食をとりながらでもゆっくりとお話したきことがございましたのに」
「昨日沢山食べたからね。ダイジョ~ブダイジョ~ブ。私みたいな外様者に構ってないで傷心中のダリアちゃんとでも一緒に居てやりなさいな」
そう言い残して足早に部屋を出る。あの手の人間は同じ空間に居るだけで話相手になってくれたとでも考えているのかマシンガントークをかましてくる。多分。。ただの経験則だ。メンドイから今は避ける。
さて、越冬中何をしましょうかね。うん。旅支度だな。書庫とか無いかな~字は覚えないとだし。勝手が悪いなぁ翻訳魔法。読んで聞けるんだったら書けてもいいじゃぁないのよさ。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、反対方向から執事さんが歩いてきた。ホカホカパンのいい匂いが執事さんから漂っている。料理してたの執事さんなんだ。料理人じゃなくて。意外だなぁ~。
「ねぇねぇ執事さんや。この屋敷に蔵書室ってある?ちょっと色々調べ物したいんだけど入っていい?あと読んじゃいけない本とかある」
「承知しました。ご案内いたしましょう。一応禁書もありますので、蔵書室の奥の鍵付きの扉の中には入らないでくださると助かります」
鍵付きなら入れなくないか?・・・あぁなるほど。この世界の人間身体能力高いからな。鍵付きドアぐらい簡単に開けられるのか。理解した。
「りょ~かい。じゃ、案内よろしく頼む」
執事さんの後をついて行く。結構大きな人だなぁ。齢60は超えてるだろに私より高いぞ。若いころとか190はおろか200近くあったんじゃないの?この人。体格もいいし結構強いなぁ多分。デフォじゃ私負けるなコレ。
「そういえば御客人。一つ頼みがあるのですが」
「なにかね?執事さん」
「敬称を付けずに執事と呼んでいただけませんでしょうか。どうにもその呼び方が落ち着かなくてですね」
「ふむ。じゃぁ私に対して敬称使わないならいいよ。私もむず痒い」
ほぼ初対面で敬称付けるなとか初めて言われたわ。まさか同類だったとは。敬称嫌がるの割と少数派だと思うんだけどな~
「なるほど。意地悪な御方ですね御客人。では先程の願い立ては取り下げさせて頂きます」
むぅ乗ってこなかったか。まぁ執事として客に礼を欠く行動は出来ないとかそんな感じだろう。うん。仕事熱心な爺様だ。
「さて、着きましたよ御客人。こちらが当屋敷の書庫でございます。どうぞお好きなようににお読みください」
案内された部屋の扉を執事さんが開けてくれた。ぱっと見それなりの広さの部屋に本棚がずらりと並び、その中にほぼ隙間なく本が並べられている。凄まじい蔵書量だ。概算2000冊じゃすまないくらいの本がある。この世界製本技術結構発展してるのかな~?
蔵書室に入り、本の背表紙に手を軽く添えながら流し目気味にタイトルを見やる。目的は風習とかお祭りとか人種とかに関する本だけど世界地図とかも無いかなぁ。あったらいいなぁ。あるでしょ多分。
まず最初に目についたのは<各種族に関する身体的特徴について>というタイトルの学術書っぽい本だ。解体図式とか載ってるといいなぁ。治すにしろ壊すにしろ構造は知っておくに越したことは無いし。
(以下は本の抜粋である)
この世界には、大きく分けて獣人・魔族・人間・小人・魚人の5つの人種の人間種が生息している。
これらは身体的特徴に大きな差異があるため、見た目で大まかな人種を簡単に見分けられる。
鋼鉄をも引き裂ける程に高い身体能力を持ち、繁殖能力に長け、魔術に対する高い耐性も有する獣人
多くは頭部に二つの獣に似た耳と腰付近に尻尾を持ち、隠すことなく生活している。その為、遠くからでも獣人であることを特定出来るだろう。彼らと渡り合える強さを持たぬ限り近づくことは推奨出来ない。近づけば確実に襲われ、逃げ切る事は叶わぬことだろう。
鋼鉄はおろか強靭な魔獣な皮ですらいとも容易く引き裂く全人種最高の筋力と鉄剣の刃はおろか獣人
の爪を通さぬ硬い皮膚も持ち、一度力を振るえば人間はおろか獣人ですら簡単に消し炭になる程の高威
力の魔法を放つ事の出来る最も強い人種である魔族
多くは頭に鉱物のような質感をした角が生えている為、彼らが角を隠すための帽子か何かを被ってい無い限り簡単に魔族であることを確認出来るだろう。彼らに出くわした場合は、武器を即座に捨て、戦闘の意思が無い事を示す事を推奨する。彼らはかなり温厚な種族であり、人語に関しても理解している個体が大半であるため、にこやかに話しかければ、命を奪われるようなことは無いであろう。仮に脱兎のごとく逃げ出したとしても、追ってくることは無いため、ある意味、全種族の中で接触する上で一番安全な種族であると言える。
大木を引き抜くことすら出来ぬ脆弱な力といかなる他種族の攻撃をも通す脆弱な皮膚を持つか弱い人
種である人間
体毛が薄く、肌の色が薄い個体が多いため、他種族からの一般的な身体特徴に対する認識はハゲザルである。非常に狡猾で欲深く、抗戦的であるため、接近は推奨されない。また、稀に魔族とも渡り合えるほどの特異個体が出現しうるため接近する際は細心の注意を払うように。著現在獣人族と敵対関係にあるが、大規模な戦争が起きる気配はない。獣人には人間に関わる事は百害あって一利なしであると考えてる風潮がある。
他種族の手のひら程度の小さな体と全種族最低の力も持つ小人
他の人種とは比べ物にならない程に発展した科学技術を有する最も軍事力の高い種族。宇宙空間に打ち上げた大規模コロニーに国を構えている。唯一宇宙進出を成し遂げた種族である。今現在、他の人種全てが彼らと不可侵条約を結んでいる。仮に彼らに害をなしたのであればそれ相応の報復が待っている。その者の住む辺り一帯は人の近づけぬ場となる事だろう。
魚のような鱗を全身に持ち、深海1万メートルの水圧にも耐えうる強靭な肉体をもつ、人類の中で唯
一エラ呼吸をする魚人
縄張り意識が強く、彼らが生息している海域に侵入した船は確実に沈められる事だろう。非常に高い魔法適正と魔法耐性を持ち、魔族でも手を焼くほどに強い。また、水中であればいかなる種族も彼らに勝つことは難しいだろう。小人との不可侵条約締結に1度反対し、国土の9割と国民の9割を失った歴史を持ち、今や実質的には小人の従属国と化している。今現在魚人国家が存在しているのは小人の慈悲故である。
<完>
読み終わった本を本棚に戻す。多分木版印刷だろう。存外技術力は高いらしい。さてと、なるほどね。理解した。完全に理解した。この世界魔境だわ。私の元居た世界より数段過酷だぞ。多分。




